後藤弘茂のWeekly海外ニュース

久夛良木健氏が語る
次世代携帯ゲーム機「PSP」の
本当の狙い




久夛良木健氏

 2004年に携帯ゲーム機&マルチメディアプレイヤー「PSP」を投入するソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)。PlayStationグループを率いる久夛良木健氏(ソニー副社長/ソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼CEO)に、PSPの狙いと技術について伺った。

●ウォークマンの感動を目指すPSP

[Q] PSPのスペックは盛りだくさんで、携帯機としてはオーバーキルに見える。

[久夛良木氏] オーバークオリティとは思っていない。やりたいことを入れたらこうなっただけ。今、携帯機の上で(映画などの)トレイラーを見ることができるが、それだけでは感動しない。やはり感動するのは、16対9の画面で字幕もきちんと読める高品質映像が実現できた時。2時間の映画を5本くらい飛行機の上で見てしまいたくなるレベルのものが欲しい。

5月のE3で、久夛良木氏は「21世紀のウォークマン」と「PSP」を紹介

 ウォークマンが登場した時がまさにそうだった。僕は今でも覚えているけど、あの音質を耳にしたとき『オッ』となった。PSPも同じ感動を提供できると思う。その意味で、第二のウォークマンにするぞと、僕だけでなくてみんな燃えている。

[Q] PSPチップは、最初に想像していたようなPlayStationチップの拡張版ではなかったので驚いた。

[久夛良木氏] 最初にみんなが思ったようなPS1のサブセットだって出せる。でも、PSPにはPS2以上のエンジンをぶちこんだ。だから、(コンテンツも)当然それ以上のものができてしまう。

[Q] 画面サイズは映画コンテンツに十分だと考えるか。

[久夛良木氏] PSPを企画するに当たって、いろいろシミュレーションをした。どのくらいのクオリティなら納得できるのか。そうしたところ、4.5型で480×272ドット、これが限界だよねとなった。PSPの画面サイズは、こうして決まった。

[Q] 3G携帯電話など、他にもマルチメディアプレイヤーを目指している機器がある。PSPと一部オーバーラップするのでは。

[久夛良木氏] ウォークマンで音楽を歩きながら聴くことができるようになったが、今、映像ではそうした機器がない。PSPのような機器が欲しいなと思ったときに、ほかにできるものあるだろうか。ラップトップPCやDVDポータブルで、ウォークマンのようにというのは、考えにくい。

 以前、みなが期待したのは3G携帯電話だった。ところが、3Gには巨大な投資が必要なので、なかなか進まない。帯域を買って、サーバーを用意して、ビルで死角ができないようにアンテナ立てると、コストが非常に高く、見合わないことに気が付いた。

 また、映像品質では、現状では3G携帯電話は15fpsのMPEG-4動画レベル、PCでもDivX程度。それじゃあDVDの映像に慣れた人は感動できない。今、映画館は、アメリカなら7ドル、日本だって1,200円で行けるのに、どうして低い品質の映画を携帯機で見るだろうか。それではだめだと考えた。

●コンテンツ保護を徹底して重視

[Q] PSPでは映像コンテンツが強調されている。PSPはゲームと映画のどちらでスタートするのか。

[久夛良木氏] ある意味で(ゲームは)トリガーになると考えている。

 単体の携帯ゲーム機として見ても、PSPはパートナーにとって魅力的なはずだ。携帯機であれだけの3Dグラフィックスパワーを使ったゲームを作れるだけで楽しいだろう。曲面(サーフィスのサポート)だけでも無茶苦茶面白い。だから、まずゲームで基本的なベースができると考えている。

 その上で、(コンテンツが)セキュアであることをきちんと説得できれば、映画にも広がる可能性が大きいと考えている。コンテンツを作る側から見ると、今、DVDは頭打ちだ。次のブルーレイを待つよりも、すぐにお金が欲しい。そうすると、PSPへと広がる可能性が大きい。

UMDを披露する久夛良木氏

[Q] PSPでは新しい光ディスク「UMD」を採用した。コンテンツはUMDだけで提供するのか。

[久夛良木氏] コンテンツがネットワークで来るのが本当はいいんだろうが、ネットワークインフラはまだまだ経済的に出来ていない。だから、コンテンツでビジネスするとき、パッケージは大事だ。GBのデータを何千タイトルも世界の何億人に供給するには、今のところ光ディスクが一番いい。

 かつ、ディスクはROMでなければだめだ。コンピュータのようにRAMが先にありきだと、コンテンツ供給者側がとてもじゃないけど安心してビジネスできない。

[Q] するとUMDはROMだけで提供するのか。RAMはないのか。

[久夛良木氏] ROMだけ。ハリウッドと話すときもROM。ゲームやるときもROM。RAMも技術的にはやろうと思えばできるがやらない。コンテンツ供給者のためだ。同様に、PSPからアナログ出力も出さない。

[Q] コンテンツ供給者側の反応はどうなのか。

[久夛良木氏] 幸いなことに10年近いPlayStationの歴史で、世界中の(ゲーム系の)コンテンツデベロッパやパブリッシャと協力関係を築くことができた。彼らは、サポートしてくれる。

 一方、映画については、ソニーにはColumbia、つまり、Sony Picturesがある。Sony Picturesの人たちは、他の映画スタジオともつながりがある。その世界で、ある人たちがこれ(PSP)はいいよねとなって、しかも、彼らの権益を守ることができるなら関心を示すと思う。特に、彼らが、自分が欲しいより前に、子どもや奥さんが欲しがる商品だと感じてくれるなら、広がる可能性がある。PlayStationだって、子供が先に欲しい商品だから広がった。

[Q] PSPチップとUMDを見るとセキュリティ機能が目立つ。

[久夛良木氏] 今、ゲーム以外のコンテンツ業界は、PlayStationグループとゲーム業界がこれ(PSPとUMD)でやるのなら信じてみようかという気になっている。だから、今度のPSPには、彼らの意見を聞いてやれるだけのことをやろうと考えた。

 暗号化も、当初DESくらいにしようと思っていたけど、より堅固なAES(Advanced Encryption Standard)も入れることにした。さらに、発表できない様々なセキュリティシステムを、フィジカルメディアの中に埋め込んでしまう。UMDはそういう意味で、フィジカルレイヤである必要がある。フィジカルレイヤ+ロジカルレイヤで、ハックするのが経済的に見合わないくらい厳重にしようと考えた。

 例えば、PSPくらいの石をコピーする根性は誰もない。PS1のコピーチップだって10年たってまだ出ていない。だから、PSPにあれだけの半導体を入れるのは、やりたいことのために必要だったというだけでなく、コピー対策でもある。PSPくらい複雑になると、システムのコピーができない。

[Q] ROMだけとなるとタイムシフト、つまり自分で録画したビデオを見たいというニーズに応えられないのでは。

[久夛良木氏] これはソフトビジネスで、タイムシフトビジネスではない。タイムシフトするなら、家の中でPSXとかホームサーバを使ってもらう。必要なら、メモリースティックとかSDメモリーカードに、今だったらMPEG-4フォーマットなどでチェックアウトして持ち出すという方法もある。

 でもどちらかというとPSPはパッケージの手軽さで行きたい。朝食の間に映画を(メモリに)ダウンロードして持ち出すのと、駅の売店でワンコインで買えるのとどっちが楽しいかなと。例えば、キヨスクで480円とか680円の雑誌を買うような感覚でコンテンツを提供できれば面白い。DVD-ROMやCD-ROMを駅で売るのは難しいが、UMDくらいの小ささなら、プリレコーデッドのコンテンツを提供するのにちょうどいい。映画だけじゃなく、ひょっとしたら連続ドラマとか、ゴルフレッスンとか、出版とか、いろんな可能性がある。

●PSP以外への展開も想定するUMD

[Q] UMDコンテンツはPSP以外でも再生できるようになるのか。

[久夛良木氏] UMDとPSPは全く独立したもの。だから、当然UMDはほかの機械に挿さる。フォーマットはUMD上にあるのであって、PSP上にあるわけじゃない。

[Q] するとPSPの据え置き版や、PSPチップ内蔵のTVが登場するのか。

[久夛良木氏] PSPのLSIのスペック自体は、携帯機であるPSPプレイヤーに合わせて作っている。ステーショナリ(据え置き型)系に持って行くとすると、あのLSIではだめだ。しかし、UMD自体は家の中のSD(TV)システムのためのメディアと考えているから、ステーショナリ系へも当然広がる。TVに挿してもいいし、ミニコンポに入れてもいい、クルマに挿してもいいかもしれない。

[Q] 据え置き型へと展開したら、DVDとはどう差別化して行くのか。

[久夛良木氏] 何でPSPにAVCを採用したかというと、普通のMPEG-4では、今のDVDのクオリティは得られないから。今回のAVCでちょうど、今のDVDと同じ画質。ということは家庭用のTVで観るDVDに置き換えられるということ。だから、SD(TV)はDVDからUMDに持っていきたいと思っている。その一方で、DVDは次はHD(TV)だろうと考えている。それに対して、PC業界はDivXで、画質では話にならない。

[Q] UMDは御社独自でスペック作っている。外へライセンシングアウトをしていく可能性は。

[久夛良木氏] まず先に第一歩第二歩を成功させないと、誰も信用してくれない。PSP用のシステムとしてきちんとテイクオフしないと話にならないと考えている。それからステーショナリ系への展開に耐えるように、きちんと(映像)プロファイルを作る必要もある。

 その後、どういう風に広げるかは、コンテンツビジネスをUMDの上でどれだけ広げられるかにかかっている。もし幸いなことに広がるのであれば、(UMDを)みんなに使って下さいということになるだろう。確かに、UMDは当社で作っている。しかし、CDだって基本的にはフィリップスさんとソニーが提案して、みなさんに使って下さいと言っている。Windowsにしても同じ。いずれも、デファクトスタンダードに過ぎない。

[Q] PSPのテクノロジー自体は、携帯機以外へ広げる可能性はないのか。

[久夛良木氏] 可能性はある。あくまで可能性だが……。しかし、第一歩の携帯ゲーム機というかポータブルムービープレイヤーだけでもとんでもない市場だ。今の時点では代わるものがないから。まず、そこを開拓する。

●初めに90nmありきでできたPSPチップ

[Q] PSPチップのダイサイズ(半導体本体の面積)はどの程度を想定しているのか。

[久夛良木氏] まだ具体的に石(チップ)が出来ているわけではなく、まさに設計中。だからどのくらいとは言えないが、それほど大きくはない。

 とはいえ、あれだけの要素を入れるのだから、トランジスタ数は非常に多い。だから、90nmプロセスでないと無理だった。特に、メモリの統合も考えて、90nmの混載DRAMがいつ手に入れるかを待っていた。

 プロセス技術については、順調にPS2が立ち上がれば、それがテクノロジードライバになって微細化を進めることができると考えていた。実際、PS2(チップ)を180nmで生産し始めて、その後、150nm、130nmと(移行して)きた。しかし、(PSPチップのように)あれだけの要素を入れるには90nmまで待つ必要があった。

PSPチップのブロックダイヤグラム(一部推定、再掲)
PDF版はこちら

[Q] 90nmになって、一気にPS2以外のものへ広げるように見える。

[久夛良木氏] 90nmプロセスへの投資を発表した時、アナリストの方たちからはずい分と心配された。もちろん、PS2の石にシュリンクをかけていくと、例え2,000万台クラスが出たとしても、製造キャパシティが空いてしまうからだ。

 しかし、こちらは当然それを想定していた。思い切り集約をかけて空いたキャパシティを使って、90nmでなくてはならないものを製造する。それは何かというと、(PSPチップのように)低電圧(駆動)で、多くの要素を入れること。逆に言えば、PSPは90nmありきで、90nmで入れられるものを入れた結果できた。

PSPには無線LANをはじめ、USB、IrDA、メモリースティックスロット、エクステンションポートといった、様々なインターフェイスが搭載される

[Q] PSPは拡張性も高い。

[久夛良木氏] PSPは、たくさんのことができる“汎用のウォークマン”。何でもかんでも入る。例えば、技術的には、IEEE 802.11無線LANを入れれば、VoIP(ボイスオーバーIP)で電話ができるという話になる。そのうち、ラインナップとしてカメラを用意するかもしれない。そう考えたとき、エンターテイメントコンテンツを楽しむだけでなく、個人にとって見ればコミュニケーションツールにもなる。

 コミュニケーションを考えたらウォークマン以上。そのうち、PSP以降に、Cellの時代になったら、家の中にホットスポット、スターバックスにもホットスポット、会社にももしかしたらホットスポットとなって、PSPがどこでもつながるようになる。

[Q] ネットワークで接続された他のCellのコンピューティングパワーも使えるようになる。

[久夛良木氏] そのうちにね。次第に相手が揃ってくれば……。

[Q] PSPでは、PS2のように開発者がハードウェアを直接叩くのではなく、かなり手厚いライブラリを用意する。これはなぜか。

[久夛良木氏] ポータブル機器だから、(ソフトウェア開発者が)深堀りできることより、コンテンツの楽しみ方の方が大事だと考えた。徹底的に(ソフトウェア開発者が深堀りを)やるのはCellに任せて、PSPは半導体のパワーであそこまでできるという発想を取る。PSPで深堀りされると、次に行く元気がなくなってしまう。せっかく、次にもっと面白いものをやろうとしているのに(笑)。

□関連記事
【8月8日】【海外】PSPでもシステムオンチップにこだわるSCEI
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0808/kaigai010.htm
【8月4日】【海外】PlayStation 2に迫るPSPのグラフィックスコア
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0804/kaigai009.htm
【8月1日】【海外】PSPチップは第3のPlayStationアーキテクチャ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0801/kaigai008.htm
【8月1日】【本田】ゲーム機を越えた携帯型エンターテイメントプラットフォームを目指す?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0730/mobile211.htm
【5月29日】【海外】SCEIのPlayStation 3の心臓「Cell」の正体
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0529/kaigai01.htm
【5月21日】【海外】SCEIの携帯ゲーム機「PSP」は携帯マルチメディアプレーヤーか?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0521/kaigai01.htm
【5月16日】【海外】SCEIの次世代携帯ゲーム機「PSP」は“スーパープレステ”だ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0516/kaigai01.htm

バックナンバー

(2003年8月29日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp 個別にご回答することはいたしかねます。

Copyright (c) 2003 Impress Corporation All rights reserved.