第251回
富士通製90nmプロセスでTransmetaが狙う
“Efficeon Reloaded”



左が富士通・あきる野の工場で生産される90nm版Efficeon。右はいずれも既存の0.13μm版だが、COMPUTEX TAIPEI 2004に合わせて小型パッケージのTM8620(下)を投入した

 期待の新作Efficeonがセールス面で今ひとつ振るわないTransmetaだが、その基本的な素性が優れていることは、実際に搭載機を使ったことがあるユーザーならばわかるだろう。ただし、Intelがモバイルプロセッサの改良に取り組み、またそのセールスプロモーションに大きな投資をしたことで、Efficeonは新製品であるにも関わらず、どこか古い製品のように思われてしまったのかもしれない。

 またTransmetaはリーク電流を大きく下げるLongrun2テクノロジを、今年の後半に量産出荷される90nm版Efficeonから導入すると発表していたため、採用が見送られたケースもあっただろう。しかしTransmetaは、COMPUTEX TAIPEI 2004において期待の新プロセッサをデモすることに成功した。

 新Efficeonは、1週間以内にはパートナー企業へのサンプル出荷が開始され、2カ月後には量産出荷を開始。同時に新Efficeonを搭載した製品もOEM先から発表される見込みだという。また、現行Efficeonを、0.8mmボールピッチの小型パッケージに収めたTM8620も発表している。


TM8620の応用例。ULiが製造する小型のHyper-Transportサウスブリッジ「1563S」とペアリングして小型基板にPCの主要コンポーネントをまとめてある。基板サイズは名刺程度

●90nm版Efficeonを1.6GHzで駆動

左からマーケティング担当ディレクターのグレッグ・ローズ氏、社長のマシュー・ペリー氏、日本支社長の村山隆志氏

 富士通のあきる野工場にある90nmSOIプロセスで生産された新しいEfficeonは、まだ初期サンプル状態ながら1.6GHzの速度で動作。先代Efficeonもそうだったように、ベンチマークテストでは振るわないことが予想されるものの、現実のアプリケーションを起動/操作してみるとモタツキはほとんど感じない。これならば省電力のデスクトップPCとしても使えると思うほど、パフォーマンスは良好である。

 トランスメタ日本支社長の村山氏によると、あきる野での新Efficeonは予想を超える高い歩留まりを実現しているという。

 「富士通の90nmは非常にうまく行っている。少し前までは苦労していたが、あるレイヤのプロセスを改良したところ歩留まりが向上し、1.6GHz版の収率が大幅に向上した。量産品は1.6GHzからスタート、昨年示したロードマップの通り、年内には12W TDPの1.8GHz版、25W TDPの2GHz版を出荷できる。さらに来年までを見据えた場合、90nm世代ではIntelの省電力プロセッサよりも高クロックな製品を出せる可能性も見えてきた」(村山氏)

 さらに来年後半には、Efficeonのアーキテクチャをベースに新しい機能を加えた新プロセッサの発表も控えている。「改良を加えた次世代Efficeonが来年後半には登場する。実際にモノが出来るまでは詳細は公表しないが、設計全体をリフレッシュしたものになる。プロセスは90nmの線も残っているが、おそらく65nmプロセスを用いた製品になるだろう」(村山氏)

●新Efficeonに実装される新機能

 新Efficeonには、これまでのEfficeonが持つフィーチャーに加え、トランジスタのバイアス電圧を可変させることでリーク電流を低減するLongrun2、Windows XP SP2が対応するAdvanced AntiVirusテクノロジ、SSE3の3つが組み込まれており、それぞれのデモンストレーションが行なわれていた。

 Longrun2は、リーク電流の減少を判りやすく伝えるため、電源ステータス S1ステート時の電力がLongrun2によるバイアス電圧制御で1/10近くまで下がるという簡単なデモを行なっていた。S1ステートはACPIのサスペンドモードではもっとも高速に復帰する電源ステータス。プロセッサや周辺デバイスの状態を保持したまま省電力に動作するモードだ。

 プロセッサは通電状態のままになるため、リーク電流が多いと十分に消費電力を下げることができないが、Longrun2ならばほとんど電力を消費しなくなる。同様の効果はC2以上の省電力ステータスでも享受できるため、90nmプロセス以下のリーク電流が発生しやすい状況下でのバッテリ持続時間を大きく延ばすことができる。

 Advanced AntiVirusテクノロジ(NXビット)とSSE3への対応は、CMS(Code Morphing Software)のバージョンアップで実現したものだ。モバイルPCの場合、自宅外、社外など公共の場からインターネットに接続する機会が多く、デスクトップPCのようにファイアウォールに守られていない環境で使うことが多い。しかし、NXビットをサポートするプロセッサは、現時点では消費電力の大きなプロセッサだけ。新Efficeonは唯一のNXビットをサポートしたモバイルプロセッサとなる。これはSSE3についても言えることだ。

 Transmetaはこのところ、CMSの柔軟性を活かしてプロセッサに必要な機能を、可能な限り早いタイミングで加えていく方針を示しており、Vanderpoolテクノロジのようなプロセッサレベルの仮想PC技術、あるいはそのほかの機能に関しても「顧客(=PCベンダー)の要求に応じて追加していく計画だ」(Transmeta社長マシュー・ペリー氏)と話す。

前者がLongrun2オフ、後者がLongrun2オンでの消費電力。いずれもS1モードに入っているが、Longrun 2が動作するとリーク電流が減り、消費電力が大幅に低減されていることがわかる NXビットの動作デモ。Windows XP SP2 RC1をインストールした新Efficeonマシンで、victimを動作させたところ。XP SP2がvictimの動作を検出して動作を停止させた

●デジタル家電分野への再進出も

 Transmetaは当初、PCではなくデジタル家電向けにフォーカスを絞ったマーケティング方針を採っていた。その後、ノートPC向け出荷の好調さから、ターゲットをハイパフォーマンスのPC向けプロセッサに絞り、家電向けのシステムオンチップ製品は開発計画が中止された経緯がある。

 しかしPC向けプロセッサの足場から、再び家電市場へと向かおうと考えているようだ。

 新Efficeonはメディア再生能力も十分に高く、また連続したデコードなどの定量負荷における消費電力やパフォーマンスに優れるため、今後はMedia Center PC向けにも強くプロモーションしていく。COMPUTEX TAIPEI 2004会場ではAVラックに収まるサイズの筐体で、ファンレス化が可能なEfficeon搭載Media Center PCのデモが行なわれていた。

 Microsoftは昨年、Media Centerを“TVと音楽機能を統合した新しいユーザーインターフェイスと機能を持つデスクトップPC”として立ち上げた。しかし、同社はMedia Centerを第2段階となる“リビングの中でAV機器と同等に扱われ、家庭内のメディアサービスを提供するマルチメディアの中心となるAV機器ライクなPC”を目指し、ソフトウェア面だけでなくハードウェアベンダーと協力しながら、筐体の薄型化と静音化の両立に取り組んでいる。

 従来のTransmeta製プロセッサならば、パフォーマンス不足から検討されることもなかったかもしれないが、SSE3にも対応する1.6GHz版の新Efficeonならば、静かで薄型の魅力的なMedia Centerを作ることも可能だろう。この分野では省電力機能を備える唯一のデスクトップPC向けプロセッサであるAthlon 64も注目されているが、Efficeonはそれよりも遙かに少ない電力で動作する。

 日本では人気のないMedia Centerだが、ワールドワイドでは徐々にカテゴリとして盛り上がってきている。また、日本の家電ベンダーはハイブリッドレコーダをベースにしたDHWG準拠のホームサーバを開発しているところが少なくない。その中にはx86アーキテクチャを採用する製品もあり「ホームサーバ向けに関しては、日本メーカーを中心に現在具体的な計画を話し合っているところだ」(村山氏)という。

Transmetaが試作したファンレスのMedia Center PC。1.6GHzのEfficeonが使われている。あくまでデモ用のために作ったものであり、ファンレスのままさらなる小型化も十分に可能とか Densitronのアーケードゲーム汎用基板。TM5800ベースで開発されていた iBASEが展示したEfficeon対応のmini ITXボード。mini ITXは小型サーバアプライアンスでの採用例などが多い。これまでmini ITXボードはEdenプラットフォームなど、かなり低速なプロセッサしか選べなかったが、Efficeon版が登場すれば用途が大きく広がるだろう
お馴染みnVIDIAのデモだが、1.6GHzの新Efficeonで動作している。Transmetaブースでは4台の1.6GHz Efficeonがデモされていた。プロセッサのクロック切り替えツールを拡大すると533~1.6GHzの間で動作していることが判る。デモ中はほとんど533MHzよりも高いクロックに切り替わらない

●2カ月後には搭載製品が登場か

Efficeonを搭載するシャープの小型PC「Muramasa CV 50」

 ではOEM先の状況はどうなのか? 村山氏は「サンプル出荷は来週には始まる。すでに一部の顧客には出しており、歩留まりも問題はない。今回のサンプル出荷で大きな問題がなければ、2カ月後には搭載製品が発売される見通しだ」と話す。

 おそらく、これまで継続的にTransmetaのプロセッサを搭載しているシャープは搭載機を出してくると予想されるが、注目は他のPCベンダーだろう。ソニーはVAIO UをPentium Mベースで開発した。松下電器もIntelとの良好な関係を維持している。携帯用途に特化した製品、それも小型のPCを作っているベンダーというのは、今、意外に少ない。

 もっとも可能性がありそうなのは、(事業部が異なるとは言え)富士通だろう。富士通は新型LOOX Tを見ても判るとおり、小型PCを継続的に開発している数少ないベンダーだ。しかも富士通は昨年、現在開発がストップしているLOOX Sシリーズに関して今後の新製品投入も考えていると話していた。

 「現時点で確定的なことは言えないが、富士通は将来、我々の顧客に戻ってくるだろう。ただし、投入時期は多少先になる。様々な形でアプローチしており、色々なタイプの製品を検討中だ。LOOX Sは現在でも、米国市場で意外にも堅調に販売状況を見せており、そのことも発売を後押しする材料になっている」(村山氏)

 では他のベンダーとの関係はどうか。

 「サンプルを取り寄せた評価はいくつものベンダーが行なっている。(評価は採用を前提とした前向きのものか、それとも単に興味を示しているだけなのかとの問いに)半々といったところ。中には採用を前提に性能、品質の評価を行なっているところもある。中には商品化されるものもあるだろう」(村山氏)

 Transmetaはアジア・パシフィックの拠点を強化し、台湾や中国でのサポート/広報体制を強化した。これは日本をはじめとするブランドメーカーが、小型PCのデザインをもODMに移行しつつある現状を踏まえたものだ。Crusoeの立ち上げにおいて、日本で開発/製造される製品を中心にビジネスが動いたが、今度は台湾/中国も視野に入れ、開発サポートを行なっていかねばならない。

 この効果はいつ頃に、具体的な製品として我々の目の前に現れるだろう。

 「ODM先へのアプローチは、これまでも行なってきた。台湾のODMベンダーと日本のブランドメーカーの関係は、鶏と卵のようなものだ。日本のブランドメーカーがEfficeonでやると言えば台湾ODMは製品を作るだろう。しかし、台湾ODMがメニューにEfficeonを持っていなければ、日本からの発注もまたない。だが、今年後半から来年前半には台湾ODMが作る日本ブランドのPCも出てくる可能性がある。その下準備はできているからだ」(村山氏)

 単純に省電力なノートPC、省電力なホームサーバといった既存製品の改善版ではなく、イノベイティブな製品、サプライズを感じる製品はタイムスケジュールに載っているのだろうか?

 「年内に“サプライズ”と言える製品はある。90nmプロセスの新Efficeonで実現する1.6GHz、NXビット、SSE3サポート、これらの要素を駆使した明らかに他社製プロセッサ採用機とは差別化された製品が、今年後半の早いうちに見せられる。日本のOEM先の中には、90nmの新Efficeonを待って製品化をしているところもあり、斬新さを見せることができると考えています」(村山氏)

□Transmetaのホームページ(英文)
http://www.transmeta.com/
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【5月10日】Transmeta、Efficeonに「No eXecute」機能を搭載
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0518/transmeta.htm

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(2004年6月2日)

[Text by 本田雅一]


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