■ 第271回 ■
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昨日、日本IBMの向井宏之理事はIBMのPC事業買収に関する記者説明会で前向きに話した。向井氏は「IBMにはPCに関する多くの蓄積がある。加えてLenovoには中国の安い労働力があり、IBMの持つ技術とノウハウを安価に提供可能だ」とも言う。質の面で高く評価されてきたIBMのPCが苦戦した最大の理由は、自らのハイコストな体質にある。その部分をLenovoとの提携で補えるならば、売却はマイナスではなくプラスというわけだ。
しかしIBMのPC事業売却が伝えられて以来、IBMユーザー、特にコンシューマ市場でIBMの製品を好んで購入している個人の間では、Lenovoへの買収は後ろ向きに評価されている。IBMが持つユニークさが失われるのではないか、との疑念がどうしても晴れないからである。
●維持される体制
おそらく、この連載を見ている読者の多くは、ThinkPadブランドのPCにどのような変化が訪れるのか? を最も気にしているだろう。記者説明会でも、その点に質問が集中した。
昨日の記事にもあるとおり、Lenovoホールディングスの100%出資で設立される新会社が、IBMのPC事業を引き受け、研究開発、営業、マーケティングなどを継続する。移管はPC関連の組織を丸ごと移す形で行なわれ、従業員もそのまま新会社が雇用する形態となる。IBMはLenovoから現金を受け取ると共に、Lenovoホールディングスの株も受け取り、第2位の株主となる。
見かけ上、従来はIBM内にあったPC関連の事業部が別会社として切り離されるが、事業部が別会社になっただけで、製品やサービスを提供する仕組みは変更がない。つまり、PC部門が別会社にはなるが、これまでIBMが提供してきたPC事業の体制はそのまま維持されるという説明だ。
たとえばユーザーサポートに関しては、従来、IBM製PCのサポートを行なっていた同じ部隊が日本IBM内に残り、新会社からサポート事業を請け負う形で継続するため、ユーザーから見たときの体制には変化はない。一方、開発部隊は新会社に移籍するが、開発体制はこれまでと同じでIBMとのコラボレーションも積極的に行なう。
単に事業を売り払う、あるいは閉鎖するといった手法ではなく、IBMグループの外に置きながらOEMやODMよりもはるかに身内に近い位置に新会社を置く手法をとったのは、IBMが自社の欲する機能や品質を持つ、さらには自社ブランドの付いたPCをいまだ欲しているからにほかならない。
新会社は従来のIBM製品と同じ営業体制、同じサポート体制、同じメンバーによる開発が継続されることで、これまでと変わらない品質を提供できるとIBMは話す。単にIBMバッジを付けるだけではない、というところに意欲を感じる人もいるだろう。
ThinkPadの開発に関しても、大和事業所だけで600人が新会社に移籍する。開発組織にも変更はなく労働条件も同じになるという。研究開発の手は緩めず製品の価値は維持し、製造コストのカットを中国の労働力を用いて達成するというシナリオだ。
IBMロゴは最長5年提供される | 製品スペシャリストと位置づけられる新Lenovo | 前向きなビジョンを語る向井理事 |
●IBMバッジがユーザーの目の前にある意味
IBMのPC事業が切り売りされるだろうという予測記事は、以前から何度も登場してきた。今回こそは本当だったわけだが、過去の噂においては「IBMは絶対にPC事業を維持し続ける」とする幹部のコメントが多かった。
その理由は、IT企業としてのIBMブランドを維持するためのものだったようだ。IBMの本業がコンピュータを売る事ではなく、コンピュータを中心にした企業向けソリューションやサービスを提供する事になって久しい。しかし、ソリューションやネットワーク機器、サーバーなどはエンドユーザーが目の前で使う製品ではない。ユーザーが利用するのは、目の前のPCであり、ディスプレイであり、マウスやキーボードなどだ。
ユーザーが「IBM製品を使っている」と意識してもらい、「IBM製品は心地よい使い勝手を持っている」と思ってもらう事が、企業全体の利益を考えると重要だとIBMは考えてきた。だからこそ、PC事業が成熟期を迎え始めてからも、継続して他社に先んじる事ができるように取り組んできたわけだ。
向井氏は、IBMが蓄積してきたノウハウと技術をアピールし、それらを用いてPCを開発していくことに変化はないと繰り返していた。実際、2~3年のレンジでは今とさほど変わらないだろう。特にノートPCやミドルウェア(ユーザーとOSの間に立ってユーザーを支援する各種のユーティリティなど)は、あらゆるPC製品の中でも特に高く評価されてきた。急にそれが失われることはないとの主張だ。
Lenovoとの契約には、少なくとも18カ月は既存の製品計画を変更しないとの条項も含まれているという。従って、現時点で開発されている製品の多くは世の中に出てくると考えていい。向こう数年は、いわゆる“IBMらしい”製品であり続ける可能性は高い。
●5年は安心? ではその先は
来年はThinkPadシリーズのプラットフォームが大きく変化すると言われている。これは昨年の10月、ThinkPadの開発を指揮する小林正樹氏が、Alvisoを使った2世代目のモデルではThinkPadのプラットフォームを新しくすると明らかにしたものだ。
現在のThinkPadはX20、T20、A20が発表された時に、電源アダプタ、ドッキング用コネクタ、バッテリ端子、ドライブベイコネクタに加え、キーボードレイアウト、電源ボタンの位置、ThinkPadライトなどのユーザーインターフェイス仕様なども固定し、共通のオプション製品を使えるようにするなど、プラットフォームとして完成させたものだ(現在は一部機種のコネクタ仕様は異なる)。
それが来年、PCの技術トレンドの変化に応じて大手術を受け、過去をバッサリと捨てて新しいThinkPadの土台を作るというのだから、相当に高い意欲で開発が続いているに違いない。少なくとも18カ月間、製品計画に変更は加えられないとの言葉を信じるならば、5年ぶりのプラットフォームチェンジは実行へと移されるだろう。それは紛れもなく、今までのThinkPadシリーズと同じ日本IBM大和事業所の開発した製品となる。
ちなみに現行プラットフォーム最初の製品が投入されたのは2000年のこと。その後、Aシリーズが無くなりRシリーズが増えるなどの変化はあったが、モデル番号は20、30、40と3世代に渡ってステップアップし、来年プラットフォームチェンジが行なわれるまで5年間も使われ続けたわけだ。この例にならうならば、次のプラットフォームになったあと、少なくとも3世代分、5年間はIBMの香りが残る製品となるだろう。いや、なって欲しいと言うべきか。ではその先はどうなるのだろう。
●5年間は冷却期間か、次のステップへの準備か
もちろん、次世代ThinkPadのプラットフォームの後、モデルサイクルを経る度に筐体や内蔵機能などの見直しが行なわれる。通常、1.5~2年ぐらいのサイクルである。プラットフォーム変更後、最初の大きなモデルチェンジは2007年ぐらいになる。
その時にThinkPadがThinkPadらしくあってくれるか否かは、Lenovoホールディングスが作る新会社に、どこまでIBMが関与し、どこまで人や文化が残っているかだろう。人が変わっても文化が残れば、ThinkPadの香りは残るとも言える。とはいえ、その残り香は徐々に薄くなっていくかもしれない。
LenovoがIBMブランドのPCを提供するのは最長5年だが、その後も場合によっては延長ということもあるだろう。だが、いくらスローダウン気味とはいえ、PC業界にとって5年という期間はあまりにも長い。
大方が見るように、5年という期間は、IBMが徐々にPC事業から遠ざかるための冷却期間として使われるのだろうか。それとも自社のバッジを付けた、自社の研究開発成果を生かした製品を中国ベンダーとの協業で提供する、新しい事業形態の試金石となるのだろうか。
実はIBM自身も、まだその腹を決めていないのかもしれない。
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【12月13日】日本IBMのPC事業部もLenovoへ転籍
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1213/ibm.htm
【12月8日】米IBM、PC事業をLenovoに売却
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1208/ibm.htm
【12月3日】IBMがPC事業を売却!? 米NY Times紙が報道
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1203/ibm.htm
(2004年12月14日)
[Text by 本田雅一]