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「シン・ゴジラ」。編集は庵野監督の製作スタイルを考慮してPremiere Proを活用
2016年9月2日 18:27
日本の映画制作現場では、編集作業にAvidの「Media Composer」が標準的に利用されている。そんな中、現在大ヒット上映中の「シン・ゴジラ」のVFX(特撮視覚効果)シーンにおける編集ではアドビの「Premiere Pro CC」が採用された。当初、周辺からは「(Premiereを使うなんて)アホか!?」と言われながらも、同作品のVFX編集を行なった株式会社TMA1取締役の佐藤敦紀氏は、同ソフトを使うことで、非常に短い期間での作業をやってのけ、庵野秀明監督にも「これで十分でしたね」と言わしめた。そんなエピソードが9月2日に開催された「Adobe MAX Japan 2016」で明かされた。
VFXは4台のMacとPremiere Proで処理
佐藤氏は、イマジカ特撮映像部を経てVFXスーパーバイザー兼映画予告編ディレクターになった人物。これまで手がけた作品(予告編)は、「パルプ・フィクション」、「マトリックス」、「るろうに剣心」、「進撃の巨人(アニメ)」など。VFX作品としては、「アヴァロン」、「CUTIE HONEYキューティーハニー」、「イノセンス」、「進撃の巨人 前編・後編」などに携わってきた。
佐藤氏にシン・ゴジラ制作のオファーがあったのは2015年1月。撮影期間は2015年8月から10月で、公開は2016年夏とされていた。つまり、編集作業にかけられる時間は1年を切っている。佐藤氏にとっては、「考えられないくらい」短い期間だったという。
また、オファー当初から制作にあたっては、簡易バージョンの3D CGで事前に映像化する「プリビズ」が行なわれることが決まっていたが、この点と、監督がこだわりの強い庵野氏であることが、佐藤氏の“課題”だったという。佐藤氏はフレキシブルな編集現場が必要だと考え、(1)安定性・軽快な反応・使いやすさ、(2)ポストプロダクションとのコネクティング、(3)複数人が使うための協調性・経済性という3つの観点を考慮し、3年ほど前から個人的に利用していたPremiere Proをシン・ゴジラで採用することを決定した。
作業量が膨大であるため、佐藤氏が編集作業に利用するMac ProにRAID構成のストレージを接続し、室内LANで3人の助手がそれぞれのiMacおよびMac miniで接続する環境を構築した。それぞれのマシンにPremiere Proが入っており、RAIDストレージに入った素材を参照しながらシーン別に同時進行で作業を進める。このような環境は佐藤氏にとっても初挑戦だったが、テストを行なうと、帯域などの問題もなく、すんなりと導入できることが分かった。ただし、撮影現場から1日に24時間分以上の素材が来ることもあり、4人体制でも時間との闘いだった。
佐藤氏がPremiere Proを選んだのはそういった、分散作業やソフトの軽快さなどの理由からだが、さまざまな映像フォーマットを扱え、レンダリングなしでも再生できる“やんちゃ”な設計も、シン・ゴジラの制作には功を奏した。
と言うのも、この作品では、多くのシーンでiPhoneを使って撮影された映像が使われている。最初のワンカット目もその1つで、監督自身がiPhoneで撮影した。また、編集中にも、「ここに電柱の画が欲しいな」と言われ、スタッフが即席でiPhoneで撮影しに行くこともあったという。映画用カメラとiPhoneとでは、映像フォーマットが異なる。そういった状況でPremiere Proのやんちゃさが活躍した。
撮影にはiPhoneを含め、常時6~7台のカメラが使われた。シン・ゴジラでは、引きのカットが多い。また、庵野監督は、カメラごとの色補正(カラーグレーディング)を極力使わないよう指示した。佐藤氏は、「各TV局のカメラや個人がスマートフォンで撮影したものが入り乱れるように公開された3.11の影響も強かったのだろう。そういったドキュメンタリータッチを再現するために、こういった撮影手法を取り入れたのでは」と語った。とは言え、iPhoneで撮影した映像は、シネマカメラに雰囲気を近づけるために軽くグレーディングしてあるそうだが、その仕上がりは、佐藤氏も庵野監督も驚くほどの品質で、むしろiPhoneの方がリアリティがあることすらあったという。
編集がある程度進むと、佐藤氏は「白組」のVFX-Studioで最終作業を行なった。一方、VFXが絡まないシーンについては、庵野監督が「khara」で編集するという分散作業となった。ここでは、東宝の「PictureElementサーバー」に全ての素材を置き、それぞれのスタジオで編集された素材はPEサーバー経由で即座に同期される「PEクラウド」が活用された。これにより、事実上3カ所にバックアップが存在する形となっていたため、バックアップは意識せずに作業できた。佐藤氏によるとこのような編集環境はこれまでの邦画ではほとんど例がないという。
多くの点で異例づくしだったシン・ゴジラの制作作業だが、佐藤氏は、今回作った新しいシステム・環境が日本映画の新しい突破口となって、次に繋がればと話を締めくくった。
こだわりづくしの庵野流制作手法
今回の講演では、編集以前の作業についても語られたほか、講演後はプレス向けのラウンドテーブルも開かれた。以下では、そんな舞台裏についても紹介する。
前述の通り、本作品は事前にプレビズを制作しているが、その前に佐藤氏は「音声ライカ版ラッシュ」も作った。これは、最終ではない準備稿を使い、声優に全てのシーンを読み合わせてもらって編集した音声だけの素材。
これでおおよその流れを掴み、次に画コンテや、プレビス、また簡易撮影した映像をはめ込み、「プレビズ版ラッシュ」を作成。それを元に撮影に入った。
作品にもよるが、プレビズは映像は簡易版だが、カットやアングルなどは、最終映像にほぼそのまま適用されることも少なくない。しかし、そういった中、庵野監督は、カットごとに6~7台の全てのカメラで同時撮影し、そのアングルを全てまた変えて撮影していった。佐藤氏は「何のための画コンテや、プレビズだったんだろう(笑)」と笑いながらいぶかしんだ過去を振り返った。
また、撮影が終わると、各カットごとに全てのアングルの静止画サムネールをA4用紙に印刷。その中から、監督が気に入ったアングルを選択し、本番で使う素材を選んでいった。撮影量が膨大だったため、このサムネールの印刷も、厚さ数十cmになった。
そのほか、佐藤氏は、After Effectsを使った合成も一部行なった。官邸前のデモのシーンは、デモの写真素材を用意し、それを映像に合成したという。
今回の制作を振り返って佐藤氏は、月額5千円のソフトで数百万円のシステムに匹敵する作業ができる時代になったとコメントした。
ちなみに、シン・ゴジラでは、ゴジラの上陸、ニュースの放送などといった、劇中のあらゆるイベントの時間が綿密に決められていたのだという。それを元に矛盾のないよう、例えばニュース放送のテロップや時計など時間が映るシーンでは、合成部が時計を作成し、合成したのだという。