笠原一輝のユビキタス情報局

NVIDIA、Atom向け“IONプラットフォーム”を発表
~統合型チップセットGeForce 9400M GをAtom対応に




NVIDIAのION Platformを利用したPico-ITXのAtomマザーボード

 NVIDIAは、MCP79の開発コードネームで知られるDirectX 10のGPUを統合した統合型チップセット(NVIDIAの呼び方ではmGPU)のGeForce 9400M Gで、IntelのAtomプロセッサをサポートすることを明らかにした。開発コードネーム“IONプラットフォーム”(IONは日本語にするとイオンだが、英語だとアイオンの方がより原音に近い)と呼ばれる、新しいプラットフォームは、ネットブック、ネットトップ、そして低価格ノートPCにNVIDIAの統合型チップセットを普及させる役割を担うことになる。

 NVIDIA ノートブック製品ジェネラルマネージャのRene Haas氏は「一般的な用途に使うプロセッサとして、Atomは充分な性能を持っている。そこに我々のGPU技術を追加することで、これまでネットブックでは実現できなかった使い方を可能にする」と述べ、Intelがネットブック向けに提供しているGPU統合型チップセットであるIntel 945GSEと組み合わせて使う場合に比べて高い3D描画性能や動画処理性能を実現するとアピールした。

●Intel第3四半期決算に見るASP下落も粗利益上昇のAtomマジック

 もはや筆者がここで繰り返すまでもなく、ネットブックのマーケット拡大は、市場に大きな変革の波をもたらしたことは疑いの余地はない。もちろん、市場シェアの変動という観点で見ても、日本市場においてこれまで小さなプレーヤーでしかなかったAcerやASUSTek Computer(以下ASUS)が一気に存在感を高めたことを見ても、“そのインパクト、ビックバン”という感じだろうか。

 そうした変動は何もOEMメーカーレベルに留まらない。コンポーネントを供給する半導体メーカーにも大きな影響を与えている。例えば、それはIntel自身とて例外ではない。実際、Intelが10月13日に発表した2008年第3四半期(7月~9月期)の決算の発表にはおもしろい記述がある。

  1. マイクロプロセッサーすべてのASP(平均販売価格)は前期比で減少しました。
  2. Intel Atom プロセッサーの出荷分を除くASPは同等でした。
  3. 粗利益率は2008年第2四半期の55.4%から58.9%に上昇しました。この上昇は主に、マイクロプロセッサーの製造単価の低減とマイクロプロセッサーの売上増によるものです。
(10月14日に発行されたIntel日本法人の抄訳より抜粋、番号は筆者がつけた番号)

 1)のASPというのはAverage Sales Priceの略で、平均販売価格という言葉の通り、Intelの全CPUの売価を足して、それを販売個数で割ったものだ。つまり、999ドルで販売しているExtreme Editionから、20ドル以下のAtomまで全部のCPUの平均価格ということになる。有り体に言えば、売ってるものの値段は全体的に安くなったということで、その要因がAtomであることは2)の記述からでも明らかだ。しかし、3)で言われているように、粗利益率の“儲け”は上昇している。

 これ示していることを平文に直すと、「平均価格は単価が安いAtomが沢山売れたおかげで、下がっちゃいましたよ。でも、Celeronとかに比べてAtomを作るコストはもの凄く低いから、利益はちゃん出て儲かってますよ」ということになる。そのほかにも、リリースを見るとIntel史上最高の第3四半期の売上高となっており、Atomの売り上げが伸びたことは高い利益をあげることが企業の存在意義であるととらえるのであれば、Intelにとって悪くないことだった、ということになる(少なくとも2008年第3四半期の決算では、という前提付きだが)。

 だが、それは低コストで製造できるAtomを持つIntelは、とりあえず利益は上がったのだから問題ないが、GPUメーカーとしてのNVIDIAやAMDの立場に立ってみるとどうだろうか? IntelのAtomの出荷数が増えると言うことは、相対的にGPUの出荷数が減っていくということを意味している。つまり、ネットブックやネットトップの出荷量が増えれば増えるほど、GPUメーカーの売り上げは下がり、かつ別にコスト削減もないのだから利益率も下がるということになる。GPUメーカーにとって最悪のストーリーが起きている、ということができるのだ。

●強力なGPUを持っていないネットブック市場に斬り込む

NVIDIAが試作したIONプラットフォームのマザーボード。CPUはAtom N270、チップセットにGeForce 9400M Gを利用

 もちろんGPUメーカーとて、この状況に手をこまねいている訳ではない。IntelのネットブックのプラットフォームとなるAtom+Intel 945GSEの弱点は、以前の記事でも触れたとおり、内蔵GPUの貧弱さだ。

 だから、本当であれば外付けGPUを搭載したいのだが、Intelの“ネットブックの定義”の中には、外付GPUは不可という規定がある。このため、ASUSのN10Jという外付GPUを搭載したノートPCは、外付けGPU以外の条件は満たしているのにIntelから提供されるコンポーネントの価格は半額という規定が適用されないし、かつ外付GPU分の追加コストも必要になるので、同じようなスペックのネットブックに比べて高めの価格設定になっている。

 「IntelのAtomの弱点はチップセットに内蔵されているGPUが非常に貧弱なことだ。ハイエンドユーザーが必要とする、動画再生支援機能もないし、3Dゲームとの互換性も低い。そこで弊社では、ネットブックでもハイエンドのソリューションを満たすために、GeForce 9400M GでAtomプロセッサもサポートすることを決めた」とNVIDIA ノートブック製品ジェネラルマネージャ Rene Haas氏は説明する。つまり、GPUメーカー側でも、Atom+Intel 945GSEの弱点は内蔵GPUだととらえているのだ。

 しかも、NVIDIAにとって、すでにあるIntelプラットフォーム向けの統合型チップセットを利用して、Atomをサポートするのは非常に容易だ。というのも、Core 2/Celeron系のシステムバスとAtomのシステムバスはクロック周波数を別にすれば細かな差異だけで、基本的にはほぼ同じものだと言ってよいからだ。つまり、実質的にNVIDIAがやるべき事は、Core 2/Celeron向けと同じく独自の動作確認を行ない、メーカーに対して稼働保証を行なうだけということになる。なお、バスライセンスに関しては「弊社はIntelと包括ライセンスを結んでいる。このため、そうした問題は両社間には存在していないと理解している」(Haas氏)としている。

●MCP79を利用して3Dグラフィックス、ハードウェアデコーダ、CUDAをネットブックに

 今回、NVIDIAがAtom用として発表したのは、開発コードネームMCP79で開発が進められ、すでにノートPC用としては提供が開始されているGeForce 9400M Gとなる。GeForce 9400M Gは、ノートPC用としてすでに提供されているGeForce 9400M GとGPUのクロック周波数などは同等で、システムバスのクロック周波数がAtomにあわせて533MHzになっていることを除けば、ほぼ同じ製品と考えて良い。つまり、すでにあるGeForce 9400M Gという製品に、Atomサポートが追加された、ということだ。

 Haas氏によればAtom用GeForce 9400M Gの特徴は主に以下の点であるという。

  1. 3D描画性能がGMA 950に比べて高く、3Dゲームなどの互換性が高い
  2. Direct3D 10に対応している
  3. HD動画のハードウェアデコーダを内蔵している
  4. CUDAアプリケーションやGPGPUのアプリケーションを利用できる
  5. 1チップになるため、2チップ構成のIntel 945GSEに比べて実装面積を小さくできる

 Hass氏はGeForce 9400M Gの3D描画性能は、Intel 945GSEに内蔵されているGMA 950に比べて非常に高く、かつ3Dゲームの互換性が高いと主張する。「弊社のラボでは多数の3Dゲームをテストしている。GMA 950では動作もしない最新ゲームが、GeForce 9400M Gではちゃんと起動し、かつ実際にプレイできる」(Hass氏)との通り、GMA 950では動作しないゲームでも、GeForce 9400M Gでは動作する例はたくさんある。また、GMA 950ではDirect3D 9までのサポートとなるが、GeForce 9400M GではDirect3D 10までの対応となり、OEMメーカーがVista Premiumのロゴを取得することも可能になる(ネットブックでVista Premiumのロゴが必要かはこの際議論しないとして…)。なお、Hybird SLIにも対応可能なので、例えば外付GPUを別途搭載して、それと切り替えて利用するという使い方も可能だ

 IntelのAtom用チップセットで、旧Centrino Atom向けのUS15WにはHD解像度のMPEG-4 AVC/WMV形式の動画を再生するためのハードウェアデコーダを内蔵している。一方、Intel 945GSEには動画のアクセラレーション機能はあるが、フルデコーダの機能は搭載されていない。このため、HDのMPEG-4 AVCやWMVなどを再生した場合には、CPUの処理能力が足りずに激しくコマ落ちが発生し、実用に耐えない。しかし、GeForce 9400M GではPureVideo HDと呼ばれるフルデコーダ機能を内蔵しており、これを利用すれば、US15Wと同じようにHDのMPEG-4 AVC/WMVの動画をAtomでも再生することができるようになる。

 また、MCP79のGPUは、GeForce 8/9世代のコアを利用しているため、CUDAアプリケーションを動作させることができる。実際、Hass氏のデモでは、GeForceを利用したエンコーダソフトの「Badaboom Media Encoder」で、Atomを利用してエンコードするよりも遙かに高速にエンコードできる様子や、CUDAアプリケーションではないが、シェーダを利用して画像の処理ができる最新のAdobe Photoshop CS4による、RAWデータをリアルタイムで回転させる様子などが示された。Photoshopのデモなどは、CPUで描画させた場合には、紙芝居よりも遅い速度でしか描画できず、その差が非常に大きいものだと実感できた。

NVIDIAでCall of Duty 4をIntel 945GSEとGeForce 9400M Gで動かした時の結果。Intel 945GSEでは起動もしなかったが、GeForce 9400M Gでは起動し、ゲームをプレイできた(出典:NVIDIA) IONプラットフォームでMPEG-4 AVCのHD動画を再生しているところ IONプラットフォームでCUDAアプリケーションであるBadaboom Media Encoderを実行しているところ。エンコードはAtomがもっとも苦手とする分野でもある

Photoshop CS4を利用したRAWデータ画像の回転
【動画1】GeForce 9400M Gを利用してGPUでRAWデータを回転させているところ。見てわかるとおり、グルグルとスムーズに回転させられる
【動画2】Atom N270を利用して90度回転させているところ。演算にこれだけの時間がかかることが動画から分かる。ステータスバー以外数分ほとんど動かない

●1チップ構成になることで、より小型のマザーボードを製造可能に

 Hass氏によれば、そうした機能面のメリットと同時に、基板設計の観点でもGeForce 9400M Gにはメリットがあるという。「GeForce 9400M Gはノースとサウスが1チップ構成になっている。このため、ノースとサウスがそれぞれ別チップになっているIntel 945GSEに比べて実装面積を小さくすることができる」と述べている。実際、Hass氏が示した資料を元に筆者が作成した実装面積の比較が表1だ。

【表1】GeForce 9400M GとIntel 945GSE、US15W利用時の実装面積、消費電力比較
  IONプラットフォーム Diamondville+Intel 945GSE Menlowプラットフォーム
熱設計消費電力 CPU 2.4W 2.4W 2.2W
ノース 14W 4W 2.3W
サウス - 1.5W -
合計 16.5W 10.5W 4.5W
実装面積(平方mm) CPU 484 484 169
ノース 1225 1406.25 484
サウス
961 -
合計 1709 2851.25 653
ハードウェアデコーダ -
Windows Aero

 見てわかるように、US15Wを利用した場合に比べれば大きいものの、同じネットブック/ネットトップ用という比較で考えればIntel 945GSEに比べてGeForce 9400M Gは実装面積が小さくなっていることがわかる。実際こうした特徴を利用して、NVIDIAはいわゆるカードより若干大きなPico-ITXのフォームファクタのマザーボードを試作し、それが動作する様子を報道関係者に公開している。そのマザーボードを容積0.6Lの小型ケースに入れ、動作させたのだ。

 ただし、Intel 945GSEに比べて劣っている点がある。それが消費電力だ。Intel 945GSEがノース+サウスで熱設計消費電力が5.5Wなのに対して、GeForce 9400M Gは14Wとなっている。このため、熱設計の観点では、やや不利で、より強力な放熱機構が必要になるだろう。ただし、バッテリ駆動時間に関しては、熱設計消費電力ではなく平均消費電力が問題になるのだが「詳細なデータは今はもっていないが、他社のソリューションに比べてさほど変わらないレベルだ」(Hass氏)とのことで、若干のインパクトはありそうだが、大きなものではないというのがNVIDIAの見解だということだ。

NVIDIAのIONプラットフォームを利用した小型PC。シャシーの容積は0.6Lと超小型PCながら、3Dゲームを楽しむこともできる シャシーの内部。Pico-ITXのマザーボードだけで構成されているのではなく、I/Oポートを出すために、別基板も内部に用意されている。ただし、実際にはPico-ITXボードだけでも動作するという

●技術的にはアドバンテージがあるものの、販売戦略という点では越えるべき壁が存在する

 このように、技術的な観点から考えれば、Hass氏のいうことには筆者も同意したい。Atom+GeForce 9400M Gという組み合わせは確かに強力な組み合わせで、筆者も素直にそれを採用したネットブックがあればいいのにと思う。

 しかし、ビジネス的にどうかという観点で考えれば、NVIDIAの目論見通りにいくかと言われれば、疑問を持たざるを得ないことも事実だ。具体的に言えば、価格モデルの問題だ。Intelがネットブックに対して現行の価格体系を維持するのであれば、ネットブック市場にNVIDIAが入り込むスペースはほとんどないからだ。

 すでに本連載で何度もお伝えしているが、Intelがネットブック向けに提供している価格体系は、ある条件を満たせばCPU+チップセットの価格がCPUのみの値段ぐらいになってしまうというものだ。具体的にはCPU+チップセットでリストプライスでは80ドル(日本円で約8千円)近くであるのに、Intelが規定するネットブックの仕様を満たせば、それが半額になるというものだ。

 仮にNVIDIAがチップセットを単体で販売するとして、一体いくらならOEMメーカーは納得してくれるかが大きな問題だ。NVIDIAは同社が販売するチップセットのリストプライスを発表していないが、一般論としてNVIDIAの統合型チップセットは、Intelのそれにかなり近い価格レンジだと言われている。なので、同じように40ドル(同、約4千円)だと仮定して考えれば、OEMメーカーがCPU+チップセットに払う額が倍の80ドルになってしまう。一般的には部材コストの倍程度は価格に反映しないといけないので、最低でも100ドル(同、約1万円)の価格アップは避けられないことになる。言うまでもなくネットブックは20万円の製品ではなく、4~6万円レンジの製品だ。このため1万円の価格アップというのは、製品の競争力という観点で言えば、ほぼ無くなるに等しいと言ってもいい。従って、OEMメーカーにとってはあり得ない選択になるということになる。

 この点に関してHass氏は「確かに競合がそうした戦略をとっていることは我々も承知している。しかし、観点をネットブックではなく低価格ノートPCに変えてみて欲しい。例えば、いまノートPCは599ドル以上の価格帯だが、それをAtom+GeForce 9400M Gの組み合わせを利用することで、599ドル以下の価格帯、例えば499ドルや399ドルの価格帯で作ることが可能になる。そういう可能性もあると考えている」と話す。何も用途をネットブックに限定するのではなく、Atom+GeForce 9400M Gの組み合わせでフルノートPCを安価に作れるという市場を創出できる可能性があると指摘した。

●CPUにGPUとメモリコントローラが統合される次世代のAtomへの対応も課題

 確かにその可能性はあると思う。実際、ネットブックに引っ張られてノートPCの価格は下落を続けており、そうした市場にCeleron+GM43ではなく、Atom+GeForce 9400M Gという製品は動画再生や3Dといった点でプレミアムを持たせることができる可能性はある。

 だとしても、そもそもIntelがいつまでCPU単体のAtomを提供するのか、という点も疑問符をつけざるをえない。既報の通り、Intelは2009年の後半あたりにPineviewというコードネームで知られる次世代のネットブック用CPUを計画している。Pineviewでは、メモリコントローラ、GPUはCPU側に内蔵されてしまうため、NVIDIAのGeForce 9400M Gのようなソリューションが意味をなさなくなる可能性が高い。

 今のところ、この問題にNVIDIAは何も答えを出せていない。以前も指摘したとおり、最も安易な道はNVIDIA自身がx86プロセッサを提供することだが、現在NVIDIAはCUDAのようなソリューションで、GPUの価値を上げることに専念しており、それを阻害する要因となりかねない自社によるx86プロセッサビジネスの可能性は全否定している状況だ。以前の記事でも指摘したとおり、この問題は、NVIDIAのチップセットビジネスに対する大きな疑問点として以前として存在しており、それに対する答えは、今のところは示されていないのが現状だ。

 そうした意味で、現時点では価格モデルと将来という2つの点で大きな疑問符をつけざるを得ない。しかし、技術的な観点から見れば、Atom+GeForce 9400M Gは非常に魅力的な選択肢であるともいえ、いきなりネットブックは無理でも、NVIDIAが試作したような小型のネットトップなどで採用例が進めば、エンドユーザーに新しい選択肢を提供するという意味で期待したいものだ。

□NVIDIAのホームページ
http://www.nvidia.com/
□関連記事
【12月12日】【笠原】なぜCentrino Atomブランドは誕生からたった半年で消滅したのか
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1212/ubiq234.htm
【10月3日】【笠原】ネットブックが外付けGPUを搭載しない理由
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【9月26日】【笠原】ネットブックが、あんなに安い理由
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0926/ubiq228.htm

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(2008年12月18日)

[Reported by 笠原一輝]


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