IT部材を中心とした、東日本大震災による被害と復旧状況。なお、半導体:超純過酸化水素のシェアは全世界シェアではなく、国内シェア |
IDC Japan株式会社は14日、東日本大震災による半導体や電子部材への影響、今後の復旧見通し、生産インパクトの程度などを調査し、発表した。
今回の調査は、震災の影響を受けたと見られる50社以上をピックアップし、48素材について、68事業所を調査対象に、対面による聞き取り調査、電話調査などを実施した。
通常、同社ではIT関連機器やサービスの調査を行なっているが、同社のリサーチバイスプレジデントの中村智明氏は、「今回は普段は手掛けていない自動車、電車といった製品を含めて、原材料、部品がどういった被害状況にあり、2011年の市場にどのような影響を及ぼすのか、調査する必要があると考え、普段の調査とは異なる内容の調査を進めた」と特別な調査となったことを説明した。
今回の調査のポイントは、以下の3点。
(1)半導体産業では短期的なLSI供給不足が生じる。2011年のウェハ生産高は10%減少が予測される。
(2)SoC(System-On-a-Chip)の供給不足により自動車など一部の産業で一時的な操業停止が避けられない。2011年の自動車向けSoCの生産高は14%の減少が見込まれる。
(3)半導体の洗浄に使用される超純過酸化水素の国内生産高は2011年に14%の減少が予測される。
詳細については、PCやスマートフォンを担当するシニアマーケットアナリストの木村融人氏が、半導体のウェハ、NAND、ディスプレイなどの調査を担当した。
まず、震災の被害を受けている場合にも、採用している部材の被害を受けているか、いないか。生産を行なう工場が被害を受けているか、いないかという観点から、大きく4つのフェーズに分類できると言及した。
「同じ半導体でも、ルネサス エレクトロニクスは、生産工場が被害を受けている上、部材であるウェハを供給するベンダーが被災しており、ダブルで影響を受けていることになる。それに対し、ナショナルセミコンダクターは、部材を供給するベンダーの工場は被災しているものの、生産工場自体は被災していない。当然、部材、工場の両方が被災している企業の方が影響は大きいことになる」。
IDC Japan株式会社 PC、携帯端末&クライアントソリューション シニアマーケットアナリスト 木村融人氏 | ルネサス エレクトロニクスの前工程における復旧状況 |
リスクの大きさについても、部品点数が多い製品の方が震災の影響が大きくなるためリスクが大きく、部品点数が少ない製品が、リスクは小さくなる。
また、復旧期間についても、半導体のように生産にかかる時間が長いものと、完成品部品のように工場復旧後すぐに供給が再開できるものとでは大きな違いがある。
このような見地から、ウェハについては、SUMCOは復旧まで11週から15週間、信越半導体とMEMCは、14週から20週間は復旧まで時間がかかるとした。ただし、SUMCOは、山形工場は被災しているものの、九州工場での代替え生産を実施することで復旧が可能で、7月以降は九州工場での生産が可能となる見通しで、生産高インパクトはマイナスではなく、むしろプラス2%に転じるとの予測となっている。
ウェハの供給によって、DRAMなどメモリ生産もポジティブに改善する見通しで、NANDフラッシュを生産する東芝セミコンダクターの生産高インパクトは、マイナス5%だが、「ここ1日、2日の様子を見るとこの数値をプラス1%から2%程度に見直すことができる」と改善の方向性が見えてきているという。
また、メモリについては、PCに加え、スマートフォン、タブレット型端末などの登場により需要が増加した一方で、少し多めに注文するメーカーが多かったことから、市場に在庫が潤沢に存在する。そのため、「ストックがバッファとなり、思ったほど深刻な品不足とはならないという見方もできる。その一方で、ワールドワイドで数%の生産数減少はそれなりに大きな額となるため、楽観視していては危険な部分もある」という見方を示している。
ディスプレイについては、(1)スマートフォン用中小型液晶そのものの生産工場の被災、(2)部品ベンダー工場の被災、(3)組み合わせ部材ベンダー工場の被災という3つの側面があるものの、東芝ディスプレイ、旭硝子などは一時的には生産が止まるものの、通年では1、2%程度のマイナスに留まるのではないかという見通しだという。
「これらの部材以外の化学、金属部材が全くないという声もあるが、これらの部材は代替えがききやすいため、製品がない状況が3~4カ月続くとは考えにくい。ただ、その一方でバリューチェーンが複雑化しているため、端末メーカー側でも部品の供給がいつ頃から回復すると明確に答えが出せなくなっている現状も明らかになった」(木村氏)。
水晶については、震災当初は悲観的な声が多かったものの、前工程の炉の部分で復旧見通しが立ったことから、生産復活の見通しも立ち、小さいインパクトにとどまる見通しという。
バッテリについては、すでに一部生産が再開し、「2~3カ月スパンで見れば、好転していく」という見方を示している。
IT、ハイテク製品以外の部材については、中村氏が次のように説明した。
「電車に使われている直流モーターについては、工場に立ち入ることができず、復旧に全く手が着いていない状況。ただし、鉄道会社は通常は6カ月分の保守部品を持っているものなので、半年の間に他工場への生産移管を行なうことで問題を回避できる見通し。ウェハ洗浄および製紙工場で紙の洗浄に利用する超純過酸化水素については、日本でのシェア60%を占める三菱ガス化学の工場が被災し、インパクトが大きいものの、同社以外の企業が増産体制に入っている。過酸化水素は劇薬で、国外からの輸入が難しいため、国内での生産が必須となるが、三菱ガス化学以外の企業の工場は被災地以外にあるため、工場が復旧する3カ月から4カ月の間はなんとか凌ぐことができるのではないか」とした。
また、ルネサス エレクトロニクスの復旧状況を例にとって、「一番影響を受けているのは、8インチ、12インチのウェハ工場。実は被災による影響はそれほど大きくなかったものの、計画停電による影響を大きく受けている。半導体の前工程は、生産までの足が長く、その間に停電があることで大きな影響を受けることになる。同社の影響を一番大きく受けているのが、自動車メーカー向けカーナビゲーションシステム。携帯電話用部品、自動車用でも比較的簡単なものは他工場に製造委託を進め、おおよそ全生産量の50%は他工場での生産目処が立っている。しかし、高品質な生産体制が求められる自動車用部材については生産委託ができないため、ルネサス側で個々に話し合いを進めているようだ。すでに自動車メーカーは後付けできるカーナビは後で搭載することを前提に出荷している」と説明した。
紙と共に震災の影響を受けているインク溶剤については、復興に1年程度かかる見通しであることから、「すでに使用したインク溶剤をリサイクル利用するために、大手リサイクルメーカーへの問い合わせが増加していると聞いている。代替え品の利用についても模索が行なわれているようだ」という。
中村氏はこうした見通しについて、「全て計画停電が中止になったという前提での調査となっている。夏の最盛期になっても電力がまかなえると考えた上での見通しとなるため、この点が遵守されることが重要」と電力供給体制が安定化していくことの重要性を強調した。
インク溶剤の東日本大震災における影響 | 夏の電力ピーク時における提言 |
その上で、「全体のサプライチェーンが線ではなく、面となって落ち着くまでには数カ月かかる。LSIについてはここ数日の状況を見ると、短期的な供給不足が起こるものの、自動車向けを例外として、我々の当初見通しの10~20%減よりは落ち込みは抑えられるのではないか。特定の化学薬品については、復興まで数カ月かかり、代替え品の利用や工場のシフトが進む」と言及した。
日本のハイテク部材のワールドワイドのシェアについては、「旭硝子のiPhone用平面、平坦ガラスのように特許をとってしまっているものは、代替えがきかないが、知財がないものについては品質よりも供給量が優先されて、海外ベンダー製品に置き換わり、シェアが低下する可能性はある。それがどの程度かについては、各製品メーカーの判断となる」(中村氏)と説明した。
なお、IDC Japanでは、今後PCやサーバーなどIT機器の震災への影響についても調査発表を行なう予定としている。
(2011年 4月 14日)
[Reported by 三浦 優子]