セミナーに先立ち、総務省の情報流通行政局情報流通振興課統括補佐の松田昇剛氏が登壇。先に行なわれた行政刷新会議による「事業仕分け」の結果、総務省としても電子書籍が推進できるようになったとし、EPUB日本語仕様の策定により世界中のデバイスで日本語表現が実装されるよう、積極的な取り組みが進められることを期待しているとした |
日本電子出版協会(JEPA)の主催による「EPUB日本語拡張仕様セミナー」が、国立情報学研究所の一橋記念講堂で22日、行なわれた。
電子書籍のフォーマットの事実上の国際標準といえるEPUBの日本語対応について、総務省の「新ICT利活用サービス創出支援事業」(電子出版の環境整備)の1つに採択されている「EPUB日本語拡張仕様策定」。このセミナーでは、その代表提案者であるイースト、共同提案者である一般社団法人日本電子出版協会(JEPA)、アンテナハウスの構成メンバーからの現状報告が聞けるとあって、500名が収容できる会場はほぼ満員となるなど、EPUBの日本語対応への関心の高さを証明するものとなった。
本セミナーでは7名のパネラーが登壇し、各々の立場からEPUBの日本語対応に関する状況や問題点の説明、海外で行なわれたイベントの報告などが行なわれた。以下、印象に残った発表内容をご報告する。
日本電子出版協会 副会長 下川和男氏 |
冒頭では「EPUB日本語拡張プロジェクトの概要」と題し、日本電子出版協会の副会長で、イースト株式会社代表取締役社長の下川和男氏から説明があった。下川氏は、EPUB日本語拡張プロジェクトの目的は「横のものを縦にするという、ごくシンプルなものだ」とし、EPUBの歴史と今回のプロジェクトの背景について説明。世界で縦書きを用いている国は日本のほかは台湾、モンゴルの一部に限られており、日本が声を上げることによって、世界中の電子書籍リーダーに縦書きのほか、ルビなどが利用できる日本語組版を実装することを目指しているとした。
下川氏は、オープンソースのレンダリングエンジンである「WebKit」に、縦書きをはじめとする日本語組版の仕組みを実装させることが大きなポイントであると語る。Appleの「Safari」やGoogleの「Google Chrome」が採用するWebKitが縦書きをサポートすることによって、個々の端末やブラウザなどに働きかけることなく、縦書きなどの日本語組版のサポートが一気に進むというわけだ。ここで下川氏が言及したWebKitでの縦書き表示のデモは、本セミナー最後でSafariによる実演も行なわれた。
このほか下川氏からは、今年2010年に600億円を超えるとされる国内電子書籍市場の中に、500億円規模とされる電子辞書デバイスの市場規模や、さらにカタログやパンフレット、法令や条例など変更部分だけを都度差し替える「加除式出版物」、マニュアル類などが含まれていないと指摘。これらの市場を含めると、電子書籍の市場はさらに大きなものになるとし、プロジェクトの意義を訴えた。
「横を縦にする」の例。あわせてルビや禁則処理の例が示されている | WebKitへの対応に注力することによって、「Safari」や「Google Chrome」での縦書き対応が進むとしている |
●W3C初の多言語Task Forceの開催に至る道のり
W3C Japanese Layout Task Force議長 小林龍生氏 |
続いて登壇したのは、W3C Japanese Layout Task Forceの議長である小林龍生氏。EPUBはW3Cの標準規格を「いいとこ取り」する形で成り立っているが、2011年に登場する「EPUB3」に含まれる日本語拡張仕様は難産と言えるもので、小林氏からは日本語組版に関してこれまでW3Cに働きかけてきた内容について説明があった。
2005年にIUCで行なわれたCSSの多言語対応におけるプレゼンテーションの中で、日本語組版の情報がほとんどないまま規格の策定が進められようとしていることが判明。その後、印刷技術協会(JAGAT)の全面協力も得ながら縦書きスタイルシート作業部会を立ち上げ、W3C初となる多言語Task Forceの開催にこぎつけるまでの過程が紹介された。
具体的な苦労として、例えば全角スペースと半角スペースの使い分けなど、日本語特有の問題について「日本語が分からないスタッフに対し、喧嘩腰で」説明を行なった様子を振り返った。
IDPF EPUB Working Group 書記官 Bill McCoy氏 |
IDPF(Internetional Digital Publishing Forum)のボードメンバーでEPUBワーキンググループの書記官であるBill McCoy氏は、IDPFの紹介に引き続き、2011年5月に承認予定である「EPUB3」の特徴に関する説明を行なった。
IDPFは2001年の設立当時は「Open eBook Forum」と呼ばれていた団体で、世界25カ国から175以上の出版社、NPO、ハード、ソフト、サービス事業者などが参加している。EPUBの規格制定および管理を行なっている団体でもあり、今回のEPUB3の策定においても中心的役割を担っている。
EPUBが各社に採用されるまでの流れ。OEBPSがEPUBに改称された2007年以降、各社がEPUBをサポートしていく様子がまとめられている。McCoy氏はその中でも2009年のGoogleの採用、そして2010年のApple(iBooks)の採用がターニングポイントだったと語る |
1997年に開発が開始され、2007年に現在の名称に改められたEPUBは、2011年5月に最新のバージョンとなるEPUB3が登場する。このEPUB3は、アジア言語ベース・コンテンツへの適応性が拡大されているほか、HTML5との連携強化などが特徴とされる。日本語に関係したところでは、縦書き・ルビ・圏点のサポート、さらにトップレベルSVGを通じてマンガなどで用いられる見開き指定もサポートされる見込みだ。アクセシビリティの改善に関連して、視覚障碍者などを対象とした規格であるDAISYとの仕様統合が図られることについても説明があった。
EPUBの普及を物語るエピソードとして、独自フォーマットであるAZW形式を採用しているAmazon.comについても、出版社からデータを受領する際はEPUB形式であり、AmazonはそれをAZW形式に変換して販売しているという興味深い裏話が明かされた。
またMcCoy氏はEPUBが速いスピードで進化しているものの、本当に大切なのはコンテンツやユーザ体験であり、EPUB3は決してそれを支配しようとはしていないことを強調し、発表を締めくくった。
アンテナハウス株式会社 石井宏治氏 |
W3CのCSSワーキンググループで縦書き仕様の策定を主導しているアンテナハウス石井氏からは、CSSにおける日本語組版の実装における具体的な問題点について説明が行なわれた。
CSS3では機能ごとにモジュールが分割されており、それぞれにレベルが規定される。具体的には、Selectors Level 4、Text Level 3、Fonts Level 3といった具合で、それぞれについてレベルを上げていくという方向で進められているが、日本語組版に関してはさまざまな問題があり棚上げになっている場合も多いという。
具体的な例として、CSSで用いられる「text-align:left」というプロパティは、横書きの場合はテキストを左に詰める形になるが、縦書きの場合はテキストを上に詰めることになり、矛盾が生じる例が紹介された。このほか、縦書きのテキストの中で数字を横に並べる、いわゆる「縦中横」などに関する問題点も紹介された。
こうしたCSSの日本語対応における数々の問題点について要望を集めている途中だが、フィードバックがあまりにも少なく、遅れがちであると述べる。同氏は議論はパブリックに行なわれており誰でも参加できるとし、ただ漠然と勧告化を待っているとなくなってしまう可能性があるとした上で、積極的にメーリングリストなどでのフィードバックを行なうよう呼びかけた。
「text-align:left」における表示の違いの例。横書きでは文頭に向かって詰めるという意味だが、縦書きだと二通りの解釈が生じる。同様に「margin-left」などの問題点も示された | 縦書きのテキストの中で数字を横に並べる、いわゆる「縦中横」も課題の1つ |
●「あと数カ月すれば縦書きできるブラウザのほうがメジャーになる」
最後に登壇したのは、日本電子出版協会の技術主任であり、IDPFのEPUB WG/EGLS SGコーディネータなどを務める村田真氏。村田氏はEPUBの国際規格化と実装状況についてこれまでの経緯を振り返ったのち、初公開となる「Nightly Builds」のデモを行なった。これは冒頭の下川氏の説明にあったWebKitによる縦書き表示のデモで、Safari上で縦書きおよびルビのある日本語を表示するというもの。
村田氏はデモを通じて、青空文庫で提供されているxmlファイルがWebKitベースのブラウザで読めるようになるのは時間の問題であると明言。その上で「あと数カ月すれば縦書きが表示できるブラウザがメジャーになり、そうでないものがむしろマイナーになる」と見通しを語った。
日本電子出版協会 技術主任 村田真氏 | 「Nightly Builds」によるSafari上での日本語組版のデモ。縦書き、ルビ、圏点などが表示されている |
●フィードバックへの参加を強く訴える
質疑応答では、DAISYの話題から機械翻訳についてまで、参加者の層の幅広さを感じさせる質問が飛び交った |
今回のセミナーは、EPUBの日本語対応に関する現状報告会であると同時に、登壇したパネラーからは、自分たちの活動が傍観されるだけの傾向が強いとし、フィードバックへの参加の訴えが強くなされたのが印象的だった。パネラーの1人が最後の質疑応答で「(仕様について)不満があるなら言えよこの野郎、ということです」と語ったのは、それを象徴するものだったと言える。
2011年5月のEPUB3の公開に向けて急ピッチで作業が進む一方、CSSルビの実装などまだまだ課題も多い。電子書籍を取り巻く1人1人が、こうした仕様策定に参加するという意識を持つことが大事であると強く感じさせられた今回のセミナーだった。なお、3月までに同様のセミナーが再び開催されるとのことなので、引き続きレポートしていく。
(2010年 11月 24日)
[Reported by 山口 真弘]