【AFDSレポート】
ナイジェル・デッソー上席副社長インタビュー
~当面はx86 APUに注力も、将来のARM展開は否定せず

ナイジェル・デッソー氏

会期:6月13日~16日(現地時間)
会場:アメリカ合衆国ワシントン州シアトル市SF博物館



 AMD Fusion Developer Summit(AFDS)中でAMDは、新しいAMD AシリーズをノートブックPC市場向けに投入したことを明らかにしたほか、内蔵GPUを利用したプログラムをより容易に行なうことができる「Fusion System Architecture」と呼ばれる構想など、新たな発表を矢継ぎ早に行なっている。

 そうしたAMDで、製品のマーケティングを計画し実行しているのが上席副社長兼CMO(Chief Marketing Officer)のナイジェル・デッソー氏で、同社のワールドワイドの製品マーケティングの全責任を担っている。今回、AFDS会場でデッソー氏に話を伺う機会を得たので、その模様をお伝えしていきたい。

●PCを購入するとき、プロセッサを意識する層と意識しない層がある

 AMDは18カ月前から「Vision」というブランドを導入し、そのマーケティング活動を行なっている。AMDのマイクロプロセッサを搭載したPCや、AMD向けのマザーボードに赤いVisionロゴが貼り付けられていたのを見たことがあるユーザーも少なくないだろう。

AMD Aシリーズに張られたVisionのロゴ

 このVisionブランドのプログラムは、プロセッサを単にCPUだけでなく、GPU機能も含めて訴求する試みで、今後AMDのメインストリームプロセッサが、すべてAPUになっていくのを見据えて導入されたものだ。今回AMDはAMD Aシリーズの導入にあわせて、「A8」、「A6」、「A4」といった、アルファベットと数字によって、プロセッサのグレードをBest、Better、Goodの3段階にする新しいブランドスキームを導入した。

 デッソー氏によれば、こうしたVisionのブランドマーケティング活動は、CPUなどにはあまり詳しくない層に向けたものなのだという。「PCを買うユーザーの動向を詳しく調べたところ、大きくいって2つのユーザー層があることがわかった。1つはプロセッサなどに詳しいユーザーで世界中で2,500万人、もう1つがプロセッサにはあまり詳しくないユーザーで全世界で60億人いる。我々はこの異なるユーザー層に向けて異なるメッセージを発していきたいと考えており、Visionは後者向けのマーケティング戦略となる」(デッソー氏)と、Visionブランドが、プロセッサなどのテクノロジに詳しくないユーザーをターゲットにしていると説明する。

 「弊社としてはそうしたプロセッサにあまり詳しくないユーザーにわかりやすいブランド戦略をとっていきたいと考えており、それを意識したGood、Better、Bestがよくわかるように、A8、A6、A4という3つのレベルを導入した」(デッソー氏)。

●もともとは「ACE」ではなく「CES」になるはずだった

 こうしたブランド展開は、競合であるIntelも同じような仕組みを導入している。よく知られているように、Core i7、i5、i3がそれで、AMDの数字はそれぞれの数字は1つずつ進めてあるものの、A8、A6、A4という形でほぼ同じ仕組みだと考えることができる。

Aシリーズから導入されたA8、A6、A4のロゴ。それと同時にグラフィックスコアが書かれたロゴも用意される。OEMメーカーはどちらかだけ、あるいは両方など自分のニーズにあったシールを採用することができる

 そもそもなぜ8、6、4なのかという質問に対してデッソー氏はおもしろいことを教えてくれた。「そもそも弊社のオリジナルの計画では、A/C/Eではなく、C/E/Sという頭文字を採用する予定だった。ご存じの通り、Intelは7/5/3というスキームを採用しており、それに対抗する意味もあってC/E/Sとする予定だった。しかし、さまざまな調査を行なった結果、Sは混乱の元だという調査結果がでた。このため、よりユーザーが容易に理解できる今のスキームに落ち着いた」と、元々はCシリーズ(9W、Ontario)、Eシリーズ(18W、Zacate)、Sシリーズ(35/45W、Llano)というアルファベットのみで行く予定だったのが、よりわかりやすくするためにシリーズ名のアルファベット+数字というスキームに変更されたというのだ。なお、8、6、4という数字が選択された理由は誰もが容易に想像している通りで「競争上の理由」ということだった。

 AMDはVisionのマーケティングでCPU+GPUというAPUのメリットを訴えていきたい考えだが、現実がまだまだそこまで追いついていないことも認識している。別の機会に話を伺ったAMD製品マーケティング部長ジョン・テイラー氏は「我々は2つの種類のVisionロゴを導入する。米国、日本、韓国はCPUへの注目度が高く、A8やA6、A4などのCPUの種類がわかるロゴを用意する。逆に欧州などではグラフィックスへの注目が高いのでグラフィックスのブランドが入ったロゴを用意する」と説明しており、OEMメーカーはどのロゴを製品に貼り付けるのかを自由に選ぶことができる。実際、AMD Aシリーズの発表会で展示された製品でも、2つのロゴシール(CPUのシールと、デュアルグラフィックスを示すシール)を張っている場合もあり、そのあたりの構成もOEMメーカーの選択に任されているのだ。

●日本市場でのシェア奪還

 Visionのブランドマーケティングに力を入れているAMDだが、率直に言ってすべての市場で成功しているわけではない。特に我が日本市場においてVisionの認知度は高いとは言えない。

 デッソー氏もこの点は認めている。「正直にいって、10点満点で点数をつけるとすれば、日本市場では2~3点だ。ブランドの認知度を上げるには小売店でポップやポスターなどの店頭販促ツールが必要になるが、残念ながらまだ日本の小売店はそこまでにはなっていない」と日本での認知度に課題があることを明かした。

 このことは、AMDの日本でのプレゼンスが、特に2009年に一時的に下がったことが大きく影響していると言える。2009年、AMDは自作PC市場ではそれなりのマーケットシェアを獲得していたものの、OEMメーカー向けはデザインウィンが少なく、同社がワールドワイドで得ているシェア(20%前後)に比べて数分の1程度のシェアしかとれていない時期があった。OEMメーカーの製品に搭載されている数が減ると、小売店の店頭にVisionのロゴが飾られる機会は当然減ることになる。

 デッソー氏は「まずはブランド認知度を上げることが大事で、それにはこれからも取り組んでいきたい。そしてそれと同じぐらい大事なことは、一般消費者がよく知っているPCブランドに搭載されることを目指したい。日本には強力なブランドを持つローカルOEMベンダーがあり、それらの製品に搭載されることが近道になる。今年、ソニーのYシリーズにEシリーズが搭載されるなどの成果も出ており、今後もそうした働きかけを強めていきたい」と決意のほどを語った。

●ARMプロセッサビジネスへの参入は否定せず

 このほかデッソー氏は、製品計画についても語ってくれた。AMDは6月上旬に行なわれたE3の会場において、同社がこれまで「Zanbezi」(ザンベジ)の開発コードネームで呼んできた「Bulldozer」コアのCPUを「FX」というブランド名で投入することを明らかにした。このFXをゲーミングノートブックPC向けに投入する計画はないのかと聞いたところ「現時点ではその計画はない。ノートブックPCではAPUに集中して製品展開していく。ゲーミングノートブックPC向けにはAPU+単体GPUが有効だと考えている」とのことだった。

 また、AMDはCOMPUTEX TAIPEIにおいて、「Z」シリーズというTDPが5.7WのAPUをタブレット市場向けに投入することを発表した。このZシリーズは、AMDとしてはタブレットというよりは、ウルトラポータブル向けという位置づけで考えている。デッソー氏は「タブレットと薄型のクラムシェルとの差は小さい。いずれもファンレスで薄型という意味では同じウルトラポータブルに括れるが、Zシリーズはこの市場向けの製品という位置づけになる」と説明する。なお、現時点ではAMDはWindowsでのサポートにフォーカスしており、現時点ではx86版Androidはサポートしていないとのことだったが、将来的な可能性はあるという。

 さて、業界の注目はすでに、来年リリースされるWindows 8へと向かっている。Windows 8では、x86プロセッサだけでなく、ARMプロセッサもサポートされることになるため、OEMメーカーはどのようなプロセッサを選択すればいいのか大いに悩んでいる。Windows 8におけるAMDのポジションについてデッソー氏は「Windows 8世代では、HTML5や3D、HDなどビジュアルコンピューティングが差別化のポイントになる。弊社はこれらを提供することができると考えている」とAMDのAPUがWindows 8に適した製品であるとアピールした。主戦場になると考えられているタブレットや薄型クラムシェルの市場でもZシリーズにより、十分戦えるとした。

 なお、今回のAFDSの基調講演には、ARMアーキテクチャの開発をしているARMフェロー兼メディアプロセッシング部門担当副社長のジェム・デービス氏が招待され、ARMのGPU戦略についての講演を行なっていたため、ARMとAMDの間で何らかの提携に関する発表があると推測する向きもあったが、今回は純粋に技術的な講演で、そうしたビジネス的な発表は何もなかった。

 AMDがARMプロセッサビジネスに参入する可能性があるのだろうかという質問に対してデッソー氏は「当面はx86ビジネスに集中していく。今年出荷されるタブレットは多く見積もって1,500万台。2012~13年に1億台になる可能性はあるが、その時点でPCは4億台の出荷が見込まれているからだ。ただ、もしどこかのタイミングでクロスオーバーがあるのだとすれば、その時には我々も正しい製品を投入するだろう」と述べ、現時点ではx86ビジネスに集中するという姿勢は維持したものの、将来の可能性に関しては否定しなかった。

(2011年 6月 17日)

[Reported by 笠原 一輝]