今回、久夛良木健氏(ソニー副社長/ソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼CEO)へのインタビューを通じて、PlayStation 3について見えてきたことがいくつかある。 まず、重要なのは、PlayStation 3とCellコンピューティングがほぼ重なっていることだ。おそらく、PS3は「ある“プロファイル”のソフトウェア/データを実行できるCellコンピューティング環境(または単体のCellプロセッサ搭載機器)」と定義するのが正しいと思う。では、Cellコンピューティングは何かというと「ピア・ツー・ピアネットワークでリアルタイム処理を行なう新しいコンピューティングパラダイム」だ。そして、Cellコンピューティングは「Cellプロセッサ(とその周辺LSI)搭載機器のネットワーク」で実現される。 こう定義するとわかりにくいかも知れないが、単純にエンドユーザーサイドに立って見ると話は簡単だ。まず、PS3と名前がついたゲーム機(単体ハードがあるとしたらの場合)を買ってくれば、PS3用タイトルがプレイできる。しかし、PS3がなくても、Cellプロセッサと周辺LSIを搭載したホームサーバーを買えば、同じソフトウェアタイトルがおそらく実行できるだろう。 もっとも、同じCellアーキテクチャであっても、それぞれの機器が搭載するCellプロセッサの性能や機能は異なる(と思われる)。そのため、例えばCell搭載TVではPS3コンテンツの実行に性能が足りないかもしれない。しかし、その場合でも、家庭内LANに複数のCellマシンが接続されていれば、互いのCPUパワーを使うことでソフトウェアを走らせることができる可能性がある。Cell機器を接続すると、ソフトウェアの処理をリアルタイムに分散するCellコンピューティングが可能になるからだ。 さらに、将来は、PS3を含めたCell搭載機器が、ネットワークに接続されている他のCellのコンピューティングパワーも利用して、拡張版のPS3向けコンテンツやサービスを楽しむことができるようになるかもしれない。 ●論理的にはなくてもいいPS3という名前のゲーム機 こうして考えると、PS3という概念は、イコールCellコンピューティングの一局面に過ぎないという気がしてくる。それが、久夛良木氏の「(PS3が)ホームサーバやTVの中、スーパーコンピュータの中に溶けてしまう」という言葉の意味だと思われる。つまり、“PS3向けコンテンツやサービス”は、CellホームサーバーやCell TVやCellスパコンなどのCellコンピューティング環境で扱えるようになる。 そもそもPS3向けのコンテンツという概念自体も怪しい。おそらく、最終形態になると、単にCellコンピューティング向けのコンテンツやサービスがあり、それをゲーム機やホームサーバーなど、Cell搭載マシンから利用できるという話になるだろう。 そのため、たとえ、PS3と名前がつけられた“ボックス”が発売されたとしても、それがイコールPS3ではない。「今のPS1(PlayStation)やPS2(PlayStation 2)は、(PS1やPS2という概念と)ハード自体が100%一致しているが、次(PS3)はそうじゃなくなる」(久夛良木氏)というわけだ。 例えば、CellネットワークによるCellコンピューティングで、単体PS3ボックスでは不可能なコンテンツやサービスも提供できるようになるなら、“PS3”という概念はPS3ボックスを超えたパワーを持つことになる。PS3ボックスは、Cellコンピューティングという氷山の一角に過ぎず、CellコンピューティングこそPS3と考えた方がいいだろう。前にこのコラムで『The Network is PlayStation(ネットワークこそPlayStation)』になると書いたが、新しい用語を使うなら『Cell-Computing is PlayStation 3(CellコンピューティングこそPlayStation)』になる。 こうしたことを考えると、PS/PS2の時とは違って、PS3世代では、SCEはPS3と名前がついたボックスを出す必要性は必ずしもない。実際、久夛良木氏も「論理的にはなくてもいい」と言う。例えば、PS3は単純にロゴになってしまい、Cell搭載マシンにそのロゴが貼られてるということでもいいかもしれない。しかし、そう言いながらも、久夛良木氏はSCEが“PS3”ボックスを出す可能性も示唆する。 「PS3というノミナル、プラットフォームはある」、「メタファとしての単品ゲーム機も必要になるかもしれない」、「ある流通的にはメタファが必要になる」 つまり、PS3世代ではゲーム専用機は理論上はなくてもいいけど、ユーザーや流通を考えた場合には、PS3というゲーム機は(わかりやすいメタファとして)出した方がいい“かもしれない”というわけだ。そのため、PS3世代では、まだ単体ゲーム機が存在すると推測される。つまり、いきなりCellホームサーバーが登場して、それでゲームもできますという話にはならないだろうということだ。 ●とりあえず固定されるPS3のスペック また、PS3ボックスでは、従来のようにハードのスペック(=ソフトの使えるリソース)を固定する必要もない。本当にCellコンピューティング構想が実現するなら、その上のコンテンツやサービスは、マシンパワーの制約からある程度は解放されるからだ。最終的に、単体マシンの性能を上回るコンピューティングパワーが利用できるようになるなら、固定されたマシンスペックにソフトウェアを合わせる必要も、理論上はなくなる。また、逆に単体マシンのパフォーマンスをどんどん上げていっても、(Cellコンピューティングで使われるので)無駄にはならない。 しかし、久夛良木氏は「本当は論理的にはなくてもいいんだけど、それをやっちゃうと1カ月に1回CPUパワーを高めたり、レンダリングパイプを増やしたりという話になってしまう。それは望ましくないから、基本的には、ある論理フォーマットで、必要最小限のスタンダードを決めることになるだろう」、「メインプロファイルみたいなものは必要になるかもしれない」と言う。 つまり、PS3として一定のコンピューティングパワーや機能が定義されるわけだ。その意味では、PS3ボックスは従来のゲーム機と変わらない。「○GHzのCPUで○本のレンダリングパイプで」といった、決まったフォーマットは続くと思われる。 これは現実な対応だ。というのは、当面は、単体のPS3ボックスが家庭に入っていくことになり、他のCellマシンは家庭に浸透するとしてもフェイズはずれるだろうからだ。家庭によってはCellはPS3ボックスだけというケースも多いに違いない。インターネット経由のCellコンピューティングになるとさらに先の話になる。 そうすると、PS3ボックスは、最初の段階は単体ゲーム機なわけで、スペックを決める必要が出てくる。また、将来もローカルマシンでないとできない処理(レンダリングなど)は残るため、最低でもグラフィックス回りのスペックは固定する必要がある。つまり、PS3世代のソフトを単体で実行できる最低限のマシンスペックは決められるわけだ。 ●CellとCell周辺LSI ちなみに、PS3ボックスのグラフィックスチップはSCE内で開発していると見られる。現時点で他社との提携発表がないことから、自社開発なのは明瞭だが、今回の会話の中でもそれを示唆するセリフが出てきている。 例えば、「Cellだけじゃなくて、Cellの周辺LSIもあるのだけど、そのCell周辺LSI群も使って(他のデバイスの開発を)やることになると思う」、「次世代ゲーム機の中にも、ホームサーバの中にも、TVの中にも、ソニーグループでいえばCellが入るだろう。それからメディアエンジンも入るだろう」と久夛良木氏は言う。 SCEが申請しているCPU関連特許には、Cell(と思われるCPU)アーキテクチャを応用したグラフィックスユニット「Visualizer (VS)」の記述もある。これは、通常のCellのプロセッサコア「Processor Element(PE)」に、ピクセルエンジンとイメージキャッシュ(ビデオメモリ)を加えたものとなっている。このアーキテクチャの場合、レンダリングパイプでのプログラマブルな処理もCellのサブプロセッサ「Attached Processing Unit (APU)」でやらせようとしているように見える。 PS3ボックスに入ってくるグラフィックスチップがこうしたアーキテクチャになるかどうかはまだわからない。しかし、SCEがCellだけでなく、周辺に配置するLSIも開発していて、それらをセットで他の機器にも展開しようとしているのは確かだ。そして、それらCellプロセッサ搭載マシンによるCellコンピューティングで、PS3ワールドが構成されることになるだろう。
□関連記事 (2003年9月8日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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