笠原一輝のユビキタス情報局

Surface Bookは日本のPCメーカーを潰すのか?

日本での発表会で展示されたSurface 3(右)、Surface Book(中央)、Surface Pro 4(右)

 日本マイクロソフトは22日、東京都内のホテルで記者会見を開催し、11月12日から販売を開始する「Surface Pro 4」、そして来年の初頭に販売開始予定の「Surface Book」を発表した。

 日本のOEMメーカーにとって十八番とも言えるプレミアム市場向けPCに、Microsoftが参入するに当たって、強い危機感を抱くメーカーも多いが、実のところは、新しいチャンスが到来しているのかもしれない。

Surface Bookが日本のOEMメーカーのプレミアム市場向けPCとバッティングする?

 記者会見では、10月6日(現地時間)にニューヨークで発表されたSurface Pro 4、およびSurface Bookの国内投入が発表された。それぞれの製品の写真レポートは、既にAdobe MAXのレポートでも触れているので、製品の詳細に興味があるユーザーは併せてそちらもご覧頂きたい(Surface Pro 4はこちら、Surface Bookはこちら)。

 記者会見最後の質疑応答で、最初に飛び出た質問は「タブレットのSurfaceとは異なり、クラムシェルのSurface Bookは国内PCメーカーのビジネスとバッティングするのではないか?」という質問だ。この質問は筆者がしたわけではないので、質問者の胸の内を忖度するのであれば「Surface Pro 4の基本形態はタブレットなので、日本メーカーが出している多くの製品と競合しない部分が多い。しかし、Surface Bookは明らかにクラムシェルでの利用を意識したノートで、競合するのではないか」という辺りだろうか。

 確かにそう言いたくなる気持ちは分かる。(あくまでも筆者の推量だが)その気持ちは多くの日本のOEMメーカーの関係者も同じだ。しかし面白いことに、欧米ではSurface Bookのビジネスに対してそうした疑問を持つ人は少ない。Surface Bookに競合するようなプレミアムなPCを販売するOEMメーカーが少ないからだ。

MicrosoftにとってのSurface Bookの位置付けは、AppleのMacBook Proキラー

 まずは、Microsoftがこの製品をどのような製品だと位置付けているかを理解する必要がある。

 記者会見終了後、囲み取材に応じたMicrosoft Surface & Windows Hardware セールス&マーケティング担当部長 ブライアン・ホール氏は「Surface BookはWindowsデバイスをプレミアムカテゴリへと拡張する製品。Surface Pro 3は新しいMacBookやMacBook Airと競合しているし、Surface 3はiPadと競合している。多くのユーザーが、SurfaceをApple製品の代わりに選択している。この5年間Appleはプレミアム市場で非常にいい仕事をしてきた。だがこれからは我々がこの市場で彼等に競合していく」とし、Surface Bookの狙いが、Appleがプレミアム価格帯(定義はさまざまだが、一般的には製品の最低価格が1,000ドル=日本円で12.5万円を超えるような高付加価値の製品)向け製品としてリリースしているMacBook Proシリーズに対抗するような製品だと認識を明らかにした。

 日本以外の地域では、このプレミアム価格帯の製品というのは、事実上Appleの独占市場になっている。日本では、パナソニックのレッツノートや、VAIOのVAIO Zなど、プレミアム価格帯と呼ばれる高付加価値なPCというのは普通に販売されており、かつそれなりのボリュームで販売されている。しかし、日本以外の成熟市場では、Windows PCを出すメーカーにとってこの市場はボリュームゾーンではなく、非常にニッチな市場になっているのだ(ないわけではないが、日本市場よりもニッチだという意味だ)。

 プレミアム価格帯のPCは、元々クリエイターだったり、ビジネスプロフェッショナルと呼ばれる生産性の高い仕事をしているユーザー向けだ。こうしたユーザーはハイスペックなPCを利用して仕事時間を短縮すれば、その時間でほかの仕事をすることが可能になり、利益を生み出すことに繋がる。よって、プレミアム価格分はすぐ取り返せてしまう、そういう理論でプレミアム価格帯のPCを買うわけだ。

 プレミアム価格帯のPCは、CPUにCore i7、GPUに内蔵ではなくdGPU(NVIDIAやAMDのGPU)を搭載し、メモリも8GB〜16GBと大容量、512GBのSSDなど高速大容量のストレージといったハイスペックな構成になっている。だからこそSurface Bookの価格も1,499ドル(日本円で約19万円弱、米国でのMacBook Pro Retina 13型の最低価格)や1,999ドル(同、約25万円、米国でのMacBook Pro型の最低価格)といった価格に設定されている。

 以前は、WindowsのPCメーカーもこのセグメントに向けた製品をグローバルにリリースしているメーカーも少なくなかった。例えば、ソニー時代のVAIOはその端的な例であり、VAIO Zシリーズなどはまさにその代表格と言ってもいい。しかし、この5年の間にAppleは賞賛されるべき仕事をしてきて、ハイスペックでかつ、ほかのメーカーのプレミアムPCに対して価格競争力のあるMacBook Proをリリースしてきた。その結果、PCメーカーはプレミアム価格帯のビジネスを維持することが難しくなり、グローバルで対抗できるプレミアムPCのモデル数は数えられるほどになってしまった。

 そのMacBook ProキラーとしてMicrosoftがリリースするのが、Surface Bookだというわけだ。実際スペックも似通っている、Core i7に、dGPU、大容量メモリ、高速なストレージといったプレミアムPCの基本機能に、分離型の2-in-1デバイスであること、タッチやペンが利用できることなど、MacBook Proにない機能も備えている。価格帯も、プレミアム価格と言って良い。

 Surface Bookに関してグローバルな視点で見れば、MacBook Proキラーだと認識されている。だから誰もWindows PCメーカーの製品と競合するなんてことは言わないわけだ。

日本での記者会見で、Surface Pro 4/Surface Bookの説明をするMicrosoft Surface & Windows Hardware セールス&マーケティング担当部長 ブライアン・ホール氏
MicrosoftのSurface Bookの位置付けは最高のPC、つまりプレミアム向けのPC
Core i7、NVIDIA GPU(GDDR5メモリ)、12時間のバッテリ駆動などの強力なスペック
米国で開催されたAdobe MAXの展示会場に展示されていたSurface Book

プレミアム価格帯向けPCが独特の生き残り方をしている日本市場での影響は?

 ところが日本ではプレミアム価格帯向けのWindowsデバイスというのが、依然それなりのボリュームがあり、かつOEMメーカーにとっても重要なビジネスになっている。例えばNEC PCの「LAVIE Hybrid Zero」や、東芝の「KIRA V」、パナソニックの「レッツノート」、そしてVAIOの「VAIO Zなどだ。残念ながら、プレミアム価格帯だけの統計は見たことがないので、正確な数字は分からないが、おそらく日本はプレミアム価格帯のPC市場で、Appleのマーケットシェアが最も高くない市場の1つだと思う。

 そこにSurface Bookが登場することで、この市場がどうなっていくのか、PCメーカーの懸念はまさにそこにある。考えられるシナリオは2つだ。悪いシナリオは、現在日本のPCメーカーが持っているプレミアム市場を、Microsoftが食うだけで終わることだ。日本のPCメーカーはプレミアム市場向けの製品を諦め、AppleとMicrosoftだけが選択肢となるという、グローバルと同じような状況になってしまう。日本のOEMメーカーはこの点を懸念しているからこそ、Surface Bookに対して強い警戒心を持っている。

日本マイクロソフト 代表執行役 社長 平野拓也氏

 これに対して良いシナリオは、冒頭の質疑応答に対する、日本マイクロソフト 代表執行役 社長の平野拓也氏の答えだ。「Surface Bookの役割は市場を作るというだけでなく、市場を活性化させるという意味も含めている。プレミアム価格帯でこれだけのスペックで2-in-1デバイスという製品を持ってくることで、需要を活性化させていきたい」という。つまり、Surface Bookが現在Appleが持っているプレミアム市場での市場シェアを奪い、それに連れてWindowsデバイスの市場シェア全体を押し上げるというものだ。これであれば、MicrosoftもPCメーカーもハッピーな結末と言える。

Surface Proシリーズの投入でタブレット市場でのWindowsのシェアは上昇した

 今回のSurface Bookの国内市場への投入が、どちらのシナリオになるのかは、現時点では分からない。ただ、日本マイクロソフトはSurface Proシリーズで、ほかの市場に対してモデルケースとなるような成功を収めているということは指摘しておく必要はある。

 法人向けのタブレット用OSとして、グローバルではiPadのiOSがシェアとしてはトップ、そしてAndroidが続く。ところが、日本市場ではSurface Pro投入後、Windowsのシェアが年々上昇しており、昨年(2014年)の段階で、既にAndroidを抜いてシェア2位になっている。この傾向は今後も続くと考えられており、法人向けでWindowsがiOSの差がどんどん縮めていくだろう。Surface Bookの投入で、Windowsデバイスのプレミアム市場が活性化すれば、同じようなことが起きる可能性あるわけだ。

 このことは、日本のPCメーカーに対して新しいチャンスとなる可能性を秘めている。仮にグローバルの市場でSurface Bookがプレミアム市場の製品として受け入れられるのであれば、再びWindowsデバイスがプレミアム市場で受け入れられることを意味する。そこには、日本のPCメーカーが作ったプレミアム市場向けのPCが、日本以外の市場でも受け入れられる可能性もある。

 実際、一度は海外市場を諦めたメーカーも、再び海外市場を目指そうとしている。いずれもその武器はプレミアム向けのPCだ。Adobe MAXでVAIO Z Canvasの米国での販売を開始したVAIOは、ブラジルでもポジティーボという現地のPCメーカーと組んで、ポジティーボの組み立てによる「VAIO Fit 15F」を販売開始しており、「VAIO Pro 13G」と「VAIO Z」を来年(2016年)1月から販売する予定になっている。また、NEC PCは自社ブランドでこそないが、親会社のLenovoブランドでLAVIE Hybrid Zeroを「LaVie Z」として米国で販売している。

 今後この流れが加速していけば、日本のOEMメーカーにとって新たなビジネスチャンスとなる可能性がある。いきなりグローバルで展開するというのは難しいが、VAIOのように現地の業者と組むような新しい形もあるだろうし、地理的にも文化的にも近いアジア市場に展開するなどの可能性はあると思う。

 いずれにせよ、言い古されたフレーズでのまとめで恐縮だが、“最大の危機は、最大のチャンス”なのだから、Surface Bookの国内投入は、決して悲観だけすべき状況ではないと言える。

(笠原 一輝)