●PSXの先にはCellホームサーバーが
「デジタル家電は新しい世代の入口に差し掛かっていいる。しかし、はたしてそれがPCなのか家電なのかゲーム機なのか、なかなか回答がなかった。ソニーグループからの回答は、ゲームでもなくPCでもなく全てが融合した新しい商品」と、久夛良木健氏(ソニー副社長/ソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼CEO)は言う。 新しいカテゴリを目指すPSXは、まだゲーム機に留まるPlayStation 2とはベクトルが異なる商品だ。PlayStation 2の隠された狙いが家庭の究極のエンターテイメントマシーンになることだったとしたら、PSXこそその方向への第一歩だと言える。真のPlayStation 2がPSXだと言ってもいいかもしれない。 ソニーグループが面白いのは、家庭のエンターテイメントセンターに3方向からアプローチしている点だ。つまり、家電から進化するコクーン、PCのAV機器化を追求しているVAIO、ゲームコンソールから進化するPSXの3ラインが並ぶ。3分野からひとつのゴールを目指す。逆を言えば、PSXの登場でようやく3つが揃ったわけだ。 この戦略での、ソニーのアドバンテージは、3分野のいずれもそれなりに強いことだ。どれかひとつが成功して家庭のスタンダードになれば、ソニーとしてはOKだろう。この3つが揃う企業は、世界で唯一ソニーだけだ。そして、ソニーが本当に取りたいポジションも、家庭のエンターテイメントセンターという位置に違いない。その意味で、PSX戦略はオリジナルのPlayStation 2に負けないほど重要な意味を持っていると思われる。 ライバル関係を見ると、こうしたソニーの戦略がいちばん邪魔なのはMicrosoftだろう。Microsoftは、PCでは「Windows XP Media Center Edition」で、同じリビングのエンターテイメントセンターの座を狙う。しかし、PCに重心があるMicrosoftでは、自社で売るゲーム機のXboxで同じ路線は狙いにくい。PC系OEMと利害が対立してしまうからだ。家電に至っては、これまで失敗(WebTVなど)ばかりだ。 また、時間軸で見ると、PSXはまだ第1歩に過ぎない。「将来には多分これが、ネットワークプロセッサのCellを使ったホームサーバーへと、確実に大きくなってくる」と久夛良木氏は言う。Cellプロセッサはモジュラー構造で、携帯デバイスからサーバーまで共通アーキテクチャでカバーできるスケーラビリティを持っている。だから、PlayStation 2技術より、Cellの方がホームサーバーや携帯マルチメディアプレイヤーへと派生させやすい。
そうした背景を考えると、PSXやPlayStation技術をベースにした携帯デバイス「PSP(PlayStation Portable)」も、この先にCellベースの後継機を睨んだ戦略だと推測される。2005~2010年の間に、ソニーはCell技術を使ったPSX2やPSP2、さらにそれ以外の“PSサムシング”も投入して来るのではないだろうか。 ●PlayStation 2チップを使ってデジタルレコーディングを実現か では、ハードウェア面から見た場合、PSXはどういうシロモノなのだろう。おそらく、中身はPlayStation 2+ドライブ類+若干の新規シリコンという構成だと推測される。 まず、PSXのチップ構成。これは、MPEG-2エンコードなど動画処理をEmotion Engineで処理するかどうかで変わってくる。SCEIの選択肢は次のようになると推測される。 (1)動画関連の処理は主にエンコーダチップ(+メモリ)で行なう (2)動画関連の処理も全てEmotion Engineで行なう ラフに言うと、今のPlayStation 2はCPU「Emotion Engine」、レンダリングチップ「Graphics Synthesizer」、RDRAMメモリ2個、I/Oチップ「IOP」、オーディオチップ「SPU」、IOPとSPUそれぞれのメモリ、各種コントローラなどで成り立っている。それに対して、HDD&DVDレコーダは基本的には、マイクロコントローラ(CPU)、MPEG-2エンコーダチップ、メモリ、ディスプレイコントローラ、各種コントローラなどで成り立っている。 このうち、当然ながらマイクロコントローラはEmotion EngineのMIPS CPUコアで、ディスプレイコントローラはGraphics Synthesizerで代行できる。 あとは、画像コーデック関係を、Emotion Engineに持ってこれるかどうかがカギとなる。MPEG-2エンコーダ+メモリ自体のコストはさほどではないが、Emotion Engineで処理ができるなら、コストはさらに下がる。近い将来にこの手のHDD&DVDレコーダが価格戦争に入った時には重要な要素となる。 原理的に言えば、Emotion EngineアーキテクチャでもMPEG-2エンコードはできるはずだ。問題はパフォーマンスで、295MHz動作のEmotion Engineでリアルタイムエンコードに十分な性能が得られるかどうかというと、疑問がある。しかし、これも解決する手段がある。というのは、本当は90nm版PlayStation 2チップは、0.25μmで製造した初代のPlayStation 2チップセットより、はるかに高周波数で駆動することが可能だからだ。
単純にトランジスタ遅延だけを考えても、0.25μm→90nmなら300%程度向上する計算になる。つまり、90nmのPlayStation 2チップなら、1GHz駆動を狙うことができるわけだ。もちろん、ゲーム機の場合にはコンテンツ側は295MHz動作に合わせて作られているので、高速化しても意味がない。しかし、PSXなら、PlayStation 2互換モードでは性能を落として、他のモード時にはフルパフォーマンスに切り替えるといった操作も可能だ。 こう考えると、PSXのメインチップは、ほぼPlayStation 2のチップセットをそのまま流用できそうだ。PlayStationのタイトルとの互換性も保つなら、PlayStation 2に搭載しているIOP(PlayStation互換機能を含むI/Oチップセット)もそのまま引き継ぐことになるだろう。だとしたら、PSXの中身は、ほぼPlayStation 2という可能性がある。 もっとも、オーディオチップについては、PlayStation 2の比較的低機能なSPU(DRAM混載のSPU2へと移行)チップをそのまま使えるかは疑問がある。オーディオDSPは、別な上位互換チップを搭載するかもしれない。また、ディスクドライブ回りのコントローラも入れ替える必要がありそうだ。いずれにせよ、それほど膨大なコストがかかる変更ではなさそうだ。 また、PSXは、PlayStation 2のソフトウェア資産も引き継ぐことができる。それは、OSやライブラリなどだ。こうしたソフトの蓄積によって、PSXは高度で快適なユーザーインターフェイス(UI)を簡単に開発することができる。実際、久夛良木氏はPSXのUIについて「スクリプトベースなので、短期間に開発できた」と、説明している。つまり、既存のソフトウェアライブラリを活用することで、新規に開発するソフトウェアの量を減らすことができるというわけだ。コストを削減できるほか、バグの低減や、高い洗練度などを達成できる。 ●PlayStation 2チップは1/6のサイズに もし、ソニーがPlayStation 2チップでPSXの主要機能を実現するなら、このボックスを低コストに作ることができる。つまり、PlayStation 2+ドライブにプラスアルファ程度のコストになるだろう。そのため、この手のレコーダーが価格競争に入っても対応できると考えられる。まり、HDD+DVDレコーダの価格トレンドに沿った設定にしたり、もっと戦略的な価格設定もできると推測する。 では、ビジネスモデルはどうなるのだろう。ゲーム機は、新機種をスタートさせる時は、しばしばハードウェアではほとんど儲からないレベルの価格設定をする。ゲーム機の普及を先行させ、利益はあとからソフトウェアのロイヤリティで得るというビジネスモデルだからだ。しかし、PSXのビジネスモデルについては「ハード(で儲けるモデル)で行く」と久夛良木氏は明言する。 これには理由がいくつか考えられる。じつは、ゲーム機の場合、ライフサイクル全体で見るとハードでも利益が出るようになる。それは、製造コストが製造技術の進歩によって急速に下がっていくからだ。今の段階ではPlayStation 2もハードのコストは劇的に下がっており、PSXにしてもソフトのロイヤリティでカバーする必要がないと思われる。 例えば、メインのチップを見ると、初代のCPU「Emotion Engine」のダイサイズ(半導体本体の面積)が240平方mm、レンダリングチップ「Graphics Synthesizer」が279平方mmだったのが、90nm世代では両機能がワンチップ化され86平方mmになっている。面積では1/6で、ダイサイズの縮小とともに歩留まりも大幅に上がる。だから、90nmでは、同じサイズのシリコンウエーハ比で6倍以上、おそらく10倍程度の数のチップが採れるようになっている。つまり、メインのチップのラフな前工程のコストは1/10程度になっているはずだ。PlayStation 2のデビューからこれだけ経たからこそ、PSXが低コストに可能になったというわけだ。 もうひとつの理由は、PSXがSCEIの製品ではないからだ。PSXは、ソニーの中の新カンパニである「BBNC(ブロードバンドネットワークカンパニー)」の製品で、“エレクトロニクスとゲームの融合による新市場創出”というテーマで開発されたものだ。つまり、SCEIの次世代PlayStation 2ではない。PSXは、ソニー版PlayStation 2と言い換えてもいいかもしれない。ちなみに、久夛良木氏は、ソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)とBBNCの両方を担当している。 ●DRMで有利なPlayStation 2アーキテクチャ PlayStation 2アーキテクチャを引き継ぐPSXには、他にどんな利点があるのか。コンテンツ保護「Digital Rights Management (DRM)」も、おそらくPSXの強力なアドバンテージになる。 比較的OSが低機能で、またネットワーク接続を前提にしにくい家電のDRMは、融通が利かないものになりがちだ。例えば、コピーワンスで、コンテンツを移せなくするといったような、ユーザーにとって不便なDRMしかできないケースが多い。ただし、コンテンツ供給側からすると、そうしたガチガチの家電は安心できる対象だ。 一方、PCの場合は、OSはリッチで、ネットワーク接続も前提とできる。そのため、やろうと思えば、ユーザーにとっては使い勝手がいい高度なDRM管理をソフトウェアでできる。ところが、PCは個々のハードウェアを完全に特定できる仕組みを持たないため、DRMをハードウェアと結びつけて管理できない。そのため、デジタルコンテンツを、完全に保護できる保証がない。コンテンツ供給側からすると、安心できない存在だ。この問題は、PCに「Next-Generation Secure Computing Base (NGSCB)」技術が導入される2005年まで、解決できない。 それに対して、PlayStation 2アーキテクチャをベースにするなら、比較的高度なDRMを、確実性の高いコンテンツ保護を残しながら実現しやすい。実際、SCEIはPlayStation 2のオンラインサービスを始める際に、DRMの仕組みを用意している。ネットワークのバックエンド側に構築した「DNAS(Dynamic Network Authentication System)」と呼ぶ認証システムで、ユーザー認証からコピープロテクト、コンテンツ管理などを行なう。 DNASベースのDRMの最大のポイントは、PlayStation 2のハードウェアに組み込まれた固有IDをベースとする点だ。PS2本体、HDDユニット、メモリカード、PlayStation 2向けのCD-ROM/DVD-ROMディスクには不変の固有IDが組み込まれている。このIDとDNASサーバーを組み合わせることで、PlayStation 2では、特定のマシンの特定のHDDにどんなコンテンツがインストールされているかを管理できる。そのため、コンテンツが○月○日まで利用できるとか、半年後からは自由に2次コピーを作れるようになるといったフレキシブルなDRM操作が、安全に可能になる。PSXでも、似たような仕組みを原理的には導入できるはずだ。 現在のように、アナログTV放送をデジタル録画するだけならDRMの問題は発生しない。PSXも出だしはそうした単純な機能で出発する。しかし、今後、デジタルTV放送の番組データをそのまま保存したり、他のネットワーク経由のデジタル配信サービスを実現しようとすると、途端にDRMが問題になる。「放送方式はデジタルへ変わりつつある状況です。それをデジタルレコーディングするには、また解決しないとならない問題がたくさんあります」「コピーライトはエンターテイメント業界にとってシリアスな問題です。それと同時にユーザーは、より簡便にいろんなメディアを楽しみたい。その、両方を成り立たせたい。そのために、最新最先端のDRMを導入。業界のデファクトで制定されているコピープロテクション技術を持ち込みたい」と久夛良木氏は語る。 高度なDRMについては、コンテンツホルダー側が同意しなければ導入できない点が難しい。しかし、PCよりも先に信頼できるDRMを確立し、コンテンツ側の協力を取りつけられれば、それはPSXにとって最大の強みとなる。 ちなみに、久夛良木氏は、携帯デバイス「PSP(PlayStation Portable)」についても、映画業界と接触していることを明らかにした。PSPでも、(MPEG-4で)4時間までの映画を格納できる新光ディスク「UMD(Universal Media Disc)」を使って、映画コンテンツの提供を考えているようだ。 PlayStation/PlayStation 2の資産を使って、家庭のエンターテイメントセンターや個人のマルチメディアプレイヤーを狙う。ソニーの究極の狙いが、いよいよ顕在化し始めた。
□関連記事 (2003年6月4日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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