山田祥平のRe:config.sys

スレートの冬来たりなば、春遠からじ




 法人市場でiPadの扱いが熱くなっているそうだ。トップダウンで採用に踏み切るパターンも多いという。マイクロソフトは、こうした動きを、ただ見つめているだけなのだろうか。

●iPadは企業で使えるか

 マイクロソフトの中川哲氏(コマーシャルWindows本部業務執行役員本部長)に会ってきた。マイクロソフトもスレートPCへの対応をがんばるから話をさせてほしいということだった。中川氏は、iPadとスレートPCは比べるものではないと口火を切った。そして、そもそもiPadには落とし穴がいっぱいあることを、ちょっと冷静になって判断してほしいと訴える。

 この席にはアナリストの舘野真人氏(株式会社アイ・ティ・アール)も同席し、さまざまなコメントをいただいた。同氏が所属するITRは、先日、「IT部門が備えるべき新型デバイスの選定基準〜iPadは企業で使えるか〜」と題するホワイトペーパーを公開したばかりだ。

 舘野氏は、単体として考えた場合、iPadのセキュリティはPCよりも高いとしながらも、PCやMacと同期しないと使えない点を問題として指摘する。それは何千台もの運用/管理、導入の際に障壁となる。したがって、iPadはPCに代わるものではなく、PCに対する追加のデバイスだ理解すべきというのだ。

 また、中川氏は、OSのアップデートによる互換性の確保について言及する。もともと法人向けに設計されたプラットフォームではないのだから、PCと同等の業務に使うのは難しいのではないかというのだ。舘野氏も、純粋培養的な社内システムの中で、今までやったことのないようなことを、新しいデバイスでスタートするのはリスクが高すぎると懸念する。ノートPCでさえ、社外への持ち出しを禁じている企業が少なくない中で、いきなりiPadを持ち歩けるようにすることが、どれだけ非現実的かをよく考えろということだ。

 おそらくは、このトレンドにはアップル自身も困惑しているだろう。iPadは、電子書籍のためのプラットフォームを目指しているわけでもなければ、企業向けシステムのプラットフォームを目指しているわけでもないからだ。むしろ、出自が異なることを理解してやらなければならないと思う。木に竹を接ぐような使い方は、まだ、時期尚早といえそうだ。

 中川氏は、だから、Windowsなんだという。ハードウェアの見かけが変わっても、Windowsが走る限り、それまでWindowsでやってきた業務のすべては、同等のセキュリティを確保しながらきちんと遂行できる。互換性に関しても問題ない。もし、タブレット形状のスマートデバイスを検討するなら、Windowsが稼働するスレートPCの存在を忘れないでほしいとアピールする。

 まあ、これは、マイクロソフトのWindows本部長としては、当然の言い分だ。中川氏は、iPadの楽しさや便利さを十分に理解し、そこをきちんと認めつつも、なし崩し的に企業で使われることになってしまうトレンドに警鐘を鳴らす。

 PCアーキテクチャとしてのデバイスを、iPad的に使うためには、ハードウェアとアプリケーションの双方が必要だ。また、OSにWindowsを選ぶなら、そのまま使うのは無理がある。

 ハードウェアとしては、各社から順次、スレートPCが出てきている。キーボードがなくてもアーキテクチャはPCそのものだ。今のところ、重量は1kg前後と、iPadよりちょっと重いし、バッテリ稼働時間も短い。処理性能的にもWindowsを動かすことを前提にすると、評価が難しいところだ。

 一方で、今のWindowsはどうか。残念ながら、Windowsは10型前後のタッチパネルディスプレイを操作するために便利なようにはできていない。マウスポインタはドット単位でポイントするが、指先の面積は100ドット前後ある。同じGUIで操作するのは、実際のところたいへんだ。場合によっては閉じるボタンさえ小さすぎて、隣のボタンと一緒にタップしそうになる。

 Windowsには、スケーリングという機能があって、画面の解像度における「テキストやその他の項目の大きさの変更」で、画面上のテキストやその他の項目のサイズを変更できる。

 これによって、ダイアログボックスの文字列のようなものはもちろん、スタートボタンやタスクバーのタスクバーボタンの大きさまでも変更される。また、ウィンドウの右上にある最小化、元に戻す、閉じるといったボタンのコントロールも同様にスケーリングされる。これなら、指でタップするのはたいへんだった閉じるボタンも、容易にタップできるようになるはずだし、ウィンドウの上部に並ぶリボンやツールバーボタンなども押しやすい。

 Windows 7に標準で含まれるアプリケーション、また、Microsoft Officeに含まれるアプリケーションなどは、スケーリング倍率に応じて、各コントロールのサイズを拡大する。電卓のテンキーなどもちゃんと大きくなり違和感なく使える。

 以前はダイアログボックスからはみだして、ボタンがクリックできなくなるなど問題が多かったのは記憶に新しい。でも、今なお、保存や開くのコモンダイアログはひどい。標準アプリケーションはこれらのコモンダイアログを使うので全滅だ。

 さらに、サードパーティ製アプリケーションはスケーリングに対応していないものも目立つ。これらは、アプリケーションウィンドウそのものがガタガタに崩れてしまう。これは、これからアプリケーションとともに、Windows自身が何とかしていかなければならない問題だ。

●スレートの時代はアプリケーションが作る

 日本のマイクロソフトは、スレートPCで使われるWindowsのために、アプリケーションのリクルーティングにも、ようやく重い腰を上げた。米国本社ではなく、日本独自の動きであるところが多少気になるところだが、何もやらないよりは、ずっといいし、むしろ頼もしい。

 たとえば今週は、都内において「Windows Slate/Windows 7/マルチタッチ対応アプリケーション開発者会議」を開催、フリーソフトウェアを書く個人から、ソフトウェアベンダー所属のソフトウェアエンジニアまで約100人を集め、新世代のアプリケーションを書いて欲しいと訴えた。

 基調講演のスピーカーとして登壇した中川氏は、Windows 7の発売が大成功であったことに言及し、この勢いをさらにスレートの領域に膨らませていきたいと語った。ここで中川氏は、いろんなタイプのWindowsがあっていいとし、他のデバイスでは、何かしたいというときに、かゆいところに手が届かないことを指摘、会社でも家でも同じデバイスが使えることや、一度書けば、どのデバイスでも動くソフトウェアのポータビリティの強みを訴え、既存のアプリケーションをマルチタッチ対応させることは、ほんの少しの手間ですむことを強調していた。

 この会議では、参加したデベロッパー全員に、スレートPCが配布された。来年3月末までに、アプリケーションの開発/公開ができなかった場合には、ハードウェアを返却してもらう場合があるという条件付きの譲渡だ。中川氏が、最高スペックの製品を渡すことも考えたが、エントリー製品を選んだことにについて、できあがったアプリケーションの間口が広くなるようにあえてそうしたと説明していたのが印象的だった。

 参加者の1人、丸岡勇夫氏と話ができた。同氏はフリーのペイント/レタッチソフト「ピクシア」の作者で、このアプリケーションは、もう10年以上、バージョンアップを続けながら、著名なお絵かきソフトとして高い評価を受けているし、いくつかのメーカーのハードウェアにもバンドルされている。

 丸岡氏は常識からはずれたものは淘汰されていく法則があるとし、最後に残ったものが正解であるという。つまり、それがデファクトスタンダードだ。ぼく自身は、ソフトウェアデザインの強いガイドラインを守るように、OSのベンダーであるマイクロソフトがコントロールしていかなければ、ユーザーが混乱してしまうであろうことを懸念しているのだが、丸岡氏はそうは思っていないようだ。

 今日になって丸岡氏からいただいた丁寧なメールでは「結局、どういった動作が理想的なのかを決めるのは、新しいデバイスをリリースしたときに、ユーザーの運用の実態を知ることができないマイクロソフトではなく、運用し続けた結果のユーザーが決めるものだと思っています。それに、収束点に行き着くまでには少し時間がかかるものだと思っています」と補足の説明をいただいた。「最後は、ユーザーの声をきちんと聞いているソフトであれば、多数派のユーザーの要望に収束していくものと思っています。新しい操作体系が生まれたときは、必ず、慣れに時間がかかります。無理に乗り換える必要もないと思いますし、乗り換えてもいいし、それはユーザーの自由だと思います。」とも。

 また、CDリッピングアプリの名作「CD2WAV32」の作者もろぼし☆らむ氏からも話を聞けた。同氏としては、iPnoneやiPadがすでにある以上、たぶん、最終的には真似になってしまうかもしれないという。むしろ、まったく違う操作体系を強いることは、かえってユーザーを混乱させてしまうだろうとも。つまるところ、言い方は違っても両氏の考え方は同じだ。最終的には淘汰されてどこかに収束していく。それがiPadやiPnoneと同じであっても、それはそれでいいんじゃないかということだ。

 これからほぼ3カ月をかけて、ここに集まった約100人のデベロッパーたちは、創意と工夫で新たな世代のアプリケーションを作る。フリーソフトの作者にまで熱心にリクルーティングするマイクロソフトに、ちょっとした覚悟を感じた。これは本気だ。

 来春、桜開花の便りがきこえるころには、Windowsで動くタブレットが欲しいと思えるようなソフトウェアがドッと出てくるのだろう。その動きが、世界規模のムーブメントに広がっていくことに期待しようと思う。