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生命らしさを見た目ではなく複雑さで表現「機械人間オルタ」、日本科学未来館で公開

機械人間オルタ(Alter)

 日本科学未来館は、大阪大学石黒研究室、東京大学池上研究室と共催で、7月30日(土)~8月6日(土)の期間、新作アンドロイド「機械人間オルタ(Alter)」を展示する。

 大阪大学石黒研究室による従来のアンドロイドは「見かけの人間らしさ」を追求していた。ストレートに人間らしさを追求していたと言える。それに対し新作の「機械人間オルタ(Alter)」は、見かけは機械そのままにして、「動きの複雑さ」と音や動きとの調和によって生命らしさや人間らしさがどこまで表現できるかに挑戦する機械人間。29日には一般公開に先立って記者発表会と、開発者によるパネルトークが開催された。

開発者の4人

CPGとニューラルネットワークによる複雑さによる生命らしさを追求

 オルタは42本の空気圧アクチュエータで動き、性別や年齢が不明な顔を持っている。皮膚の部分は極力省略した機械が剥き出しのため、大阪大学の石黒浩教授らはアンドロイドではなく「機械人間」と呼んでいるという。

機械人間オルタ
バストショット
側面
頭部側面
年齢不詳な顔を意識したという
各関節にCPGを割り当てて結合して動きを生成
【動画】オルタの動き

 特徴は、人間の脳や脊髄にもあるCPG(セントラル・パターン・ジェネレータ、周期的な信号生成器)と、ニューラルネットワークにを組み合わせたコンピュータ制御。ロボットのそれぞれの関節にCPGが割り当てられている。それぞれ周期的な信号、独自のリズムを生成しているそれらが互いに非線形にゆるく繋がることで、体の動きに応じてリズムが同調したり、壊れたりする。そのような身体の動きに伴う周期性リズムの破壊によって、カオスが創出する。CPGには、いくつもの長周期的な運動モードやカオス的な運動モードが埋め込まれていて、それらが聴衆の数や熱気、場の雰囲気に応じて自発的に選択され、反応する。

 さらに神経細胞のもっとも簡単なモデルの1つである「イジケビッチ型」の人工神経細胞を数百から数千結合させており、それが持つ自発的な揺らぎのパターンを動きの生成に組み込むことで、生命のような運動が生まれるようになっているという。

 展示期間中にも開発を進めることで、1週間の間に改良していく。8月6日には、再びパネルトークを行なう予定。「生命を感じさせるものとは何なのか」というのが本質的な疑問であり、「機械的な複雑さからも生命らしさは感じることができるのではないか。人と関わるロボットの本質を探る新たなロボットとなり得る」と石黒浩教授は述べた。人間にどういう影響を与えているから生命らしさが感じられるのかといったことも今後は掘り下げていきたいという。

大阪大学大学院 基礎工学研究科 教授(特別教授)、ATR 石黒浩特別研究所 所長(客員)石黒浩氏
東京大学大学院 総合文化研究科 池上高志教授

 東京大学大学院 総合文化研究科の池上高志教授は、動きの中に生命の本質はあり、材料にあるわけでないと語った。アンドロイドには、自分の内部情報に応じて反応する自発モードと、外界からの入力情報に反応する反応モードがある。脳は神経細胞のネットワークだ。神経細胞の活動をどのように模擬するかにはいろいろなモデルがあるが、イジケビッチ型では、ある閾値を超えると発火するという単純なニューロンモデル。発火頻度に応じてその量がロボットの運動量に変換される。神経細胞ネットワークの自発的発火の量を関節角度として与えるようになっている。それと、CPGの結合によるリズムの破壊によるカオスを組み合わせてロボットは動作する。

 これまでにも池上研では、IRセンサーを組み合わせて壁に埋めて、カオス的な発光をするというセンサーネットワークデバイスを作っていた。今回のアンドロイドには、光や音のほか、湿度なども組み合わせて、人数や「場の雰囲気」を捉える環境センサーとして用いて、入力して与えてやる。それによってアンドロイドを動かす。サンプリングレート自体も自発的に変動するという。

環境センサー
床面にあるのが環境センサー

生命らしさの由来は、見た目か、動きか

 パネルトークでは、ロボットの概要が再び紹介され、池上氏は「生命らしさは材質によらない」と強調した。石黒氏は「ロボットの良さは作って確かめる構成論的な手法がとれるところだ」と述べた。2人は互いに研究のアプローチは全く異なるものの、互いにいつか一緒に研究をしてみたいと思っていたという。石黒教授は「東大と大阪大学の初めてのコラボ。大阪大学がロボットを作り、東大が制御を担当した」と語った。池上氏は「人工生命は人工知能と違ってモチベーションを与えることができるもの。人工生命が先にあれば知性はあとからついてくるものだと考えている」と述べた。

 なお今回のロボットは、東京大学大学院 総合文化研究科の土井樹氏が動きの制御プログラムを担当している。大阪大学大学院 基礎工学研究科 助教の小川浩平氏が内部制御プログラムを担当している。土井氏は「オルタは何かに合わせて制御するのではなく、場の空気を感じてそれで動く。AだからB、BだからCというロボットではない」と述べた。大阪大学の小川氏は、アンドロイドと人の関わりを認知科学的視点から研究をしているという。一番生命っぽく見えるのはランダムだという。ランダムな動きの方が、例えばたまに目があったように感じる時に、人はそれをポジティブに評価してしまうからだ。

 石黒氏も若干の構造が入ったランダムが人の想像力を刺激して生々しくなるのではないかと述べた。池上氏は、ランダムにも階層があるのでそう単純には言えない、と語った。

東京大学大学院総合文化研究科の土井樹氏。
大阪大学大学院基礎工学研究科助教の小川浩平氏

 ロボットの製作は毎週のようにSkypeで議論を重ねて発表に至ったという。最初は、本当にめちゃくちゃな動きをしてみようという考えから始まったそうだ。動きの複雑さとなめらかさによって、生命らしさが実現でき、それを作り込みで作ることは大変だと小川氏は語った。池上氏は何もしてない時の脳活動のデフォルトモードネットワークをひいて、何もしていない時のロボットも何かしているべきだと述べた。石黒氏も「人間はその上によく構造化されたプログラムが載っている形。両方を組み合わせた研究がまだ欠けているのではないか」と続けた。

 石黒氏は「人間にとってもっとも人間らしいのは想像する力であり、足りない情報を想像でモデリングしている」と述べた。池上氏は「選ばれた運動は1つだが、見えなかった運動が背後にあって、それを感じさせることがこの研究のテーマだ」と語った。人間と人間の間でしかできなかった想像が、人間とロボットのあいだでできたら、「ちょっとぞくっとする」(石黒氏)という。

 土井氏は、「人間なら座っているだけでも生きていると分かるが、アンドロイドでその生きている感を出すのは難しい。それをどうやって出すかはまだ解決されていない。背後にある実現したかもしれない運動があるということをたたずまいの中に感じさせることが必要なのではないか」と述べた。小川氏は、「自分の中で相手の動きをモデル化してとらえさせるにはどうすればいいか。前後のストーリーとコンテキストをうまくあてはめる流れが重要なのではないか」と応じた。

 「オルタ」はボトムアップで生命らしさに迫る東京大学 池上研と、トップダウンで人間らしさに迫ってきた大阪大学 石黒研のコラボレーションだ。今後1週間の展示のあいだにも、動きを改良しながら研究を進めていく。どこまで進むのか、今後に期待する。