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【特別企画】キングジム「ポメラ DM200」の進化の秘密に迫る

~ATOKありきで開発

左から八木正樹氏、木次谷健氏、東山慎司氏

 キングジムが、2016年10月より発売した「ポメラ DM200」は、発売直後に初期生産分が売り切れるなど、予想を上回る売れ行きを見せている。2011年11月に発売したDM100から5年ぶりのモデルチェンジとなり、その進化を待ちに待ったユーザーが多いことの証とも言えるだろう。では、DM200は、どんな進化を遂げたのだろうか。開発に携わった、キングジム開発本部の木次谷健氏、東山慎司氏、八木正樹氏の3人に話を聞いた。

「ペンの書き心地を高める」ような進化

 ポメラは、テキスト入力に特化した製品で、キングジムでは、「デジタルメモ」というカテゴリーの製品に位置付ける。

 2008年11月に、第1号製品である「DM10」を発売して以降、これまでに累計30万台を出荷。発売当初より記者やライターの人達から支持されていたが、中でもキーボード部を折りたたまない、ストレートタイプの「DM100」は本職の人達に大きな支持を得ている。実際、記者会見場では、DM100を使っている記者の姿をよく見かける。

 小型、軽量のコンパクト化を追求したことで携帯性に優れ、電源を入れるとすぐに起動し、スムーズに文章作成を行なうことができるDM100は、持ち運んでテキスト入力をすることが多い人たちにとって、欠かすことができないツールになっていたというわけだ。

DM100(左)とDM200(右)

ATOKの進化がポメラを進化させる

 では、高い評価を得たDM100の後継機種となるDM200は、どんな進化を遂げたのか。

DM200

 「ストレスのないテキスト入力を実現するにはどうするか。DM200の進化は、ペンの書き心地を高めるという進化に近いものだと言える」と、文具に例えて表現するのは、キングジム開発本部商品開発部開発二課の東山慎司リーダー。続けて、「DM200は、集中し、快適に心地よくテキスト入力をするための進化にこだわった」と語る。

 だが、取材して驚いたのは、その進化の考え方の中心にあるのは、意外にもハードウェアの進化ではなく、日本語入力システム「ATOK」の進化であったということだ。

 ATOKは、ジャストシステムが開発した日本語入力システムであり、ポメラシリーズの第1号機から搭載され続けている。ATOKを含めたソフウェアならびにハードウェアを共にゼロから作り直したため、次期製品の登場まで5年という歳月を費やした。

 「いくつかの組み込み型日本語入力システムを調査したが、ATOKを超える性能を実現できないばかりか、これまでの使い勝手の継承性を断ち切ることにもなる。また、同じ組み込み版ATOKを使いハードウェアを改良させても、“DM101”と言えるぐらいの進化に留まるだけ。中途半端な進化ではユーザーに満足してもらえないと考えた」と、木次谷リーダーは振り返る。

 組み込み版ATOKでは、これ以上の機能向上が見込めないので、ポメラの次期製品の開発プランは、暗礁に乗り上げざるを得ない状況になっていたのだ。

発表会のスライドより

 その一方で、DM100の生産にも限界が生じようとしていた。DM100で使用していた部品の一部が生産終了になり、代替部品も調達できないため、DM100そのものを生産終了しなくてはならない状況が近づいていたからだ。

 特に問題だったのが、液晶ディスプレイであった。キングジム開発本部デザイン設計部エンジニアリング課の八木正樹リーダーは、「DM100で使用していた液晶ディスプレイは、計測機器向けに、縦方向で使用することを前提に開発されたモノクロ液晶であり、これを横向きに使用するという工夫を凝らして採用したものだった。代替品を探してみたが、モノクロ液晶そのものが無くなり、TFTカラー液晶のカラーフィルター、バックライトを取り払って低消費電力のモノクロにするというカスタマイズも行なってみたものの、視認性に問題があった。代替する部品がなく、DM100の生産継続も限界に近づいていた」と、当時の状況を語る。

 そうした中、ポメラの開発チームが目を付けたのが、ジャストシステムが開発した「Android向けATOKの[Professional]版」であった。ATOKの日本語変換性能は、組み込み型に比べて大幅に進化し、Android向けの部品も活用できるというメリットがあり、DM100の進化には適した環境が整うことになる。

 このATOKを基に設計を開始し、2014年10月に開かれた企画会議では、製品化について、経営層からも「GOサイン」をもらうことができた。

 だが、その後、いくつかの問題が発生した。DM100の筐体を使って、試作機を作ってみたものの、Androidをベースとしているため、歴代のポメラに比べてバッテリ駆動時間が極端に短く、起動時間もスリープ状態から10秒以上かかるのだ。さらに操作性のレスポンスにも課題があった。これを改善し、快適に動作させようとすると、筐体は持ち運びに適さない大きさになってしまう。

「これではポメラということはできない。全く別の製品になってしまう」(木次谷リーダー)。

 企画会議は通ったものの、製品化に大きな壁が立ちはだかったのだ。

 Androidではポメラは企画として成り立たなかった。Androidでは、カスタマイズできることに制限があり、起動が早く、長時間駆動が売りであるポメラとは合わなかった。そこで、ポメラでは、Andoroidベースではなく、よりカスタマイズが可能なLinuxを採用することとした。

 Linuxの採用によって、ATOKも作り直す必要があるが、ジャストシステムの協力により、PC版ATOKと同等の高性能な日本語変換エンジンの搭載が可能になり、誤変換を削減。語彙数も従来機種の約3倍で、テキスト入力時の操作性を向上。DM100を進化させる条件が整うことになるのだ。

 しかも、Androidで課題となっていた、バッテリ駆動時間や起動時間などについても解決できる目途が付いたという。

 「Android版では、1GHz以上のクロック周波数を持つCPUを採用する必要があったが、Linux版では1GHzを大きく下回る環境で動作させることができる。これもバッテリ駆動時間の長時間化やコストダウンに寄与している」(八木リーダー)。

 DM200に搭載される日本語入力システムの正式名称は、「ATOK for pomera [Professional]」とされている。キングジムでは、これを採用することで、2015年2月に、Linuxを搭載した次期ポメラの開発方針を社内で打ち出し、製品化に向けた道筋をつけることに成功したのだ。

同じ筐体サイズに7型液晶を採用

 テキスト入力環境の進化というポメラ最大の課題が解決したことで、開発チームは、ハードウェアの進化にリソースを集中することになった。

 ハードウェア開発の基本姿勢は、「小型、軽量で、キーボードの打ち心地にも妥協をせず、長く使ってもらえる信頼性を実現する道具」(八木リーダー)である。

 当初はDM100よりも、より大きな液晶、大きなリチウムバッテリをを搭載することで、一回り大きな筐体を想定していたが、開発を進める中で、外観サイズはDM100と同じサイズに抑え込むことに成功。厚さも、当初はDM100の最厚部の約3割増という状況だったが、最終的にはDM100の最厚部よりも薄くすることができた。

 DM200で採用した、バックライト付7型ワイドTFT液晶ディスプレイは、5.7型液晶ディスプレイを採用したDM100に比べて、面積比で約40%画面サイズを拡大。さらに、アウトラインフォントを搭載し、画面の表示文字サイズが変わっても読みやすく、横書き、縦書きや、小さな文字も美しく表示できるモリサワ「UD新ゴR」と「UD黎ミンR」を採用。画面上での文字の視認性が向上し、使い勝手を高めている。「長文も読みやすく、長時間の文章作成も快適に行なえる」(東山リーダー)という。

 一方、テキスト入力時の要となるキーボードは、キーピッチは横方向で17mm、縦方向で15.5mmとし、V字ギアリンク構造を採用。垂直、水平、回転方向ともガタつきを軽減しているという。「キーボード下部には筐体全体の剛性を高めるための板金や、リチウムイオンバッテリが搭載されており、それが打鍵感を高めることに繋がっている。打鍵感は大きく進化している」(東山リーダー)とする。

 ちなみに、キーボード側に板金やリチウムイオンバッテリを搭載したことで、使用時にはキーボード側に重量がかかり、バランスが改善されている点も見逃せない。使用時には、ディスプレイ部がキーボード部を持ち上げ、角度をつける構造にしている点も、打ちやすさを高めることに繋がっている。

ポメラならではのバッテリ駆動時間へのこだわり

 ポメラの進化として、開発チームがこだわったのがバッテリ駆動時間である。

 これまでのポメラシリーズでは、乾電池を使用していながらも、20時間以上のバッテリ駆動を実現してきた。DM100では、乾電池2本で約30時間の駆動時間を達成していたほどだ。

 「20時間、あるいはそれに準じたバッテリ駆動時間を達成できなければ、ポメラとはいえない」(木次谷リーダー)というのは、開発チームに共通した認識であった。

スケルトンサンプル。バッテリの大きさが分かる

 OSにAndroid採用を断念した大きな理由の1つに、バッテリ駆動時間の問題があった。試作品では、約9時間のバッテリ駆動時間しか実現できず、ポメラが目指す領域とは大きな差があった。これを、Linuxにして機能を最小限に絞ることで、13~15時間程度の駆動時間にまだ伸ばせる目途がついたという。

 しかし、駆動の前提となるのは、リチウムイオンバッテリの採用であった。これまでのポメラシリーズの特徴は乾電池で動作するという点だ。全世界どこでもすぐに購入できる単三形乾電池を利用することで、20時間以上の駆動時間を実現する手軽さは、ポメラの大きな魅力の1つだ。

 「乾電池を使用することも考えたが、単三形乾電池では6本も必要になる。重量も増してしまうこと、6本以上の乾電池を交換することは実用的ではない」(木次谷リーダー)として、リチウムイオンバッテリの搭載は、かなり早い段階で決定していたという。

 だが、目標の20時間にはまだ距離があった。筐体サイズの制限もあり、これ以上バッテリスペースは増やすことができない。もし、強引に増やしたとしても、今度は充電時間が伸び、目指す使い勝手に対して「バランス」が崩れることになる。

 そこで、開発チームは、CPUのクロック周波数を抑えて省電力化したほか、液晶ディスプレイのリフレッシュレートの見直し、ソフトウェアによるチューニング、使用していないときにはスリープ状態にすることなどの改良を加えることで、約18時間のバッテリ駆動時間を実現した。

 「20時間という目標には到達しなかったが、それに近いところに着地することができた。ポメラという製品を実現する上で、最低限のバッテリ駆動時間を達成できたのではないか」と八木リーダーは語る。

 次期製品にOSを搭載すると判断をした時点で、バッテリ駆動時間は、開発上の大きな課題になっていたのは明らかだ。だが、それをリチウムイオンバッテリの採用と、徹底したチューニングで解決してみせたのが、今回のDM200ということになる。

無線LANはポメラにとっての「おまけ」機能

 リチウムイオンバッテリの採用とともに、DM200で新たに取り組んだのが、無線LANの搭載だ。

 ポメラシリーズ初となる無線LANを搭載したことで、Evernoteなどのクラウドストレージや、プリンター、メールサーバーに、DM200から直接ファイルをアップロードでき、ポメラで作成した文章データを活用しやすくしている。また、iPhoneやiPad、Macに標準搭載されているメモアプリと同期して、双方向で文章を編集できる「ポメラSync」機能を搭載。合わせて、これまで採用していたBluetoothキーボードとしても利用できる。

 DM200で無線LANを搭載したのは、DM100で東芝のFlashAirを使用するユーザーが予想以上に多かったことに起因する。「具体的にどれぐらいのユーザーが、DM100で、FlashAirを使用していたかは不明だが、ユーザー問い合わせ窓口に、FlashAirに関する質問が多く寄せられていたのは事実」(木次谷リーダー)という。

 だが、Linux環境ではコンシューマデバイス向けに無線LAN接続するソフトウェアが少なく、開発チームでソフトウェアを作りこんでいく必要があった。ここにも、DM200における新たな挑戦があったと言える。無線LAN接続を含めて、ソフトウェア開発にはかなりのリソースを注ぎ込んだという。

 そしてユニークなのが、DM200の無線LAN接続では、メールの受信やWebブラウジングという用途での利用ができない仕様になっている点だ。

 「ポメラが目指した、テキスト入力に特化するという用途を考えれば、メール受信やWebブラウジングという使い方は不要。無線LANは、ポメラに入力したテキストをアウトプットするためのおまけの機能という位置付けで捉えている」(木次谷リーダー)という。そうした潔さもポメラならではの特徴だ。

 ちなみに、無線LANはアップロードやポメラSync機能を使用する時のみ無線がオンになり、それ以外では自動的にオフとなる。これも、バッテリの消耗を最小限に抑えるための工夫の1つだ。

DM200で達成できなかった課題とは?

 だが、その一方で、いくつか目標に達しなかった課題もあったとも語る。

 1つは重量だ。580gという重量は、片手でも持ち運べる軽量化を実現したものだが、徹底的に軽量化したDM100の約440g(乾電池含む)に比べると重たい。「なんとか500g以下を実現したかったが、液晶サイズの拡大やバッテリ、補強部品の追加などを踏まえると、ポメラでは、この重量が精一杯だった」と八木リーダーは悔しさを滲ませる。それでも、ポメラの軽量ぶりはキーボード搭載型のデバイスとしては高く評価できるものだ。

 そしてもう1つが起動時間だ。起動にDM200は4秒ほどかかる。DM100では3秒程度であったことから、DM100のユーザーにとっては、起動時間が遅いと感じてしまうだろう。だが、Androidによる試作機では10数秒かかっていたものがLinux専用の高速起動ソフトを特別にチューニングして搭載することで、大幅に改善。Linuxを使用していながらも、これだけの起動時間にまで短縮してきたことは工夫の成果だと言える。これも慣れてくれば、違和感を持つことがないものになるだろう。

 「DM100の時には、やり切った感があった。もちろんDM200もやり切ったと感じる。だが、どうしても進化させたい部分が出てくる」(東山リーダー)と笑うが、それが次のポメラの進化に繋がるのだろう。

DM100のユーザーに満足してもらえるかが鍵

 こうしてみると、DM200は、DM100の後継機種ではあるが、全く異なる設計になっていることが分かる。それは、LinuxというOSを搭載したことからも明らかだ。むしろ、全てを1から作り直した製品であるとも言えよう。

 だが、DM200で目指した「ストレスのないテキスト入力を実現する」という進化は確実に達成されている。

 実は、DM200のニュースリリースには、「キングジムでは、今回のデジタルメモ『ポメラ』の新機種投入により、新たなユーザー層の獲得を図ってまいります」と記されている。だが、開発チームの目的はほかにもあった。

 「DM200で目指したのは、これまでDM100を使っていた人たちが、より快適に使ってもらうためにはどうするかということだった。新規ユーザーの開拓という側面はあまり考えなかった」と、八木リーダーは明かす。東山リーダーも異口同音に、「デジタルメモという用途よりも、DM100を使って長文を書いている人たちに、満足してもらえる製品作りを目指した」と語る。

 これまでのポメラシリーズの展開において、低スペックモデルは売れないという経験があった。DM200では、ポメラシリーズとしての最高峰を目指して開発が進められており、そのターゲットにしたのが、DM100ユーザーを納得させるためのモノ作りだったというわけだ。

開発当初のモックアップ
最初はフォルダケースのような外観を考えていた
製品版との比較

5年かけたDM200を元に、次期種やラインナップへと繋げる

 そして、今回のDM200で、Linuxへと環境が移ったことで、ポメラの心臓部ともいえるATOKの進化も見込めることになった。いわば、進化のためのプラットフォームを作り上げることができたとも言える。

 となると、これまでのように5年という歳月を経て、次の新製品が投入されるということはないだろう。もっと短い期間での進化も期待できる。

 だが、東山リーダーは、「DM200はこれまでお話しした通り、0からすべて作り直したため5年という時間が掛かってしまったが、DM200という機種が生まれたことにより次期種やラインナップの検討をしていきたい」と言う。

 このあたりにも、ポメラシリーズのブレない製品作りの姿勢がみられる。

 テキスト入力に特化したポメラだからこそ、道具として長い間使ってもらうためのモノ作りへのこだわりがあり、PCのサイクルとは異なる長い期間を経て、熟成した製品として完成させることに繋がっているのだろう。DM200はそうしたこだわりの上で、作り上げられた製品であることを改めて感じた。

製作協力:キングジム