実録! 重役飯

3カ月だけのはずが20年超、シンシア氏のASUSでの働き方と未来の描き方

いつもご愛顧をありがとうございます。PC Watchは2026年をもって30周年を迎えました。30周年を記念し、20周年の際にも実施した「重役飯」を復活させました。この企画では、PC・IT業界を代表する企業のトップの方にインタビューを行ないます。特別企画ということで、通常であれば企業の戦略や製品について伺うところ、今回はインタビューに対応いただく方の行きつけやお勧めの料理店にて会食を行ないながら、その方の趣味や考え方など人となりに焦点を当てた質問を行ないました。この企画を通じて、企業の経営を担う人の個性や考え方などを知っていただければ幸いです。聞き手はPC Watch編集長の若杉です。

ASUS JAPANシステムビジネスグループ マーケティング部 部長のシンシアこと、滕婉華(トウ・ワンファ)氏

 30周年記念の重役飯、第6回のお相手は、ASUS JAPANのシステムビジネスグループ マーケティング部 部長の滕婉華(トウ・ワンファ)氏で、ニックネームはシンシア。ちなみに、シンシア氏には20周年のときにもご登場いただいている。

 会食したお店は、シンシア氏が大学時代にアルバイトをしていた小籠包の名店「鼎泰豐(ディンタイフォン)」出身のシェフ、斎藤氏が独立してオープンした中華料理店「結華楼」。本格的な小籠包や中華料理を楽しめるスポットとして選んでいただいた。

今回選んでいただいたお店は結華楼

「美味しいご飯」と「推し活」で育った少女時代、Macとの出会いとASUS入社までの運命

――どのような子ども時代を過ごされましたか?

シンシア:台湾台北市で生まれ、幼少期はおばあちゃんの家で過ごしていました。両親が共働きで忙しかったこともあって祖母が面倒を見てくれました。

 おばあちゃんは料理がとても上手な上海人だったんです。忙しい中でも毎食のように本格的な上海料理を作ってくれたり、お弁当を用意してくれたりして、それが今の私の食へのこだわりや美味しいものが大好きな原点になっています。

 今の台湾は外食や持ち帰りがとても発達していますが、私が子どもの頃はどの家庭も家で自炊してご飯を食べるのが一般的でした。毎日夕方6時頃には、みんなで食卓を囲んで美味しいご飯を食べていましたね。

――朝食や学校でのお昼ご飯はどんな感じだったのでしょうか?

シンシア:小学生の頃、朝はお小遣いをもらって好きなものを買って食べ、お昼は学校でお弁当を買っていました。おじいちゃんやおばあちゃんにとって私が初孫だったこともあり、本当にかわいがってもらいました。おじいちゃんがわざわざ学校まで温かいお弁当や食べ物を届けに来てくれたこともありました。

 余談ですが、今年(2026年)のCOMPUTEXで台湾に行ったときに同級生と話をしました。そこで聞いたのですが、今の台湾の小学校はお弁当の持ち込みが禁止されていて、すべて給食になっているそうなんです。残したパンや食べ物が台湾の暑さですぐ傷んでしまう衛生面の問題からのルールのようです。

 小学生~中学生時代は「推し活」に熱中していました。週末に親戚家族が集まると、弟や従兄弟たちと一緒にテレビのダンスを真似してみんなで踊ったりしていましたね。大人気の男性アイドルグループがいて、本格的にハマっていきました。

 子どもということもあり、今の日本でいう「推し活」のように、大量にグッズを買ったりライブに通ったりという感じではなかったです。でも、プロマイド写真はたくさん買っていました。雑誌、新聞の切り抜きも集めていました。

また、テレビ番組の「出待ち」をよくやっていました。毎週日曜日の昼にテレビ番組の収録があったので、同じファンの人たちと一緒に毎週欠かさず出待ちに通っていました(笑)。収録で撮った写真は毎週ほかのファンと交換していました。

 そのほか、弟と一緒にファミコンやスーパーファミコンのゲームを楽しんでいました。

――次はその辺りの話を聞こうと思っていました。テクノロジーやPCとの出会いは?

シンシア:大学から日本に来て、2年生のときに授業で初めてMacに触れました。美術大学だったこともあり、Adobe「Illustrator」や「Photoshop」、Macromedia「Director」や「Flash」などを使って、先進的な動画・デザイン制作を独学で学んだのが原体験です。

――ASUSへの入社と、これまでのキャリアの歩みについて教えてください。

シンシア:大学卒業後に日本のデザイン会社に就職しましたが、言葉や文化の壁ですごく失意を感じた出来事があったんです。その職場はまだ外国人と一緒に働くことに慣れていなくて、カルチャーギャップで苦しい思いをした時期でもありました。

 それで心が折れてしまって、以前から行きたかったアメリカに渡航しようと、その会社を辞めました。

 そんな時、職探しをしていたいとこが、私に合いそうな職場を勧めてくれました。それがASUSでした。当時私はASUSをよく知らなかったし、PCもそんなに使えませんでした。でも、渡米までの3カ月間の隙間時間にやってみようかと応募しました。

 面接してくれたのは、当時ASUSの東京事務所を立ち上げるために日本と台湾を行き来していたアンドリュー氏でした。軽い気持ちで手伝い始めたのですが、気づけばそのまま20年以上もASUSにいることになりました(笑)。

攻めのマーケティングへの変革と若手へ伝えたい仕事への向き合い方

――キャリアにおける最大の転機は何でしたか?

シンシア:2019年にASUS JAPANの社長が現在のアルヴィン・チェン氏に交代したことです。認知度拡大に向けた継続的なマーケティング投資、SNSを活用したエンゲージメント構築など、攻めの戦略を学びました。マーケティングマネージャーとして予算全体の管理を任されるようになり、責任感と動き方が大きく変わりました。

――仕事に限らず、これまでの人生で「絶体絶命」だと感じた場面はありますか?

シンシア:実はこれ、前回(20周年)のインタビューのときにもお話ししたんですが、私の人生における絶体絶命といえば、やっぱりお酒(飲み会)での失敗ですね。

 あるプロジェクトが終わった後の打ち上げで、飲み過ぎて意識がなくなったんですね。タクシーを呼んでもらったけど、自分では家の住所が言えないほどで、同僚が言ってくれたのが「中野」だったんです(笑)。

 中野に着いたけど、住所が言えなくて、結局タクシーに警察署まで送り届けられてしまいました(笑)。

 以降、もう二度とあんな思いをしないように「終電がなくなる前に絶対に帰る」という鉄のルールを自分に課しました。

――現在、仕事で一番大事にしていることは何でしょうか?

シンシア:心がけているのは「ASUS」というブランドや製品を、一人でも多くの人に知ってもらうことです。手前味噌ですが、自分自身で使ってみても本当に良い製品だなと心から感じるんです。どれも本当に丈夫で壊れません。

 だからこそ、単なる広告宣伝というより、素直にこれら素晴らしい製品とブランドの魅力をみんなにちゃんと知ってもらいたい、という思いが一番にあります。

 もう1つ大切にしているのが、「数字に厳しくも、楽しくやる」ということです。どれだけ製品が良くても、まずお客様に存在を知っていただかなければ、購入を検討する選択肢にすら入ることができません。

 だからこそ、私たちが自信を持っている自社製品の魅力を、さまざまなプラットフォームを通じて正しい形で継続して伝えていくことが重要だと考えています。

 長く働いて数字の変化や成長も目にしてきましたが、「数字には厳しく、楽しんでやり続けること」をこれからも大事にしていきたいですね。

――マネジメントや意思決定で大切にしていることは?

シンシア:意思決定に迷ったときは、メモに書くのではなく、大きなボードや資料に「視覚的に選択肢を書き出し、取捨選択して削っていく」方法をとっています。また、部下の多様性やワークライフバランスを尊重し、「自分の意見をしっかり持って働く」姿勢を応援しています。

――部下やスタッフの方々と接していて、ご自身の世代と「ここが違うな」と感じるジェネレーションギャップはありますか?

シンシア:はい、いろいろありますね。特に働き方やコミュニケーション、価値観の面で違いを感じることが多いです。世代的な特徴として、今の若い人たちはワークライフバランスをすごく重視していて、いい意味であっさりしていて、割り切った感覚を持っています。

 分かりやすい例で言うと、飲み会での注文の仕方ですね(笑)。昔は大人数で飲み会に行ったら「とりあえず最初の1杯はみんな生ビールで合わせる」というのが当たり前だったじゃないですか。

 でも今は、うちのマーケティングチームで新年会や歓迎会をやると、見事に違う飲み物が注文されるんです。昔のように「周りに合わせなきゃ」ではなく、若い人たちが自分の意見や好みをしっかり持っていて、それを素直に言える。そして周りも「お前もビールにしろよ」なんて強要せずに、個人の選択を尊重する風潮になっていますよね。

 また、国によるコミュニケーションスタイルの違いもあります。台湾の若い人にはすぐにLINEを交換して「密に連絡を取り合いたい」という人が多いです。日本の若者にはあまり見られないですね。

 仕事の面で言うと、今の若い人たちは私よりもずっと効率的でスマートです。こんなに苦労してやりましたという過程のアピールよりも、いかに効率よく業務や成果につなげたかを重視する点も、今の世代らしい特長だなと感じます。

――20代の若手へのメッセージをお願いします。

シンシア:任された仕事や自分で決めたことを、愚直にやりきることが大切です。私自身も最初はサンプルの貸出整理という小さな仕事から始まりましたが、管理リストを自作して整理できた達成感が大きなやりがいにつながりました。小さな成果の積み重ねが自信になります。

AIの活用と仕事の変化

――AIが仕事の中に入ってきたことで、ご自身の働き方ややり方は変わりましたか?

シンシア:すごく変わりましたし、業務がとても効率的になりました。特に言語翻訳のスピードは一瞬ですし、単純作業だけでなく高度な処理もこなせるようになりましたね。もちろん、機密情報の取り扱いには注意が必要です。幸い会社が企業用AIを積極的に取り入れてくれているので、私たちも仕事で活用しています。

 ただ、最近の若い方で「PowerPoint」をAIに作らせて、そのまま出してくるケースが増えています。それってAIに投げっぱなしだなとすぐ分かるんですね。AIに任せきりにするのではなく、自分自身が成果物の内容をしっかり理解、納得することが大切だと伝えています。

 仕事だけでなくプライベートでもAIをすごく使っています。おすすめの料理を聞いたり、ちょっとした質問を投げたりと、人に聞くまでもない日常の疑問を解決するのにとても便利だと感じています。

――10年後の世界でも「人間にしかできないこと」は何だと思いますか?

シンシア:それは、情熱や気持ち、個人の体験を語ることです。AIはスペックや客観的なデータ/評判をまとめることはできますが、自分自身で実際に使ってみてどう良かったかという生の体験やエモーショナルな情熱を伝えることは、人間にしかできません。

暮らしと趣味、買って良かった家電

――プライベートでハマっている趣味はありますか?

シンシア:2018年から継続している「暗闇フィットネスボクシング」です。大音量の音楽の中でサンドバッグを叩くのが最高のストレス発散になっています。また、体調管理のための定期的なファスティング(断食)や、クラフトビール探し、冬場は社内メンバーとのスノーボードを楽しんでいます。

――プライベートや日常の場面で、PCとスマートフォンはどちらがメインの道具という感覚ですか?

シンシア:断然PCですね。画面が大きい方が圧倒的に使いやすいですし、動作や作業もPCの方が速いと感じるからです。もちろん、スマホを使うこともありますが、ワンクリックで済むようなちょっとした作業のときだけですね。しっかりとした調べ物や作業はすべてPCで行なっています。

――最近買って良かったガジェットや家電を教えてください。

シンシア:なんといってもシャープの「ヘルシオ ホットクック」です。ジャガイモを入れておくだけでポテトサラダの下ごしらえができ、煮物料理も自動で美味しく作れるため非常に重宝しています。

 そのほかにも、髪質が劇的に変わった高級シャワーヘッド、洗剤自動投入機能付きのドラム式洗濯機なんかも買ってよかったと思ってます。

――今、一番欲しいものは何ですか?

シンシア:「RTX Spark」ですね(笑)。

 AI PCやNVIDIAのAIアプリが何百種類とある中で、マーケティングを担当する自分自身で実際に触って使ってみないと、お客様や市場へ本当の魅力を伝えたり宣伝したりすることができないからです。

 さすがに100万円前後のPCは個人でパッと買えるものではないのですが、担当としては自分専用のSparkを持って、いろいろ試してみたいです(笑)。

10年後の夢は台湾での「立ち飲み屋」オープン

――10年後・30年後の展望と夢を教えてください。

シンシア:10年後には、ASUSを「誰もが知っていて、買えば安心と思われるブランド」に育て上げて仕事をやりきり、引退していたいです。

 新しい夢として、台湾にはまだ少ない「焼き鳥が美味しい立ち飲み屋」を開き、仕事帰りにちょっと一杯楽しむ日本のカルチャーを台湾の人々に伝えたいと考えています。

――30年後も残っていてほしいものは何ですか?

シンシア:長年一緒に業界を作り上げてきたメディアや仲間たちとのつながり、そして「PCやテクノロジーに対する情熱」です。時代やツールの形が変わっても、情熱を持って新しいものに挑戦し続ける文化が継承されていてほしいと願っています。

――ありがとうございました。