AMDは開発コードネーム“Yukon”(ユーコン)で知られる薄型ノートPC向けプラットフォームを正式に発表した。同時にHPからYukonを採用したノートPC「HP Pavilion dv2」が発表され、CESの報道関係者向けイベントで公開されたのは別レポートでも触れたとおりだ。 このHP Pavilion dv2の登場は、ノートPCの価格破壊の新たな始まりかもしれない。重要なことは、このHP Pavilion dv2が機能制限されたネットブックではなく、光学ドライブを内蔵していないことを除けばフル機能を備えたノートPCであるという点だ。にもかかわらず、その価格は699ドル(日本円で7万円弱)という衝撃的な設定がされている。10万円越えが普通だった、ウルトラポータブルなノートPC市場にも大きな波紋を広げていくことになりそうだ。 ●3つのCPUが用意されているYukonプラットフォーム 今回、AMDが発表したYukonプラットフォームのCPUには3つのSKU(製品種別)が用意されている。最上位のSKUはAthlon Neo MV-40(1.6GHz、512KB L2キャッシュ、15W)で、中間がSempron 210U(1.5GHz、256KB L2キャッシュ、15W)、最下位がモデルナンバーの無いSempron(1GHz、256KB、8W)となっている。チップセットに関しては既報の通りで、AMD M690E(Radeon Xpress 1250内蔵)で、オプションとしてMobility Radeon HD 3410を選択することができるという。
AMDはこのYukonプラットフォームの価格を明らかにしていない。すでに以前の記事でもお伝えしたとおり、OEMメーカー筋の情報によれば、Yukonプラットフォームの最下位SKUのCPU+チップセット価格は20ドルを切るような価格設定がされているとのことで、かなり思い切った価格設定をしてきていることは間違いない。 Yukonのアドバンテージはそれだけではない。1つにはチップセットがAMD M690Eという、パフォーマンスに定評のある統合型チップセットを採用していることだ。このため、充分なメモリを搭載すれば、Windows VistaでWindows Aeroを有効にすることができる。コストアップにはなるものの、単体GPUチップとしてMobility Radeon HD 3410を追加すればAVIVO HDにも対応させることができるので、MPEG-4 AVCやWMVのフルHD(1080p)の動画をCPUに負荷をかけることなく再生できるようになる。 ●フル機能/12.1型で699ドルという衝撃 このYukonを搭載した最初の製品としてリリースされたのが、HPがCESで発表したPavilion dv2だ。HPのPavilion dv2は12.1型のワイド液晶を搭載して1.7kgのいわゆるウルトラポータブルなノートPCで、日本的な分け方で言えばサブノートというカテゴリになる製品だろう。 PC業界にとってHP Pavilion dv2が衝撃なのは、699ドル(日本円で約7万円弱)からというその価格だ。699ドルという価格だけを見るのであれば、ネットブックは299~599ドル(日本円で約3万円~6万円弱)という価格設定がされており、それに比べると高い印象だろう。しかし、すでに説明したようにネットブックは、Intelの“ネットブック規定”、Microsoftの“ULCPC規定”という2つの要件をクリアしなければならない。例えば、外付けGPUは不可でDirect3D 10は不可などさまざまな要件を満たし、フル機能のノートPCとの差別化が図られている。 しかし、HP Pavilion dv2はネットブックでもULCPCの仕様には準拠していないフル機能のノートPCだ。OSはULCPCではないWindows Vista Home Basicで、Windows Vista Home Premiumを選択することもできる。また、標準では光学ドライブは内蔵していないものの、オプションのBDドライブを利用すれば、内蔵されているMobility Radeon HD 3410にはMPEG-4 AVC/WMVのハードウェアアクセラレーション機能も用意されているので、BDの再生すら可能になるのだ。 このように、通常のWindowsを選択でき、外付けGPUの搭載によりHD動画の再生にも対応しているなど、Webやメールなどに機能が限られるネットブックとは異なり、フル機能のPCとして利用できて699ドルなのだ。同じような12.1~13.1型級のウルトラポータブルなノートPCが899ドル(日本円で9万円弱)ぐらいからスタートで、しかもその場合には外付けGPUは搭載されていないことを考えれば、この価格がいかに衝撃的なものかは繰り返すまでもないだろう。 ●Intelの低電圧系CPUへのしかかる価格カットのプレッシャー このことは何を意味しているのだろうか。1つはIntelの低電圧版(LV版)や超低電圧版(ULV版)の価格設定に対して強いプレッシャーがかかるということが言えるだろう。 これまでAMDはLV(17W前後)やULV(10W前後)のモバイル向けプロセッサを持っていなかったので、この市場はほぼ100%がIntel製CPUに占められており、これまではあまり競争がない市場だったと言ってよい。もちろん、ネットブックの急速な立ち上がりで、ウルトラポータブル市場がネットブックに食われつつあったのは事実だ。実際、メーカーの関係者に聞くと、特に10型や12型液晶を搭載したウルトラポータブルノートPCの売り上げは第4四半期にはそれなりに減少したという。それでもエンドユーザーの中にはネットブックのように機能が制限されることを嫌い、フルPCとなるウルトラポータブルPCを購入するユーザーは少なくない。このHP Pavilion dv2が登場することで、今後ははネットブックではなく、こうしたウルトラポータブルPCの低価格製品へユーザーが流れていく可能性がでてくるわけだ。 では、なぜYukonを搭載したHP Pavilion dv2は安価で、Intelの低電圧版(LV版)を搭載した製品はこれよりも若干高価なのだろうか。その最大の理由は、やはりBOM(Bill Of Material、部材コスト)の違いだ。すでに述べたようにAMDはYukonをかなり戦略的な価格設定にしている。それに対してIntelのCore 2 DuoのLV版や超低電圧版(ULV版)のCPUは、いずれも200ドル台後半~300ドル台と高めな価格設定がされている。チップセットも含めれば300ドル越えは確実だ。確かにAthlon Neoはシングルコア、Core 2 Duoはデュアルコアという違いはあるものの、外付けGPUを入れても50ドルには届きそうにはないYukonと、300ドル越えのMontevinaでは、BOMの段階で200ドル以上の差が出てしまっている。それでは、LV版Core 2 Duoを搭載した製品が高くて当然だろう。 当然こうなれば、OEMメーカーはIntelに対してLV版やULV版の価格を引き下げるように求めていくことになるだろう。いつもの結論だが、このロジックにより、“競争”がユーザーにメリットをもたらす。 ●日本メーカーの突破口は新しい使い方を提案する製品 このように、もはやネットブックという枠を超えて、ノートPC市場全体が壮絶な低価格競争に突入しつつあることが、AMDのYukonとそれを搭載したHP Pavilion dv2により示されていると思う。 もう1つ忘れてはならないことは、もはや小型ノートPCが日本メーカーだけのお家芸ではなくなっており、ウルトラポータブルなノートPCはコモディティな製品になってしまったという事実だ。以前であれば、海外メーカーが作るウルトラポータブルなノートPCは、日本メーカーが作る製品に比べて圧倒的に重かったり、キーボードがあまりよくないできだったり、剛性に難があったりと、製品としてのレベルに差が感じられた。これは、海外メーカーが利用する台湾や中国のODMメーカーの、ウルトラポータブルPCに対する経験が足りていなかったことが大きな要因だった。 しかし、ここ数年でODMのレベルは飛躍的に上がったと言ってよい。すでに台湾のODMメーカーが作るウルトラポータブルPCは、確かに日本メーカーの作るものに比べて以前のように大きな差は感じられなくなっている。となれば、あとは価格勝負ということになっていくのは必然だろう。つまり、もはやウルトラポータブルPCを大きな収益源にすることは望めない時期がやってきたのだ。ゲームのルールが変わってしまったと言ってよい。 日本のメーカーは、これからどうしていくのか、これはこれで真剣に考えるべき問題だろう。1つには台湾のAcerやASUSTeKがやっているように、欧米の2強(HPとDell)に負けないように規模を大きくして、経済規模で負けないようにするという方向性だ。ただ、これは日本メーカーには難しい相談だろう。ワールドワイド市場で見ると、日本メーカーのトップは東芝、2位がソニーなのだが、それでもAcerやASUSにさえ追いついていない状況だ。また、家電メーカーと兼業の日本メーカーにとって、PCにだけお金を使える状況ではなく、PC専業のHP、Dell、Acer、ASUS、Lenovoなどの海外メーカーに比べるとその点でも不利だ。 とはいえ、何か突破口は探していく必要はあるだろう。そのヒントとなるのは、ソニーがCESで発表したVAIO type Pのような、欧米や台湾のメーカーにはすぐには真似の出来ない、新しい使い方を提案できる製品だろう。そうした製品をリリースし続け、その結果としてシェアを大きくしていく製品作りが、日本メーカーに求められているのではないだろうか。 □関連記事 (2009年1月14日) [Reported by 笠原一輝]
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