■山田祥平のRe:config.sys■
Windows 8のリリースという重要なマイルストーンを通過したのも束の間、Microsoftの周辺ではいろいろなことが起こっている。今回は、来日した本社文教部門(Worldwide Education)担当バイスプレジデント、Anthony Salcito氏に、Microsoftの教育への取り組みについて聞いてみた。
●未来の学校は今2006年の今頃、米ペンシルバニア州フィラデルフィア市を訪れた。ここに、同市とMicrosoftがパートナーシップを組んだプロジェクトによる、“School of the Future(未来の学校)”がスタートした当時で、それを視察したのだ。そのときの様子は、ここでも取り上げた。Salcito氏もまた、当時、このプロジェクトの一員だった人物だ。
Microsoftの文教部門は、世界中の教師と学生を対象にしたサービスとして、その支援を提供する部門で、さまざまな現場のニーズをくみ取り、それに対する機会を提供する。つまり、児童、生徒、学生たちがよりよい力を発揮できるようなチャンスを提供する特異な部門だ。
この仕事に関わる中で、同氏はたくさんの国を訪れ、さまざまな現場と、そこに携わる人々と出会ってきた。そして、教育は今、大きな変化の時期を迎えていることに気付いたという。そこには、新しい雇用があり、その牽引役としてのテクノロジーに注目しなければならない。
同氏が学校の現場から学んだことは、変化の根っこが大事であるということだ。つまり、テクノロジーが大事なのではなく、プロセスの根っこに相当する変革が重要だという。
だからこそ、テクノロジーを重視するのではなく学生を大事にすることを最優先に考えなければならないと同氏は考える。
未来の学校の開校当時、多くの学校と同じようにプロジェクトを始める中で、いろんなデバイスやテクノロジーを使うことがMicrosoftにとってもチャンスになると思っていたと、彼は6年前を回顧する。当該地域は、犯罪率の高い厳しいエリアであり、心配もしていたが、実際にプロジェクトを始めてみると、教師も父兄も様子が違ったという。そして、彼らに何が欲しいかをきくと、コンピュータではなく、街が安全であることを望んでいたというのだ。
つまり、ツールやテクノロジーではなく、地域社会をしっかりした基盤にすることからスタートするのが大事なのだということを痛感した同氏は、学校の環境を変えることからスタートしようと決めた。その結果、ドロップアウト率50%に近かった生徒が、初年度は全員が卒業して大学に進学したともいう。そして、このプロジェクトは、現在、Microsoftがワールドワイドで展開する、イノベーティブ・スクールプログラムにつながっていく。
●Windowsの柔軟性こうして、教育分野のイノベーションにおいて、テクノロジーは第一義ではないことを、Microsoftは学んだ。
もちろん、Microsoftが実際に支援してきた革新的な学校はたくさんある。だが、それらの現場において、教師はテクノロジーを使ってはいても、高度なパラダイムに則ったところでは、それを使っていないのが実情だ。調べていくと、教え方、学び方の中で、最低限の基本的なテクノロジーしか使っていないことがわかったという。
本や対話をコンピュータに持って行くだけでは何も生まれない。だからこそ、これまでの学習のパラダイムを変えることが必要だとSalcito氏。しかも、今は、コンテンツが世界中にある。だから、生徒は世界中の先生から学べるのだ。それは1つのチャンスであり、だからこそ、教室そのものを変えることが必要になるのだという。
Microsoftは、テクノロジーをもって彼らを支援することができる。そのためのリソースも知識もある。つまり、旅路に出ようとしている学校を支援できるのだ。ただ、Windows PCでOfficeスイートを使ったりするのは、枝葉末節にすぎず、本質は、もっと違うところにあると同氏は考える。
それでもユビキタスは重要だとSalcito氏。特に、Windows 8はフレキシブルな環境を提供することができ柔軟性が高いという。コラボレーションにも有用で、クラウドとの親和性も高い。いつでもどこでも安全にコンピュータを使うには最適解だと同氏は考える。
GoogleやAppleとは違うと同氏は主張する。というのも、Windowsは、いろんな方法論を許すからだ。つまり、何かに到達するためのアプローチの方法がいくつも用意されている点で違うのだという。だからこそ、学習者のプロセス、教える人のプロセスを最優先することができる。それがWindows 8の柔軟性だ。
さらに、Windows PCと一言でいっても、さまざまなバリエーションのハードウェアがあり、エコシステムも充実している。それに、管理の柔軟性はエンタープライズでの利用で鍛えられ、Windowsが突出している部分でもある。リモートで管理できるような環境は、なかなかほかのOSでは得られない。こうして完成しているファンデーションによって、プロセスを反映するようなかたちで設計されている。だからこそ、エンタープライズ並みの堅牢なサービスを提供でき、それによるコスト効果も得られる。
●子どものBYODと学校今、世の中は、企業がそうであるように、BYOD(Bring Your Own Device)がトレンドになってきている。これは、学校の現場でも同じではないか。それにどう対処していくのかを尋ねてみると、同氏はあっさりといってのけた。どんなデバイスを私物として持ち込んだとしても、Windows To Goを使えば、一瞬で管理下に入るのだと。子どもたちは、BitLockerで暗号化されたUSBメモリを携帯し、自分の私物PCに装着、学校から発行されたIDでWindowsにログインするだけだ。それだけで、私物のデバイスで学校用のプロファイルが再現される。なるほど、これはうまい方法だ。
意地悪な質問を続けてみた。最近のSNSのトレンドは、教育の現場にとって、どのような影響を与えるのだろう。これに対しても、子どもたちがみんなで情報をシェアするのは当たり前だと同氏はいう。だからこそ、安全な環境が重要で、オンラインの安全性を親も教師も理解することが必要なのだという。そのために、学校そのものがこうしたトレンドに順応していかなければならない。
最終的に、学生は卒業し、企業に入ることになる。そこでは、コラボレーションベースで仕事が進んでいく。まさに、SNSそのものが現実であり、学ぶ場でコラボレーションの基礎を身につけることは、実に有効なことのようだ。
もう1つ質問してみた。子どもの道具としてのデバイスに、キーボードは必要なのかと。本当にタブレットで十分なのだろうか。
Salcito氏の回答は明確だった。クリエイティブのためにはリッチな環境が必要だ。何かを押しつけてはならないのだ。幼い子どもは無限の方法でクリエイティブな行為をしようとする。だから、そのための道具としては、いろんな形があるのが望ましい。特定のフォームファクタに限定するのは危険なのだというのが同氏の持論だ。
だからこそ、音声もジェスチャもペンもタッチも必要だ。もちろんキーボードも。望んだときに、望んだものが、そこにあるリッチな環境が大事だというのはそういうことだ。
いずれにしても、学校での活動の3分の2はクリエーションだ。絵を描いたり、作文を書いたりする。そういう現場でのテクノロジーは消費よりも生産をサポートするべきであり、最初はタブレットだけで始めても、結局はノートPCに置き換わるのではないかとSalcito氏はいう。
Windowsは、あらゆる面でハイブリッドだ。その強みは、常にフレキシブルな対応が求められる教育の現場で有利であると同時に、自由であるがゆえに混乱も呼んできた。だが、Windows 8なら、今までのWindowsとは違うかもしれない。テクノロジーは第一義ではないと語りながらも、そのことをアピールすることを忘れないSalcito氏の言葉は、もしかしたらそうかもしれないと思わせるだけの説得力を持っていた。