笠原一輝のユビキタス情報局

Clover Trail+と最先端プロセスを武器に前進するIntelスマホ事業

MWCのホール3に設置されたIntelブース。IAのSoCを搭載したスマートフォンなどをデモ

 風向きが変わりつつある。スマートフォンやタブレットと言ったモバイル機器の世界最大の展示会であるMWC(Mobile World Congress)で筆者はそう感じた。何が変わったのかといえば、これまでIntelのスマートフォン向けSoCビジネスに吹きまくっていた逆風のことだ。

 2010年にスマートフォン向けのSoCビジネスに参入したIntelだが、最初の世代となった「Atom Z600」シリーズ(開発コードネーム:Moorestown)は採用するOEMメーカーが1つもなく、ビジネス的には完全に失敗した。そのIntelが巻き返しを図って2012年の1月に投入したのが第2世代となる「Atom Z2460」(開発コードネーム:Medfield)で、Motorola、Lenovo、ZTEなど複数のOEMメーカーを獲得し、ある程度の成功を収めることができた。

 そしてIntelは2013年に入り、1月に行なわれたInternational CESにおいて、低価格向けのAtom Z2620を発表し、今回のMWCではこれまで開発コードネーム「Clover Trail+」(クローバートレイルプラス)で開発をしてきた新製品を「Atom Z2500」シリーズとして発表した。Atom Z2500シリーズは中国のLenovoが「IdeaPhone K900」を発表し、ASUSTeK ComputerやZTEが開発意向を表明。また、ASUSはLexingtonを採用した7型電話機能付きタブレット「Fonepad」を発表し、Motorolaの「Razr i」に次いで成熟市場向けとして2製品目の採用例になるなど、明らかに以前に比べて前進している。

 本記事ではこうしたIntelのスマートフォン向けプロセッサの現状について、MWCでの取材などで新たに明らかになったことを含めてお伝えしていきたい。

Clover TrailのGPUをAndroid用に最適化したのがClover Trail+

 MWCにおいてIntelが発表したのは、開発コードネーム「Clover Trail+」で知られるAtom Z2500シリーズ。32nmプロセスルールで製造されるIntelのスマートフォン、タブレット向けのSoCとしては3番目のダイとなる。

32nmプロセスルールのスマートフォン、タブレット向けAtomプロセッサの進化(筆者作成)

 これまでにリリースされた製品を時系列で振り返っておくと、まず2012年の1月にリリースされたのがAtom Z2460(1.6GHz)。中国のLenovoやZTE、インドのLAVAなど主に成長市場に向けた製品を出荷するメーカーで採用された。そして、2012年9月に、同じ型番のZ2460のままだが動作周波数を2GHzに引き上げた製品が、MotorolaのRazr i(日本ではソフトバンクモバイルから販売されている201Mと同様のケースを利用しているがSoC違いのバージョン)に採用されて登場した。Razr iは成熟市場向けの製品としては初のIntel SoC搭載製品となっている。

 そして、2013年のCESで発表されたのが開発コードネームLexington(レキシントン)で知られる低価格向けの製品となる「Atom Z2420」(1.2GHz)と「XMM6265」(3Gモデム)を組み合わせた製品で、100〜200ドル程度の低価格スマートフォン向けとなる。搭載製品は台湾のAcer、ケニアのSafaricom、インドのLAVA Internationalなどから発表され、すでに販売が開始されている製品もある。ASUSから発表されたばかりのFonepadは、このAtom Z2420とXMM6265を採用しており、8GB/リアカメラありのスペックの製品が249ドルと価格設定が話題を集めている。

 そして、それらの製品に次ぐ新製品として投入されたのが、開発コードネームClover Trail+(クローバートレイルプラス)で知られてきたAtom Z2500シリーズだ。Clover Trail+というコードネームを見ると、多くの人はClover Trailの改良版だと思ってしまうだろう。しかし、実際にはそうではないのだという。

 Intel モバイル通信事業本部 マーケティング・コミュニケーション部長 サミート・サイアル氏は「Clover Trail+とClover Trailは別ダイになる。Clover Trailに採用されているGPUはPowerVR SGX 545、Clover Trail+に採用しているのはPowerVR SGX 544MP2。前者はWindowsに、後者はAndroidに最適化したGPUとなる」(サイアル氏)と、両者の違いはGPUなのだという。これらの情報を元に、Medfield、Clover Trail、Clover Trail+の違いをまとめると以下のようになる。

Intelのスマートフォン、タブレット向けAtomプロセッサの比較(筆者作成)

 このように、Medfieldと比較すると、CPUコアがデュアルコアに強化され、GPUコアもPowerVR SGX 540からPowerVR SGX 544 MP2へと強化されている。PowerVR SGX 544 MP2はPowerVRのシリーズ5という同じ世代のGPUデザインだが、マルチコア化が可能なように拡張されており、MP2というのは2コア、つまりデュアルコアということを意味している。つまり、内部の演算器などが540などに比べて倍になっており、大きな性能向上が期待できるのだ。

 なお、サイアル氏によれば、それ以外の部分に関してはClover Trailと共通だという。つまり、AndroidではWindowsほどは3D描画性能を必要としないで、Clover TrailのGPUコアを若干性能は劣るもののより電力効率が高いGPUコアに変更した製品がClover Trail+だと考えればいいだろう。

Intelが公開したClover Trail+を搭載したリファレンスデザインのRedhookBay(レッドフックベイ、左)。Atom Z2580(2GHz)/2GBメモリ/8GB eMMCというデザインで、OEMメーカーがスマートフォンをデザインするときの参考に利用される。右側のデバイスはLenovoのIdeaPhone K900
Androidのバージョンは4.2.1。以前であればIA版のAndroidはARM版に比べて大きくバージョンが遅れることが多かったが、最近ではほとんど遅れがなくなってきている

CPU/GPUのクロック違いで3つのSKUがあるAtom Z2500シリーズ

 GPUを変えたとは言え、元はWindowsにも使えるような処理能力を持つSoCをスマートフォンに入れて、熱の問題やバッテリ駆動時間への影響はないのか気になる人も少なくないだろう。サイアル氏によれば「Clover Trail+はWindowsタブレット用の基板をそのままスマートフォンに使うわけではない。電源周りに関してもスマートフォンに最適化したものを使うので、放熱の心配などもないし、消費電力も従来のMedfieldと同じか、むしろ低くなっている」との通りで、心配する必要は無い。

 スマートフォン向けのAtomプロセッサは、確かに命令セットこそx86だが、消費電力の観点ではPC用のx86プロセッサと比べると桁が1つも2つも違っている。特に大きく違うのはアイドル時の消費電力で、アイドル時にPC用のプロセッサはW単位であるのに対して、スマートフォン用のAtomはmW、ないしはμWが単位になっており、バッテリ駆動時間に影響を与える平均消費電力では競合のARM SoCに匹敵するか、下回っているのだ(逆に言えば、Intelはこのことをうまくアピールできていないのだが)。

 確かに、Clover Trail+ではCPUもGPUもデュアルコアになっているが、実際にピーク性能を発揮している時間は短く、ほとんどはアイドルであるため、平均消費電力はほとんど変わらないかむしろ改良が進んだ分低くなっている。実際、Clover Trail+を搭載したLenovoのIdeaPhone K900は、Medfieldを搭載した前モデルのK800に比べて薄くなっており、熱設計的にもバッテリ駆動時間の観点からも問題が無いことがわかるだろう。

 Intelの発表によれば、Clover Trail+ことAtom Z2500シリーズには、以下のような3つのSKUが用意されているという。

Atom Z2500シリーズのSKU(Intelの公開した資料より筆者作成)
プロセッサー・ナンバー Z2580 Z2560 Z2520
クロック周波数 2GHz 1.6GHz 1.2GHz
CPU デュアルコア(HTテクノロジ対応)
メモリ LPDDR2-1066(32bit/デュアルチャネル)
ビデオエンコーダ/デコーダ 1080p30/1080p30
ビデオコーデック MPEG-4、H.264、DivX、VC-1、WMV9、VP6
ディスプレイサポート WUXGA(1,920x1,200)
GPU/クロック PowerVR SGX 544 MP2/533MHz PowerVR SGX 544 MP2/400MHz PowerVR SGX 544 MP2/300MHz
カメラ(リア/フロント) 1,600万画素/200万画素
対応モデム XMM6360

 IntelはClover Trailの性能について、一般には公開していないものの、ある程度の結果を報道関係者にだけ公開した。その時のメモを元に再現すると、Intelのリファレンスデザイン(開発コードネーム:RedhookBay、Atom Z2580/2GHz)と「Nexus 4」(Qualcomm Snapdragon S4、APQ8064、デュアルコアKrait、1.5GHzを搭載)との比較では、アイドル時の消費電力はClover Trail+の方が低く、3D性能を計測するGLbenchmarkのEgypt HDでもほぼ同等か若干上回る程度の結果だという。従来のMedfieldとの比較では数倍に達しており、CPUおよびGPUのデュアルコア化の効果が見て取れた。

課題は同時にモデム開発スピードとモデム統合SoC

 このように、消費電力を上げることなく、性能を上げることに成功しているClover Trail+だが、もちろん解決する課題はまだある。

 1つは、現時点ではIntelは音声も含めてサポートできるLTEモデムを提供できていないことだ。Intelは2010年にInfineon Technologiesから携帯電話向けモデム事業を買収し、Intel Mobile Communications(IMC)として傘下に加えている。Intelの3G/LTEモデムはこの子会社で設計しているのだが、残念ながらLTEに関しては若干出遅れてしまっている。サイアル氏によれば「現在データ通信だけが使えるシングルモードのLTEモデムをすでに出荷済みで、現在音声にも対応したマルチモードLTEのモデムを開発中で、年内には出荷できると思う」という状況。ハイエンドスマートフォンには必須となりつつあるLTEモデムをIntel自身のソリューションとしては提供できていないのだ。

 ただ、OEMメーカーがIntel以外のLTEモデムを選択して、それをIntelのSoCと組み合わせて利用することはもちろん可能で、LTEが必要だとOEMメーカーが思うなら、Intelとしてもそれはかまわないという。ただ、OEMメーカーにすれば、その組み合わせを自社で開発するため、出荷までに時間がかかるのなら、SoCも含めて他社でということになるのは想像に難しくない。こうした問題はIntelだけが抱えている問題だけでなく、Intel以外のSoCベンダも同じ悩みを抱えている。モデムに関しては、もともとモデムベンダーとして発展したQualcommが圧倒的に強いところで、マルチモードのLTEモデムをまだ提供できていないことからもわかるように、追いつくまでにはまだまだ時間がかかるだろう。

 また、モデム統合型の製品がないのも、Intelにとっては弱点の1つだ。モデム統合型のメリットはチップ数を減らし基板の面積を最小化でき、コストや基板サイズを減らせることだ。特にメインストリーム市場向けではこうしたソリューションが求められているのだが、モデム統合型のSoCもQualcommの独擅場であり、Qualcommと対等に戦いたいと思うのであれば、そこは解決しなければならない問題だろう。

 サイアル氏は「我々もそうした顧客からの要求があることは認識している。将来のロードマップにそうした製品があることは事実だが、現時点では詳しいことはお話しできない」とし、将来の製品にモデム統合型のAtom SoCがあることを認めたが、どの世代でそれが導入されるのかについては具体的には言及しなかった。

年末までに22nmプロセス製品を導入し、その後短い間隔で14nmを導入へ

 現時点でClover Trail+を搭載した製品を発表しているのはLenovoだけだが、ASUSとZTEも開発意向を表明しており、搭載スマートフォンが期待できる。さらに、Atom Z2460を搭載しているRazr iを発売しているMotorolaも、Intelとの契約が発表された時に「マルチイヤー、マルチデバイスの契約」と発表した経緯もあるので、Clover Trail+を搭載した製品を出す可能性はあると言えるだろう。

 今後Intelは22nmプロセスルールの「Bay Trail」を、2013年の年末商戦向けタブレット製品に間に合うよう出荷する予定だ。また、22nmのスマートフォン向け製品となる「Merryfield」も引き続き開発中ということで、Bay Trailに引き続き出荷されることになるだろう。

 そしてIntelは22nmプロセスルールから長い期間をおかず、14nmプロセスルールへ移行する。これまでであれば、PC用プロセッサの製造に2年間最先端プロセスルールを使った後、スマートフォン向けのSoCなどを1世代遅れで製造に利用してきた。しかし、それを1年前倒しして、14nm世代ではPC用のプロセッサを製造している途中であっても、スマートフォン用プロセッサ製造を14nmで行なうことになる。

 すでに28nm(Intelの世代でいえば32nm)でも起きているが、QualcommやNVIDIA、AMDなどのファブレス半導体メーカーが製造を委託しているファウンダリのキャパシティが足りなくなり、製品供給や端末メーカーの製造に影響が出ている。今後より最先端のプロセスルールへ移行する過程で、移行に時間がかかったりすれば、同じようにキャパシティに影響が出てくる可能性がある。そうした時に、Intelだけが1世代も、2世代も先を行っているプロセスルールでSoCを製造することができれば、性能でも、消費電力でも大きなメリットを享受することができる。

 その目論見が成功すれば、2015年にはスマートフォン向けプロセッサでは局面が全く変わっている可能性がある。性能で、Intelが他社を大きく引き離す、そんなことが現実に起きていても何もおかしくないのだ。まだまだスマートフォン向けプロセッサ市場からは目が離せず、IntelはスマートフォンSoC市場でその存在感を年々増しており、今後も注目していきたいところだ。

(笠原 一輝)