前マイクロソフト社長の成毛眞氏が、インスパイアを設立してから2年半を経過した。東証一部上場に多いオールドエコノミー企業に対して出資を行ない、戦略コンサルティング、ITコンサルティング、マーケティングコンサルティング、ファイナンシャルコンサルティングといった手法を活用して、企業再生を図るのが同社の役割だ。 実は、成毛社長は、インスパイア設立時点から「IT産業離別宣言」を打ち出していた。インスパイアの投資目的を、あくまでも日本の従来型企業の再生としていたからだ。しかし、今回のインタビューで、「IT産業もいよいよオールドエコノミー企業の仲間入りをしてきた」とコメントし、IT産業との接点を模索し始めたようだ。果たして、その真意はどこにあるのか。インスパイア・成毛眞社長に話を聞いた。 ●IT産業もオールドエコノミーへ仲間入り?
-最近になって、だんだんIT産業との接点を強めようとしていませんか? 成毛:どうして? -財務会計専用システムなどを会計事務所向けに展開しているミロク情報サービスの社外取締役に就任しましたし。 成毛:いや、あれはいろいろな事情があって(笑)。 -(笑)いろいろな事情って、なんですか? 成毛:営業が仕事をとってきちゃってね。その流れで社外取締役に就任することになってしまって(笑)。そういう意味では、インスパイアの投資事業とはまったく別の観点での仕事だと思ってもらった方がいいですよ。社外取締役という点では、ずっとスクウェアの社外取締役もやっている。その点ではIT産業とのつながりはあります。IT産業の人とは、いまでもよく飲みに行くのは変わらないしね(笑) -つまり、投資事業という点では、従来通りで、オールドエコノミーを対象にした投資事業のスタンスは変えないと。 成毛:基本的にはね。だけど、IT産業もどんどんオールドエコノミーの世界に入ってきている。そのことには気がつかないといけない。アパレル・繊維や電機、自動車などの経営者を見ると平均年齢は70歳。これではITを活用して、企業を再生させようというのはとても無理。そこにインスパイアの役割があるわけです。だが、IT産業もどんどん経営者の年齢があがっている。Windows 95をやっていたときには50代だった経営者は確実に60歳代になっているわけだし、JPSA(=社団法人日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会)の会合を見ても、ずいぶん高齢化してきたよね(笑)。 ●IT産業にも「顧客視点」が必要 -IT産業がオールドエコノミー化すれば、当然投資の対象になる? 成毛:まぁ、どこまでを「IT」とするのかという点もあるけど。インスパイアとSMBCキャピタルが主体となって設立した「ジャパンストラテジックIT1号ファンド」(運用資金額62億円)では、公開企業に対する投資に限定していますが、それ以外にも、燃料電池をはじめするパーツの分野や、IT技術を駆使した医療用機器メーカー、それにICタグといった新たな分野の企業への投資もある。これはある種、IT分野だともいえる。ただ、いまのIT産業は、明らかに制度疲労しているね。だから、投資して再生させるという楽しみもある。 -制度疲労とは? 成毛:ひたすらに売り上げをあげるんだという意識が変わっていない。ハードもソフト、メンテナンスも、まずは売り上げをあげることばかりを考えている。例えば、自動車産業は、業界全体が環境や公共性ということを意識している。ユニクロや吉野屋も低価格戦略で、デフレの先兵のようにいわれているが、むしろ顧客の立場にたった価格戦略を打ち出している。 ところがIT産業では、それが一部の人だけの考えにとどまっている。まだまだ意識が低い。IT業界は20年を経過して、いま、初めて停滞感というものを味わっているが、それまでは成長路線ばかりを歩んできたから、その中で常に売り上げをあげることばかりを考えてきた。だが、初めて停滞感を味わって、顧客のためのサービスを考えようとし始めた。「顧客視点」という言葉がIT産業からようやく出始めてきたわけです。ただ、これが産業内に浸透するには、まだ2~3年はかかるでしょうね。 ●ナスダックモデルの時代は終わった -産業全体として見た場合は、投資先としては魅力がまだ薄いと。 成毛:いや、だからこそ、投資する魅力が出てきたともいえる。経営者がやる気があるし、株価が十分安いといえるところまでさがってきたから、投資リスクも少なくなってきた。さらに、のれん価値があるといった点や、借入金が少ない、という面もある。その一方でアセットがない、バランスシートの流動性がない、というファイナンス面での問題はあるけども。 いずれにしろ、IT産業内の各社も「ナスダックモデル」の時代は終わったと思っているのは間違いない。だけど、そこから転換するのに2~3年はかかってしまう。例えば、マイクロソフトで製品パッケージを変更しようとするでしょう。その際には、次の新製品の投入までは待たなくてはならないし、グラフィックス変更のための様々な手続きや新たなコストを計上するといった手続きなどもあり、それだけでどうしても2年は必要。スピード時代とはいわれるが、実際にやると決めて結果を出すまでにはやはりこれだけの時間がかかる。 日産が黒字回復するまで、ゴーンさんですら4年かかった。日本のIT企業が、ナスダック型のモデルから脱皮したり、制度疲労から抜け出すには、まだまだ時間がかかりますよ。本当は経営者が、スパッと切り替わってしまうのがいいんだけど(笑)。ただ、5年もしたら、生物学的にいまの経営者が第1線でやるなんてことができなくなるから、その時点でIT産業そのものが大きく変わることになるでしょうね。 -インスパイアとしては投資事業を今後も加速させる考えですか。 成毛:いま、重要な柱になっているのが「アレンジャー」という仕事です。これはおもしろい。 -あまり日本では聞かないものですね。 成毛:そうかもしれないけど、少しずつ日本でも出てきている。あるひとつの企業を再生させるのに、投資だけでなく、あらゆる手法を使って再生させる。ひとつの企業を3つに分割して、そのうちひとつの部分はどこかに売却して、ある部分に関しては技術だけ残しておく。また、ある部分に関しては、他の企業を買収して大きくしたり、技術を買ったり、人材を集めてくる。その役割を担うという仕事です。 -どんな形で収益を得るのですが。 成毛:それは様々な形がある。すべてをひっくるめた100億円の投資コストの中から、その数十%を受け取るということもあるし、別の形で受け取ることもある。コンサルティングをさらにすすめたやり方で、様々な人脈や手法を使えるところに魅力を感じますね。 もしこの手法をIT産業に持ち込んだ場合、M&Aを進めても、顧客やマーケットの重複が少ないという点で、やりやすさがあります。鉄鋼業界などだと、ほとんどが顧客重複してしまう。バランスシートの大きな企業でも、比較的顧客重複が少なくて済むというのもIT産業の魅力であるし、中小、中堅企業を巻き込んだ展開ができるという点でもIT産業のおもしろみがあります。 まぁ、資金調達だけで、なんとかするというやり方では、もう限界があるということは、そろそろ多くの企業に共通した意見になってくるのではないでしょうか。 ●顧客が本当に欲しがっているものを提供することが重要 -最近のパソコン産業はどうですか。 成毛:顧客が本当にほしいものを提供しているのかどうかが疑問です。私がいまのパソコンに求めているのは、単にNVIDIAのGeForce4が載ればいいという点で、それ以外の機能はいりませんね(笑)。 -それってもしかしたら、ファイナルファンタジーXIをやるためだったりして? 成毛:ギクッ(笑)。そうそう、いくつかのメーカーとファイナルファンタジーXIを利用するための専用パソコンの話し合いをしていますよ。すでに、デルコンピュータから専用マシンが発売されていますが、いま、ほかのメーカーにも話を持っていっています。あっ、これは話しちゃいけなかったんだっけ? まぁ、こうしてみると、結構、IT業界にべったりだったりして……(笑) (2002年11月27日)
[Text by 大河原克行]
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