今年の冬にかけて、各PCベンダから、より小型のノートPCの発売が相次いでいる。IBMの「ThinkPad X40」、シャープの「MURAMASA」、ソニーの「バイオノート505エクストリーム」、東芝の「dynabook SS SX」など、従来のノートPCに比べて小型ないしは薄型のノートPCが登場しており、ユーザーにとっては選択肢が増えるという意味で歓迎すべき状況だ。 そうした小型ノートPCを設計するためには、より小型のマザーボードを設計することが重要な要素となってきている。そうした小型マザーボードを設計するには、搭載される半導体パッケージのフットプリント(設置面積)がより小さくなる必要があるとPCベンダのエンジニアは指摘する。 ところが、小型ノートPCのほとんどに半導体を供給しているIntelは、どうもそうは考えていないようだ。ここに、TransmetaやVIAなどのサードパーティが食い込むチャンスがでてきている。 ●“小さいパッケージ”に対して立場が違うIntelとPCベンダ 今年の4月に行われたIDF Japan Springにおける記者懇親会において、Intelのパット・ゲルシンガー副社長兼CTOに対して、「より小型のモバイル向けのためにはもっと小さなパッケージのCPUやチップセットを提供する必要があるのではないのか? 日本のOEMベンダに聞くと、より小さなパッケージが欲しいと言っているが」という質問をしたことがある。その時ゲルシンガー氏からは「その必要はないし、今のパッケージでももう十分だ」という答えが返ってきた。ゲルシンガー氏によれば、これ以上パッケージを小さくしても、基板上で配線を回すのが難しいため、現状のパッケージでも十分であるというのがIntelの見解であるようなのだ。 これに対して、OEMベンダ側の見解は異なっているようだ。そのゲルシンガー氏の見解を伝えてみたところ、あるノートPCベンダの開発担当者は「それは売る側と買う側の違いだ」と手厳しい見解を示した。また、別のノートPCの開発担当者は「もっと小さなパッケージがあれば、もっと小さな基板を作れるだろう」と話す。つまり、OEM側では、もっと小さなパッケージをIntelが用意してくれれば、より小さな基板を作ることが可能であるため、より小さなパッケージがあるなら欲しいという立場だ。 ●より小さな基板設計は常にコストとのトレードオフ それでは、どうしてIntelと日本のノートPCベンダの間で、こうした認識の違いが起きてくるのだろうか。その背景には、“より小さいこと”に関する日米での価値観の違いがある。 ゲルシンガー氏が指摘している「これ以上パッケージを小さくしても配線を引き回すのが難しい」というのはある意味正しい。なぜならば、日本以外の市場、特に最大の市場である米国でPCが“小さい”ということに付加価値を見いだしてもらうことが難しいからだ。 ノートPCの基板設計というのは、コストと小型化のトレードオフから成り立っている。あるPCメーカーのエンジニアによれば、できるだけ小さい基板を設計しようとすれば、それこそPDA並の大きさに納めることも、現在の技術では不可能ではないという。ただし、その場合にはコストが跳ね上がってしまい、とても現在のPCの価格では販売できないものとなってしまうという。
例えば、ソニーが11月に発売したバイオノート505エクストリーム(以下X505)では、ビルドアップレイヤーを利用した10層基板というノートPCにはやや特殊な手法を利用して基板設計が行なわれており、製造コストに跳ね返っているという。X505の場合には、それ以外の要素(素材など)もあるので、直接基板だけが価格上昇の原因ではないが、それでも通常モデルで30万円という“超低電圧版Pentium M 1GHz搭載PC”としてはかなり高価になってしまった要因の1つであるという。 日本では、“軽く、薄くなった”ということに価値を見いだしてくれる先進的なユーザーが存在しているので、その分製品価格に跳ね返っても十分ビジネスとして成り立つという可能性が高い。しかし、米国でそれが通用するかと言えば、残念ながらそうではない。“超低電圧版Pentium M 1GHz搭載PC”のマシンは、軽くても、重くても“超低電圧版Pentium M 1GHz搭載PC”にすぎないというのが世界市場の趨勢なのだ。 ソニーのX505、バイオU、IBMのThinkPad s30のようにミニノートPCに日本専用モデルが多いという現状が、それを何よりも証明している。 そうした意味で、ゲルシンガー氏が「今の状況では、そうした小型パッケージが必要ではない」としてしまうのも無理がない話だ。 ●より小型のTM8620とnForce3 Go 120を提供するTransmetaとNVIDIA しかし、低消費電力のCPU市場において、Intelと競合するTransmetaとVIA Technologiesは、Intelが提供していない小型のパッケージを提供することをIntelと戦う武器にしようと考えているようだ。 Transmetaは、現在シャープの「Mebius MURAMASA(PC-MM2-5NE)」に、Efficeon TM8600 1GHzを提供している。このTM8600は、29×29mmのパッケージを採用しており、実装に必要な面積は841平方mmとなっている。Efficeonは、ノースブリッジ相当の機能を内蔵しているが、グラフィックスチップは内蔵していないため、Efficeon搭載PCを製造する場合には、CPU+サウスブリッジ+GPUという3つのチップが最低でも必要になる。例えば、サウスブリッジにNVIDIAのnForce3 Go 150を採用した場合には、3つのチップの合計面積は3,027平方mmとなる。 これに対して、Intelは統合型チップセットを提供しているので、Centrinoマシンを製造する場合には、Pentium M+Intel 855GM+ICH4-Mという組み合わせが選択できる。この3つのチップの合計面積は3,592平方mmとなるので、基板設計という意味ではCentrinoでも、Efficeonでもほとんど差はないという。実際、シャープのPC-MM2-5NEの発表会でシャープの開発担当者は「GPU分があるので、超低電圧版Pentium Mを採用した場合と、現状のEfficeonでは基板設計という意味ではほとんど差がないと考えられる」と述べている。
今後、Transmetaはより小型の21×21mmのパッケージを投入していく。実際、同社はCOMDEX Fallの期間中、21×21mmパッケージのCrusoeを公開した。今後Efficeonに関しても同じ21×21mmパッケージを提供する計画を持っており、TM8620の型番で投入される予定だ。 また、チップセットを供給するNVIDIAもnForce3 Go 150の小型パッケージ版であるnForce3 Go 120を投入する予定で、こちらのパッケージは22×22mmとなる。これらのパッケージを利用した場合、CPU+チップセット+GPUの合計面積は1,886平方mmとなり、Pentium M+Intel 855GM+ICH4-Mの組み合わせの3,592平方mmに比べて半分近くになる。ここまでくれば、基板設計の点での自由度が向上することになるので、例えば層数を増やしてさらに小さな基板を製造するということが可能になる。 ただ現時点では、NVIDIAがHyperTransportに対応した統合型チップセットを持っていないため、2チップ構成というのができない。このため、31×31mmとTM8620やnForce3 Go 120に比べるとやや大きめなGPUチップを利用しなければならず、統合型チップセットであるIntel 855GMを利用した場合の半分程度にしかなっていない。仮にnForce3 Go 120が統合型になれば、1,000平方mmを切るのも不可能ではないだけに、今後は統合型の登場に期待したいところだ。
●Nano BGAの採用でより小型のPCを実現していくVIA
Transmetaと同じく、小型、低消費電力向けCPUであるC3/Eden/Antaurなどのプロセッサを提供しているVIA Technologiesは、Transmetaよりもさらに小型のCPUやチップセットなどを提供していく。VIAは「Nano BGA」と呼ばれる15×15mmのパッケージを投入していくことを明らかにしており、すでに9月のCOMPUTEX Taipeiなどで公開している。 VIA Technologiesは、チップセットにおいても、ノースブリッジが27×27mmと小さめのCLE266と呼ばれるチップセットを導入済みで、Nano BGA+CLE266+VT8237の組み合わせで利用した場合、必要な面積は1,683平方mmとなり、TM8620+nForce3 Go 120+GeForce 4 440 Goという組み合わせの1,886平方mmに比べて小さくなっている。 VIAはこのNano BGAによるアプリケーションとして、Nano ITXと呼ばれるMini ITXよりも小さなマザーボードをリリースする予定を持っているほか、ノートPC向けにも販売していく計画を持っている。 ●課題はより小型の基板にすることで生じるコスト増をどのように吸収するか こうしたより小型のパッケージを利用することで、さらに小型のPCを製造することも不可能ではなくなってくる。いわゆるマイクロPC、Ultra PC(UPC)などと呼ばれるハンドヘルドに近いPCの実現も十分可能になってくるという意味で、技術的には注目に値する動向と言える。うまくやれば、消費電力でIntelの壁を打ち破ったCrusoeに次ぐ、第2のCrusoeとなる可能性を秘めている。 しかし、すでに述べたように極小パッケージを採用することで、より小さい基板を製造することが可能になったとしても、当初の製造コストは跳ね上がる可能性が高い。そうした製造コスト増をどのように吸収していくのか、あるいは価格に反映させるとしても、それをどのように販売していくのかという点は課題と言える。ソニーがX505で見せたように、高級路線という方向性も1つだろうし、別の何かを考えないといけないのかもしれない。 これまで、日本のPCベンダはそうした課題を1つ1つ解決して、ミニノートPC、あるいはSFF(Small Form Factor)のデスクトップPCなどを実現してきた歴史があるだけに、今回のこうした極小パッケージという素材をうまく生かして、より小型のノートPCが登場することに期待したいものだ。 □関連記事
(2003年12月12日) [Reported by 笠原一輝]
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