PlayStation 2チップセットを使ったDVDレコーダ「PSX」を今年投入するソニーグループ。同グループの久夛良木健氏(ソニー副社長/ソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼CEO)に、PSXのコンセプトと著作権保護などについてうかがった。 ●ビッグバンを起こすDVDレコーダにPS2のエンジンを使う [Q] PSXのコンセプトを教えて欲しい。 [久夛良木氏] PSXの狙いは『ポストVHS』。TV番組を、まだテープにアナログで録画しているのがおかしいんであって、基本的にはもうデジタルで録画したい。それは、HDDに1回貯めた映像データをライタブルなDVDに書くという世界。PSXは、単純にそこを狙う商品だ。 [Q] 単にDVDレコーダだと考えるべきなのか。 [久夛良木氏] そうだ。何が違うかというと、操作感。今の家電のDVDレコーダでは、これまでのAV機器のクオリティに達していない。少なくとも僕らの世界にいる人は、マンマシンインターフェイスでは手触り感が重要だとわかっている。ところが、今(のDVD/HDDレコーダ)は、それが非常に低いレベルだから、GUIでEPGを見たり、録画した番組を早送りしたり、ブラウズしたりするのに、かなりストレスがある。TVだったら、リモコンでチャンネルをパッパと切り替えていたのに、それができない。ゲーム機なら当たり前の、戦闘中にメニュー開いてアイテム取り直して、他のプレイヤと話すという、あのスピード感がない。 [Q] 確かに使いにくく反応が遅いインターフェイスが多い。 [久夛良木氏] それはなぜかというと、ハードウェアもソフトウェアもリテラシがないから。開発している人たちは一生懸命なわけ。膨大な仕様書をベースに、慣れないことをやって、システムを作らなければならない。それはかわいそう。
だったら、そこに、PS2の資産(チップセット)を使ってみようというのが、PSXの主眼。PS2の資産で、第2世代のデジタル家電を実現しようと。つまり、狙っているのは、ひたすらポストVHS。 ところが、PSXにはPS2の機能が入っているから、誤解をされてしまった。当初は、PS2の機能を削ってしまうというラジカルなアイデアもあった。だって紛らわしいじゃない。名前も、PSXとかつけないでコクーンとかね。でも、家庭にPSもせっかく入っているからいいじゃないっていうのもあって、名前もPSXにした。 そうしたところ、みんなからPSXは「PS2.5」だとか、PlayStation 2と今はやりのDVDレコーダと足しただけだとか言われて、それが悲しい。だから、全然、違う(コンセプトだ)ということを証明しなくちゃいけない。 [Q] つまり、第2世代のDVDレコーダを実現するためにPS2のチップを使うと。 [久夛良木氏] そう。その背景には書き込み可能なDVDがいよいよビッグバンを起こそうとしているという事実がある。この時期に、大量に生産できて、きれいなGUIを実現できて、操作のさくさく感があって、かつTVの解像度と色密度をそっくり出せる、それでいて手慣れたエンジンは何かと言う話になった。そして、ソニーが持っているエンジンが、Emotion EngineとGraphics Synthesizerだった。月に300万台も生産しているPS2のパワーがあるから、DVDレコーダが本当にビッグバンを起こしても、(PSXなら)一気に生産量を増やして市場を立ち上げられる。 ●PS2くらい簡単な家電を狙う
[Q] コンテンツサーバーという位置づけではないのか。 [久夛良木氏] コンテンツサーバーというよりメディアサーバー。例えば、デジカメやカメラ付き携帯の映像をメモリースティックやUSB経由で取り込む。今、これをPCに入れているけど、PSXに入れてTVで見たいでしょう。 [Q] 映像のホームサーバーという方向性ではない。 [久夛良木氏] 何でもできるホームサーバーと言うよりは、まず、ポストVHSをやろうと。とても簡単な、マニュアルなんてなくてもいいくらい簡単なヤツが欲しい。 ホームサーバー的な機能も、技術的には出来るが、やればやるほどマニュアル(文書)が厚くなってしまう。狙っているところは、VAIOのような何でも出来るツールではなく、TVの横に置いて子供も奥さんも誰でも気楽に使えるもの。ある程度割り切って、PS2くらい簡単な家電を狙いたい。 [Q] 他のデバイスとつながることは考えない? [久夛良木氏] もちろん、ネットでつながるからEthernet経由でいろんなキャスティングが出来る。まだ決めていないが、もし将来的にIEEE 802.11を入れるなら、キャスティングは簡単に出来る。ソニー(の機器)なら、メモリースティックを使って、CLIEに入れるとか、もしくはPSPに入れるとかもできる。他の機器と連携してという話も、ソニー全体で広がってくればやる。ただ、主眼は、PS2くらい簡単な家電を作るところにある。 [Q] Cellベースのホームサーバーへ向かうステップという、うがった見方もしていたのだが。
[久夛良木氏] Cellコンピューティングと言えるのは完全にピア・ツー・ピアの世界。ちょっと違う。将来は融合するだろうけど。 [Q] PS2チップセットの応用をさらに拡大する可能性は。 [久夛良木氏] 今、爆発的に広がりつつあるDVDレコーダは、(PS2の石で)一気にやる。しかし、PS2の石は数年前の石だから、ある程度のレベルまでは十分だけど、それ以上ではない。今さら、PS2のエンジンをデジタル家電に広範に適応するよりは、もっと世の中を進めた方がいいでしょう(笑)。 [Q] ピクセルを使う他のデバイスへはPS2チップは展開しないと。 [久夛良木氏] もう、あの石(PS2のチップ)をTVに入れるという時代じゃない。そうしているうちに、次の時代が来て、Cellベースの展開になる。Cellだけじゃなくて、Cellの周辺LSIもあるのだけど、そのCell周辺LSI群も使ってやることになると思う。だって、5年先のプロジェクトじゃあないから。 ●ロイヤリティはIPのカタチが変わったもの [Q] PSXでPS2タイトルもプレイできるとなると、家電とゲーム機のビジネスモデルの違いは問題にならないのか。 [久夛良木氏] 毎回僕らは半ば怒って正しているんだけど、少なくとも当社はハードで損をするビジネスモデルは成り立たない。ところが、ゲーム機のハードウェアは赤字でも出すとか、変な誤解を意図的に流す人たちがいる。それで、本当に他社がそうしたこと(ハードを赤字で出す)をやって、見事にひどい目にあっている。毎年赤字を出さざるを得なくなったり……。 例え、トントンになったとしても、それでは次の投資ができない。僕らも、ソニーグループから潤沢な資金をもらって、PS1とかPS2とかPS3に投資しているんじゃない。自らもうけてたオカネでやっている。そのためには、ハードで損をするビジネスモデルはありえない。 [Q] ロイヤリティモデルを取っているが。 [久夛良木氏] ロイヤリティについても勘違いをしているかもしれないが、僕らの場合は、下手をすると雑誌を印刷するより安い。それから、少なくともSCEグループはソフトの価格にリンクした体系になっていて、一律ではない。 ロイヤリティにも理由がある。今だとMPEG-2のパテントプールに対する支払が多い。つまり、他社に対して払うロイヤリティなど、IPのカタチが変わったものと思って欲しい。例え、ソニーグループのクロスライセンスで(ロイヤリティフリーで)使っている技術でも、その(クロスライセンスの)分、グループとして相当のR&D出資をしている。それに対して、償却する必要がある。 ●デジタルコンテンツ時代の焦点DRM
[Q] PSXはデジタルTV放送時代にかかる。どう対応するのか。 [久夛良木氏] 今年のモデルのPSXはアナログ。普通の人はそれで十分。今のところはアナログの方が絵がきれい。 とはいえ、これからデジタル放送にどんどんなっていって、PSXも来年のモデルは当然そっちの方へ進化して行くだろう。海外だったら完全にデジタルTV放送の時代だから、PSXを海外へ出そうと計画すると、当然アメリカにしろヨーロッパにしろデジタルTV放送対応になる。 [Q] PSXのDRM(デジタル権利管理)機能は。 [久夛良木氏] もちろん、様々な技術を入れる。我々だけで決められるものではなくて、これでやって下さいという技術を入れなくちゃというのもある。 [Q] PCベースのホームサーバーの弱点は、明らかにコンテンツ保護だ。 [久夛良木氏] それはしょうがない部分がある。PCは、何でもできなくちゃならないツールだから。セキュアなものを破るのも作るのもPCというツールの上。そもそも、固有の電話番号のようなセキュアなものは(PCには)ない。今、Palladium(Next-Generation Secure Computing Base:NGSCB)でセキュアPCをやろうと言っているけど、コンテンツ側がどこまで信じてくれるかが問題。 [Q] Palladiumの難点は、全てのソフトがPalladiumにならないと完全にはならないこと。 [久夛良木氏] (Palladiumで)PCのDRMも向上するとは思う。今までの全く野放しの状態から、ある程度DRMの上でいろんなものが動く段階になるだろう。とはいえ、やはりPCは何でもできないといけない。だから、DRMで(コピーなどが)できなくなっているはずでも、ごく一部の人は出来る(方法がある)ことを知っている。そこが問題になる。 それに対して、コンテンツやサービスを提供している人たちはビジネスでやっていて、著作権の上で動いている。そして、今、コンテンツ側はピリピリしている。特に、音楽の状態を目の当たりにして、映画の連中は恐ろしくピリピリしている。だから、彼らが納得できるDRMを提供する必要がある。 しかし、ここには大きな温度差がある。つまり、カリフォルニア州の中でも、北端(シリコンバレーなど)と南端(ハリウッドなど)では、温度差がある。 映画の人間とよく話すけど、彼らの商品は20ドルの商品で、かつ映画の興行収入である程度一次償却している。一方、ゲームの方は一時償却を、数10ドルでやらなければならない。ゲームの方がよっぽどDRMではセンシティブで、PlayStationではそれをずっとやってきた。だから、PSPでは我々を信じて欲しいと言っている。彼らの方も、信じてみようかという気になっている。それは、ほかに信じられるものがないから。 □関連記事 (2003年9月3日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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