山田祥平のRe:config.sys

ドコモが次に企てていること




 ドコモがスマートフォン向けのプラン「spモード」の詳細を発表した。先日来、ドコモのSIMロック解除の問題が世の中を騒がせているが、前回に引き続き、もう少し、それでモバイル通信の何が変わるのかを考えていくことにしよう。

●spモードが強引に切り開く世界

 今、東京・有明のビッグサイトにおいてモバイル通信関連の展示会、「WIRELESS JAPAN 2010」が開催されている。初日には、ドコモ、KDDI、ソフトバンクといった国内の代表的なキャリアによる基調講演がラインアップされ、盛況を博していた。

 基調講演を続けて聴講する限り、どのキャリアも、データ通信トラフィックの急増が悩みの種のようだ。そんな中で、ドコモの山田社長はiモード端末の強化はもちろん、スマートフォンへの取り組みを強化することに言及、さらなるトラフィック増加へ同社が対応できるという自信をアピールした。

 このイベントに先だって発表されたドコモのspモードは、明示的に専用のAPNを指定することで、iモード端末以外の端末から、専用のアプリケーションなどを使ってiモードメールを読み書きできるようにするというものだ。発表段階では、ドコモが発売するスマートフォンにのみ対応で、そのプラットフォームはAndroidとWindows Mobileだ。当然、iPhoneやiPadには対応していない。

 もし、このspモードが対応ドコモ端末の所有者でなければ契約できないのだとしたらSIMロックを解除しようと旗をあげる意味がない。念のためにドコモのサポートに問い合わせてみたところ、対応端末の所有者でなくても契約自体はできるのだそうだ。仮に法律的に国内利用が許されたSIMフリーのスマートフォンがあれば、それにspモード契約済みFOMAカードを装着することで、spモードによって提供される各種の機能が使えるようになる。こうして端末とサービスを、いったん切り離すのがドコモの狙いだ。

 対応プラットフォームにiPhoneが用意されていないのはなぜか。ソフトウェア開発に問題があるのではなく、そのソフトを配布できるかどうかが、アップルの胸先三寸で、そこにドコモが関与できないからなのだろう。こればかりは、現在の、App Storeの仕組み上、どうしようもない。

 いずれにしても、spモードによって、端末依存に近い状態だったiモードを、SIMと共に他の端末にも持ち出せるという状況ができあがる。ドコモ以外の端末を使っていても、FOMAカードを持つドコモの契約者であり、ドコモの回線を使う限りは、iモードをサポートするということだ。これはハードウェアとソフトウェアが一体で専用機に近い存在だった端末に、iモードというVPNを提供し、iアプリという概念を持ち込み、あとからソフトウェアを追加できるようにし、そしてインターネットへのゲートウェイとしても機能させたドコモの次なる戦略であるといっていい。ソフトウェアさえあれば、ハードウェアは何だってかまわなくするわけだ。流行の言葉でいえば、端末の仮想化といってもいいかもしれない。

●端末の仮想化で何が起こるのか

 スマートフォンからiモードメールを使う仕組みはすでに「iモード.net」という仕組みで実現されている。だから、spモードが初というわけではない。PCでiモードメールを扱うことができる月額税込み210円のこのサービスに加入すれば、PCやスマートフォンからiモードメールを読み書きすることができるようになる。spモードは、iモード.netに、さらに追加でISPとしての機能、コンテンツ決済サービスの機能を加えたものだと考えればいいだろう。

 MNPによって、携帯電話番号を保持したままキャリアを自由に変更できるようになっている今、携帯メールアドレスは、キャリアにとってユーザーを引き留めるための命綱的要素だといっていい。だからこそ、SIMといっしょに持ち運べるようにするわけだ。当たり前のことだ。そこは、携帯電話番号と紐付けられたSMSやMMSこそ携帯メールと認識し、SIMといっしょに持ち運べた欧米と日本の事情が異なるところだ。iモードメールはSMSやMMSにインターネットメールとの親和性を加えた点で先を進みすぎていたというわけだ。

 ドコモでは、今後、FeliCaやワンセグ、さらには、iモード端末特有の機能もスマートフォン向けに展開する方針だという。Felicaとiモードメール、そして各種のiモードサービスが使えるならスマートフォンを使いたいというユーザーは日本にも少なくないはずだ。これらのサービスを使えないからiPnoneに移行できないとか、もう1台携帯を持つといったユーザーの声も聞く。

 ある意味で、ドコモがベンダーと協業して開発して作る端末は、iモードサービスのリファレンス機だ。それを後から追いかける端末がどんどん出てくる方が都合がいい。Androidでいえば、ちょうど、GoogleのNexus Oneと同じだ。

 もっとも、日本はもちろん、香港、シンガポール、中国、タイ、インドとアジアを中心に広がりを見せているFeliCaだが、欧米では決して主流ではない。だから、FeliCaがiPhoneにすぐに搭載されることは考えにくいが、アジアのベンダー各社がしのぎを削っているAndroidスマートフォンの世界では搭載が進むかもしれない。まあ、そのためには、AndroidやWindows Mobileなどプラットフォーム側の対応も必要で、その背後にはGoogleやMicrosoftなどの米国勢の存在があるが、それをなんとかするくらいのドコモの力業を見せてほしい。

●まずはオープンであれ

 iモード端末でしかできないことは確かにたくさんある。ドコモが世界に先駆けて率先してやってきたことはすごいことだ。基調講演ではソフトバンクモバイルの松本副社長もそのことに敬意を表した発言をしていた。

 iモードサービスはハードウェアに依存したものと、ソフトウェアに依存したものがある。FeliCaはハードウェアに依存する代表的な例だが、実際にはFeliCaへのI/Oを用意するだけで、多くはソフトウェアだけで解決できる。それは、PCにUSB接続したパソリがあれば、アプリケーションの追加によってFeliCaへのチャージやショッピングができることを見ればわかる。OSの対応は特に必要がないわけだ。

 つまり、ドコモは、iモードの端末依存を解消し、マルチプラットフォーム化を促進しようとしているのではないか。そして、最終的にiPhoneがというか、アップルが許せばいつでもそれに対応できるように準備万端の状態にしておく。

 そうしておけば、今後、登場するであろう、さまざまなAndroidデバイスに容易に対応できるし、それらのデバイスがドコモの回線を使わなくても、インターネットを介してクラウドとしてのiモードを利用できるようにすれば、データトラフィックの増大をモバイル回線だけに頼らなくてすむ。

 こうした世界を実現し、世界中の端末ベンダーの協力を仰ぐには、ドコモ自体がオープンであることをアピールする必要がある。ドコモにとってiPhoneやiPadは、のどから手が出るほど魅力的な端末であるのは今なお間違いないが、腹づもりとしては、あらかじめ包囲網を作るという戦略で間違っていないと思う。そのうちに、LTEの時代がやってきて、端末の共通化が進めば、KDDIも足並みをそろえてくるに違いない。これはなんだか、MicrosoftがWindowsでやろうとしてきたことと似ている。当時はプラットフォームの主流はOSだったが、今の主役はクラウドだ。ハードウェアに依存せずにサービスを提供する目論見は実現するのだろうか。ずいぶん気の長い話だが、まずは始めなければ願いは叶わない。