特集

わが社はこうやってテレワークしています【アドビ編】

~機材や環境の充実のみならずメンタルもケア。バーチャル乾杯も

 在宅勤務が長期化してきたことで、社員の健康やメンタル面でのケアが重要な課題となっている。そうした観点からも、さまざまな取り組みを行なっているのが、アドビシステムズ(以下、アドビ)である。

 同社では、ビデオ会議システムの活用などについては、早い段階から積極的に取り組んできた経緯もあり、一斉在宅勤務となっても、移行はスムーズだったが、その状況が長期化しはじめたことで、社員の健康などに配慮した動きが活発化させており、それが成果をあげている。短期集中連載の第6回目として、アドビの取り組みを紹介する。

3月16日より原則在宅勤務。機材や仕組みは充実

 アドビは、Adobe Creative CloudやAdobe Document Cloud、Adobe Experience Cloudといったクラウドサービスを提供。多くのクリエイターやマーケターに活用されている。昨今では、クリエイティブツールとドキュメントソリューションの組み合わせによって、優れたコンテンツの創出を支援する一方で、統合マーケティングソリューションで分析したデータに基づき、適切な人に、適切なタイミングでコンテンツを届けるエンド・トゥ・エンドのトータルソリューションを提供。

 さらに、ドキュメント共有やワークフローの改善、電子サインサービス「Adobe Sign」により、オフィスにおけるドキュメントの共有とワークフローの効率化を実現するクラウドサービスにも注目が集まっている。

 日本法人には、約600人の社員が勤務。ちなみに、アドビの社長を務めるジェームズ・マクリディ氏は、かつては、MLBのニューヨークメッツで、ピッチャーとして在籍した異色の経歴の持ち主だ。本誌でもそれを紹介している

マクリディ氏近影(2019年3月)

 アドビでは、テレワークを制度化するかたちにはしていなかったものの、部門のマネージャーの判断や、業務の事情を勘案し、週2日までの在宅勤務を可能としていた。

 新型コロナウイルスの感染拡大においても、マネージャーの判断により、部門によっては、早い段階からテレワークを行なってきた。また、2月17日からは、在宅勤務が推奨となり、3月16日には、米本社からの通達により、リモートで業務を行なうことができる社員は、原則オフィスには出社しないことを決定した。

 その後、グローバルでは、段階的にオフィスがクローズとなり、3月24日には、中国オフィスを除くすべてのオフィスが閉鎖され、日本法人も同様に、この日から全社員がテレワークを行なっている。

 現時点でもオフィスを閉鎖。解除される次期は未定となっているが、今後状況を見ながら、オフィスでの業務が必要な社員を優先して、段階的にオフィスを再開することを検討するという。

 もともと同社では、PCやスマートフォンは、すべての社員に貸与。入社時には、Appleの「MacBook Pro 13」や「MacBook Pro 16」、日本マイクロソフトの「Surface Laptop 3」、レノボ・ジャパンの「ThinkPad T490s」、「ThinkPad P53」のなかから選択することができるようになっている。また、スマートフォンでは、Appleの「iPhone 11 Pro」や「iPhone 11」、サムスンの「Galaxy S20+ 5G」、「Galaxy Note 10」が選択できる。

 チャットおよびビデオ会議ツールには、「BlueJeans」や「Microsoft Teams」、「Slack」を利用。ファイルストレージには、自社製品である「Creative Cloud」や「Document Cloud」のほか、「SharePoint」や「OneDrive」を活用している。

 さらに、文書をレビューするさいには、Acrobat Document Cloudの共有レビュー機能を活用し、PDF文書に入れたコメントを、クラウド上で共有できるようにしているという。また、秘密保持契約(NDA)やマーケティング関連書類、購買契約といった文書は、原則としてAdobe Signによる電子サインまたは電子押印を採用しており、在宅勤務で問題となっている日本企業特有のハンコを押すためだけに管理者や管理部門が出社するといったことはない。

 ネットワーク環境においても、ZEN(Zero-Trust Enterprise Network) 環境が確立されており、VPNに接続することなく、Okta認証によって、すべての社内リソースにアクセスできるようにしているという。

 「以前から、日本以外の拠点との会議に、ビデオ会議システムを活用していたり、外部の協力会社とのやりとりにもビデオ会議システムを利用していたこともあり、ツールを活用したコミュニケーションに対する抵抗は少なかった。また、アドビ独自の『Check In』という仕組みも、いまでは社内のコミュニケーションの活性化の1つにつながっている」という。

 Check Inは、四半期ごとに行なう面談を指し、上司と部下のリレーションシップを構築することで、社員1人1人の成長を後押しすることを目指したものだ。同社の人事制度では、四半期ごとの社員目標が明確にされており、目標設定や評価もCheck Inを通じて行なわれる。

 現在、Check Inをはじめとする上司と部下の1対1のミーティングのほか、チームミーティングも、オンラインで随時開催されており、その頻度はオフィス勤務時と同じだという。

 多くのツールを利用しているのがアドビの特徴と言えるが、同社では、「1つのツールが、すべての組織や業務に適合するわけではないと認識している」と前置きし、「多くの組織が、ツールとシステムを標準化しようとしているが、アドビは、職場での状況に合わせてカスタマイズされた体験が重要であると考えている。コラボレーションツールにおいても、人間中心の設計アプローチを採用し、従業員の役割のコンテキストに基づいてソリューションを従業員に提供するようつとめている。ソフトウェアを構築して、体験を生み出すことに重点を置いている『ビルダー』という職種では、効率的で迅速な情報交換のために、電子メールではなく、Slackを使用しているのがその一例となる」と説明する。

 ビルダーにかぎらず、同社全体でも、Slackの利用は増加しているようだ。

 「BlueJeansやTeamsは以前から活用していたが、テレワークになってから、Slackの利用が増えている」と、日本法人では説明する。Slackの活用のなかでユニークな取り組みの1つと言えるが、IT部門主導で立ち上がった「#adobe-wfh-support」というチャンネルだ。グローバルで約6,900人がフォローしているという人気ぶりだ。ここでは、ネットワークにつながらないといった問題の解決などが行なえるという。

 また、広報部門を対象にしたグローバルのチャンネルでは、自慢のペットの写真が多数投稿されているという。

 さらに、「Inside Adobe TV」というイントラネットの動画サイトでは、毎週月曜日(米国時間)に、「TAKE 5 with Adobe」 という番組が配信され、社内に関する最近の話題がミニニュース形式で公開されているという。

TAKE 5 with Adobeの様子

ディスプレイを経費で追加購入する社員が増加

 3月中旬から、原則在宅勤務となったが、機器などについては、社員が新たに追加するものはなかった。

 だが、自宅での作業を、より生産的に行なうという観点から、必要な機器や備品を購入できる経費として、最大500ドルまでを負担する「Work From Home Expense」が用意され、仕事を行ないやすい環境を整える社員が多かったという。

 日本法人でアンケートを取ったところ、経費の使い道としてもっとも多かったのがディスプレイだったという。ついでキーボードやマウスなどのPC関連備品となっている。

 また、長時間にわたって椅子に座りっぱなしになってしまうことが増え、腰の痛みを訴える社員が多かったこともあり、社員同士が、おすすめの椅子やスタンディングデスクに関する情報を共有するといったことも行なわれたという。

 ちなみに、先に触れたSlackのチャンネルでは、この制度の活用方法についても、社員同士が活発な情報共有を行なう姿が見られたそうだ。

 一方、アドビでは、福利厚生の一環として、社内に「PIT」と呼ばれるヘルスケアルームを用意。3人のヘルスキーパーが、社員にマッサージを行なったり、鍼のサービスを提供していたが、オフィスがクローズしてからは、当然、PITも休業となった。

 だが、ヘルスキーパーが、テレワークが続く社員の体の不調や運動不足解消のため、「HealthCare通信」と題して、社員向けのFacebookグループを利用して、自宅でできるセルフストレッチや、ボクササイズのやり方を動画で投稿。さらに、「Virtual PIT」として、メールやビデオ会議システムを使って、個別の健康相談にも対応しているという。

 在宅勤務を続けている社員からは、「PCによる作業が多くて目が疲れた」、「部屋のなかにいるため、首や肩が固まってしまった」、「座りっぱなしで腰が痛い」、「足がむくみがちになる」といった相談のほか、「食事のバランスが崩れた」、「お酒の量が増えた」、あるいは、「会話がなく、気分が滅入っている」といった社員からの健康相談も受けている。

メンタルケアも注力。オンライン飲み会も

 このように、在宅勤務が長期化するなかで、同社が力を注いでいるのが、社員の健康やストレス、メンタルのケアだ。

 アドビが、テレワークで働いたことがあるビジネスパーソンに対して、テレワーク勤務のメリットや課題について調査した結果でも、テレワーク上の心理的負担や身体的課題としてもっとも多かったのが、「同僚とのコミュニケーションが減る」というもので、全体の38.4%を占めたという。アドビ氏システムズ社内でも、他部署のメンバーとのコミュニケーションの減少が課題の1つになっているようだ。

 Web会議を使った「オンライン飲み会」を実施する企業が増加しており、調査では、すでにオンライン飲み会を実施したことがあるとの回答は、31.4%と3分の1程度にまで増えているという。

 アドビでも、3月から4月にかけて、1カ月間に3回の社長主催の「バーチャル乾杯」を開催。第1回目となった3月27日には、約200人が参加した。

バーチャル乾杯

 マクリディ社長は、「たいへんなときだけど、みんなでがんばりましょう」とのメッセージを送り、参加者全員で乾杯したほか、リーダーシップチームの幹部からは、「昇降式のデスクを導入して腰が痛くなくなった」といったテレワークの実践のコツや、子供がビデオ会議に乱入してきたといった、テレワークのおもしろエピソードなどが共有された。

 一方で、アドビのマクリディ社長は、今回の取材において、在宅勤務の近況を伝えてくれた。

 「在宅勤務は、多くの人にとってストレスがかかり孤独になる心配がある」としながらも、「個人的には明るい兆しを感じる部分もある」と報告。「私自身が、多くの時間を出張に費やし、野球やサッカーの練習に明け暮れる息子たちと一緒に過ごす時間はとても短かった。だが、在宅勤務となったことで、3度の食事はほぼ一緒に取り、仕事と学校の間の時間を毎日一緒に楽しんでいる。家族の時間という贈り物に感謝している」とする。

 また、「私は、野球選手となってから、つねにアクティブなスケジュールを維持するようつとめてきた。この状態を維持することは、在宅勤務においては、さらに重要になっている」とし、「家族が体調を崩さないように、毎日、息子たちと腕立て伏せを行ない、彼らの野球のトレーニングには、綿のボールを投げ、おもちゃのバットでバッティング練習をしている。また、キッチンがデスクから近いと、つい間食してしまうので、場所を変えて、できるだけキッチンにいなくて済むようにしている」と、自らの生活スタイルを紹介した。

 さらに、「TVの前で過ごす時間が増えたが、番組が無限にある時代に生きることができて幸運に思う」と語り、「お気に入りは、歴史とスポーツに関するドキュメンタリー。先日、Netflixで、マイケル・ジョーダン氏のドキュメンタリーを楽しんだ。彼は間違いなく最高のバスケットボール選手であり、ドキュメンタリーは重要な教訓をもたらしてくれた。マイケル・ジョーダン氏は、1人では勝つことができなかったが、彼の努力をサポートするためのチームを結成されたことで、最高の結果をもたらした。これは、アドビがどのような姿勢で事業を行なっているかを説明するすばらしいレッスンとなった。私たちの成功は、誰か1人に頼るものではない。在宅勤務なのか、オフィスにいるのかは関係なく、チームが、どのように協力するかにかかっている」と語った。

 マクリディ社長は、スポーツを題材にしたエピソードを交えるなど、MLBの経験者らしい一面を覗かせた。

 まだまだ長期化する在宅勤務だが、こうした社員同士の情報共有や、ヘルスキーパーによる情報提供、そして在宅における生活の工夫が、社員の健康を守ることになる。アドビの例を見てもわかるように、そうした仕組みは、ますます重要になりそうだ。