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久夛良木健氏が語る、PlayStation 3とCellの正体




久夛良木健氏

 次世代PlayStationの開発を進めるソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)。同社の顔である久夛良木健氏(ソニー副社長/ソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼CEO)に、PlayStation 3とCellコンピューティングについて伺った。

●Cellコンピューティングの中に溶けるPS3

[Q] PlayStation 3(PS3)というハードもフォーマットもないと以前語っていたが。

[久夛良木氏]  PS3というノミナル(基準)、プラットフォームはある。

 本当は論理的にはなくてもいいんだけど、それ(固定されたプラットフォームをなくすこと)をやっちゃうと1カ月に1回CPUパワーを高めたり、レンダリングパイプを増やしたりという話になってしまう(笑)。それは望ましくないから、基本的には、ある論理フォーマットで、必要最小限のスタンダードを決めることになるだろう。

[Q] CPUやレンダリングのパワーはこれだけとか決める?

[久夛良木氏]  そう。メインプロファイルみたいなものは必要になるかもしれない。それからメタファとしての単品ゲーム機も必要になるかもしれない。

 しかし、(PS3自体は)ホームサーバーやTVの中、スーパーコンピュータの中に溶けてしまう。そういう意味からすると、今のPS1やPS2はハード自体と100%一致しているが、次(PS3)はそうじゃなくなる。

 DVDがいい例。DVDの板(ディスク)という物理メディアはある。でも、DVDプレイヤーでも、パソコンのDVDソフトでも、ポータブルプレイヤでも再生できる。それと同じだと考えると、とても分かりやすい。じゃあなんで(DVDプレイヤーの)単品がいるかというと、AVラックに入れるというメタファでしょう?

 だから、次もPlayStation 2のようなメタファが欲しいかもしれない。これは流通政策でもある。ある流通的にはメタファが必要になる。

 しかし、テクノロジー的に言えばホームサーバー上で、(コンテンツは)みんな扱えるに決まっている。

[Q] 溶けるというのは、ネットワークで分散環境になるからか。

[久夛良木氏]  次はネットワークがキーになってくる。今までのネットワークは情報のネットワークだったけど、今度はピア・ツー・ピアコンピューティングのバスになる。それがCellのコンセプト。

 例えば、ブレードサーバーでバックボーンを(高速に)つないでいても、その(バスの)上の電子の移動度ってたいしたことがない。チップの上のクロックの伝搬遅延が問題になるほど。だから、バックボーンの伝達スピードやレイテンシはとても悪く、それを光に換えてしまいたいとなる。

 そう考えた時、光(ネットワーク)というのはバスになる。そして、光になると、コンピュータートポロジーが変わる。それを狙うがCellコンピューティングだ。

●まず家庭のCell機器でネットワーク

[Q] しかし、それには光ネットワークを普及させる膨大なインフラの整備が必要になる。

[久夛良木氏]  まず、Cellコンピューティングが家庭の中にあればいいと考えている。

 今の(ネットワーク)インフラはPCベース。PCベースのサーバーを光ベースのサーバーに置き換えて下さいと言っても、ISPさんにはそれだけの体力もないしキャッシュフローもない。だから、戦略上は、まずダイレクトにピア・ツー・ピアでやるしかないと思っている。家庭の中で。

 今は、家庭から外はISP経由になってしまうが、家庭の中は完全なブロードバンド環境にできる。家庭の中をブロードバンドネットワークで結んで、Cellコンピューティングを実現する。

 まず、ホームサーバーが家庭の中で、IEEE 802.11のホットスポットになる。そして、将来は、家庭の中にプラスチック光ファイバとか入ってくる。あるいは(銅)線を使っても、10GbE(10Gigabit Ethernet)ができる。もう十分ブロードバンドだ。

 それから、TVに接続する“ポストVHS”では、今はDVDライタとかGiga Pocketがあるけれど、将来はこれがホームサーバーになる。このホームサーバーで、そのうちCellのようなネットワークプロセッサ(を載せた製品)が出てくる。そして、家の中の複数のCellがピア・ツー・ピアでつながると、ますます面白くなっていく。もちろん、50m離れたCellと基板上のCellでは、厳密に言うとレイテンシが違う。しかし、論理的にそれは隠蔽できる。

 すると、グリッドコンピューティングを超える……、我々はCellコンピューティングと呼んでいるものが生まれるかなと。グリッドコンピューティングは、今バッチ処理でノンリアルタイムだが、それがリアルタイムでできるようになると面白い。それがCellコンピューティングだ。

[Q] リアルタイムコンピューティングを、家庭の中のピア・ツー・ピアのグリッドで実現する?

[久夛良木氏]  そう。IBMさんだったら、ラックの中に入れるシステムを作って並列化する。しかし、ソニーグループとして面白いのは、家の中を繋げられること。

 それは、ソニーを含めたデジタル家電グループのパワーでしょう? いくらMicrosoftとIntelが、そうしたことをやりたいといっても、難しい。例えば、MicrosoftブランドのTVはないから。彼らも頑張るとは思うけど、ソニーはもともと家電が得意なはず。やんなきゃいけない。

●ホームサーバーもTVもCell搭載へ

5月の発表会で、PSXを紹介する久夛良木副社長
[Q] Cellの2つ目のアプリケーションはホームサーバーが有力か。

[久夛良木氏]  基本的には次世代ゲーム機の中にも、ホームサーバーの中にも、TVの中にも、ソニーグループでいえばCellが入るだろう。それからメディアエンジンも入るだろう。

 ホームサーバーの手始めが(PS2チップを使う)PSXだが、そのうち次の時代が来て、ソニーグループとしては本格的にCell応用でいろいろのものを展開したい-これは希望だが-となっていく。

 ホームサーバーについては、これからものすごい勢いで伸びると思う。ホームサーバーが伸びるのは、ゲームとか映画とか、爆発的に伸びているデジタルフォトとか、それらのためのサーバーが必要だから。デジタルフォトも今ピクセル数がどんどん増えているから性能も必要になる。TVも固定ピクセル系TVになるから、画像処理はますます大変になる。

 ムービーでは、放送機器、もしくは映画会社の映画のオーサリング、そのレベルで画像処理できるエンジンが将来的には必要だと考えている。SCEIも含めたソニーグループは、TV放送機器用システムも一手にやっていたから、そのレベルの画像処理には経験がある。まず、その画像処理エンジンが、TVの中に入る必要がある。次に、それをお互いネットワークでつなぐ。そのためにはCellが必要となる。ホームサーバーも、Cellベースになると桁違いのことができるようになる。

 それから、ホームサーバーが、進化した無線LANでホットスポットになると、モバイル機がそこにつながる。そうしたら、(Cellコンピューティングがモバイル機でもできるから)、例えば、腕時計(サイズのデバイス)の中に何でも詰め込むなんて必要はなくなる。

 いろいろなパラダイムが変わると思う。

[Q] コンピューティングパラダイムが変わると。

[久夛良木氏]  Cellコンピューティングになると、家庭の中にスーパーコンピュータがあるのと同じことになる。これはすごいパラダイムシフト。

 今、地球シミュレータクラスのを、IBMがグリッドコンピューティングでやっているけど、あれがもっとリアルタイムインターフェイスを持って家庭に来ることも可能になる。それ(演算能力)が何に使えるか、考えるとワクワクして来る。例えば、ロボットがその(Cellコンピューティングの)中にはいるのか、ロボットの制御になるのか、お話し相手になるのか、いろいろなことができる。AI(人工知能)に人間が期待できるようになる。

●マトリックスの仮想世界を実現する

[Q] そして、将来的には家庭の外へもCellコンピューティングを広げる。

[久夛良木氏]  まずは家の中がCellコンピューティングになる。そこから外に繋げる時、今、ボトルネックになっているのは、ISPのエッジサーバーであったり、ロードバランサーであったり、プロキシサーバーであったりする。ここが変わらないと、相当バンド幅を限った上でのピアツーピアになってしまう。コンテンツシェアくらいのことしか出来ないかもしれない。

 だから、それら(ISP)を、できたら同じ(Cell)アーキテクチャのシステムに変えていく。そうしてISPのサーバーが、その世代に変わってくると、今度は世界がピア・ツー・ピアになる。

 今のレベルでも、音楽ファイルくらいならピア・ツー・ピアになっている。しかし、次はリアルタイムのやり取りをピア・ツー・ピアにする。そうすれば世界が変わると思う。

 例えば、あなたの持っている(Cellの)パワーと僕の持っている(Cellの)パワーを合わせてなんかやろうと、そこまでいけば面白いかもしれない。これまでは、サーバーがなくちゃ出来なかったものが、クライアントの集合体が実は巨大な論理サーバーであると言うことになる。

 我々としては、そうしたCellコンピューティングで、コンピュータのトポロジーを変えようとしている。その(ゲーム機の筺体の)中に、完結してひとつだけ入っているという世界から、10年間はひたすら並列コンピューティングの時代になるだろう。それだけの処理能力が必要とされている。10年間程度は、ものすごい勢いで加速するのではないか?

[Q] その段階のCellコンピューティングで、エンタテインメントは何が実現できるのか。

[久夛良木氏]  処理能力は、エンタテインメントを考えるだけでも極端な要望がある。エンタテインメントを越えた、感性の域までいったら千倍になっても足りない。

 キアヌ・リーブスが映画「マトリックス」の中で、そこ(マトリックスの仮想世界)にいると感じる、本物かどうか見分けがつかない(と感じる)、いつかは、あそこまでゆくはず。

 ともかく、(Cellコンピューティングの)伸びは無限だから。(Cellが)ネットワークに繋がれば繋がるほど数が増える。人類はとんでもないものを手にするんじゃないかと思っているほど。

 例えば、世界中の何億世帯にCellが入る。それも、1世帯1 Cellだけじゃなく、家の中がネットワークでつながっていて、さらにいろいろ(Cell)あって。それぞれ、導入した時によってスピードとかも違うかも知れないけど、全部合わせると地球シミュレータの1万倍とか10万倍(のコンピューティングパワー)と言うと面白い。

 そんなことを考えなくても、ラックの中にCellを千個入れれば、あっという間に今のギネスブック記録を更新出来る。それが将来のゲームコンテンツサーバーになるかも知れない。

●CellはハードだけでなくOSも革新的

[Q] ゲームサーバーもCellになると変わると。

[久夛良木氏]  例えば、Sony Picturesなど、いろんな映画会社で、映画をデジタルデータとしてサーバーの中に入れてある。大抵、Linuxのクラスタサーバーに入っている。それ(データ)がずどんとこの(Cellクラスタサーバー)中に入るとどうなるか。監督が、ちょっとこのシーンに入ってみようとか言って、ターミナルから(デジタル映画の仮想世界に)ジャックインできるという状態になる。

 そんな世界にクリエータがなれば、それってゲームでしょう? あとは何人がそこにログインできるかだけ。リアルタイムで映画の中に入るわけ。そういう時代になると、もうMMORPGとは言わなくなるかもしれない。それが、高解像度モニタとかホームシアターで楽しめたら、映画館に行くのと同じ。

 他にも色々考えられる。例えば、スポーツゲームが、ブロードバンドで降ってくるフットボールとかF1(の中継)とシームレスにリンクしたら面白いなあとかね。そう考えていくと、映画も音楽もゲームも融合してすごいことになるなと。

 ゲームだけでもこんなに面白い。そして、放送や、放送を超えた双方向コミュニケーションになるとこれも面白い。きっと、この(直接対面しての)インタビューをしている感覚で、じつは相手が違う場所にいたなんてレベルまで出来る。「TV電話が懐かしいね、手を振ったら向こうが振り返した」と昔話をすることになるかもしれない。

 これは、音声電話の歴史と同じ。昔、国際電話をかけた時、ノイズレベルや反応の遅さをリアルに感じた。しかし、今はわからない。電話に出たときに相手が北海道にいるか東京にいるか、予測できない。(映像も)そのレベルになると思う。

 もちろん、それにはあと何年間もかかるが。

7月のRambus Developer Forumで講演するSCEI 岡本伸一コーポレート・エグゼクティブ兼CTO
[Q] 新しいハードとOSで、今までのコンピューティングパラダイムをご破算にするように見える。

[久夛良木氏]  ご破算というより、イノベーティブな方向だと思う。このOSも、じつは面白い。

[Q] ネットワーク上のCellハードウェアを把握し、各Cellのレイテンシを掴み、個々のCellハードに、個々のソフトウェアCellオブジェクトをヘッダーをつけて割り振る。OSがこうしたことをやると想定しているが。

[久夛良木氏]  うんうん。今、まさに(開発を)やっている。岡本(SCEIの岡本伸一コーポレート・エグゼクティブ兼CTO)がそういうことを見ている。

 岡本だけじゃなく、IBMには、まさにそうしたリサーチをやって来た人たちがいる。RSサーバーをやっている人たちや、ワトソン研の中の人たち、さらに表に出てこないような人たちもいて、彼らが面白がってやっている。彼らは、SFのような話をしたってついてくる。PC系の人たちが、(PCの進歩を)待っていられないからやろうと言ってくるのが楽しい。

[Q] PS3とCellコンピューティングは、ソフトウェア開発者にとってはチャレンジだが面白いと思う。

[久夛良木氏]  次は面白い。(PS3は)ただ垂直(ネットワークしない状態)で見て、単なるゲーム機だと思ってやってもすごいと思う。だから、(ソフトウェア開発が)ナイトメアにならないようにしないと……。

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【2002年3月25日】【海外】PlayStation 3の核となるCellは全く新しい概念のCPU
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(2003年9月1日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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