笠原一輝のユビキタス情報局

ソニーがMicrosoftとIntelに突きつけたレッドカード

 PC業界にとって先週の最大のニュースは、ソニーがPC事業をファンドが設立する新会社に譲渡し、PCビジネスからは撤退するというニュースだ。コンシューマ向けのモバイル機器でソニーが残すことを決定したのは、子会社のソニーモバイルで展開しているスマートフォンやタブレットといった事業で、外形的に見ればソニーはGoogle+Qualcommという組み合わせの事業を残し、Microsoft+Intelの組み合わせの事業を捨てた形になる。つまり、MicrosoftとIntelというPC業界のリーダー2社は、ソニーにレッドカードを突きつけられた格好だ。

 先週の木曜日に行なわれた証券アナリスト向けの決算説明会において、ソニー 代表執行役社長兼CEO 平井一夫氏は、「市場環境の変化が大きい。我々が予想していた以上に既存型のPCビジネスが減少していった。タブレットやスマートフォンの普及、特にタブレットに持って行かれた部分が多かった。また、MicrosoftがWindows 8を導入すると市場が戻ってくるのではないかという見通しを持っていたがそうはならなかった」としており、Windows 8の導入でもソニーが期待していたほど市場が盛り上がらなかったらだと明確に述べている。

 OEMメーカーのトップとしては珍しいプラットフォームに対する明確な不満を述べた発言として注目に値するが、そうした発言が出てくる背後には、日本のPCメーカーにMicrosoftとIntelに対する不満が鬱積していることがある。いま日本のPCメーカーにとって何が問題なのだろうか、そのあたりの事情を解説していきたい。

ソニーのPC事業売却で大きな衝撃を受ける日本マイクロソフトとインテル

 今回のソニーのPC事業の売却で当事者を除いて最もショックを受けている人達は、おそらくMicrosoftの日本法人となる日本マイクロソフト株式会社(以下MSKK)の樋口社長と、Intelの日本法人インテル株式会社(以下IJKK)の江田社長だと筆者は考えている。なぜならば、両社にとってソニーは2番目に大きな顧客だったからだ。

 日本市場でのシェアは、1位がNEC・レノボグループ、2位が富士通、3位が東芝、4位がデル、5位が日本ヒューレット・パッカードというのが定位置で、ソニーはそれ以下じゃ無いのかと思う人もいるだろう。確かにそれはその通りだが、グローバルなPCメーカーという観点で言うと、実はそうではないのだ。

 グローバルでのPC市場のシェアは、全回の記事でも紹介した調査会社Gartnerの発表によれば、1位がLenovo、2位がHewlett-Packard、3位がDell、4位がAcer(子会社を含む)、5位がASUSなのだが、実は発表されていない6位以下は、調査会社によって違うのだが、概ねApple、東芝、Samsung Electronics、ソニー、富士通と続いていることが多い。つまり、日本のOEMメーカーという観点で見れば東芝、ソニー、富士通というのがトップ3ということになるのだ。

 重要なことはMicrosoftやIntelの売り上げというのは、その地域での売り上げが全部その地域の子会社につくという構造ではなくて、グローバルに展開しているPCメーカーの売り上げはそのPCメーカーの本拠地の子会社につくという仕組みになっていることだ。例えば、Lenovoは中国が本拠地のメーカーだが、日本でLenovoの子会社のレノボ・ジャパンがPCを売っても、その売り上げはMSKKやIJKKの売り上げとはカウントされず、中国のMicrosoftや中国のIntelの売り上げとしてカウントされるのだ(余談になるが、今のところNECレノボグループのうち、NEC PC分は日本法人のアカウントとカウントされているようだ……)。

 従って、両社にとっての最大の顧客はどこかと言えば、それは東芝であって、2位がソニー、第3位が富士通なのだ。その両社にとって2番目に大きな顧客であるソニーがPCビジネスをファンドに売り払う、そのことが大きなショックでないわけがないだろう。

仮に新事業会社が日本市場だけならば事業規模は台数ベースで6分の1に

 今回のソニー売却が、両社(MSKKとIJKK)のビジネスにとってどんな影響を及ぼすのか、数字面から考えてみよう。

 今回ソニーとそのPC事業の売却先である日本産業パートナーズ株式会社(JIP)が発表した概要によれば、今後正式に締結される契約を待つ必要はあるが、基本的にVAIO事業は商品ラインナップを見直した上で日本を中心にコンシューマ向けおよびビジネス向けPCのビジネスを展開していくとしている。現時点では、「日本を中心に」という表現で、日本以外にどこの地域が残されるのかはわからないが、相当数の地域から撤退すると考えられるだろう。

 仮に日本だけになり、欧米を含むすべての市場から撤退した場合に、事業規模はどうなるのかを考えてみよう。現時点では日本国内での2013年の市場シェアというのはでてないのだが、その前の直近のデータということで2012年を参考にしてみると、こちらの記事にある通りで、株式会社MM総研の発表によるとソニーの日本のPC市場(コンシューマ向け、ビジネス向けの合計)での2012年のシェアは6.4%になっており、台数にすると1,521万2千台の6.4%なので97万台前後という計算になる。先日のソニーの2013年度第3四半期の決算発表時に公表された資料によれば、ソニーの2013年度(2013年4月〜2014年3月)のグローバルにおけるPC総出荷数の予測が570万台なので、今年もソニーの国内でのシェアがあまり変わっていないと仮定すると、国内市場だけに集中すると約6分の1という計算になる。

 繰り返すが、この数字はあくまで机上の計算であり、実際にはJIPが設立する新会社が日本以外の地域でもビジネスを続ける可能性があり、いきなりここまでしぼんでしまうことはないとは思うが、仮に日本地域だけに集中すると仮定すると、こうなる。その通りになれば、両社(MSKKとIJKK)がソニーから上げていた売り上げは6分の1になる計算になるので、その影響は決して小さくないだろう。

 むろん、今後新会社が日本向けの製品を出していけば、日本でのシェアが増える可能性が無いわけではない。実際、現在のソニーのPCのラインナップは、日本市場よりはグローバル市場を優先したラインナップになっている。実はVAIOシリーズには、昨夏(2013年夏)のモデルから、その象徴だったTVチューナ内蔵モデルが1つも無くなっている。NECや富士通などがTVチューナ内蔵モデルを続けていることからもわかるように、特に若い単身者のユーザーなどを中心にTVチューナ内蔵のPCは根強い人気がある。だが、そうしたニーズは日本だけの特殊なニーズで、日本以外の地域ではほとんどニーズがないので、ソニーのようなグローバルにビジネスを展開するPCベンダーとしてはなかなか対応するのが難しい状況になっていた。

 新会社が日本市場にフォーカスすれば、そうした縛りはなくなるので、日本市場により最適化したPCのラインナップを増やしていくことができるようになり、今よりも日本市場でのシェアは上がる可能性はある。また、前回の記事でも述べた通り、ビジネス向けのPCも新会社にとってのビジネス拡大のチャンスになるだろう。しかし、それでも現在ソニーのPCビジネスの規模に追いつけるかと言えば、かなり厳しいだろう。となると、そこに部材を納入する両社にとっては大きな売り上げ減となるのは火を見るより明らかだ。

Surfaceの日本市場への投入には多くのPCメーカーが不満を持っている

 こうした数字的な面はもちろんだが、両社にとってもっと大きな問題は、冒頭でも述べたが、ソニーがMicrosoft+Intelを捨てて、Google+Qualcommという組み合わせを継続事業として選んだことだろう。だが、こうしたことが起こりうることは実は日本のPCメーカーの関係者の間ではコンセンサスになっていた。それは日本のPCメーカーはここ数年の両社のやり方、特にMicrosoftに対する不満を募らせてきたからだ。大きく見ると理由は2つある。

 1つは、Microsoftが自社ブランドのPCであるSurfaceシリーズを販売したことだ。当初こそMicrosoftはSurfaceを日本市場に投入してこなかったが、昨年の5月に投入を決定し投入し、10月には欧米とほとんどタイムラグ無く第2世代の製品を投入してきた。エンドユーザー視点では、選択肢が増え、さまざまな製品が選択できるようになったことは素直に歓迎することだし、実際Surface2、Surface Pro 2共に価格競争力も含めて非常に魅力的な製品であることは間違いない。

 だが、PCメーカーの立場に立てば、そもそもMicrosoftが大きくなってきたのは、PCメーカーがライセンス料を払ってきたからであり、その結果としてMicrosoftが大きくなった。その規模を元に自社のハードウェアビジネスを始められれば「だまし討ち」のような感情を持つのは当然だろう。

 しかも、MicrosoftはSurfaceをOEMメーカーのビジネスとは競合するような製品ではないと繰り返しているが、実際には市場で競合してしまっている。実際、ソニーが発売しているVAIO Tap 11は第4世代Coreプロセッサ、4GBメモリ、128〜512GBのSSD、11型液晶……とMicrosoftのSurface Pro 2とスペックはかなり近くなっている。むろん、VAIO Tap 11の方は同じ第4世代Coreプロセッサでもより低消費電力なYプロセッサを採用しているため、より薄いなどの付加価値があるが、それでも市場で真っ向から競合してしまっている。また、別売のキーボードをつけると、11型のポータブルノートPCとして利用することが可能なので、11/12型のポータブルノートPCと企業への一括導入などで競合する例も増えている。

 問題は、Surface Pro 2の価格がかなり安く設定されていることだ、これをあるPCメーカーの関係者は「向こうはソフトウェアのコストがかかっていませんからね」と表現する。実際、彼等もSurface Pro 2の製造コストを計算してみたそうだが、どこをどう計算してもソフトウェアのコストがないと計算しなければ自社の利益はでないという計算になったそうだ。もちろん、利益の取り方や間接コストなどはPCメーカーによって異なっており、それをそのまま受け取ることはできないが、それでもPCメーカーがそのことに不満を感じていることは、筆者も取材するとよく聞かされる話の1つだ。

イノベーションを起こせないのは、「要件」が大きな理由に

 そしてもう1つの問題、こちらの方が根本的な問題だが、それはPCメーカーがイノベーションを起こせない最大の理由がMicrosoft、Intel自身にあるという不満だ。

 そもそもイノベーションとは何だろうか、日本語だと技術革新と訳すが、英語のイノベーションというのは、それまでの考え方の枠にとらわれないような革新的なアイディアとその具現化ということになるだろう。PCで言えば、それまでのPCという既成概念にこだわらないような、新しいフォームファクターだったり、機能だったりということになる。実際、日本のメーカーはその意味でのイノベーションをいくつも起こしてきた。古くは、東芝が「dynabook」でノートPCという概念を作り出したこともそうだし、ソニーであればVAIOのデスクトップにTVチューナを搭載し「テレパソ」というジャンルを作り上げた。そのほかにも、ウルトラポータブルと呼ばれるようなノートPCのジャンルを作ったのも日本メーカーだし……挙げていくとキリが無いのでこのぐらいにしておくが、日本のPCメーカーはこうしたWindowsプラットフォームのイノベーションを牽引してきた。

 Windowsプラットフォームの課題はそうしたイノベーションが以前ほどPCメーカーが作れなく無くなってきたということかもしれない。例えば、IntelのUltrabookが、誰がなんと言おうとAppleのMacBook Airのオマージュであることを否定する業界関係者はいないし、タブレットもAppleが作り出したトレンドと言える。Microsoftにしてみれば、そこに不満を持っているからこそ、Windows 8をよりよく使ったハードウェアのショーケースとしてSurfaceを出した、そうした側面がある。

 しかし、PCメーカーの側からすれば、そのイノベーションを阻害しているのはMicrosoftやIntel自身なのだ。例えば、MicrosoftもIntelも、ロゴプログラムと呼ばれる仕組みを用意している。PCに「Windows」や「Core」などのブランドシールが貼られているのを見たことがある人も多いだろう。あのシールはマーケティングキャンペーンの一環になっており、シールを製品に貼ることで、PCメーカーにはさまざまな特典(共同キャンペーンやマーケティングフィーの提供など)があるのだ。あのロゴシールを貼るためにはさまざまな条件を満たす必要があるのだが、Microsoftの例で言えばWindows Logo Programと呼ばれるプログラムの要件を満たす必要がある。同じような仕組みはIntelにもあり、有名なところではUltrabookを名乗るための要件が知られている。

 問題は、この要件から少しでも外れると、途端に適用では無くなってしまうことだ。例えば、ソニーの例で言えば、「VAIO Z2」と呼ばれる2011/2012年型のハイエンドPCがあるのだが、2012年10月にWindows 8が発売された後に、Windows 8搭載モデルがリリースされることはなく、生産終了になった。その理由はソニーの関係者は決して語ってくれないのだが、VAIO Z2に採用している外部ドッキングステーション側に搭載しているディスクリートGPUが、Windows 8のロゴ要件では認められていないのが理由だと考えられている。

 同じ例はIntelのUltrabookにもある。例えば、2013年型モデルのUltrabookの要件にはタッチ機能が必須となっている。確かにタッチ機能はWindows 8を利用するには必須だと思うのだが、だが、少しでも薄くしたい開発者にとっては厳しい要件であることは間違いない。その結果どうするかと言えば、ソニーの「VAIO Pro」やNEC PCの「LaVie Z」のように、同じモデル名でタッチとタッチ無しのモデルを用意するという抜け道を利用する技だ。抜け道があればまだ良いが、ない場合にはせっかく魅力的なマシンを作ったとしても、それをUltrabookとは名乗れないことになる、カテゴリ的にはUltrabookであったとしてもだ。

 問題はMicrosoftやIntelの要件に適合しないマシンを設計したときに、MicrosoftやIntelから受け取れるはずだったマーケティング費用を無視しても製造するだけの覚悟が経営者にあるのか、という話になる。当然PCメーカーにとってそうしたマーケティング費用も重要な収入になるので、だったらそれをもらえるような製品を作ってはどうだという話しになり、そうした要件に当てはまらないPCは企画段階でボツになることが増える。そうするとエンジニアは次はそれに外れないような設計をしようと心がける……その結果は退屈なプラットフォームの完成だ。もちろんPCメーカー側も冒険しない方が悪いという考え方も出来るが、ただ大きな会社であればあるほどそうした冒険がしにくくなるというのは古今東西の真理だろう。

 そのようにPCをイノベーティブではないプラットフォームにしてきたのは、誰あろうMicrosoftやIntel自身だというのは日本のPCメーカーの関係者が誰もが感じている不満だ。だから、Surfaceでイノベーションを起こすとMicrosoftに言われても日本のPCメーカーの関係者がしらけるのも無理はないだろう。

ソニーのVAIO Duo 13(CTOモデル)につけられているMicrosoftのWindows 8 Proのロゴシール
ソニーのVAIO Duo 13(CTOモデル)につけられているIntelのCore i7のロゴシール

ソニーのPC事業売却はレベルレッドの警報、急進的な対策が求められている

 ただし、よりフェアに言うのであれば、MSKKにせよ、IJKKにせよ、そうした本社の方針に反してでも日本独自の施策をさまざま打ってきたり、本社に掛け合って日本だけ例外を認めてもらうという努力を続けてきたの事は忘れてはならない。

 最も近い代表例は、Office 2013のライセンス形態が日本独自の形になっていることだろう。Office 2013のライセンスは、日本以外の地域ではサブスクリプションモデルを中心として新形態へと移行しており、バンドルライセンスはHome & Studentというビジネス向けには使えない制限ライセンスになっている。しかし、日本だけはこの例外で、日本のOffice 2013のライセンスは2010の時の形を継続しており、PCにバンドルできるOffice 2013 Home & Business、Office 2013 Personalともに、付属するアプリケーションの違いはあるがビジネスでも利用できるフルライセンスだ。これはPCバンドル率が高い日本のPC市場に配慮した結果であり、言うまでもなくMSKKが本社に掛け合った功績だ。

 そうした事情はIJKKも同様で、例えば2012年型LaVie Zはタッチディスプレイがないため、Intelとの共同マーケティングはできない当時の内規に抵触するのだが、そこはIJKKが本社を説得する形で、世界最軽量のUltrabookとしてIDFを初めとしたIntelのイベントで紹介された。

 しかしながら、もうそうした日本法人側の努力でなんとかする段階は過ぎてしまったのかもしれない。ソニーという、Appleと並んでイノベーティブなPCを世に問うてきたブランドを失うことの意味は、改めて筆者が指摘するまでもないだろう。もはやこれは、レベルレッドの非常警報が両社の本社内で鳴り響く段階だと筆者は思う、ここでもっとラディカル(急進的)な手を打たない限り、両社とも長期的な凋落は避けられないだろう。

 そうしたことを避けるために、両日本法人は本社に対して働きかけを強めて欲しい、少なくとも日本市場だけでも、こうした状況を変える何かを手を打って欲しい、筆者は切にそう願っている。

(笠原 一輝)