■笠原一輝のユビキタス情報局■
International CESでの大きな話題の1つが3DステレオTVだったことは、さまざまな報道でご存じの方も少なくないだろう。3Dステレオ・テレビへの3D立体視コンテンツの提供手段として期待されているのが“Blu-ray 3D”(僚誌AV Watchの記事を参照)だ。
現行のBlu-rayもPCを利用して再生することが可能になっているが、Blu-ray 3Dはどうなるのか気になっているPCユーザーの方も少なくないと思われるが、現在GPU業界はBlu-ray 3Dの実装に向けてさまざまな努力をしているところだ。3D立体視をPCで実装する場合の要件について、CESの会場でさまざまな取材してきたので、その模様も含めてPCでのBlu-ray 3Dの実装についてレポートしていきたい。
●PCで言うところの3DとTVでいうところの3Dは違う技術さて、本題に入る前に、まず用語の定義と整理をしておきたい。というのも、3D テレビとか、3D BDとか、さまざまな3Dという用語がでてくるが、これらの3Dというのは正しくは3Dステレオ(3次元立体視)のことを意味しており、これまで本誌のようなPC系の媒体で利用してきた3Dとは意味合いが違ってきているからだ。
通常英語では3Dステレオ(3D Stereo)と呼ばれる3D立体視の映像は、なんらかの眼鏡を利用して右目と左目に別々の映像を見せ、脳に立体的に見せているようにする仕組みが採用されている(だからStereo=立体なのだ)。これに対して、本誌でこれまで3Dと言えば、普通のディスプレイに奥行き感のある映像のことを3Dと呼んでおり、3Dステレオとは全く意味合いが違っているのだ。整理するとPC業界では、
・3D=2次元のスクリーンに3次元の奥行き感の映像を表示する技術
・3Dステレオ=特殊な眼鏡を利用して立体的に映像を擬似的に見せる技術、家電業界ではこれを3Dと読んでいる
という定義になっている。
だから、基本的にBlu-ray 3Dといっても別にこれまでの3DゲームがBlu-rayになるわけでも何でもなく、あくまで3D立体視のコンテンツを楽しむことができるBlu-rayのことを意味している。ちなみに本記事とは関係ないが、CESで話題だった3D TVというのはこれと同じで3Dステレオ・TVというのが正しい表現になる。
なお、本来であればBlu-ray 3Dも正しくはBlu-ray 3D Stereoと表現すべきだと筆者は思うが、こればっかりは規格の名前であるため、筆者のほうで名前を変えるわけにはいかない。従ってややこしいのだが、Blu-rayの3Dステレオの規格名について触れるときは今後もBlu-ray 3Dで通していきたいと思う。ちょっとややこしいが、この点は頭に入れて以下の記事を読んでいただきたい。
●GPUにとって大きな課題はビデオエンジンのスループットArcSoftの再生ソフトウェアを利用したBlu-ray 3Dのデモ。GPUにはGeForce GT 240が利用されている。机の上におかれているのが3D Visionの眼鏡 |
Blu-rayの規格の策定などを行なっている業界団体BDA(Blu-ray Disk Association)によれば、BDAが規格を策定したBlu-ray 3Dでは、MPEG-4 MVC(Multiview Video Coding)と呼ばれるMPEG-4 AVCを拡張した圧縮コーデックが利用されている。
このMPEG-4 MVCは基本的にはMPEG-4 AVCをベースに改良が加えられたもので、マルチアングルなどの仕組みが追加されたものだ。BDAのプレスリリースによればBlu-ray 3Dではこの圧縮コーデックを利用することで、既存のBlu-rayに比べて50%のデータ量の上昇程度で抑えることが可能になっているのだという。というのも、すでに述べたように3Dステレオでは左右の目に別々の映像を見せ、それを特殊な眼鏡を通して見ることで脳には立体的な映像を見ているように感じさせる技術であるため、単純計算ではデータ量は倍になる計算になる。しかし、MPEG-4 MVCを利用することで、不必要なデータを圧縮することができ、平均すると50%程度のデータ量の上昇に押さえられているのだ。
問題はこの動画をデコーダチップが読み出す際のビットレートだ。これまでのBDではピーク時に40Mbpsというビットレートになっているが、MPEG-4 MVCのBlu-ray 3Dではピーク時に60Mbpsを超えるビットレートが求められることになる。
従来のBDの40Mbpsでも、現行のCPUではほぼ処理能力を使い切る程度の負荷がかかるため、PCの場合にはGPUにMPEG-4 AVCをハードウェアを利用してデコードするエンジンが内蔵され、それがデコードすることでCPUへの負荷を下げる取り組みが行なわれてきた。AMDであればATI Avivo HD、IntelであればIntel Clear Video Technology、NVIDIAであればPureVideo HDがそれに該当するものとなる。これらのハードウェアデコーダと、それらに対応した再生ソフトウェアを組み合わせることでBDの再生が可能になってきた。
ところが、これらのハードウェアデコーダエンジンは、40Mbps程度のMPEG-4 AVCをデコードすることができるように設計されているものが多数であるため、60Mbpsを超えるビットレートのMPEG-4 MVCには対応できない場合がほとんどだという。NVIDIA ビジュアルコンシューマテクノロジ ビジネス開発マネージャ Patrick Beaulieu氏は「問題はビデオエンジンのスループットだ。現状のGPUのビデオエンジンのスループットはBlu-ray 3Dのビデオをデコードするのにスループットが十分ではないものが少なくない」と指摘する。つまり、現状のGPUのほとんどはBlu-ray 3Dのコンテンツを再生するのに十分な性能を持っていないというのだ。
●60Mbpsのスループットを実現するためにはBeaulieu氏によればNVIDIAのGPUでも、MPEG-4 MVCの60Mbpsを超えるピークビットレートに対応できるスループットを実現しているGPUは多くないという。「Blu-ray 3Dに対応するには、弊社の第4世代以降のPureVideo HDを内蔵しているGPUが必要になる」(Beaulieu氏)と、最新版のビデオエンジンのみがBlu-ray 3Dに対応していると明らかにした。
これには説明が必要だろう。NVIDIAのPureVideo HDというブランドがついているビデオエンジンは、実は同じPureVideo HDと名前がついても機能の違いなどから4つの世代が存在している。それをNVIDIAの内部のコードネームでVP1(第1世代)、VP2(第2世代)、VP3(第3世代)、VP4(第4世代)という名前がついている(あくまでインターナルのコードネームでブランドではない)。ちなみに整理すると、以下のようになっている。
【表1】NVIDIAのビデオエンジンの各世代
世代 | MPEG-1/2デコード | MPEG-4 AVCデコード | VC1デコード | MPEG-4 MVC | DivX | 代表的なコア(開発コードネーム) |
VP1 | ○ | - | - | - | - | G6x/7x |
VP2 | ○ | ○ | △ | - | - | G8x/G92/G94/G96/GT200 |
VP3 | ○ | ○ | ○ | ー | ー | G98/MCP79 |
VP4 | ○ | ○ | ○ | ○(*1) | ○ | GT21x/GF100 |
NVIDIAの製品名はもはや筆者のようなウォッチャーにも追いかけるのが不可能なほど混乱しており(そろそろNVIDIAのマーケティング担当者もよく考えた方がいいのではないだろうか)、どの世代の製品がどのビデオエンジンが内蔵しているかを説明するだけで軽く記事1本になってしまう。今回は省略させてもらうが、要するに基本的にはまず自分の持っている製品のコアが開発コードネームで何であるのかを調べれば、この表である程度調べられるだろう。例えば、GeForce GTX 285であればGT200が開発コードネームになるのでVP2内蔵になるし、GeForce GT 240であればGT215が開発コードネームなのでVP4内蔵ということになる。
Beaulieu氏のいうVP4とは、まだ未発表のGF100ファミリーないしは、Direct3D 10.1(いわゆるDirectX 10.1)に対応しているGT21xコアに内蔵されているビデオエンジンになり、これであればBlu-ray 3Dに対応できる可能性が高いということになる。ただし、VP4でもすべての製品で大丈夫かと言えばそうではないようだ。「GeForce GT 210に関してはスループットが足りないので、Blu-ray 3Dの再生には対応することができないだろう」(Beaulieu氏)と、GT21xのシリーズでも上位SKU(GT240/220)と今後リリースされるGF100ファミリーが現時点ではBlu-ray 3Dでサポートされる可能性が高いという。ただし、Beaulieu氏によれば現時点でもNVIDIA社内で検証中の段階であり、今後状況が変わる可能性もあるため、実際には公式なリリースを待つ必要があると言えそうだ。
それではNVIDIA以外の対応はどうなのだろうか? 実はこの点に関しては他の2社はあまり明確には説明していない。AMDはCES期間中に、記者やOEMメーカーなどを対象に3Dステレオのデモを行なった。しかし、現時点ではすべてがGPUでデコードできているのか、あるいはCPUも利用しているのか、そのあたりのことを明確にはしていない。AMDの関係者によれば、まずはCPUのサポートを使いつつ、将来の世代のGPUでMPEG-4 AVCの高ビットレートに対応すると説明しており、現世代というよりは次世代での対応ということがメインになる可能性が高い。
Intelも記者やOEMメーカーなどを対象にBlu-rayのデモを行なった。Core i5の内蔵グラフィックス(Intel HD Graphics、開発コードネーム:Ironlake)を利用したものだったが、詳細に関しては未公表だった。
なお、Core i5の内蔵グラフィックスの内蔵エンジンのスループットは、Intelが昨年(2009年)のIDFで公開した資料によれば前世代に比べて1.5倍になっており、そうした意味ではCore i5のIntel HD Graphicsに関しては対応できる可能性が高い。ただし、Core i5/i3/Pentiumの内蔵GPUに関してはクロック周波数が複数あり、どのSKUでBlu-ray 3Dに対応可能かどうかは正式に対応が明らかになるまでは不明確だと言えるだろう。
●3Dステレオ技術や対応ソフトウェアで先行するNVIDIA、追いかけるAMDとIntel
Blu-ray 3Dを楽しむにはもう1つ、3D眼鏡が必要だ。この点でNVIDIAは他の2社に先行している。というのも、他の2社がどの方式でBlu-ray 3Dをサポートするのかを明確にできなかった(デモにはパッシブタイプの眼鏡が利用されていたが)のに対して、NVIDIAは明確に自社で用意している3D Vision(詳しくは別記事を参照のこと)を利用してBlu-ray 3Dに対応すると明らかにしていたからだ。
また、再生プレーヤーソフトウェアへの対応でもNVIDIAは先行していた。AMDやIntelのデモがCyberLink社のPowerDVDをベースとしており他のソフトウェアベンダへの対応は何もアナウンスがなかったのに対して、NVIDIAではCyberLinkに加えてArcSoftの再生プレーヤーでのデモを行なっていたほか、SONIC、Corelも対応ソフトウェアを計画していることがすでに明らかになっている。この点でも他の2社は明らかな後れをとっており、今後の巻き返しが必要な状況だ。むろん他の2社も黙って状況を見過ごしている訳ではない。CESで記者やOEMメーカーの関係者だけだったとしてもデモを行えたことは一歩前進と言え、今後徐々に巻き返しにでていくことになるだろう。
なお、再生プレーヤーソフトウェアの提供形態だが、各社ともまだ未定ということだった。Blu-ray関連のアップデートとして無償で提供される可能性もあれば、メジャーバージョンアップの一部として提供する可能性もあり、どのような形でリリースされるのかは実際にリリースされるまでまたなければならないようだ。
●MVC対応GPU、BDドライブ、3D眼鏡、120Hzに対応したディスプレイが必要に以上のような状況が、現在PCにおけるBlu-ray 3Dの置かれている現状ということになるが、まとめるとBlu-ray 3Dを再生できる環境は以下のようになる。
【表2】Blu-ray 3Dを再生するためのPCの環境(筆者作成)
GPU | MPEG-4 MVCのデコードに対応したGPU(ex GeForce GT240/220やGF100)*要HDCP対応 |
光学ドライブ | BDドライブ |
眼鏡 | 3D Visionなど対応した3Dステレオ用眼鏡 |
ディスプレイ | 120Hzのリフレッシュレートに対応したディスプレイ(フルHD奨励、HDCP対応) |
これだけ条件を満たせば、今後登場する予定のBlu-ray 3Dタイトルを楽しむことができるようになる可能性が高い。可能性が高いと書いたのは、すでに述べてきたように、あくまでこれは最終的なスペックではなく、現時点で想定できる環境であるためだ。確実にクリアしたいと望むユーザーであれば、正式な要求仕様がでてくるのを待った方がいいだろう。
なお、業界関係者によれば、Blu-ray 3Dのタイトルは6月以降にハリウッドのスタジオからリリースされる可能性が高いそうだ。となると、今年の後半には実際にタイトルを入手して楽しむことができそうだ。自作PCのユーザーであれば、それをターゲットにして上記のようなBlu-ray 3Dを楽しむ環境を構築して備えるのも、また楽しいのではないだろうか。
(2010年 1月 22日)