山田祥平のRe:config.sys

今、ThinkPadを選ぶ理由




 今なお、ノートPCのブランドとして最高に近い評価を受けているTninkPad。ノートPCを手に入れるならThinkPad以外は考えられないというユーザーも頻繁に目にする。冒頭の写真はThinkPadの一部だが、これを見てそうだとわかる方はかなりたくさんいるはずだ。赤いトラックポイントにはそのくらい強烈なインパクトがある。今回は、モバイルワークステーションの「ThinkPad W510」をしばらく使ってみることができたので、そのインプレッションをお届けしたい。

●最新、最高のスペックを持ち運びサイズに凝縮

 マルチコアが当たり前の時代となり、デスクトップでは6コア12スレッドのGulftownこと、Core i7-980Xなども登場し、いったいこれだけのコアを何に使えばいいのかもてあまし気味でもある。でも、やっぱりコンピュータは速い方がいい。ほんの少しのレスポンスの違いがコンピュータを使う気分に影響し、それが作業効率の向上にもつながる。

 今回使ってみたThinkPad W510は、Core i7-720QMを搭載した431946J(リンク先はPDF)だ。4コア8スレッドのプロセッサを約2.67kgの筐体に積み、6セルのバッテリで約3時間の駆動ができる。目立った装備としては、GPUにNVIDIA Quadro FX 880Mを採用、WiMAXやBluetoothはもちろん、V.90モデムをも搭載し通信の構えも万全だ。ディスプレイは15.6型の1,600×900ドットで、カラーセンサーを内蔵し、本体だけで簡単にディスプレイのカラーキャリブレーションができるようになっている。また、USB 3.0にDisplayPortと最新のインターフェイス搭載にもぬかりはない。もちろん、指紋センサーも装備する。

 最新かつ最高のスペックのプラットフォームを単にボディに載せるだけなら、そんなに難しいことではない。でも、ある種のポリシーを持って統合された環境を提供するのはベンダーごとの手腕が問われる。

●かゆいところに手が届くThinkVantageツール群

 個人的に、ThinkPadがThinkPadたるためのアイデンティティのように感じているのは、統合ユーティリティであるThinkVantageのツール群だ。キーボード上部の青いThinkVantageボタンを押せばいつでも起動することができ、システム全般のメインテナンス、設定等を一手に引き受ける。この手のユーティリティは、複数社のノートPCを併用する際、使い勝手の違いから邪魔に感じることが多く、OSの標準機能ですませ、たいてい使わずじまいになるのだが、ThinkVantageのツール群だけは別だ。

 特に秀逸なのは、ネットワーク関連の制御を司るAccessConnectionだ。たとえば、今回使ってみた機体にはWiMAXが内蔵されている。モジュールはインテルCentrino Advanced-N + WiMAX 6250で、モジュール自体は珍しいものでもなんでもなく、最新のPCへの搭載が始まっているものだ。

 WiMAXの登場時から文句を言い続けているのだが、内蔵WiMAXの不便なところは、Wi-FiとWiMAXが同時に利用できない点だ。Wi-Fiを使いたいとき、WiMAXを使いたいときは、人間がどちらかを明示的に選択しなければならない。

 でも、AccessConnectionユーティリティは、その不便を解消してくれる。このユーティリティはネットワーク接続の場所や手段をロケーションプロファイルとして保存するためのものだ。

 プロファイルには複数のネットワーク接続手段を登録し、そして、それに優先順位を設定しておくことができる。例えば、基本的にはもっとも高速なGigabit Ethernetで有線LANを使うが、移動中はWi-Fiを使い、Wi-Fiの圏外ではWiMAXを使うといった設定ができるのだ。有線LANを使うにはケーブルを装着する必要があるが、Wi-FiやWiMAXの切り替えに物理的な操作は必要ない。WLANとして常用しているWi-Fiアクセスポイントを設定し、他の接続が無効のときはWiMAXを使って接続するように設定しておけば、複数種類のネットワークがそのときの状態に応じてシームレスに切り替わる。

 当然、Wi-Fiが使えなければWi-FiをオフにしてWiMAXをオンに切り替えて接続にチャレンジする。もちろん、Wi-Fi接続時に有線LANのケーブルを接続すれば、Wi-Fiの電源が切れ、ネットワークは有線に切り替わり、最高速での接続に切り替わる。設定方法がちょっとややこしく、もう少し整理してほしいところだが、わかってしまえば簡単に快適な振る舞いを構築できる。

 こうしたかゆいところに手が届く環境を提供できているのは、WiMAX内蔵PC数多しといえ、ThinkPadだけだ。ThinkPadの故郷ともいえる大和研究所は、モバイルシーンにおいて誰が何をほしがるのかを知り尽くしているかのようだ。

●DisplayPortかHDMIか

 2.64kgという重量は、日常的に持ち歩くのにはつらい。1kg未満で5時間以上のスタミナを持つPCを携帯するのに慣れてしまった今、さすがに公称3時間しか使えないマシンを連れ歩く気にはなれない。でも、宿泊を伴う出張は別だ。あるいは、会議室等で長時間ミーティングなどをする際にも同じことがいえる。出先でテンポラリに数十分使うというのではなく、腰を据えて、ある程度の量の作業をしようというときには、できる限り、自宅で使っているパフォーマンスに近いものが欲しい。その点、Core i7-720QMの4コア8スレッドは心強い。使っていてもストレスを感じることはない。

 液晶については欲をいえばフルHD解像度が欲しかったところだが、15.6型という液晶サイズを考えるとこの解像度は妥当だ。液晶サイズが大きくなり、解像度が上がれば、本体重量もそれに伴って増加する。その気になればモバイルPCとしても使えるというギリギリの損益分岐点がこのあたりなのだろう。

 それに、最近は、会議室やホテルの部屋に液晶TVが設置されていることが多くなっている。来年に地デジ完全移行を控え、テレビの業界も売り込みに懸命らしい。設置されたTVは多くの場合、HD解像度、あるいは、フルHD解像度をサポートし、HDMI端子を装備している。場合によってはオーバースキャン設定が変更禁止になっていて、入力した映像をドットバイドットで表示できないケースもあるが、出先で大画面の液晶ディスプレイが使えるのはかなり便利だ。

 ThinkPad W510にはアナログRGBとDisplayPort、2種類のディスプレイ出力が装備されている。通常のTVにはDisplayPort端子が装備されているはずはなく、接続するためには変換のためのケーブルが必要になる。ちょっと調べてみると、3,000円以下で購入できるようなので、出張時には鞄の中に忍ばせておくと重宝する。

 ただ、問題は、本機のDisplayPortがオーディオをサポートしていない点だ。だから、オーディオの出力は本機のスピーカーで鳴らすしかない。おそらくほとんどのTVは、HDMI入力の際に、音声だけ別途入力するということはできないだろう。ただ、本体だけでもそれなりにボリューム感が得られるので、大きな不便はない。

 特筆すべきは、このディスプレイがカラーキャリブレーションに対応していることだろう。パームレスト右側の指紋センサーの隣にセンサーが装備されている。また、ユーティリティには、huey PROが付属する。ユーティリティを起動し、画面の指示にしたがってディスプレイを閉じ、30秒ほどでキャリブレーションが終了する。デフォルトのWindows 7カラープロファイルは、TP60LCD.icmだったが、キャリブレーション後は、新たに生成された「hueyPRO ThinkPad Display 1600x900.icc」に変更された。PCとしては写真やビデオの編集にも十分なパフォーマンスが得られるスペックだけに、想定ターゲットユーザーにこうした機能は歓迎されるにちがいない。

●コンピューティングスタイルの曲がり角にThinkPadが待っている

 わかりきったことだが、この製品は、PCはできれば1台にすべてを集約したいと考えるユーザーのためのものだ。ほとんどを常置場所で使い、ごくまれに外に持ち出す。だから、処理能力は高ければ高いほどいい。そのために携帯性が犠牲になるのはある程度は仕方がないと割り切る。

 もし、頻繁に持ち出すことを考えているのなら、常置場所では高性能デスクトップ機、モバイルにはCULVノートなどの2台体制にした方が得られるパフォーマンスは高く、トータルコストは安くつくかもしれない。

 誤解を怖れずに言えば、こうしたコンセプトのノートPCは、今後、レガシーな存在として主流からははずれていくのではないだろうか。クラウドの充実などによって、複数のPCを連携させるソリューションがポピュラーになることで、高性能をコンパクトにまとめて1台ですませるよりも、用途に応じた複数台を使い分ける方がリーズナブルな時代がやってくるからだ。そういう意味では、今は、デスクトップPC復権の時代であるともいえる。

 そんな時代のパラダイムシフトに合わせ、ThinkPadの今後の製品展開に変化が起こるとしたら、デスクトップリプレースをかなえるハイパフォーマンスマシンの淘汰かもしれない。ThinkPad Wシリーズには、W5xxの上に、W7xxのシリーズがあり、ディスプレイサイズ、プロセッサの処理能力などはさらにW5xxシリーズを上回る、まさにオールインワンワークステーションとしての名に恥じないスペックを持っているが、4kgを超える重量は、ビル内を持ち運ぶにしても一仕事だ。

 その点W5xxシリーズは、持ち運ぶ気になれるギリギリのサイズ、重量であり、処理能力の低いPCを持ち運ぶくらいなら、スマートフォンや携帯で十分と考えるユーザーが、モバイルワークステーションに求める要素を集約した最後の砦ともいえる存在かもしれない。このスペックなら、陳腐化するまでには、相応の時間もかかるだろう。きっと長く愛用できるマシンになるはずだ。

 ThinkPadの凄いところは、こうしたユーザーごとのコンピューティングスタイルを網羅的にカバーし、それぞれのユーザーに、これは欲しいと思わせる製品をきちんと用意している点だ。ユーザーのコンピューティングスタイルも変わっていくが、変わった先にThinkPadが先回りして待っているといったところだろうか。ThinkPadファンにとって、PCの選択は必然以外の何者でもないのかもしれない。