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久夛良木健氏が語る、ソニーの半導体戦略




久夛良木健氏

 PlayStationファミリのために最先端の半導体プロセスに投資を続けるソニーグループ。久夛良木健氏(ソニー副社長/ソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼CEO)に、同グループの半導体戦略と今後の方向性についてうかがった。

●次のキーワードは、社名の通りエンタテインメント

[Q] SCEIのチップの設計は、半導体の利点を活かしている。ゲーム機は5年サイクルだから2世代シュリンクできる。それを前提にチップを設計しているように見える。

[久夛良木氏] PC的には2世代かも知れないが、その間には、光学的シュリンクもあれば、ネットリスト上のシュリンクなどもあるし、周辺チップの集約もある。そうしたシュリンクを繰り返してきている。シュリンクして、何がいいかというと単位投資あたりの収穫数が増えるので、コストが下がること。

 ところが問題もある。PCみたいに右肩上がりで出荷数が伸びていけばいいけど、(ゲーム機)プラットフォームの更新は数年に1回のサイクルで来る。だから、ピークアウト(出荷量が横ばいになる)時に、今度は製造キャパシティが余ってしまう。

 しかし、余るというのはネガティブな考えだ。実際には、僕らは無理して(半導体工場を)作っている。では、作ったキャパで何をやるかという話になる。それが、PSPなど他(のチップ)を作る方向へと広げること。

 また、半導体(の製造ライン)は世代交代毎につぶすわけじゃない。Intelのように(古いラインも)残す。それで何が出来るかというと、減価償却したFab(工場)にも、色々なものを取り込める。これは、Intelが最先端の(プロセス)で、最先端の石(チップ)の製造を始めて、(プロセスが減価償却したら)最後にフラッシュメモリの製造に持って行く、それと同じ戦略を取っている。

[Q] Intelと似た発想を取った?

[久夛良木氏] そう、ソニーの発想は、半導体屋さん的発想でなく、Intel的な発想だ。半導体的発想だと、集約すると二重苦、三重苦になってしまう。(チップ当たりの)単価が下がって、売値が下がり、また、製造キャパシティが余ってしまうから。それに対して、我々は、半導体及びシステム事業をやっている。それが強み。

 そうすると次は、システムとして最大のボリュームアプリケーションは何か、という話になる。ひとつはPC、もうひとつはゲーム機−これからはコンピュータエンターテインメント機器と呼ぶのが正しいと思うけど−、あとひとつは携帯機器。しかし、携帯機器の場合はフットプリント(チップサイズの制約)があるから、(チップの)数は出るけどチップ(のダイ面積)はあまり使わない。半導体事業から見たら割と閉じた市場となる。

'99年のMicroprocessor Forumでプレゼンテーションする久夛良木氏

[Q] '99年の「Microprocessor Forum」で、(久夛良木氏が)コンピュータエンタテインメント産業が10倍100倍に広がるとプレゼンテーションをした時を憶えている。

[久夛良木氏] みんな、何言ってるんだという感じだったけど(笑)。

 僕は次のキーワードは、会社の名の通りエンタテインメントだと思ってる。PCの次の巨大な(半導体の)需要は、広い意味でのエンタテインメントだと。例えば、コミュニケーションは最大のエンタテインメントだと前から言っている。エンタテインメントを軸に広がって行く。

 コンピュータエンタテインメント機器は、ホームとモバイル、ポータブルとある。ホームは最終的にはTVの台数と同等に行くから、理論的に言うと台数ではPCを超える。さらに、ポータブルの台数は人間の数、モバイルになるとひとりで何台も持ちたくなる。だから、数ではPCをはるかに超えるところまで進むはず。

 こうして見ると、PCの次はCE(家電)の時代になる。エンタテインメント機器だけでなく、デジカメを含めて様々な機器を1人1人が持つようになる。最終的に、全てのフラットTVが中にプロセッサを持つことになるから、(家電での半導体需要では)極端なビッグバンが起きるだろう。

 そういった中では、投資シナリオがとても大事になる。これは、半導体だけをやっているのでは、まったく見えない。

●ソニーが半導体を持つのは当然の帰結

[Q] だからシステムと半導体の両方を持つ必要があると。

[久夛良木氏] プロセス技術から持っていないと、突っ込めない。ソニーグループのように、ボリュームアプリケーションを考えるなら、(半導体を)他社に頼るのは考えられない。例えば、IntelさんがCPUの設計だけをして、それを他社、例えばTSMCさんに製造委託するというのは考えられない。それと同じで、ソニーが半導体を持つのは当然の帰結。

 また、今後は半導体比率が高くなるという背景もある。今までは、メカトロニクスの世界で、半導体比率は10%程度だったかもしれない。しかし、これからはファームウエアやソフトを除いた、ハードの中での半導体比率は7〜8割になる。それを全部外から購入していると、全部キャッシュアウトになり、他社(の半導体設備)を減価償却してやっているだけになってしまう。ところが、せっかく償却しても、彼らが最先端プロセスに投資を続けてくれるかどうかわからない。

 Intelさんが競争力を維持できているのは、彼らが毎年毎年膨大な利益を上げて、再投資をかけているから。設備投資と研究開発に利益を注ぎ込むから、IP(知的所有物)がどんどん積み上がり、製造能力が積み上がる。素晴らしいサイクルだ。

[Q] これまでソニーはそうしたサイクルになかった?

[久夛良木氏] ソニーはこれまで、アナログ・メカニカルの部分はきちっとアセットマネジメントをやっていた。基本デバイスを相当長い期間かけて開発して、大型製造投資をしていた。そして、競争力のあるデバイスを社内で育ててきた。

 ところが、デジタルになってAVとITが融合した時からちょっとシナリオが狂い始めたと思う。どうしてかというと、ノウハウの積み上げ、製造インフラの積み上げ、プラットフォームの積み上げがないところで、急激にやろうとしたから。AV側に技術がないから、ITのソリューションを使おうとなった。そうしたら、ITと同様に、水平分業の中で外(他社)から調達してくる構造になった。

 ところが、そうなると、付加価値は全部流出してしまい、これはいい目の付け所だなと思う製品を作っても、他社が追っかけやすい構造になってしまった。これは、ソニーだけに起こったことでなくて全家電メーカーに起こったこと。つまり、家電メーカーの利益率が低下しているのは、韓国、台湾、中国と含めた汎用化が起こって、他のどの地域でも作れるものをやっているから。互換性のために規格化されるから、LSIひとつとっても、似て非なるものをどこでも作れる。だから、何か出しても、あっというまに儲からない価格になってしまった。

●ソニーグループが融合する

[Q] PCと同じ産業構造になったと。

[久夛良木氏] PCは、Intelのコピーチップは出ないけど、NECさんでも富士通さんでもソニーでもどこでもPCを出せる。そこでは、誰も儲からないではなくて、ちゃんとIntelとMicrosoftは儲かる。

 Intelは、そのためにDRAMでさえ放り出した。「DRAMは儲かるが、残念だけどやらない」でなくて、一番儲かるところだけをやる。あとは複数のメーカーが、みんなで戦って、コモディティになればいいと。見事な計算で作り上げられたビジネスモデルだと思う。

 ところが、ここでシステムで成功するには、Dell Computerと同じことをしなければならない。Dellのサプライチェーンマネジメントはすごいけど、DellやAmazon.comが世界中で100社も成り立つとは思えない。ごく限られた企業だけが残る。

[Q] 時代がPCからCEへと移ると、Intelは苦しくなる?

[久夛良木氏] Intelが、もしPCに留まるなら苦しくなるかもしれない。しかし、今のコンピューティングは、結局、ハードもソフトも大型コンピューターを昇華してできたものであって、別に彼らの発明ではない。だから、新しい方向が見えれば、彼らも当然そっちへ行く。ただ、方向が見えないだけだろう。

 10年前、PS(PlayStation)を出したときも(彼らには)見えていなくて、数年前PS2(PlayStation 2)を出したときでさえ見えていなかった。今、ようやく感じ始めているのかもしれない。

 もちろん、PCはPCで非常に便利で、人間の能力を拡大するツールで、それはそれですごい。しかし、PC(とCE)では、目的が同じではない。我々はツールではなく、個人が楽しむエンターテインメントとホームへ向かう。それがソニーの方向。

 そして、ソニーだけでなく、これからは先に向けての開発投資の選択と集中をきちんと考え、自らの製造インフラを、自らの投資でやっていかないといけない。

[Q] そうするとCEへと向かう流れを見越して設備投資と技術蓄積を行なう。その中核の次世代アーキテクチャとしてCellコンピューティングをソニーグループが採用すると。

[久夛良木氏] オールソニーでやって行く。

 今まではグループ内でゲームグループと他のグループが刺激し合っていたが、これからは互いの強みを持ち合って完全に融合して、一度ダントツの一番を引っ張り直すというシナリオだ。

[Q] その辺の話は以前からソニー本社とやっていたのか。

[久夛良木氏] 今は、みんなコンセンサスに達している。

●シリコンフォトニクスを視野に入れる

[Q] SCEIは組み込みメモリに非常にこだわっているように見える。

[久夛良木氏] 最大の問題はメモリの供給。

 今のPCアーキテクチャは、メモリのフットプリント(搭載量)が命。そして、PC業界がメインメモリをどれだけ積めるかは、(メモリ業界)全部の投資と、それによって生産できるメモリの量とタイプで決まる。PCのハイエンドのグラフィックスが、DDR2とかDDR3を採用できるのは、あれはボリュームが少ないから。

 ところが、コンシューマはTVは数千万台、携帯電話に至っては億の単位が出る。そうすると、PC並みのフットプリントを供給してもらうのは難しい。それが制約になってしまう。

 僕らがEmbedded DRAMをやるのは、膨大な出荷量のコンシューマでは、(DRAM産業との)しがらみを断ち切りたいから。その副作用として、メモリのフットプリントが少なくなるが、そこは工夫で頑張ってもらいたい。

[Q] 光インターコネクトでコンピュータのトポロジを変えると言った。そのためには、ネットワークのレイテンシを克服する必要があるのでは。

[久夛良木氏] レイテンシがあっても、それを予測できて、適応できればいい。投機的に(オブジェクトを実行する)ではなく、ちゃんと(レイテンシを)テストする。

 考えて欲しい。チップ上では、10mm程度の長さで、とんでもないレイテンシを食う。Redwoodなど(ボード上の銅配線を)高速にする技術はあるが、それで達成出来るスピードは光と比べると大したことがない。光ファイバの中を通るフォトンのスピードは全然違う。だから、基本的にはそっちへ向かう。

[Q] するとシリコンフォトニクス(シリコンチップ上への光技術の統合)へ入って行くのか。

[久夛良木氏] そう、シリコンフォトニクスだ。それは我々の研究領域であるし、Intelさんだって研究している。基本的にはMOSベースの半導体から、最終的にはレーザーとかダイオードの世界へ進む。

 そして、光はある意味で、ソニーグループの得意技だ。例えば、レーザーを使ってCDやDVD(の技術)を開発して来た。それを使って、今度は、光ディスクとは違う、新しい応用を考える。メディアが、ディスクからそっち(光ネットワーク)になるということ。それによって、コンピュータのトポロジを変える。

●トランジスタは高分子の世界へ

[Q] コンピューティングの変革がやってくるわけか。

[久夛良木氏] 人間はコンピュータを手にしてからまだ時間が浅い。ENIACから五十何年、マイクロプロセッサから32年。昔、僕が学生だった頃ようやくコンピュータが出て、i4004で面白いと思って、VAX11で面白いと思って、あれを自分で欲しいなと思ったら、今はみんなが、もっと高性能なコンピュータを持っている。だから、そのスピードをあと10年維持するだけで、とんでもないことが起こる。

[Q] コンピュータの進歩は、トランジスタの指数関数的な増大に依っている。これはまだ続くと考えるか。

[久夛良木氏] この世界は、トランジスタ数がlog(対数)で直線的に増えて行くから、すごい勢いで変わって行く。このペースは続くだろう。

 おそらくあと10年後くらいで、量子力学の世界に行くだろう。今は、原子膜とか単分子くらいまで見えてきて、トンネル効果が問題になり始めている。

 そこから先は高分子になると思う。もちろん、急にタンパク質のような高分子になるわけでなくて、ステップはある。面白いのは、タンパク質をシミュレーションし合成するためにはスーパーコンピュータが必要で、結局シリコンでタンパク質(の実用化)を加速している。コンピュータの本質は、時間軸の圧縮機。コンピュータがコンピュータの進歩を加速する。例えば、昔、紙テープの時代に、2億トランジスタの半導体を作れるわけがないが、今のコンピュータならそんな半導体の設計ができる。

 今後は、さらにすごいスーパーコンピュータができると思う。今も、グリッドコンピューティングなどでそこそこ(性能)は行くけど、将来はゲーム機のようなマンマシンインターフェイスで、スパコンのパワーを使えるようになる。そうすると、もっとクリエイティブな研究や設計ができるようになる。考えるとわくわくする。

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(2003年9月2日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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