第272回
2005年は“モバイルPCを買い換えたくなる年”に



 2004年、PC業界にとって近年では最悪の年だったと言えるかもしれない。メーカー側の努力が足らないとは言わない。しかし、PC業界発展の牽引役でもあったプロセッサとOSの両輪に大きな変化がない中、何をやってもなかなか盛り上がらない状況はかつての行き過ぎたPC熱の反動と言えるのかもしれない。

  僕自身、この1年間はPCを1台も購入しなかった。PC本体を買い換えるよりも、一眼レフデジタルカメラやレンズを買い換えたり(買い増したり)、イメージスキャナやプリンタ、あるいは記録型DVDやキーボード/マウスなどにお金をかける方が、ずっと自分の環境が豊かになると感じたからである。僕の生活の中で、ここ10年以上なかったことだ。

  では2005年、PC市場には現状を打破できるような動きが出てくるのだろうか? モバイルPCを中心に考えてみた。

●消費電力の面ではやや厳しい2005年のモバイルプロセッサ

 '90年代後半から2001年までにかけてのような、最新プロセッサと最新OSによるPCの進化は、来年ももちろん期待することはできない。

  MicrosoftのLonghornは予定では2005年に最初のβ版が登場する事になっているが、果たしてどこまで評価できるものになっているのか。あまり期待せずに見守る必要がある。超高解像度/広色再現域のディスプレイや高性能カラープリンタ、新しいネットワークサービスなど、Longhornに依存するさまざまなアプリケーションが存在するだけに、予定がスリップしなければいいと希望的な観測では見ているが、いずれにしても2005年は“プレビュー”で終わるだろう。

  一方、プロセッサの進化に関しても、モバイルPCという観点で見ると本当に前進できるのか、不安定な要素はある。

  たとえばIntelのAlvisoチップセットとDothanプロセッサを基礎にしたSonomaプラットフォームがローンチするが、パフォーマンスは向上するものの、省電力の面ではむしろ後退してしまう。

  現在、超低電圧Pentium Mを用いたモバイルPCでは、18650という一般的な丸形セル1本あたり1.2時間前後のバッテリ駆動時間が実現されているが、何人かのPC開発者の見積もりでは1セルあたり1時間程度、場合によっては0.8時間以下にまで下がるという。Alvisoはシステムバスのクロックが上がるが、これを低クロックモードで動作させての話だ。

  加えて薄型/軽量のモバイルPCにも高性能グラフィックスが求められるようになっており、商品として考えた場合にNVIDIAやATIの最新チップを組み合わせざるを得なくなってきた。12.1型以下のクラスでは内蔵グラフィック機能が使われるだろうが、14.1型クラスになると外付けGPUが多くなる。日本市場ではさほど抵抗感がないものの、北米市場で内蔵グラフィック機能=安物とのイメージが定着しているという背景もある。

  Dothanの次世代となるYonahに関しても、Dothanと比べて動的な電力の消費は下がるとされているが、静的な電力消費(負荷がかかっていない状態での電力消費)やTDP(熱設計電力)は上がる方向とIntelからは報告されているようで、開発者たちが頭を抱えていると漏れ伝え聞く。またYonahの超低電圧シングルコア版は2006年とされており、2005年ギリギリに登場すると見られる通常電圧デュアルコア版は、12.1型以下のクラスに入れるのは難しいようだ。

 最終的には、プラットフォーム全体での省電力化を工夫することで、セルあたり1〜1.3時間を実現したいと意気込む各社の技術者だが、果たしてそれを達成できるかどうかは微妙だ。ここ数年、予定通りの省電力を実現できたプロセッサは初代Pentium MのBaniasぐらいしかない。大きく後退することはないと信じているが、かといって大きな前進もないだろう。

 省電力の面ではTransmetaのEfficeonの採用機増加にも期待したいところだが、最近のTransmetaはPC市場よりも家電市場に目が向いている。Efficeon搭載PCの選択肢が大きく広がる事は期待できない模様だ。

●HDD容量の増加に期待

 なにやら雲行きが怪しそうだ。

 確かに楽観視はできないが、モバイルPCの足を長らく引っ張ってきたI/Oパフォーマンスは向上する見込みだ。AlvisoはノートPCにもシリアルATAをもたらす。現状のHDD性能では、シリアルATAは採用してもI/O性能を向上させる事はなく、むしろ消費電力の面で不利だ。しかし記録密度の向上で、2005年の終わりごろ、もしくは2006年の初頭には2.5インチHDDでもシリアルATAが必要な状況にまでHDD性能が上がると各HDDベンダは見積もっている。

 ここ数年、HDDは容量向上のペースが極端に落ちていた。GMRヘッドやPRML信号処理といった現在のHDDを支える技術が十分に成熟し、ディスク基板のガラス化や磁性体塗布の技術など工夫できるところは工夫し尽くした感がある。しかし先日、東芝が1.8インチHDDに垂直磁気記録技術を採用すると発表したように、いくつかの技術がHDDの容量向上を押し上げる可能性を持っている。

 垂直磁気記録はずっと以前から注目されていた技術だが、今回は、1平方インチあたりの記録密度を133Gbit(従来比133%)まで向上させ、これまで60GBが精一杯だった1.8インチHDDを80GBまで容量アップさせた。

 1.8インチHDDは、どちらかといえば携帯型デジタル家電に使われる事が多いが、どうやら、この80GB HDDを用いたモバイルPCの新機種も登場する見込みのようだ。20GB、40GBの世代では容量の小ささもさることながら、パフォーマンスの低さが問題になっていたが、線記録密度向上で転送速度が多少なりとも上がれば、モバイルPCでもかなり実用性が上がるだろう。容量も近年のトレンドからすると、80GBあればビジネスパーソナルのユーザーにも十分使える容量となる。

 また10月のCEATEC 2004では、HDD用磁気記録ヘッドメーカーとして大手のTDKが、面記録密度で1平方インチあたり130Gbitを実現する新型のGMRヘッドを展示していた。東芝は前述の1.8インチ垂直磁気記録HDD技術を0.85インチHDDに採用する事を明言しているが、2.5インチや3.5インチHDDへの採用は将来的なものとしている。

 しかしTDKは新型ヘッドの実用化を2005年としており、HDDベンダがTDKの技術を採用、もしくは同等技術を用いれば、垂直磁気記録と同等の記録密度を実現できる。おおむねHDDベンダの2005年の目標は1平方インチあたり130Gbit程度で、これが達成されれば2.5インチHDDの容量は160GB程度まで跳ね上がる。

 2005年の一般化は難しそうだが、垂直磁気記録の採用が進んで面記録密度が向上した後には、感度が高く微細な記録の読み出しに向いているCPP-GMRヘッドやTMRヘッドなどを組み合わせることで、さらなる記録密度向上の可能性は見えて来るという。

 HDD容量と速度がパフォーマンス面で最大のネックとなっているモバイルPCの場合、これらの性能向上が果たす役割は大きい。1.8インチHDDで十分な性能となれば、モバイルPCのフォームファクタに大きな変化が期待でき、2.5インチHDDの容量が200GBに届くようになることであらゆるデータをノートPCに入れて持ち歩けるようになる。80GB程度では、ビジネスデータのうち必要な一部分を持ち出す形になるが、その2倍になれば過去の履歴を含めたすべての情報を持ち出せる。

 履歴を含めた全情報から必要な情報を取り出すソフトウェア技術や運用は必要となるが、HDD容量の増加ペースを少しでも回復できるかどうかは、2005年以降のモバイルPCの行方を大きく左右する。

●国内PCベンダもまだ諦めない

 さて、いくら要素技術が前へと進んだとしても、モバイルPCに技術を投入し、新しい製品を生み出そうという意欲が無ければ、最終製品は良くならない。実際のところ、10.4型以下の小型モバイルPCは、大きな市場の伸びは期待できず、もしろ縮小しているようにも見える。

 ビジネス向けでは12.1型もしくは14.1型クラスが、薄型/軽量ノートPCとして定着しているが、コンシューマ向けはAV機能を重視する購買層が多く、モバイルPC市場は成長もなく、ごく僅かなシェアしかないというのが定説だ。

 しかしAV機能を統合した多機能ノートPCを購入する購買層がPCを所有し始めて数年の初級者、初中級ユーザー中心であるのに対して、モバイルPCの購入者はPCを使い慣れたユーザーが多いという違いがある。

 たとえばNECによると、店頭販売では10%にも満たないモバイルモデルが、Web直販の121ware.comでは約60%を占めるという。デスクトップPCで同様の傾向を見ても、Web直販購入層が高性能かつシンプルなハードウェア構成を好むなど、売れる製品の傾向が全くといっていいほど異なるようだ。

 言い換えれば、PCを買い慣れた、使い慣れたユーザーほど、シンプルな構成のモバイルPCを好むといえる。同様の傾向調査はNEC以外のPCベンダも収集しており、市場の成熟が進むほどにモバイルPCは増加していくだろうと予想している。

 一時、TV録画などAV機能を取り込むことで成長したPC市場も、今やデジタル家電に提案用途のほとんどを奪われ出涸らし状態になっているが、あるいは2005年は“パーソナルツールとしてのPC”に原点回帰し、てんこ盛り機能に依存した製品開発からの変化が見られるかもしれない。

 たとえば松下電器は、MDプレーヤなどでの経験を生かし、軽さと省電力に特化したLet's note Lightシリーズで、今やモバイルPCのトップベンダになった。この路線がさらに推し進められるだろうが、他のベンダも自社技術をうまく取り込んだモバイルPCに取り組んでいる。

 ソニーのVAIO Uシリーズ開発を率いた人物が、かつては世界最小/最軽量MDを開発していた話は有名だが、Intelが提供するプラットフォーム技術以上の小型/軽量化、さらに省電力化を果たすには、独自の省電力化ノウハウを持つベンダーは有利。ソニーの場合、今年はVAIO type Tが好調だったとのことで、シンプルに省電力と小型/軽量と使いやすさのバランスを追求した第2弾が期待できる。

 コンシューマ向けではQosmioブランドを立ち上げた東芝も、Dynabook SSシリーズでの薄型/軽量の追求を諦めていない。SS SXシリーズの後継の声が聞かれないが、12.1型の1スピンドルモデルには、ビジネス用途を中心に今でも強いニーズがあるとのことで、来年早々とは行かないものの新機種投入があると見られる(ただし企業向けのため、商戦期を見据えた登場時期は現時点では予想しにくい)。

 さらに来年はLenovoへと事業が移管されるIBM ThinkPadも、プラットフォーム技術を一新した新シリーズになる。主なターゲットが企業ユーザーのため、登場時期はやはり予想しにくいが、5年間続いた基本プラットフォームの大幅な変化は、今後数年のモバイルPCトレンドを占う上で重要なものとなるだろう。

 富士通は軽量化という面では他社に及んでいないように見えるが、機能面での充実が光る。LOOX Tシリーズの変遷を見てもわかるとおり、富士通は機能を抜いて軽量化するよりも、機能や装備を諦めずにどこまでバランスの良い製品を作れるかをコンセプトにしている。タブレットPCには、高価な低反射コート付きの広視野角/高輝度液晶パネルやフロントライト付き反射型液晶パネルのモデルを用意するなど、屋外利用を前提としたディスプレイ周りを持つ製品がある。

 また富士通は海外にはコンバーチブル型で2スピンドルのタブレットPC、しかもドライブ付きで約1.9kg(ドライブを取り外せば軽量化も可能)という製品が出ている。価格は2,000ドルを大きく超えるが、Web直販専用として国内販売されれば面白そうだ。国内では販売されていないLOOX Sシリーズも、米国では販売が継続されており、もしや新機種の登場もあるかもしれない。

 加熱した市場が反動で冷え込むというのは良くあることだ。しかし冷え込み過ぎると、多様化していた製品は売れ筋だけに収斂し、多様性が失われてくる。言い換えれば、市場動向次第でモバイルPC市場の拡大傾向が認められれば、再び製品が増えてくる事になる。2005年こそ“手元のPCを買い換えたくなりたい”ものだが、その確率は決して低くはないと考えている。

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〜最大320GBをラインナップ
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(2004年12月28日)

[Text by 本田雅一]


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