「この製品が失敗すれば、NECのパソコン事業は他社に売却されてしまう。そういう気持ちで製品開発に取り組んでほしい」--パソコン事業を統括するNECソリューションズの片山徹執行役員常務は、10日に発表したパソコン新製品の開発にあたって、今年初め、こう号令をかけた。今回、NECが投入した一連の新製品は、こうした危機感のもとに開発された、いわば、同社のパソコン事業の命運を左右する製品ともいえる。 NEC・西垣浩司社長は、パソコン事業の位置づけについて、次のように話す。 「NECブランドを支えるという意味では、パソコン事業は、NECにとってのコアビジネスといえる。しかし、赤字事業のままでは、コアビジネスと認めるわけにはいかない」。 NECにとって、直接、コンシューマユーザーに届く製品は、パソコンと携帯電話の2つの製品しかない。そして、長年、そのNECのブランドイメージを支えてきたのは明らかにパソコンであった。しかし、パソコンをはじめとするパーソナル事業は2001年度は300億円の赤字を計上、10月25日に発表される今年度上期決算でも、パーソナル事業の赤字は必至だ。 「下期はなんとしてでも黒字化を達成しなければならない。今回の新製品は、その重要な役割を担った製品である」と片山執行役員常務は断言する。これまでとは違った危機感と、今回の製品にかける意気込みが、NEC社内からヒシヒシと伝わってくる。 ●出口調査でユーザーの声を
NECは、昨年10月、コンシューマパソコンにかかわる製品企画、マーケティング、販売などをNECカスタマックスに一本化した。NECカスタマックスの片岡洋一社長は、「NECカスタマックスとして、1から企画した製品がいつ出るんだと、多くの業界関係者から、何度も問い合わせをいただいた。今回の製品は、それがいよいよ現実のものになった」とコメント、NECカスタマックスとして製品企画を行なった第1号製品であることを強調する。 しかし、この1年間の同社の取り組みは、並大抵のものではなかった。 片岡洋一社長は、ます社員の意識改革と社内の構造改革から乗り出した。 「従来のNECパーソナルシステムには、年功序列制度が根強く残っていた。そのため、なぜ年齢があがるだけで、あの人が上の役職につくのかという声があったのも事実。これでは社内に危機感が芽生えない。昨年10月以降、降格制度を導入するとともに、2階級特進といった制度まで導入して、社内に危機感と、やる気を植え付けた」。 この1年間で2階級特進となった社員は2人。NECグループのこれまでの風土では考えられない人事制度といえるだろう。 同時に、カスタマーイン型経営の実践、そして、起死回生ともいえる製品づくりを目指した新たな取り組みも開始した。その代表的な取り組みが、出口調査やWebを利用したアンケートにより、ユーザーの声を直接聞くというものた。出口調査とは、パソコンショップ店頭にNEC関係者が待機、NEC製、他社製を問わず、パソコンを購入した人を対象に、購入動機や利用状況などをアンケートするといったもの。NECがPC-9800シリーズの第1号機「PC-9801」を投入したのが'82年。それ以来、20年目にして初めて実施した店頭出口調査であった。 また、Webによるアンケートとしては、121wareを活用し、130万人に及ぶEメールアドレスを蓄積、これをもとに顧客ユーザーの声を集めた。 ●従来とは逆のプロセスで製品を開発 その結果、同社が導き出したのは、利用環境ごとに製品を定義するというセグメンテーション戦略だった。 例えば、その1つが「ファミリー」という、今回新たに示した製品定義である。現在、パソコンの家庭への普及率は57%に達しているが、ユーザーの生の声をまとめた結果、実際に家族が複数で利用しているユーザーは極めて少ないことがわかった、という。また、その一方で、家族みんなで利用したいというユーザーは44%に達していることも明らかになった。 今回のファミリーというカテゴリーは、こうした市場の実態を掌握した上で製品企画が進められたもので、デスクトップパソコンやノートパソコンという「形状」、あるいはCPUやメモリ、ハードディスクといった「性能」を基本とした考え方をやめ、利用環境や利用シーンを想定した製品企画が進められた。 NECカスタマックスの片岡洋一社長は、「従来機種の後継製品を作ろうという発想は一切するな。ゼロから作りなおせ」と、社内に指示を出した。 今年1月にプロジェクトチームを発足、「中心となるメンバーを3人選出し、彼らに製品企画を委ねた」(片岡社長)という。この3人は、パソコンの商品計画経験者、スタッフ部門の経験者、そしてソフトウェア事業経験者で構成される。 「カスタマーイン型経営を推進する上で、心棒となる製品をつくろう」というのがプロジェクトチームの合い言葉。従来は、「デスクトップパソコンには、このCPUとこれだけの容量のメモリとHDDを搭載し、そこに付加機能を搭載すればいい」というプロダクトアウトの発想で進められてきたが、「家庭の利用シーンで使うには、どんな機能が必要なのか。そのために、どんな仕様にすればいいのか」という、180度違う製品化のプロセスを辿っていった。 「例えば、最新のCPUを採用することは必要条件であるが、決して十分条件とはならないはず。利用シーンを想定して、なにが必要かという考え方の上で、仕様を決めていく。今回の製品で、ITの専門用語を知らなくても、デジタルカメラを簡単にパソコンに取り込むためのソフトを搭載したり、ネットに接続するために自動化できるソフトを添付したのも、利用シーンを想定した上での考え方。利用シーンを想定し、それを実現するためのソフトを搭載し、その後にスペックを決めた」と話す。 最終的にできあがったものは、従来と同じパソコンというカテゴリーに属する製品だが、それまでとはまったく異なるプロセスで製品化されているのだ。 ●リスクを負って市場を開拓 もう1つ見逃せないのが、若手の意見が通る仕組みに社内組織が変ってきた点だ。片山執行役員は、次のように言及する。 「若手の意見を採用しようといっても、なんだかんだいって最終的には若手の意見が潰されていた。だが、構造改革のなかで、組織体制を変革するとともに、新たにコミュニケーションする環境をつくったり、若手の声を反映できる仕組みをつくることができた。確かにまだ十分とはいえない部分もある。しかし、今回の製品企画では、この点が大きく変わっている」。 丸みを帯びたデスクトップパソコンのデザインや、新たに用意したiBookに似たノートパソコンのデザインは賛否がわかれるところだろう。しかし、デザインとはそんなものだ。むしろ、これだけのデザインを採用できたこと自体が、NECにとっては大きな変化だといえる。 「iBookを意識したデザインという点を認めるわけではない。だが、以前は、それすらもできない風土があった。トップシェアというプライドがこれを大きく邪魔していたことは否定できない」と片山執行役員常務は言及する。
冒頭に触れたように、片山執行役員常務は、「パソコン事業が売却されるかもしれない」という言葉で、社内の危機感を煽った。しかし、実はそれだけではなかった。 「NECは、トップシェアにあぐらをかきすぎていた」、「リスクを負って市場を開拓する製品がない」、「NECのパソコンにはビジョンがない」と厳しい言葉を発し続けた。 静かな語り口からこうした言葉が発せられるから、聞いた方はドキっとするに違いない。 「テクノロジーリーダーであること、そしてコンシューマパソコン分野でトップシェアを維持するのであれば、自らがリスクを負って、市場を開拓するべき。これまでのNECにはそれが欠けていた」と、自身への警告とともに、社内にも反省を促した。 3つに分類したセグメンテーションのうち、「パーソナル」の分野は従来の製品ラインを継承したものといえるが、「ファミリー」、「ニュースタイル」という分野は、まさにNECがリスクを負って挑戦する分野といえる。 ●3つの課題を達成できるか? NECは、今回の新製品によって、3つの大きな課題をもっている。 1つは、シェア拡大である。同社の発表によると、今年度上期の同社シェアは32%となり、トップシェアを獲得したとしている。だが、躍進するソニーとの激しいシェア争いは依然として続いている。 「1ポイントでも、2ポイントでも高いシェアを獲得することが、今回の製品の成否につながる」と片山執行役員常務は語リ、トップシェア堅持を標榜する。 2番目は、新たなセグメンテーション戦略が、市場に受け入れられるかどうかという点だ。具体的には、ファミリー向け製品の行方が、そのバロメータになる。 NECカスタマックスが主要販売店などに配布した資料によると、「パーソナル」が出荷量全体の60%を占めると見ているのに対して、「ファミリー」の出荷比率はわずか16%。「ニュースタイル」に属するAVサ-バーに関しては、月3,000台が目標だ。 だが、16%の出荷比率に到達すれば、まずは、第1段階としてのハードルはクリアしたと判断する考えのようだ。 さらに、片岡社長は、「新たな取り組みは、四半期だけで結果が出るものでもない。仮に苦戦したとしても、セグメンテーション戦略を変更する考えはない。近い将来には、このやり方が必ず成功するという確信がある。いや、これしか方法がない」とまで言い切る。 当面、この基本戦略は変えないというのがNEC側の意見であり、ファミリー向け製品が、今後のNECのパソコン事業の行方を左右すると言えるかもしれない。 そして、3番目は、冒頭にも触れたパーソナル事業の黒字化への起爆剤としての役割だ。 同社では、具体的な目標値は明らかにしていないが、今年度下期には、パソコンをはじめとするパーソナル事業で50億円程度の黒字を見込んでいる。 今回の製品は、まさに、この黒字化の至上命令を担う戦略的製品の第1号となる。 中国での製品比率を今年度下期には70%にまで引き上げる考えであるほか、ワールドワイドでの部品の共通化も70%にまで高めることで価格競争力とコスト削減を狙う。また、今年8月の新SCMの稼働や、今年度から実施してきた生産拠点の統合や、生産拠点における革新活動による生産性の向上なども、コスト削減効果になって表れそうだ。 ●冬モデル全てが20周年記念モデル
今年、NECは、PC-9801投入からちょうど20周年を迎えた。 日本IBMは、ThinkPadが発売10周年を迎えたのを記念して限定モデルを投入、あっという間に完売となり話題を呼んでいる。 片山執行役員常務は、「20周年のキャンペーンは予定している。だが、20周年モデルは用意していない。むしろ、今回の冬モデル全部が20周年記念モデルだといえる」と話す。 20周年を迎えたNECが、起死回生の製品として投入した今回の製品は、社内の意識としては、20周年記念モデルといえるほどの、意味をもった製品なのかもしれない。 これを後方から支援するキャンペーンとして、社内では「V10プロジェクト」を展開中だ。命名には、V字回復を狙うためのVとともに、今年10月をきっかけに、相次いで戦略的新製品を投入し、トップシェア維持のための販促活動を行なうとの意味がある。 「黄金時代のジャイアンツが実現できなかったV10を目指してもいいんじゃない」と片山執行役員常務はジョークをとばす。 片山執行役員の言葉の裏には、この10月以降の新製品投入とサービス強化、そして一連の販売施策によって、NECの第2期黄金時代を迎えるための呼び水としたい、との思惑があるのかもしれない。 □関連記事【10月10日】NEC、冬モデルでマーケット戦略の大転換 http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1010/nec2.htm (2002年10月11日)
[Text by 大河原克行]
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