笠原一輝のユビキタス情報局

NVIDIA Tegraマーケティング部長に聞くTegraの今後



NVIDIA Tegraマーティング部長 マット・ウェブリング氏

 NVIDIAは先週スペイン バルセロナで行なわれたMWC(Mobile World Congress)において、クアッドコアSoC「Tegra 3」のスマートフォン版を発表し、富士通、LG Electronics、HTC、ZTEなどのOEMメーカーが搭載スマートフォンを発表したことを明らかにした。NVIDIAは昨年(2011年)、多くのAndroid 3.0搭載タブレットにTegra 2が搭載されたことを明らかにして、順調な立ち上がりを印象づけたが、今年(2012年)はスマートフォン版のTegra 3の発表を行なうことで、次のステップの成功を狙っている。

 そうしたNVIDIAで、Tegraビジネスを統括するTegraマーケティング部長 マット・ウェブリング氏にお話を伺う機会を得たので、その模様をお伝えしていきたい。

●Kal-El+は現行Tegra 3のより高スペック版となる、2013年にはモデムを統合

Q:今回のMWCでのNVIDIAの発表について教えてください。

A:MWCにおいての最大のトピックは、5つメーカーからスーパーフォン(NVIDIAがハイエンドのスマートフォンを呼ぶときにこの言い方をする)が発表されたことです。また、ブースでご覧頂いた通り、東芝がCESで発表した7.7型タブレットのアプリケーションプロセッサがTegra 3であることを発表しました。残念ながら今回は展示していませんが、13.3型ディスプレイを搭載したモデルにもTegra 3が搭載されています。

 また、我々は5つめのコアを利用する技術(別記事参照)について、“4-PLUS-1”というブランド名をつけたことを発表しました。この5つ目のコアについて弊社では昨年(2011年)の9月以来何度か説明させて頂きましたが、あまり技術に詳しくないよりメインストリームのユーザー様にも理解して頂きやすいように、ブランド名をつけることにしたのです。4-PLUS-1により、他のクアッドコアSoCとTegra 3は何が違うのかをより理解を深めて頂けると考えています。

 MWC開催2日目には、Tegra 3向けに新しいコンテンツが提供されることを発表しました。セガより提供される“Sonic 4: Episode II”を含む5タイトルの3Dゲームで、いずれもコンソールベースのゲームがTegra 3上で動くようになることには大きな意味があります。

 また、MWCでは我々の製品向けにコンパニオンチップなどを提供して頂くパートナーが増えたことを発表しました。モデムではルネサス、GCTがTegra 3向けにLTEモデムを提供して頂くことを発表しました。今後はここにST Erricsonが加わる予定です。また、富士通のスーパーフォンでは富士通自身が製造しているLTEモデムが採用されています。さらに、弊社の子会社であるIceraのLTEモデムのデモをMWCで行なっております。

 この他にも、弊社のTegra 3にはタッチ操作時にCPU負荷を減らすDirectTouchという仕組みを用意していますが、それに対応したタッチコントローラを提供して頂くベンダとして、Atmel、Cypress、Synapticsと提携したことも同時に発表させて頂きました。

Q:今回発表されたスマートフォン版のTegra 3はシングルコア時1.5GHz、クアッドコア時が1.4GHzで動作しています。これに対して先にリリースされたタブレットの方はシングルコア時1.4GHz、マルチコア時1.3GHzで動作しています。熱設計的にはタブレットの方が余裕があるのに、なぜこうしたことになっているのでしょうか?

A:これはプロセスの成熟性の違いです。タブレット版、具体的な例で言えばASUSのEee Pad Transformer Prime(日本名TF201)は昨年の暮れに販売が開始されました。従ってそれよりも前に我々は製品出荷を開始しています。これに対してスマートフォン版はまさにこれから始まります。この間にプロセスがより成熟しましたので、我々はスマートフォン版のスペックを引き上げることにしました。これは他の半導体製品でもよくある進化です。では、新しいスペックのタブレット版はあるのかということを当然お聞きになると思います。現時点では具体的な事は言えませんが、おそらくご想像の通りだと思いますよ。

Q:それはマスクチェンジなどを含んでいるんですか? また、製造プロセスルールは40nmで変化が無いという理解でよろしいでしょうか?

A:そうですね、何か1つだけということではなく多くの変更が加えられています。完全に新しいチップというわけではありませんが、クロック周波数を含むさまざまな調整を行なっています。製造プロセスルールですが、新しいスマートフォン用のTegra 3も従来と同じくTSMCの40nmプロセスルールで製造されています。我々のTegra 3は低消費電力なLPトランジスタと、より高性能なGトランジスタをミックスした40nmプロセスルールを利用しており、それもTegra 3が高性能と低消費電力のバランスを実現している1つの理由になっています。

Q:スマートフォン版とタブレット版の熱設計消費電力についてはいかがでしょうか

A:どちらの製品もスペックに関しては近くなっています。チップ単体での消費電力というのは公表していませんが、現時点ではスマートフォンで機器全体で2~2.5W、タブレットではそれより少し大きくて4~5Wになっています。これらの消費電力は、OEMメーカーのデザインにより変わっていきます。例えば、スマートフォンではメモリとしてLPDDR2が採用されており、非常に低消費電力になっています。これに対してタブレットではDDR3Lを採用している場合があります。DDR3LはPCにも使われているため非常に低コストで高性能です。弊社のTegraは現時点では唯一LPDDR2とDDR3L両方をサポートしており、システムコストの削減が可能です。

Q:昨年の9月に行なわれた投資家向けのミーティングで明らかにしたロードマップによれば、今年の半ばにはKal-El+と呼ばれるTegra 3の新しいバージョンが投入される予定になっています。現行のTegra 3とKal-El+の違いはなんですか

A:すでにお話させて頂いた通り、今回MWCで発表したスマートフォン版は、タブレット版に比べてスペックが上がっています。Tegra 3+(筆者注:ウェブリング氏はKal-El+の事をこう呼んでいた)についても同様で、現状のTegra 3の高スペックバージョンになります。もちろんいくつかの機能拡張も入ってくる可能性はあると思います。すでに現行のTegra 3でご覧頂いている通り、Tegra 3でスマートフォン版、タブレット版とフォームファクタ別にそれぞれ製品を投入しています。Tegra 3+でも同じような形になると考えてください。弊社はこの市場にかなり力を入れて取り組んでおり、これからも性能向上を実現していこうと考えています。

2011年9月に発表されたNVIDIAのTegraロードマップ。今年の半ばにKal-El+を投入し、来年にTegra 4になるとみられるWayneとモデム統合版のGreyが投入される

Q:Kal-El+のプロセスルールはいかがですか?

A:そうですね同じ(と言いかけて)……今日の時点ではノーコメントです(笑)。

●モデム統合版Tegraにより、メインストリーム市場参入を狙うNVIDIA

Q:NVIDIAは昨年にモデムベンダーのIceraを買収し子会社化しました。その進捗状況に関して教えてください。

A:今回のMWCで、Icera社はLTEモデムのデモを弊社のブースで行なっています。現時点ではデータのデモになりますが、将来的には音声も含めて提供できるように現在開発を行っているところです。

 スーパーフォンの市場は確実に大きくなっています。そして、従来はハイエンド市場だけに留まっていたスーパーフォンも、徐々にメインストリーム市場へともたらされようとしています。弊社にとって重要なことはIceraを買収したことにより、新しい価格帯への参入が可能になるということです。弊社が来年に計画している開発コードネームGrey(グレイ)では、アプリケーションプロセッサとIceraのLTE対応ベースバンドを1チップに統合し、メインストリーム市場に本格的に参入します。これについては昨年の9月に発表した通りで今回特に新しい発表はありませんが、弊社がIceraを買収してからまだわずか9カ月ですから、それで来年には統合チップを出すところまで来ているというのは素晴らしいことだと考えています。

Q:これまでモデムビジネスを持っていなかったNVIDIAがモデムを持つことにはどんな意味があるのでしょうか。

A:中長期的にみれば、SoCにモデムを統合していくのは避けられない流れだと思います。特にメインストリーム市場ではコストの問題もあり、モデムが統合されたSoCが必要になると考えています。

 しかしながら、ハイエンドのスーパーフォンの市場では単体のアプリケーションプロセッサと単体のモデムという組み合わせがこれからも必要になると考えています。現在アプリケーションプロセッサはものすごい勢いで進化しています。プロセッサのコア、GPU、メモリ、ディスプレイの解像度などすべての世代でどんどん進化していっています。これらの進化はモデムの進化より速く起きており、単体のアプリケーションプロセッサはモデムを統合したアプリケーションプロセッサよりも早く進化しています。

 今回のMWCでスマートフォン版のTegra 3を発表しましたが、すでにお話したとおり、OEMメーカーはパートナーが提供するモデムから選択することが可能になっています。これにより、OEMメーカーやキャリアはネットワークに合わせてモデムを変えたりすることが容易になっています。競合他社がモデム入りを先行して提供しているのに比べれば、我々のアドバンテージになっていると思います。

Q:NVIDIAからみて、Microsoftが取り組んでいるARM版Windows(Windows On Arm、WOA)にはどんな意味があり、どんなインパクトがあるでしょうか。

A:歴史的にみれば、NVIDIAはMicrosoftとPCビジネスの世界でよい関係を築いてきたことは皆さんご存じだと思います。例えば、WHQLというデバイスドライバの認証の仕組みがありますが、弊社はすでに6,000を超える認証を取得しています。これに対してQualcommは6つです。これを見ても、NVIDIAとMicrosoftがいかに近い関係でやってきたかが理解して頂けると思います。

 私は多くのユーザーはARM版Windowsのタブレットを欲しがるだろうと思っています。Officeがあり、写真の編集ができる、タブレットは考えるだけで素晴らしいですよね。想像してみてください、Eee Pad Transformer PrimにWOAが入った姿を。スレート型のタブレットにもなり、クラムシェル型のラップトップPCにもなり、かつ薄くて軽くて長時間バッテリ駆動が可能なデバイスになるだろうと容易に想像できるでしょう。

 現時点では我々の方から市場はこうなるという予想をお話しすることはできませんが、非常に興味深いということは指摘しておきます。

●Kal-El+は高スペック版のTegra 3という位置づけ、28nmへの移行は来年か

 今回のインタビューの中で筆者に印象深かったのは、2つある。1つ目はNVIDIAが今年の半ばに計画しているKal-El+について、ウェブリング氏が「より高スペックなTegra 3」だと表現したことだろう。

 ウェブリング氏はMWCで発表されたスマートフォン版のTegra 3が以前リリースされたタブレット版よりも高スペックであるように、Kal-El+はTegra 3の高スペック版であるとした。つまり、大きな拡張があるというよりは、より上位のSKUが用意される印象となるだろう。こうしたことを考えると、今回ウェブリング氏は“ノーコメント”としたが、Kal-El+は40nmプロセスルールで製造される製品となる可能性は高い。つまり、NVIDIAが28nmプロセスルールへ移行するのは、2012年に登場する予定の次世代Tegraとなる“Wayne”とモデム統合版となる“Grey”以降となると言えるだろう。

 競合他社(特にQualcomm)がいち早く28nm世代へ移行していることを考えると、この点はNVIDIAにとっては性能競争上、やや不利になる可能性はある(だからこそウェブリング氏はノーコメントで通したのだろう)。ただ、より世代の新しい製造プロセスルール=高性能ではないのも事実で、このあたりは競合他社のクアッドコアが出そろった時点で、実際にベンチマークプログラムなどを利用して確認してみるほか無い。

 もう1つは、モデムの統合に関するNVIDIAの明快な姿勢だ。すでに明らかになっていたことだが、NVIDIAとしてはモデム統合型チップはメインストリーム向けと位置づけており、ハイエンド向けは今後も単体のアプリケーションプロセッサ+単体モデムという構成を今後も維持するということを明確にした。

 NVIDIAの直接のライバルとなるQualcommとTexas Instruments(TI)は、モデムの統合に対して明快に別のアプローチをとっている。Qualcommは元々モデムベンダーとしてスタートしたという同社の成り立ちからして、モデムを統合したチップがあり、そのバリエーションとして単体のアプリケーションプロセッサをリリースするというアプローチをとってきた。これに対してTIは、3GやLTEモデムは外部チップとするアプローチをとっている。これは同社が3GやLTEモデムのチップを持っていないこともあるとは思うが、モデムはサードパーティ製をというのがTIの基本方針なのだ。

 NVIDIAはこうした2社の中間のアプローチに見える。ハイエンドは今後もモデムは外付けで、コスト重視のメインストリーム市場向けにはモデム内蔵型を出すというのがNVIDIAの基本方針だ。もっともQualcommもハイエンド市場向けにはモデムを内蔵していないクアッドコアのSnapdragon S4を今年前半に市場に投入する予定になっており、そういう意味では両者の方針はかなり近づいてきているとも言える。

 NVIDIAにとっての大きな課題は、市場に対してクアッドコアのメリットをどうアピールしていくかだろう。この問題は、PCがマルチコア化していく過程でも発生した問題で、どうしてもソフトウェアのマルチスレッド対応が必要になるマルチコア化は、ソフトウェアがそろうまでは“鶏と卵”のパラドックスに陥りやすいこともその背景にはある(このことは以前の記事で説明したとおりだ)。

 今回NVIDIAはTegra 3の5つ目の隠しコアについて“4-PLUS-1”というブランド名をつけたことをMWCで公開した。今後PCよりもさらに技術に詳しくないユーザーに向けてアピールするためには、マルチコアのメリットに関してもこうしたアプローチや、もっと別なアプローチが必要になっていくのではないだろうか。

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(2012年 3月 5日)

[Text by 笠原 一輝]