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ニュースのニュースをニュースで知る

 今、ニュースアプリがホットだ。インターネットで配信され、口コミで広がる各種のニュースを一覧表示し、メディアを横断して最新のニュースを知ることができる。それはそれで便利だが、それでいいのかという疑問も残る。

アルゴリズムでニュースを束ねるSmartNews

 ニュースアプリのナンバーワンと言ってもいい「SmartNews」が、先日開催された同社主催のパートナー向けカンファレンスにおいて、同社のサービスがメディア大航海時代の羅針盤になると宣言した。現在、世界で20億人が使うスマートフォンだが、これはすぐに30億人になり、40億人になる。これは未曽有の数字であり、最終的には、全員が、スマートフォンでニュースを読むようになる。だから資本が集まる。それがメディア大航海時代であり、無限の大海原が目の前に広がっているという。

 同社は、フィルターバブルについて触れ、人々は自分の興味のある情報しか読まなくなっているとした。だからこそ、興味を狭めるメディアではなく、拡げるメディアが必要とされているというのだ。

 同社のサービスは「SmartEngine」と呼ばれる情報解析基盤が担っている。PC時代を担ったのが検索エンジンなら、モバイル時代を担うのはSmartEngineだと同社は誇る。それによって、自然言語処理の固有表現抽出が可能になり、さまざまな表現の中から、いつどこで誰が何をしたかを把握することができる。つまり、文章がもつ曖昧性や表記のゆれを解消し、事実を抽出するわけだ。

 彼らがアルゴリズムにこだわるのはなぜなのか。それは、主観ではなくデータに基づく公平な情報配信をしたいからだという。ニュースは束ねられなければならず、事実を世界中に届けるためには、スケーラビリティを持つアルゴリズムだけだと信じている。これが同社の見解だ。SmartNewsが人海戦術で情報を束ねないのには、そんな大義名分がある。

メディアの興亡

 世の中の多くの人が知っているのに、自分だけが知らないことがあると、なんとなく恥ずかしい。無茶であることは分かっていても、それは誰もが思うことであり、だからこそニュースを見る。新聞を見たり、TVを見たりするのはそのためでもあった。特に興味を持っているわけではない分野なのに、たまたまつけていたTVで報道されたニュースで何かを知ったり、たまたま手に取った朝刊の一面に出ていた記事で大事件を知ったといったという経験は誰でもあるだろう。それが「常識」というものだ。

 その一方で、書店に立ち寄り、たまたま目について手に取った雑誌で知った世界が、その後の自分の人生を左右することだってあるかもしれない。

 世の中は偶然にあふれている。その偶然は、恣意的に誰かに押し付けられるものではなく、自分自身があくまでも遭遇すべきものだ。建前としては。

 もちろん、数の論理は、偶然の確率を高めるので、SmartNewsのいうことも一理ある。でも、本当にそれでよいのかという疑問も残るのだ。

 過去においてポータルサイトがインターネットの情報の流れを仕切っていた時代があった。今なお、その傾向はある。ただ、その立ち位置をモバイルニュースアプリが剥奪しつつある。ニュースアプリがポータルになりつつあるのだ。

 振り回されているのはメディアだ。PC Watchを毎日眺めていれば、およそ、PC業界で起こっていることのほとんど全ては何となく把握できる。そのことは、創刊以来変わっていないはずなのだが、記事の多くはニュースアプリからの誘導で読まれる傾向が強くなっているとも言う。

 ニュースを取材で集め、それを記事にして、それらの記事を工夫をこらして並べて見てもらうというメディアの仕事は、ニュースアプリのトレンドの中で、だんだん通信社化し始めているわけだ。メディアに対して記事を配信する通信社は、自らメディアを持たない。英語では「News Agency」と呼ばれるようだが、このままだと、多くのメディアが通信社化してしまう可能性も出てきた。

ニュースの正規化

 ニュースアプリは、多種多様なメディアが創出したコンテンツを正規化する。確かに、正規化されたコンテンツは読みやすい。異なるメディアのコンテンツが混在していても、文字のサイズやレイアウトなどは統一されているからだ。これは、iOSのSafariが実装しているリーダ表示にも同じことが言える。

 正規化されたコンテンツは、注意深くクレジットを見なければ、誰が作ったコンテンツなのか判別しにくい。ただ、同じことを旧来のメディアもやってきた。通信社が供給したニュースを、まるで自メディアの独自記事であるかのように扱ってきた過去もある。クレジットを付けないケースもたくさんあるという。でも、多くの一般読者は、そのことを気にさえしないだろう。

 もっともこの傾向はRSSリーダ全盛期にもあった。RSSリーダで記事の要約や全文が手に入れば、その記事のオリジナルにあたる必要がないからだ。

 ところがメディアは広告によって成立している。例えそれが有料のメディアであったとしてもだ。コンテンツと一緒に広告を見てもらわなければコスト的に成立しないのだ。だからこそ、なんとしてでも自サイトに読者を誘導する必要がある。そのための新しい方法論は、暗中模索の中で、いまだ見つかっていない。もし、このまま、人々がスマートフォンでしかニュースを読まなくなってしまったら、良質なコンテンツとの出会いは極端に少なくなってしまう危惧もある。

 コンテンツの供給側が許すはずがないとしても、SmartEngineが高度化すれば、複数のコンテンツを1つに束ね、文体なども正規化して提供するようなことだって十分に可能なはずだ。それでも多くの読者にとっては関係ないだろう。むしろ歓迎されるかもしれない。いつどこで誰がなぜ何をどうしたかという5W1H的なことが分かればニュースとして十分な価値があるからだ。しかも、それが複数のニュースソースを融合させて正規化してできあがったコンテンツであるとすれば、1つ読めば全て分かるという点で、便利ささえ感じるかもしれないということだ。

ニュースアプリは視野を狭める?

 モバイルデバイスの画面はコンパクトだ。スマートフォンで5〜6型、タブレットでも8〜10型程度だ。20型を超えるようなPCの画面とは異なり、一度に表示できる情報は限定的だ。その狭い画面を凝視するヒトのまなざしは狩人のそれだ。そこに没入することで獲物としてのニュースを品定めする。新幹線の座席に座っていて、前方の電光掲示板に流れるトピックスに、へぇと思うのとは次元が違う。

 ニュースアプリを開けば、そこには、必ず話題になっている最新のニュースが並んでいることが保証される。だが、それらのニュースは、機械であれ、ヒトであれ、なんらかの意図によって並べられたものであることを常に念頭においておきたい。偶然は、自然発生的に起こるのではなく、なんらかの意図によって引き起こされるのだ。誰もが知っていることしか誰も知らなくなるのでは、やはり、世の中はつまらない。

 自発的な検索で見つけたはずの情報は、フィルターバブルに陥ったものであり、ポータルサイトは見出し人間を生み出した。そして、今度はニュースアプリが視野を狭めようとしている。このままだと、SmartNewsと「LINE NEWS」と「Yahoo!ニュース」を束ねて正規化するスーパーニュースアプリが登場しかねない。

(山田 祥平)