CeBITにおいてノートPCベンダー各社は、IntelのConsumer ULV、AMDのYukon/Congo、NVIDIAのIONを搭載した新しい薄型ノートPCを展示した。それらは、11~13型クラスの液晶を搭載した「ポストネットブック」とでも言うべき、新しい市場を目指した製品になる。 このクラスのノートPCは、これまで1,500ドル(約15万円)を超えるような高価な製品ばかりだったが、コンポーネントベンダーの新戦略により、ネットブック同様、新しい価格帯へのシフトが起こることになりそうだ。 ●中はスカスカだったCeBIT展示会場
今回のCeBIT全体の感想を率直に表現するのであれば、「ああ、経済危機ってこういうことを言うんだな」というものだ。正直日本にいると、経済危機と言っても、自動車や家電、金融など一部産業が打撃を受けている実感はあるものの、それらに比べるとIT業界や通信業界に関しては、さほどひどい状況にはなっていないという印象を受ける。例えば、電気店にいけば、相変わらず携帯電話キャリアのキャンペーンガールが、にこやかに微笑みかけてくれるし、PCの売り場に行けば多くの製品が並んでいてユーザーが熱心に説明を受けている姿を見ることができるからだ。 しかし、経済危機の波は確実にIT産業にも押し寄せてきている。というのも、今回、CeBITに来てみて、ホール数が少し減っていたことは予想通りだったのだが、あるホールではその1/2の面積が使われていないとか、こっちのホールは1/3使われていないという状況が、ほとんどのホールで起きていたからだ。その使われていないエリアは、急造の壁を利用して仕切られており、できるだけ来場者の目には入らないように工夫されていたが、こんなことはCeBITに来るのが11回目の筆者にとって初めての体験だ。 おそらく、早い時点で参加企業が少なければホール数を減らすこともできたはずなので、ホール数を決めた時点よりあとで、イベントの不参加を取り決めた企業が多かったのだろう。 ●元気だった台湾メーカー、ブランド認知度が高いEMEA市場を重視 そうした中でも、「元気だな」という印象を得たのは、台湾メーカー勢だ。韓国や中国といった国からの出展社が大きく減少しているのに対し、台湾メーカーは減ってはいるものの、その減り方が少ない印象だ。実際、COMPUTEX TAIPEIの主催者であるTAITRA(Taiwan External Trade Development Council、台湾貿易センター)の発表によれば、今年のCeBITで出展社数が最も多かった地域は台湾だったというのだ。確かにホール21/24という台湾メーカーが集まっているホールは、例年通り「ミニCOMPUTEX」とでも言った様相を呈しており、出展社も来場者も元気だった。 台湾メーカーがCeBITに力を入れるのは、EMEA(ヨーロッパ、中東、アフリカ)地域が、台湾メーカーにとって重要な市場だからだ。この地域での台湾メーカーのブランド認知度は、日本でのそれに比べて圧倒的に強力で、ノートPCもマザーボードも売り上げは好調なのだ。このため、例年台湾メーカーはこのCeBITで新製品を発表し、EMEA地域のバイヤーにアピールする場として利用しているのだ。 今年も新しいネットブックやノートPCなどが、ここで多数発表された背景にはそうした事情がある。もっとも今年は、Intelの「指示」により、Intelの新しいチップセットを搭載したマザーボードの展示が、マザーボードベンダーのブースではP55のみとなってしまったため、あまりアピールできず、各社ともちょっと残念そうだった。
●ネットブックとSV版薄型ノートPCの間にあるエアポケット さて、前置きはこのぐらいにして本題に入ろう。今回CeBITで筆者が感じたPC業界の次のトレンドは、11~13型の液晶を搭載した薄型ノートPCの低価格化だ。このトレンドに関しては、CeBITではいくつかの具体的な製品がでてきたと同時に、業界の誰もがこのトレンドについて語っていた。 そもそもなぜこのトレンドがでてきたのか、もう1度おさらいしていきたい。図1は、現在のノートPCのポジショニングを、縦軸を液晶ディスプレイのサイズ、横軸を価格で示したものだ。
液晶ディスプレイのサイズを元に区別すると、10型以下がネットブック、10~14型がULV(Ultra Low Voltage)のCPUを採用した薄型ノートPC、14型以上がSV(Standard Voltage)、つまり通常版のCPUを採用した薄型ノートPCという切り分けになる。このうち、ネットブックの価格帯は299~499ドルで、SV版CPU搭載ノートPCは599ドル以上となっている。これに対して、ULV版のCPUを搭載した薄型ノートPCは、多くが1,500ドルを超える価格帯になっており、安価な製品というのは一部の例外を除いてほとんど存在していなかった。 なぜかと言えば、この市場が、日本市場やAppleなど一部メーカー製品を除き、企業向けと考えられていたからだ。日本市場では、高めの価格帯であっても、付加価値を見いだすユーザーが多数いたため、一般消費者向け製品も多数リリースされているが、海外市場ではそうではなかった。 しかし、製品の価格を下げれば、これまでは見向きもしなかった一般消費者に興味を持ってもらえることが、ネットブックにより実証されたのだ。この事例を元にノートPCラインナップを再び俯瞰してみると、ちょうど図1の赤い破線で囲った市場が未開拓であることにみな気付いたというわけだ。 ●AMD、NVIDIA、Intelの各社が対応プラットフォームを用意 今PC業界ではこの市場を開拓すべく、着々と準備を進めている。問題は、どうやってこの価格帯を実現していくかだ。もっともわかりやすいアプローチはネットブックがそうだったように、コンポーネントの価格を下げていくことだ。 これにはすでに取り組みが始まっている。いち早くこのマーケットに対応することを打ち出したのがAMDだ。AMDのYukonは、CPUパッケージこそ新しいものを採用しているが、CPUコアやチップセットなどに関しては既存のものを再利用しているため、安価に提供できる。別記事でも報じた通り、Yukonはものによっては、20ドル以下でOEMベンダーに提供されるとの情報もあり、非常に安価に製品を作ることができる。Yukon搭載製品は、12型液晶のものをHPがInternational CESで発表しており、まもなく米国で提供が開始される予定だ。 こうした取り組みをしているのはAMDだけではない、NVIDIAのIONプラットフォームも実はこの市場を意識している。以前の記事で書いた通り、NVIDIAのRene Haas氏(ノートブック製品ジェネラルマネージャ)は「今ノートPCは599ドル以上の価格帯だが、それをAtom+GeForce 9400M Gの組み合わせで、499ドルや399ドルの価格帯で作ることが可能になる」と発言したことを取り上げた。つまり、NVIDIAはIONでこの低価格薄型ノートPC市場をも視野に入れているということだ。 こうした競合他社の動きに呼応して、Intelの動きも活発になっている。CeBITの記者説明会で、同社がConsumer ULVの取り組みに関して語ったことは、別レポートの通りだ。OEMメーカー筋の情報によれば、IntelはすでにULVのプロセッサの価格を下げる決定をOEMメーカーに伝えているという。具体的には現在161ドルに設定されているULV版Celeron 723(1.2GHz)の価格を108ドルに下げることを明らかにしている。さらに今年の第3四半期には、小型ノートPC向けに小型パッケージを採用しているGS45の廉価版となるGS40を投入する計画だ。これらにより、OEMメーカーに提供するコンポーネント価格を下げ、新しいConsumer ULV市場を立ち上げるのがIntelの戦略だ。 また、OEMメーカーの中には、Menlowプラットフォームを採用したり、今後投入される予定のAtom N280+GN40を採用するところもある。特にAtom N280+GN40の組み合わせは、Atomの弱点だったHD動画のハードウェアデコーダがないという問題と、Windows Aeroが使えないというMenlowプラットフォームの弱点も克服しているため、薄型ノートPCに乗せてくるベンダーもでてくるだろう。 【表1】低価格薄型ノートPCに採用が予想される各社のプラットフォーム(筆者作成)
●未曾有の経済危機の中、低価格路線は市場のニーズにマッチする可能性 もう1つ忘れてはならないことは、韓国のウォン安に端を発する液晶パネルの価格下落だ。液晶パネルの価格は続落状態で、これまで高止まりをしていた10~13型クラスのパネルもどんどん下がってきていると、ノートPCメーカーの関係者は指摘する。つまり、コンポーネントの価格的には、399や499ドルの薄型ノートPCが夢物語ではなく、現実のものとなる可能性が高いのだ。 今回、台湾ベンダーのASUSTeK Computerは、記者会見において、Eee PCの新製品の前に、薄型ノートPCであるUX/Uシリーズを紹介した。ASUSだけでなく、MSIも記者会見の冒頭で、X-Slimという薄型ノートPCをアピールした。また、業界筋の情報によれば、こうした表の場にはでてこないODMベンダーも、低価格な薄型ノートPCに取り組んでおり、399ドルの12.1型ノートPCといった製品をOEMメーカーに持ち込んでいるところもあるという。こうしたことから、今後低価格な薄型ノートPCがトレンドの1つとなることは間違いない状況だろう。 未曾有の経済危機の中、比較的堅調だったPC業界にも不況の影は確実に迫りつつある。消費者の財布のひもが固くなっていく可能性が高い中、より低価格な製品を提供していこうという方向性は間違っていない。だがこれは、これまで10~13型液晶を搭載した薄型ノートPCに頼ってきた日本のPCメーカーにとって、製品の見直しを迫るターニングポイントとも言うことができるだろう。
□関連記事 (2009年3月9日) [Reported by 笠原一輝]
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