AMDのATI Radeon HDシリーズは、本誌の読者には説明する必要もないぐらい浸透していると思われるGPUだが、Radeon HDシリーズには複数のGPUを3Dゲームなどで利用する機能としてCorssFireと呼ばれる機能が用意されている。このCrossFireは、これまでのマルチGPUで一般的だった2GPUまでだけでなく、4GPUまでをサポートすることができるようになっていたのだが、これまで公開されていたドライバでは3GPU以上をサポートしていなかった。 しかし、今回この3GPU以上をサポートするドライバのプレビュー版を入手したので、Radeon HDによる4GPUまでのスケーリングなどについて考察していきたい。 ●構成の柔軟性の高さが魅力となっているAMDのCrossFire CPUの世界ではマルチコアCPUがもう当たり前になりつつあるが、GPUの世界でも徐々にマルチGPUの技術が普及しつつある。各社が目指している映画の3Dのようにリアリティのある3D画面をリアルタイムレンダリングするという目標を実現するには、今のGPUの処理能力ではまだまだ十分ではなく、よりGPUの処理能力を引き上げる方策としてマルチGPUの技術が利用されているという事情がある。 マルチGPUでは、3D画面の描画を何らかの形で複数に分割し、それぞれのGPUが分担して画面を描画するという仕組みになっている。GPUの個数分、リニアに性能が上がっていくわけではないが、描画性能と表現能力を向上させる仕組みとして注目を集めている。今回紹介するAMDのCrossFireも、そうしたマルチGPU技術の1つで、2005年に台湾の台北で開催されたComputex Taipeiにおいて発表された。 当初のCorssFireは、標準のカードとは別に、CrossFire専用のカードを用意し、外部のケーブルでそれぞれのビデオカードを接続するという形になっていた。このため、2枚以上のカードを利用するのにあまり適していないし、かつ外部でケーブルを接続しなければならないため、PCの背面とはいえ見栄えもあまりよくなかった。また、CrossFire用に専用のカードを用意しなければならないのは、エンドユーザーにとって負担が大きく、コストの面からも問題があった。これに対してRadeon X1950 Pro以降で導入されたNative CrossFireでは、内部ケーブルで複数のカードが接続され、かつCrossFire専用のカードを必要としない形に変更された。現在CrossFireと呼ばれるのは基本的にはこのNative CrossFireのことを指している。 CrossFireの特徴は、構成の自由度の高さにあると言ってよい。ライバルとなるNVIDIAのSLIがSkulltrailという唯一の例外を除きNVIDIAのチップセットで使用しなければならないのに対して、CrossFireはチップセットもAMD製だけでなく、Intelのチップセットでも動作するのだ。 ●3GPU以上のCrossFireを利用可能にするCrossFire X対応ドライバ AMDはすでに1枚のボードでCrossFireが利用可能なGPUであるRadeon HD 3870 X2をリリースしている。Radeon HD 3870 X2は1枚のビデオカードに2つのRadeon HD 3870クラスのGPUを搭載しており、標準で2つのGPUを利用して3D描画が可能になっているのだ。 AMDはAMD790XというPCI Express x16スロットを複数搭載可能なチップセットをリリースしており、AMD790Xを搭載したマザーボードのほとんどはそうしたデザインを採用している。このため、2枚のRadeon HD 3870 X2搭載ビデオカードを挿すと4つのGPUがシステムに存在することになる。それでは、この場合には4つのGPUが3D描画に利用することができるのだろうか? 答えは“今のところ否”だ。 “今のところ”と限定条件をつけたところがポイントなのだが、実はハードウェア的には4つのGPUを利用できるようになっている。AMDはこの4つのGPUをCrossFire Xと呼んでおり、現在の世代のRadeon HD 3870などはこの条件を満たしているのだ。しかし、現状では利用できないようになっている。 なぜかといえば、AMDのディスプレイドライバ(CATALYST、原稿執筆時点の最新バージョンは8.2)がこのCrossFire Xに対応しておらず、現在では2GPUまでしかサポートしていないからだ。 しかし、AMDは今後CrossFire Xに対応したデバイスドライバを公開する予定だ。現時点では、スケジュールは明らかになっていないが、この記事が載る頃にはCeBITでAMDのプレスカンファレンスが開催されており、そこでスケジュールが明らかになっている可能性がある。つまり、すでにRadeon HD 3870 X2やRadeon HD 3870などを持っているユーザーであれば、もう1枚のRadeon HD 3870 X2などを購入することで、3GPU、4GPUといった環境を享受できる可能性があるということだ。 ●3Dアプリケーションによっては2.5倍の性能向上を確認 今回筆者は、そのCrossFire X対応CATALYSTのプレビュー版をテストする機会に恵まれたので、その結果をお伝えしていきたい。なお、今回はあくまでCrossFire Xのプレビューということで、テスト環境は固定されており、同じ環境で競合他社の製品と比較することはできなかった。このため、テストでは、1GPU、2GPU、3GPU、4GPUでどれだけ性能が違うのかをチェックすることにした。なお、詳細なベンチマークは別途多和田氏による“多和田新也のニューアイテム診断室”でフォローしていただく予定なので、そちらを参照して頂きたい。
今回テストシステムには、CATALYSTの最新版である8.451.2.1が入っていた。ちなみに余談になるが、CATALYSTのバージョン表示は、最初の一桁はリリースされた年を示している。2007年にリリースされたものは7.xxxとなり、現在の8.2は2008年にリリースされたドライバであることを意味している。小数点以下はその年の中でリリースされた番号を示す。だから2008年で一番最初にリリースされたドライバは8.1だし、2番目なら8.2ということになる。ちなみに、10番目以降も数字が上がっていくので、7.11であれば2007年の11番目にリリースされたドライバとなる。だから、7.2.1と7.11.1であれば、7.11.1の方がバージョンとしては新しいドライバということになる。話を戻すと、この番号表示から想像するに、このドライバは今年4番目にリリースされるドライバのベータ版ないしは候補版であると考えることができる。 今回利用したシステムは以下のような構成になっていた。 CPU:AMD Phenom 2.60GHz エンジニアリングサンプル
今回はこれとは別途にATI Radeon HD 3870を用意して、 ・1GPU(Radeon HD 3870) という3つの構成をテストした。なお、3GPUの構成、つまりRadeon HD 3870+Radeon HD 3870 X2という組み合わせも試してみたのだが、まだβ版ということもあってか、3GPUの組み合わせでは動作しなかった。なお、このプレビュー版では、GPUの数を増減する場合には、ドライバの入れ直しが必要だった。テスト結果はグラフ1~4の通りだ。
各結果を1GPUから2GPU、1GPUから4GPU、2GPUから4GPUを性能の上がり幅で見た表が以下の表1だ。
結果を見ると、Unreal Tournament 3(vctf-suspense_fly、GPU側の設定で強制的に4xAA、16xAF)の結果が最もよい結果となっており、1,920×1,080ドットで1GPUから2GPUにすると1.80倍、1GPUから4GPUでは2.54倍という結果になっている。 CrysisのDirect3D 10のテストに関しては2GPUと4GPUでほとんど差がない。これはAMD側でも認識している問題で、実際のリリース時にはきちんと性能差がでるようになるという。このほかにも、今回のプレビュー版のドライバではCrysisの負荷が高い設定を行なうとベンチマークソフトが落ちるなどの問題が発生していたので、あくまで結果も含めて“プレビュー”ということなのだろう。 ●CrossFireやRadeon HDシリーズ成功の鍵を握るDirect3D 10.1対応アプリケーション 以上のように、CrossFire X対応ドライバが登場することより、すでにRadeon HD 3800シリーズを持っているユーザーが、近い将来に同じカードを買い増すことで、3GPUや4GPU構成にバージョンアップし、高解像度表示が可能なディスプレイと組み合わせることで、高負荷の3Dゲームなどで効果を得ることができる。 正直に言って、これまでのところマルチGPU市場は事実上NVIDIAのSLIによる独占という形になっており、マルチGPU市場でCrossFireが選択されるということは少なかったというのは、AMDの関係者でさえ率直に認めることころだ。それでは、このCorssFire Xの登場で、その状況をひっくり返せるだろうか? むろん今回はNVIDIAのSLIとの比較を行なっていないため、最も重要な性能面での違いについては言及できない。もちろん、現時点ではNVIDIAのSLIは3枚のビデオカードを利用する3-way SLIが最もハイエンドということになるので、4枚のビデオカードをサポートするCrossFire Xはそれを凌駕する可能性はある。もっとも、NVIDIAとて1枚のビデオカードに2つのGPUを搭載するデザインは、不可能ではなく今後そうしたデザインをNVIDIAが取り組まない可能性の方が低いと考えられるので、GPUの数という意味では互角の戦いということになるだろう。 となると、やはりGPUそのものが持つ魅力次第、ということができるのではないだろうか。そう考えていくと、現在のNVIDIAのGeForceシリーズがAMDのRadeon HDシリーズをどこで上回っているのか、それを考えておく必要がある。3Dの性能をうんぬんする場合には、GPUの機能や性能もそうなのだが、3Dゲームソフトウェアへの最適化という観点からも議論をする必要がある。 そうして考えていくと、Direct3D 10世代のゲームの場合には、明らかにNVIDIAに最適化されたキラーソフトウェアが多いだろうというのは衆目の一致するところだ。例えば、日本市場では「ロストプラネット エクストリーム コンディション」が最もわかりやすい例だろう。ゲームパブリッシャーが最適化をするには、いち早くハードウェアを開発者に提供し、かつマーケティング的に協力体制を築けるのかがポイントになるといわれている。それをDirect3D 10世代ではNVIDIAがうまくやったということだと思う。 では、その状況はDirect3D 10.1でどう変わるか、これがCrossFireやRadeon HDシリーズがNVIDIAを上回れるかどうかのポイントだと言えるのではないだろうか。よく知られているようにRadeon HD 3000シリーズは、NVIDIAに先駆けてDirect3D 10.1をサポートしている。もちろん、対応ゲームがエンドユーザーに届くまではまだまだ時間がかかるだろうが、確かに開発環境として使ってもらうことで、状況は大きく変わる可能性を秘めている。もちろん、それ以外にもゲームパブリッシャーと協力関係(具体的にはどれだけのお金を使えるか、ということもあるが)を作れるかもAMDの課題といえ、それらがうまく組み合わすことができれば、ATI時代にNVIDIAに先駆けてDirectX 9対応のRadeon 9700をリリースできた成功例を繰り返すことができるだろう。 そうした観点で考えると、Direct3D 10.1が利用可能なマルチGPU環境として、いま確実に現存しているのはCorssFireだけであり、おそらくCrossFire X対応ドライバがリリースされた時点でもそれは変わらないだろう。もちろん、今のところDirect3D 10.1対応にはWindows VistaのService Pack 1を待つ必要があるし、アプリケーションもない状況だが、そうした環境が整った時に、もう1枚カードを追加して3GPU、4GPUにできるという意味で、CrossFire X対応ドライバの存在はRadeon HDシリーズの購入を検討しているユーザーには朗報と言えるのではないだろうか。
□関連記事 (2008年3月4日) [Reported by 笠原一輝]
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