会の冒頭では総務省情報流通行政局情報流通振興課の安藤英作課長が来賓として挨拶し、EPUB3への期待を語った |
日本電子出版協会(JEPA)の主催による「EPUB成果報告会」が22日、開催された。電子書籍のフォーマットであるEPUB3の日本語拡張仕様の策定について、同協会のこれまでの活動の成果を報告するとともに、各分野におけるEPUB3の具体的な活用例を紹介するという2本立ての構成で進められた。11日の東日本大震災の余波が残る中、約300人の参加者が詰めかけるなど、EPUB3に対する注目度の高さを伺わせる会となった。本稿では、その内容についてレポートする。
なお今回の報告会は、EPUB3の細かい仕様について初歩から解説するといった内容ではなく、2010年11月の「EPUB日本語拡張仕様セミナー」などを通じ、EPUB3の置かれた現状をある程度把握している関係者を対象として行なわれた。詳細については当該記事を別途参照いただきたい。
報告会の冒頭では、日本電子出版協会の副会長であるイーストの下川和男氏より、EPUB日本語拡張仕様策定プロジェクト概要説明と称し、今日に至るまでのEPUBへの取り組みが説明された。
日本から声を上げなければEPUBに縦書き表示が含まれなくなるとの危惧から、2009年11月にJEPA内でEPUB研究会が発足。XML1.0の策定メンバーの1人である村田真氏を策定責任者に迎えて活動を開始し、翌2010年2月には14項目の要求仕様を策定。その後、総務省、経産省、文科省の3省合同懇談会などを経て2010年11月に総務省の「新ICT利活用サービス創出支援事業」(電子出版の環境整備)が採択され、さらにEPUB日本語拡張推進委員会が組織されるに至った経緯が説明された。
これらの説明は2010年11月に開催された「EPUB日本語拡張仕様セミナー」の内容を踏襲しており、さながら日本におけるEPUBの歴史といった体だが、今回はさらに2011年に入ってからの動きとして、WebKitでの縦書き表示が実現したことや、同協会が行なった説明会やセミナーの実績が紹介された。
下川氏は「EPUBでは横書きを縦書きにしたが、縦の関係はむしろ横、フラットにしたい」と、EPUBがオープンな存在を目指していることを強調。EPUBのビジネス的な特徴の2つとして、データ形式と配信ビジネスの分離、さらに世界に配信できる点を紹介し、先日公開されたEPUBのポータルサイト「epubcafe」を通じてこれからも情報を提供していきたいとした。
日本電子出版協会 下川和男氏 | EPUB日本語拡張仕様策定プロジェクトにより、世界の読書端末やブラウザで日本語表示が可能になりつつある現状が紹介された |
●EPUB3では日本語サポートが別仕様ではなく本体に組み込まれていることが大きなポイント
続いて、IDPF EPUB WG EGLS(Enhanced Global Language Support)サブグループのコーディネータで、EPUBへの縦書き実装の牽引役となっている村田真氏が登壇。EPUB3を通じた国際標準についての説明が行なわれた。
EPUBの構造と縦書き導入に至る歴史について紹介したのち、これまでの取り組みの成果として村田氏が強調したのは、EPUB3では縦書きや見開きといった日本語サポートが別仕様ではなく、本体に組み込まれたこと。別仕様であればそれはサポートが不要であることを意味しており、日本語書籍サポートがEPUB3本体に組み込まれたことで「Webと電子書籍の国際的な仕様に実質的な影響を与え、ある程度の敬意を勝ち得たと考えている」とした。
その一方で「EPUB3はまだ完成していない」と村田氏は語る。今後への課題として、積み残した課題をクリアするのはもちろんのこと、「マンガに関して打って出るならば、EPUBのマンガ対応のサブセットを作るか否かを真面目に検討する必要がある」と、さらに広い視野でEPUB3の完成度を高めることを訴えた。
●構造チェックツール「epubcheck」および「CSS janus」の日本語対応も進む
続いてイースト株式会社の加藤一由樹氏が解説したのは「epubcheck」と「CSS Janus」という2つのツール。前者はその名の通りEPUBの構造をチェックするためのツールであり、iBookstoreに出稿する際に必須とされるものだ。具体的な項目としては、Zipコンテナの整合性チェック、OCF(OEBPS Container Format)に必須とされるファイルのチェック、OPF(Open Packaging Format)のチェック、XHTML/DTBook/NCXのスキーマチェック、参照される画像ファイルのイメージタイプおよび存在のチェックといった内容だが、CSSについてのチェック項目は含まれていない。これに対して、CSSファイルのチェックを行なうのが「CSS janus」だが、こちらは縦書き対応が未実装の状況にある。
上記2つのツールに対して、加藤氏はCSS Validatorとの連携や出力メッセージの国際化、さらに縦書き対応への機能拡張など、日本語ならびにEPUB3に基づいた対応を進めることで、EPUBファイル作成時に活用されることを推進していきたいと語った。
●縦書き表示のためのテストデータやサンプルドキュメントの整備も進行中
続いて登壇したのはイーストの押山隆氏。押山氏は、EPUBビューワ開発者向けのテストデータである「epub-conform」についての説明を行った。EPUB対応のビューワを開発する際、正しく記述されたEPUBのサンプルがなければ、ビューワが正しく表示できているかをチェックすることは難しい。epub-conformはそのサンプルとなる開発者向けテストデータであり、イーストが作成し、IDPF管理のリポジトリで配布されている。
このほか、表示チェックに利用できるサンプルドキュメントとしては、村田真氏の説明でも用いられた「草枕」のファイルのほか、繁体字のサンプルドキュメントが「epubcafe」で配布されるなどしており、「epub-conform」と合わせて自由にダウンロードして活用してほしいとした。
イースト株式会社 押山隆氏 | 「epub-conform」の例。表示結果と期待される結果が並んでおり、表示エラーのチェックが容易 | こちらも「epub-conform」の例。記号のほかハングルなどの文字も見える |
●実装者向けガイドラインと制作者向けチュートリアルの紹介
前半の最後に登壇したのはイーストの高瀬拓史氏。同氏からは「EPUB3ソフトウェア実装者向けガイドラインおよびEPUB3コンテンツ制作者向けチュートリアル解説」と称し、EPUB3をさらに多くの人に利用してもらうための取り組みが紹介された。
具体的な取り組みとして紹介されたのは2つ。1つはソフトウェア実装者向けのガイドラインで、これは日本語圏以外のソフトウェア開発者であっても、日本語のEPUB3ファイルが正しく表示できるソフトウェアが作成できるよう、その指針をまとめたものだ。
もう1つ、コンテンツ制作者向けのチュートリアルについても言及された。これは書籍作成を前提にEPUB3の作成方法をまとめたもので、縦書き対応の方法、外字の取り扱い方法などが説明されている。
これらは同社の運営するEPUBのポータルサイト「epubcafe」にて公開予定とされており、無償で利用できる。同氏は今後も利用者からの声を取り入れながらアップデートを継続していきたいとし、EPUB3普及に向けての意欲を語った。
【お詫びと訂正】初出時に「公開」と記載しましたが、現時点ではまだ公開されておりませんでした。お詫びして訂正させていただきます。
イースト株式会社 高瀬拓史氏 | 実装者向けガイドラインと、制作者向けチュートリアルが用意される。いずれもイースト社が作成したもの |
●さまざまなジャンルでEPUBを用いた取り組みが進行中
後半では、EPUB3のジャンル別ソリューション解説として、書籍以外の各分野におけるEPUB3の具体的な活用例、その上で判明しつつある現状での問題点について、各分野の第一人者による報告が行なわれた。
○EPUBコミック(漫画)
現在のデジタルマンガを取り巻く状況について、フリーライターの小形克宏氏が登壇して説明した。スキャンレーションによる海賊版が跋扈する現在のデジタルマンガ界の状況は、iTunes Music Storeが始まる以前の楽曲の状況に酷似しており、公式配信が広まれば違法ダウンロードサイトを駆逐できる可能性があると指摘。そのためには顧客にアピールできるフォーマットが必要であるとし、スタイルシートの切り替えによる多言語対応や、コマ単位でのリフローを実現可能なEPUB3の普及が欠かせないとした。
フリーライターの小形克宏氏 | デジタルマンガの配信フォーマットの比較。PDFとEPUB3のみ、すべての項目に丸がついている |
CSS切り替えによる多言語対応の例。吹き出し内のセリフがワンクリックで別の言語に置き換わる | 同じくCSS切り替えによる可変レイアウトの例。デバイスの表示幅に合わせてコマ単位でのリフローを実現する |
続いてイースト高瀬氏により、EPUB3フォーマットで作成した漫画の表示デモンストレーションが行なわれた。吹き出し内のテキストがCSSの切り替えによって瞬時に別言語に切り替わる様子や、可変レイアウトの挙動について実操作を交えながら説明が行なわれ、デジタルマンガの配信フォーマットとして現在普及しているPDFとの相違点をアピールした。
【動画】WebKitを用いたデモの様子。吹き出し内のセリフが画像から独立してソース内に書かれており、英語に切り替えることができる。このほかテキスト読み上げ、可変レイアウトのデモも行なわれている |
○EPUBマガジン(雑誌)
日本の雑誌で初めてAmazon Kindleに対応したことで知られる電子雑誌「OnDeck」を発行するインプレスR&D OnDeck編集部の福浦一広氏が登壇。OnDeckの編集経験を通じて得られた、EPUB3で雑誌を刊行するにあたってのメリットやデメリット、注意点について説明を行なった。
福浦氏は、現行のPDFと比較した場合のEPUBフォーマットのメリットとして、リフロー対応であるため小さなディスプレイでも読みやすい反面、複雑なレイアウトの再現性に乏しいほか、OSごとに基準となるビューアを定めにくいことが問題点であると指摘。中でもPC向けのEPUBビューアについて満足に表示できる製品がいまだ存在しないことが致命的であるとした。また、多くの雑誌が広告収入によって成り立っている中、リフロー型フォーマットにおいては広告表現が確立されていない点も、今後の普及に向けての大きな課題であるとした。
インプレスR&D OnDeck編集部 福浦一広氏 | 「OnDeck」の画面。EPUB3では可変レイアウトが可能で、文字サイズの変更にも対応するが、それゆえ意図しない表示も多く発生し、読者からのクレームが寄せられるケースもあるという |
○EPUB教科書・教材
デジタル教科書・教材におけるEPUB3の活用について、イースト柳明生氏から報告が行なわれた。韓国では2012年から教科書のデジタル化が義務づけられているほか、イギリスでは教科書を章ごとに販売するような試みもなされている。日本でもICT懇談会「学校教育の情報化について」などでデジタル教科書の要件が検討されるなどしているが、現状はFlashによるインタラクティブ性の高いコンテンツの販売が中心で、先の懇談会でもいまだ具体的な議論にまで踏み込めていないと柳氏は背景を述べる。
そんな中、EPUB版国語教科書のサンプルによる検証の結果、特定の箇所を開かせる時にページを指定しづらいという問題や、章ごとに販売することを想定してEPUBファイルを作成することが必要であるなど、現場からのヒアリングを通じて得られた複数の問題点が報告された。
イースト 柳明生氏 | 太宰治の「富嶽百景」を利用したサンプル教科書の例。EPUBを利用しつつ、現状の教科書のレイアウトに似せて作られている。クリックで注記にジャンプすることが可能 | 同じく画像の回り込みの例。キャプションは画像の右側に縦書きで表示されている |
○EPUBニュース(新聞)
続いて新聞のデジタル化について、イースト下川氏より紹介が行なわれた。新聞については、産経新聞や日本経済新聞のようにiPhone/iPad用のアプリやブラウザ上で見られるソリューションが先行しており、EPUBにとってのライバルはPDFよりもむしろHTMLになると指摘。先行事例として、HTML5を用いて作成されているNew York Timesが紹介された。
また新聞社との意見交換の結果、算用数字の多用もあってHTML上では横書きが定着しつつあるため、縦書きが否定される方向に進みつつあることを紹介。縦書き段組みの電子新聞が登場する可能性は低いとし、むしろ索引やジャンル別のトップページなどの見せ方に注力し、情報を効果的に見せていくことが望ましいと語った。
HTML5で作成されているNew York Timesの例。「EPUBは改ページ、HTMLはスクロールと言われるが、これはHTMLで改ページを実現している」(下川氏) | EPUBニュースにおける効果的な画面遷移の例。これらのフローは後述のEPUB実用書とも共通する |
○EPUBドキュメント
従業員マニュアルやビジネス文書といったオフィス内のドキュメントのデジタル化の現状について、Publickeyの新野淳一氏が登壇して紹介。Word やExcel、PowerPointで作成されることが多いビジネス文書においては、それらをベースにPDFを生成することが一般化しているほか、ハイエンドなマニュアルになるとInDesignなどのオーサリングツールで作成されることが多いため、EPUB3を積極的にビジネス文書に使うための具体的な取り組みには至っていないとし、この日はEPUB変換のためのいくつかのツールの紹介を行なうにとどまった。
このほか参考事例の1つとして、ドキュメント制作のためのアーキテクチャの1つであるDITA(Darwin Information Typing Architecture)の活用例についても紹介した。
Publickey 新野淳一氏 | DITAの模式図。商業ベースでのマニュアル作成に用いられるツールだが、EPUB3に出力するためのプラグインも登場している |
○EPUB実用書
実用書とは、小説や文芸書のように先頭から読んでいくのではなく、事典類のように目的の箇所だけを拾い読みする書籍を指す。これらのジャンルにおける現状と動向について、Publickey新野氏より説明が行なわれた。
実用書の中でも大型の事典については電子辞書デバイスに組み込まれている例があるほか、「現代用語の基礎知識」や「家庭の医学」といった一部コンテンツについては、Webサイトや各種ポータルサイトで公開されるといった具合に、EPUB以前から独自の形でデジタル化が推し進められている。
そのような中、EPUBに代表される電子出版への期待として、さまざまな切り口での拾い読みが可能になる点や、書籍のアップデートに対応できる点などを新野氏は挙げた。一方、技術的な課題としては、自由度が高いが故の索引ページの統一性のなさ、検索時の語句の揺らぎ処理、書籍をアップデートした場合の栞の無効化などの問題点もあわせて提示された。
実用書や事典における電子出版では、できあがった部分から販売を開始して残りの部分を後日追加できるといったメリットがあるが、アップデート後に栞が維持しづらいなどのデメリットも | 自由電子出版 長谷川秀記氏により、「JEPA 電子出版クロニクル」のEPUB版を使った複数目次からの拾い読みのデモも行なわれた |
このほか、各種文書フォーマットをEPUBに変換できるツールやオンラインサービスの紹介や、シニア層に電子書籍を訴求するための研究結果、TTS(音声読み上げ)によるアクセシビリティの向上、DAISYとの連携など、各分野の第一人者による発表が行なわれた。いずれも現行のEPUBの仕様をもとにした具体的なアウトプットの例であり、分野ごとの差はあるものの、いよいよEPUBが実用レベルに入ってきたことを感じさせる発表内容であった。
EPUB3仕様制定まであと2カ月を切ったが、日進月歩と言える進捗について、同協会では今後もポータルサイトである「epubcafe」を通じての情報発信を行なっていくとのこと。この日の発表資料についても「epubcafe」のジャンル別ソリューションページで公開されているので、内容をより深く把握したい方は、本稿と合わせてご覧いただきたい。
(2011年 3月 25日)
[Reported by 山口 真弘]