PCやデジタル家電販売店の販売データを集計したランキングデータを発表するBCNが、オリンピック商戦の総括を発表した際、彼らにこんな質問をぶつけてみた。 「現在、PCメーカーやマイクロソフトが連携し、PCでTVを見ることができる点をアピールする『PC de TV』というキャンペーンを展開している。このキャンペーンはTVの売れ行きにどの程度影響を与えているのか?」。 それに対し、BCNの田中繁廣チーフアナリストは、「現在のPCの売れ筋は、高額のTV機能付きのものではなく、安価なものとなっている。残念ながら、ランキングデータを見る限り、現時点ではPC de TVキャンペーンの影響はほとんど表われていない」と語った。 PCを販売している店舗に取材しても答えは同様で、「やはりオリンピック前は、お客様はPCではなく、薄型大画面TVを優先する傾向が強い」(オノデン・小野一志社長)という。 これはよく考えれば当たり前のことだ。地デジチューナを内蔵した薄型TVの需要はまだ普及期にある。オリンピックというイベントがあることもあって、今年の夏は顧客の予算がPCではなく、TVに向かうことは当たり前のことなのだ。 では、それにも関わらずマイクロソフトが、オリンピック商戦にあたる2008年春・夏商戦にPC de TVキャンペーンを実施した狙いはどこにあるのか? その質問に対し、マイクロソフトからは意外な答えが返ってきた。 ●「オリンピック時期のPC需要落ち込みを防ぐ」ことも狙いの1つ 7月1日、マイクロソフトの新年度方針説明会が開催された。会場に揃った複数の幹部に、オリンピック商戦にPC de TVキャンペーンを行なった狙いはどこにあるのか、率直に質問をぶつけてみた。
まず、執行役 ホーム&エンターテイメント事業本部・五十嵐章リテールビジネス事業部長。五十嵐事業部長は、マスコミに登場する回数は少ないものの、実は'90年代からリテール事業を担当している。秋葉原でWindowsが深夜発売される際、交通渋滞などの地元警察署への対応をはじめとして、販売現場の実状に詳しい。 五十嵐事業部長に単刀直入にPC de TVの成果について尋ねると、「確かにオリンピック商戦については、薄型大画面TV需要が盛り上がるのは当然のこと」という返答が返ってきた。 そして、「PC de TVが狙っているのはリビングの大画面TVの置き換えではなく、家庭内の2台目、3台目需要。キャンペーンを主催するWindows Digital Lifestyle Consortium(WDLC)では、例えば、子供さんの部屋に置くTVとして、TVを見ることができて、レコーダとしても使えるPCはいかがでしょう? とアピールしている。オリンピック商戦と真っ向からの競合商品として訴求しているわけではない」と説明する。 では薄型大画面TVに消費者の目が向くことがわかっているオリンピック商戦に、あえてぶつける形でキャンペーンを実施した狙いはどこにあるのか。 「毎回、オリンピック商戦期には、PC需要減少という事態が起こっている。TV需要が盛り上がる時期に何もしないのではなく、PCとしてもこんなことができるのだとアピールし、需要減少を食い止めることが狙いの1つ」(五十嵐事業部長)。 五十嵐事業部長は、「今年の商戦の販売状況を見ると、過去のオリンピック商戦と比較すれば、今回の商戦の落ち込みは少ない。キャンペーンは全く効果がなかったわけではない」と話す。 BCNの田中チーフアナリストにPCの販売状況を確認すると、「確かに今年のPC商戦は、以前ほどの落ち込みを見せていない。2004年のアテネオリンピックの時点では、TV、レコーダ市場は急進していたため、普及が4年前より進んでいる2008年と比較するのは適当でなく、冬季オリンピックと、サッカーワールドカップが開催された2006年と比較しお答えする。確かにPCの売れ行きは冬季オリンピック開催と同時に対前年比マイナスとなった。2005年末頃までは、前年比8%増程度の好調な需要となっていた。が、冬期オリンピック以降、TV、レコーダの売れ行きが伸びたのとは対照的にPCの売れ行きは落ち込み、翌年のWindows Vista発売までPCの販売状況は回復せず、対前年比マイナスが続いた。それに対し、6月1日から15日までのPCの販売実績は、デスクトップ、ノートあわせ対前年比10.2%増と好調な推移を見せている。この後はノートPCの売れ行きがわずかに落ちたものの、大きく落ち込む様子はなく、2006年の時のようにマイナスに転じることはないだろうと見ている」と五十嵐事業部長とほぼ同じ見方を示す答えが返ってきた。 ●「現在からのアピールが冬商戦以降の成果となる」との声も また、五十嵐事業部長は、「PC de TVが目指す、家庭のTVの2台目、3台目置き換えという需要が最盛期となるのは、むしろ冬商戦以降となるだろう」と話してくれた。
実は同じ質問を会場で他の役員に確認してみると、コンシューマ、ビジネスの両方のマーケティング担当である佐分利ユージン執行役常務も、同じマーケティング部門のデベロッパー&プラットフォーム統括本部長である大場章弘氏も、「やはり、商戦の本番は冬以降」と同じ意見であった。 状況的には厳しい春・夏商戦からキャンペーンを始めたのは、「PCでTVを見ることができるという事実を、前倒しでアピールしていくことには大きな意味がある。冬になってからアピール活動を行なっていたのでは遅い」(大場統括本部長)と長期戦を覚悟してのことだという。 しかも、「PC de TVというキャンペーンを、マイクロソフトをはじめ複数のPCメーカーが参加するWDLC主体で行なったことで、販売現場に与えるインパクトは大きかった」と五十嵐事業部長は指摘する。 ご存知の通り、家電販売店のTV売り場、PC売り場は全く別に設置されている。TV売り場の店員はPCの知識がないという場合も多く、PC売り場の店員は地デジを視聴できるPCを購入する顧客にUHFアンテナ設置の有無を確認するといった習慣がない。しかし、今回のキャンペーンがきっかけとなり、「売り場の垣根を取り払って勉強会をしたいといった要望が寄せられるようになった」(五十嵐事業部長)のだという。 「これまで1社のPCメーカーが、売り場で地デジを見ることができるPCをアピールしても売り場の壁を越えた勉強会をやりましょう、という声が店側からあがることはなかった。今回、複数のPCメーカー、マイクロソフトが連携したWDLCという団体を通じPC de TVというキャンペーンを行なったからこそ、店側の協力を得やすくなり、これまであった壁を破ることができた」(五十嵐事業部長)。 確かに、異なる売り場の店員が揃って勉強会に参加するといったことはこれまでになかったことだといえる。だが、現在のようにPC以外のTV、さらには他の家電製品もネットワーク接続されていく時代になると、TV売り場の店員がネットワーク接続に関する質問を受けるといった機会が増えるだろう。そういった状況を考えると、PC de TVというキャンペーンは、販売店にとってもPC売り場以外のスタッフがITの知識をつけるよいきっかけになったのかもしれない。
●「技術革新では解決できないWindowsの地デジサポートの進展」 ただし、PC de TVというキャンペーンに対しては、もう1つ、疑問があった。 マイクロソフトは6月13日、Windows Media Centerが地上デジタル放送をサポートする「Windows Media Center TV Pack」の発表を行ない、「対応PCの発売は冬商戦以降」とした。つまり、マイクロソフト自身がPC de TVキャンペーン中に、PCでTVを見ることができる新しいPCが冬に発売されると明言してしまったのだ。 消費者にとっては、「それでは夏に買ったPCはなんなのだ?」という気持ちになりはしないだろうか。 その疑問に対しては、「現在販売されている地上デジタル放送を見ることができるPCは、各PCメーカー様が独自に視聴機能を作ったどちらかといえばハイエンドモデル。それに対して6月13日の発表では、『コストを抑えたPCにも地上デジタル放送視聴機能を盛り込める』というお話をした。それぞれPCに棲み分けができるのではないか」(大場統括本部長)という回答であった。 また、Windows Media Center TV Packを搭載したPCを発売するメーカーとして、エプソンダイレクト、オンキヨー&ソーテック、富士通、マウスコンピューターの4社の名前が発表になった。NEC、ソニーといったナショナルブランドメーカーの名前がないことが気にかかった。 この点について大場統括本部長は、「それぞれメーカー様の意向もあるので、こちらからどうこう言えるものではないが、時間の経過と共に変わる部分もあると思う。また、エプソンダイレクト、マウスコンピューターのように大手システムビルダー様が名前を連ねている。これは、これまで地上デジタル放送視聴可能なPCは、独自開発した視聴システムを搭載する必要があり、その結果として価格が高額になりがちだった。そのため、低価格を追求するシステムビルダーのPC購入層とは合致しなかったのだが、今後は低価格で地デジ視聴ができるPCが登場するようになれば、新しい顧客層が生まれるのではないか」と指摘する。 新たにOEM事業を担当することになった執行役 OEM統括本部長の高橋明宏氏は、「地デジ対応機能も登場後、さらに強化していくことになるので、機能によって対応メーカー様の顔ぶれも変わっていくのではないか」と期待するという。 ただし、地上デジタル放送に対応することは技術や価格、PCメーカーの思惑といった要素の他に、思うように進化できない部分もある。 数年前、PCメーカーやTV機器メーカーなどが参加する業界団体 社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA)で、「PCでの地上デジタル放送視聴が簡単にできないのは何故か?」と質問したことがある。その際に、「どうも放送業界側のPCへのアレルギーが激しいようだ」という答えが返ってきた。 その状況は現在も変わらないようで、「今回、既存のMedia Centerユーザーへのアップグレードや、周辺機器へのソフトバンドルができないということになったのは、技術的な問題ではなく、さまざまなところでの了解が得られないことに起因している」と佐分利執行役常務は話す。盛んにいわれている、「放送との融合」はなかなか簡単には進みそうにない。 「ユーザーの皆さんは、6月に発表した内容に対し、『これができないのか?』、『もっとこうして欲しい』といった要望を持っているだろう。残念ながら、技術的な要因ではないため、1つずつ状況を変えていくしかないというのが正直なところ」(佐分利執行役常務)。 それでも6月13日に開催した記者会見には総務省の吉田博史・情報通信政策局地上放送課長が出席している。「これは以前にはなかった大きな変化だ」と佐分利執行役常務は前向きに捉えている。苦戦を覚悟しながらもPC de TVというキャンペーンを行なったのは、PCでTVを視聴することでの実績を積み重ねるといった意味もあるのかもしれない。 □関連記事 (2008年7月3日) [Reported by 三浦優子]
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