山田祥平のRe:config.sys

1台が2役、1台が3役、1台が4役……、七変化、こんなPC見たことない

 PCを口上とパフォーマンスで売る。Intelと東芝がタッグを組み、今までありそうでなかったPCの実演販売にチャレンジしている。手法としてはジャパネットたかたのテレビショッピングのリアル版をイメージすればいいかもしれない。仙台の量販店舗、ヤマダ電機・LABI仙台で、その現場を眺めてきた。

七変化を口上でアピール

 今回のチャレンジは、プロの実演販売員に依頼し、仙台と名古屋で実施された。あらかじめレクチャーしたシナリオに基づいてPCを実演してもらうというもので、ガマの油から、バナナの叩き売りまで、その手法はおなじみのものだ。ホームセンターやデパートなどでの、よく切れる包丁の実演販売などを思い浮かべる方も多いだろう。東京周辺在住の読者であれば、アキハバラデパート前での実演販売を懐かしく思い出す方もいるかもしれない。その手法でPCを紹介しようという試みで、今回の商品は東芝の「dynabook KIRA L93」だ。ただし、決して巧みな口上で客をだまして購買を誘う啖呵売ではない。

 LABI仙台は仙台駅前から数分に位置するビルだ。1階から5階までが売り場になっていて、駅から繋がる歩道橋デッキが2階に直結している。PCの売り場は4階だ。その4階に上がるエスカレータを降りた真正面に売り台を置き、販売員が巧みな口上でPCを紹介する。

 売り台の奥に立つ販売員は、マイクを装着して客を呼び止める。販売員が自らたすき掛けしたアンプ付スピーカーから控えめな音量でその声が流れる。これなら多少周りが騒がしくても声はよく聞こえる。

 ちなみに1つ上の5階は冷蔵庫や洗濯機、調理家電などの白物家電の売り場なので、PCに用がない客も、通りすがりの形で足を止めてしまうように仕組まれている。そんな状態で、週末の2日間、開店から閉店まで約30分に1度のペースで実演販売が行なわれていた。

 KIRA L93は、7種類のスタイルで使えることを特徴とする。パッと見ただけではお馴染みのクラムシェルノートPCだが、いわゆるタッチ対応コンバーチブル&デタッチャブルPCとして、これまで慣れ親しんできたPCとはちょっと異なるテイストを持っている。デスクトップ、キャンバス、ノートPC、フラット、テント、スタンド、タブレットと、キーボードを脱着したり、画面を折り返したりすることで、使用スタイルが七変化する機構を持っている。まさに実演販売にはピッタリの製品だと言える。

 この七変化を理解してもらうには、一般的なタッチ&トライでは難しい。製品がただ展示されているだけでは、売り場を訪れた客が実際に手に取って七変化を自分で体験することはないだろう。アピールしたいなら、せいぜい、陳列スペースに七通りのスタイルで同じ製品を並べて見てもらうくらいだろうか。だが、狭い売り場でほかの商品も陳列しなければならないことを考えると、同一機種を7台並べるというのは無理だ。となれば、誰かがなんらかの形で説明する必要がある。

 ポイントは、製品に盗難防止用のワイヤーが付いていない点だ。だから手に取った時に、製品の素の感覚が分かる。実演販売員は、KIRA L93をさまざまなスタイルに変化させて、目の前の客に手渡し、実際に持ってもらう。ほら、こんなこともと、キーボードをパキッと外した時には、客から「おーっ」という声があがるくらいだ。

 販売員に話を聞いてみた。当日の販売員氏は特にPCを専門としているわけではないという。冷蔵庫やエアコンなどの家電はもちろん、注文があれば何でも売るという。ただ、今回の試みではクロージングまではしないので、実際の手応えが分からないのが、ちょっと寂しいとも。クロージングというのは、実際に客が実演を見て、その商品を気に入って購入に至るまでを全て受け持つことを言うようだ。

 ただ、この実演販売が行なわれた日、少なくとも、東芝のPCは台数にして普段の2倍売れたと言う。PCそのものの総売り上げ台数がどうなっているのかは開示されないので、東芝のPCがたくさん売れた分、他社のPCの売り上げ台数が減っている可能性もあるが、なんらかの形でKIRA L93の魅力が買い物客に伝わっていることは確かだ。

今どきのPCを見てもらう、触ってもらう

 ここ数年で、PCの形態は大きく変わっている。Intel的にも、かつてのUltrabookから2-in-1へと、アピールの志向がシフトしているのはご存じの通りだ。

 つい、「ご存じの通り」と書いたが、それをご存じなのは、実際には本当にごく一部の人だけだ。この連載を読んでくださっているようなパワーユーザーであれば、今風のPCのことを熟知しているかもしれないが、一般の人にとってのノートPCは厚ぼったい本体とズシリとくる重量で、机に向かって使うものというイメージが根強く残っている。KIRA L93の厚みは16.9mmだが、まさか、そんなに薄いPCがあることなど知らなかったりもするわけだ。

 万事がその調子で、750gのPCがあるなんて思いもしないし、PCでデジタイザペンが使えて手書きで絵を描けるとか、そういうこともご存じない。彼、彼女たちの中では、すでにPCはコモディティとして、どこのメーカーのどの製品を買っても、大して変わりがないものであり、あると邪魔でも、ないと困る存在だ。いや、今の時代、もしかしたら、なくても困らないくらいの存在なのかもしれない。

 そんな層に、今風のPCのアイデンティティを伝えるにはどうすればいいか。やはり、見て触ってもらうしかない。そのための実演販売は、方法論としては悪くない。多くの人が行き交う駅の構内などにブースを構えてタッチ&トライコーナーを作るのも効果がありそうだが、実演販売の説得力はその上を行くようにも感じる。

売り手と買い手の距離感

 ここで大事なのは売る側と買う側の距離感だ。そして、それが目と鼻の先に対峙する「1対多」である点だ。

 口上と実演で製品をアピールするという点では、展示会などでのデモンストレーションを思い浮かべる。ただ、「1対多」という点では同じだが、その「多」が多すぎる。興味を持って立ち止まったはいいものの、両者で対話ができないからだ。

 タッチ&トライのような方法論では、説明員がそばに立つ「1対1」だ。今度は客側が構えてしまう。売ろうという気持ちと、だまされるまいという気持ちがぶつかってしまう。でも、実演販売は気楽だ。もしかしたら買わされてしまうかもしれない集団が、売る側に対して、ある種の連帯感を持つことができ、気に入らなければ、その場を黙って立ち去ればいいだけだからだ。気がラクなのだ。

 もうちょっと手の込んだことができるのであれば、驚きや感銘を代弁、あるいは、誘ってくれるサクラの存在ではないか。「こりゃいいわ、七変化なんてめんどくせえ、せっかくだから7台もらおう」となれば、「俺も」「私も」と続くといった期待もできそうだ……。が、さすがに15万円を超える高額商品ではそうもいかない。

 ちなみに実演販売の元祖とも言える「筑波山ガマの油売り口上」は、Intelの日本法人が拠点を置く茨城県つくば市の認定地域無形民俗文化財の第一号なのだそうだ。

 さすがIntel、分かってるかもしれない。

(山田 祥平)