笠原一輝のユビキタス情報局

COMPUTEXで見えてきたWindows 8/RTの光と陰



 COMPUTEX TAIPEI 2012の主役はUltrabookとWindows 8/Windows RTだった。

 MicrosoftはCOMPUTEXを前に、RP(Release Preview)版を同社のWebサイトで公開。すでにダウンロードして実際に使ってみている読者も少なくないだろう。なお、Windows RTに関しては特定のハードウェアでしか動かせないという関係上公開されていない。

 今回のCOMPUTEXではこのWindows 8およびWindows RTを搭載したタブレットも多数展示されており、Metro UIによる新しいユーザー体験を来場者などに印象づけることができた。本レポートでは、COMPUTEXで見えてきたMetro UIを巡るさまざまな状況についてお伝えしていきたい。

●Windows RTの評価に神経質になっているMicrosoftは厳しい情報統制を実施

 「MicrosoftはタブレットでのMetro UIのユーザー体験で悪い印象を持たれることを極端に恐れており、Windows RTのデモについては非常に厳しいガイドラインを用意している」と、あるPC業界の関係者は語る。

 もはや業界では知らない人はいないそうだが、MicrosoftはWindows RTの情報統制を非常に厳しく行なっている。以前、あるプロセッサベンダーの関係者にインタビューしたとき、当時WOA(Windows On Arm)と呼ばれていたWindows RTについて根ほり葉ほり聞いたところ「それはMicrosoftに聞いてくれ」、「それは答えられない」という答えばかりが返ってきて、ほとんどインタビューにならなかったことを覚えている。そのインタビューが終わって帰り際に「答えられないことが多くて申しわけない。でも、今回本当にMicrosoftはこの件に非常に神経質なんだよ」と言って詫びてくれた。

 実際、1月にラスベガスで行なわれたCES、2月にスペインで行なわれたMWC、いずれの会場でもWindows RTのデモは、基調講演や記者会見のステージ上か、ガラスケースの中だけで、それ以外の場所では一切デモなどは見ることができなかった。基調講演のステージ上だけのデモに限定しているということは、要するにMicrosoftが用意するシナリオに沿ったデモだけ許されており、それ以外のデモは許さないということだ。

 つまり、Microsoftは、ユーザーに間違ったメッセージを送ってしまうことを極端に恐れているということだ(もちろん、Windows RTがIA版に比べると遅れているという側面もあっただろうが)。

●一定の条件下でのデモが初めて認められたWindows RT搭載タブレット

 この状況は今回のCOMPUTEXでは若干変わり、より広範囲でデモを行なうことが可能になったということだ。一般来場者が触れられるような展示会場では、相変わらずガラスケースの中のみでのデモしか許可されていなかったが、我々報道関係者などに対しては担当者自身が操作を行なうという条件の下で、デモを見ることが許可された。

 今回のCOMPUTEXでは、ASUSTeK Computer、Qualcomm、東芝がWindows RTタブレットを公開した。

別記事でも紹介している通り、ASUSTeK Computer(ASUS)はNVIDIAのTegra 3を搭載したWindows RTマシンをデモ。NVIDIAも記者説明会においてASUSのマシンを利用してのデモを行なった。 NVIDIAによるTegra 3搭載Windows RTマシンの紹介。1,366x768ドットのIPS液晶、Tegra 3(タブレット版)、2GBのメインメモリというスペックだという。ストレージはSKUによるが、32GBのモデルなどAndroidと同じような容量になる見通しだという 一般来場者も入れるNVIDIAブースでは、こうしたガラスケースの中で、一般の来場者が触ることはできなかった
Qualcommが公開したWindows RT搭載タブレット。OEMベンダーの製品ではなく、Qualcommがリファレンスとして作成しOEMメーカーなどに配布するキット Windows RTであってもデスクトップに降りることはできる
Windows RTでのMetro Apps以外のアプリケーション。現在のベータではまだOfficeは実装されていないように見えた 別記事でも紹介している通り、東芝はWindows RT搭載機を報道関係者に公開した

 この中に「台湾のトップPCベンダーであるAcerが入ってない」と気づいた人は鋭い。本来であればASUSTeKと、台湾のPCベンダーとして1位、2位を激しく争っているAcerがリリースしていないのは不自然だ。

 もちろんそれには事情がある。PC業界の関係者によれば、今回MicrosoftはWindows RTの開発にあたり、今までのWindowsベースのシステムとは異なる開発方法をとっているという。今までWindows OSの開発では、基本的(というのは大手と中小には若干の差がある)にはどのベンダーもほぼ同じタイミングでベータ版を手に入れ、ほぼ同じタイミングでRTM(出荷版)を手に入れ、自社のPC向けのイメージを作成することができた。これは、x86プラットフォームがオープンスタンダードだからできたことで、MicrosoftはOSだけを作り、BIOSベンダーはBIOSを、チップセットベンダーはチップセットのドライバを、GPUベンダーはGPUのドライバを作成することで成り立ってきた。

 しかし、Windows RTに関してはそのアプローチを取ることは不可能だ。1つにはWindows RTは今回初めて立ち上がるプラットフォームで、標準となるBIOSもないし、GPUも、チップセットも、無線LANも、Bluetoothもすべてのドライバがないところから開発を始めなければならなかった。そこで、MicrosoftはWindows RTを開発するにあたり、SoCを開発するベンダーとして3社(NVIDIA、Qualcomm、TI)を指名し、そしてOEMベンダーに関しても特定のメーカーを指名して開発を続けてきたのだという。前述の関係者によれば、今回公開した2社(ASUS、東芝)のほかに、中国、日本、韓国のPCベンダーが指名されて開発が進められているのだという。そこにAcerの名前はないのだ。つまり、それが今回AcerでWindows RT搭載マシンが展示されていなかった理由なのだ。

 Microsoftはその指名された各社にまず先行して開発させ、その各社と共にWindows RTを立ち上げ、その後に他のOEMベンダーにも広げていくというアプローチを取っていると関係者は説明する。このため、1番手となるベンダーと、2番手となるベンダーの間には半年程度の差ができる見通しだという。

 こうしたアプローチは、GoogleもAndroidの開発でとっている手法だが、Googleの場合には1プロセッサベンダー+1OEMベンダーという組み合わせなのに対して、Microsoftは3プロセッサベンダー+複数のOEMベンダーということになり、Microsoftとしてもできるだけ多くのOEMはサポートしたいが、さりとて開発リソースには限界がある。そこで最大限ということで検討した結果、前出の3つのプロセッサベンダーと5つ程度のOEMベンダーが選ばれた、ということだろう。

●CyberLinkがMetro Appsを公開

 MicrosoftはWindows 8のRP版において、新しいMetro UIに対応したアプリケーションMetro Appsの数を従来よりも増やすことに成功している。日本語版でいえば朝日新聞、日経新聞などがアプリケーションなどを増やしたり、実際のリリースへ向けて着実にアプリケーションを増やしている。

 COMPUTEXでもMetro Appsのデモは行なわれており、ソフトウェアベンダーのCyberLinkは動画再生ソフトウェアのPowerDVD、動画編集ソフトウェアのPowerDirectorのMetro Apps版のほか、Metro Appsのカメラソフト“YouCam”を公開した。CyberLinkの関係者によれば、こうしたMetro Appsは順次Windows Storeでベータ版として公開される予定で、RP版を使っているユーザーがダウンロードしてテストすることも可能になるという。ただし、現時点で筆者が日本語RP版で確認した限りではYouCamだけが公開されていた。

 Metro Apps版PowerDVDおよびPowerDirectorは、すべてタッチ操作に最適化されており、タッチ操作ですべての操作を行なうことができた。なお、Metro UIでは従来のDirectShowベースのフィルターなどが利用することができないため、Windows Vista以降で導入されたMedia Foundationという仕組みを利用する必要があるのだが、CyberLinkでは新たにMedia Foundation用のコーデックを開発し、さまざまな形式の動画を再生できるようにしているとのことだ。

 ただし、Metro AppsはMetro UIの制限からくるいくつかの制約も有り、デスクトップアプリ版のPowerDVDなどで実現されている機能のいくつかが制限されているという。大きなところでは、PowerDVDにおけるBDの再生、DTCP-IPへの非対応が挙げられるという。CyberLinkの関係者はそれ以上は詳しくは教えてくれなかったのだが、現状ではMetro Appsからセキュアにビデオ出力をすることができないということが関係している。BDの再生にしろ、DTCP-IPにせよ、メモリ内のビデオを保護する仕組みがあるのだが、Metro UIの場合、まだこの部分が実装されていない模様だ。基本的にMetro UIではハードウェアを直接叩くことができないため、OS側でこの仕組みを実装しない限りはセキュアにビデオを出力することができないのだ。

 CyberLinkの関係者はDTCP-IPに関しては実装されるようにMicrosoftと話し合っていると述べており、将来的には実装される可能性がありそうだが、最初のRTM版ではDTCP-IPはMetro Appsからは使えないことはほぼ確定と言える。DTCP-IPの実装は日本では必須となっているため、これは大きな問題になりそうだが、逃げ道がないわけではない。というのも、x86版のWindows 8ではMetro AppsからWin32アプリケーションを呼び出すことが可能であるため、Metro Appsと同じようなUIのアプリケーションを作り、それをMetro Appsから呼び出すということをすれば、解決可能だ。BDに関しても同様で、例えばPowerDVDならデスクトップアプリケーションも同時にインストールしておけば、BD再生の時にはそちらを呼び出すことができるようになる。

 もちろんこの手はWindows RTでは使えないため、少なくとも最初のバージョンのWindows RTではDTCP-IP未対応でいくことになる可能性が高いと言えそうだ。

CyberLinkが公開した3つのMetro Apps。PowerDVD、PowerDirector、YouCamの3つ PowerDVDのビデオリストビュー このように動画のコーデックの種類でもブラウズが可能
静止画は撮影した日付などで仕訳して見ることができる 音楽ファイルビュー 動画/静止画撮影ソフトYouCamの画面
エフェクトをかけたりなども可能になっている、すべてタッチ操作で可能に 動画編集ソフトPowerDirectorのMetro Apps版 動画編集がすべてタッチでできる
動画で残す部分などもタッチで選択することが可能 作成した動画のプレビューもMetro Apps上から可能になっている Metro UIからそのままエンコードしたり、プロジェクトとして保存して、デスクトップアプリケーションのPowerDirectorでさらに詳しく編集したりという使い方も可能。このあたりはWin32アプリケーションとMetro Appsの両方が使えるWindows 8だけのメリット

●ベンダーにとってはMetro Appsのビジネスモデルへの移行が課題

 CyberLinkの例のように、Windowsのデスクトップアプリケーションを展開していたソフトウェアベンダーも、Metro Appsに積極的に取り組んでおり、Windows 8のリリースまでには各社ともMetro Appsをそろえてくることになるだろう。

 だが、課題がないわけではない。最大の課題は、Metro Appsのビジネスモデルをどうするか、という問題だ。この問題は、すでにPCのソフトウェアを開発していたソフトウェアベンダーが、AndroidやiOSで直面していたもので、仮にWindowsのアプリケーションが、Microsoftの思惑通りにWin32のデスクトップアプリケーションからMetro Appsへと主流が移り変わっていくとすると大きな問題となる可能性がある。

 具体的に、わかりやすい例で説明しよう。例えば、ジャストシステムの日本語変換システムのATOKは、Windows版は同社の直営ショップでフルパッケージ版が6,615円、AAA優待(いわゆるアップグレード版)が4,725円という価格で販売されている。これに対してATOKのAndroid版は、Androidマーケットで1,500円で販売されている。日本語変換システムそのものの機能は、Windowsであろうと、Androidであろうと変わらないはずなのだが、それでもAndroid版の価格は3分の1以下なのだ。なぜかと言えば、Androidアプリの平均単価はもっと安価だからだ。ほとんどの有料Androidアプリは高くても数百円のレベルで、ATOKは1,500円であっても、高い印象を受ける価格設定になってしまっている。

 Metro Appsに関しても同じ問題が発生する可能性はある。現時点まででMicrosoftはWindows Storeの価格モデルに関しては明らかにしていないが、Metro UIがAndroidやiOSの対抗と位置づけられていることを考えれば、AndroidやiOSのアプリストアと価格モデルが違っていたらユーザーにとって魅力的な選択肢にはなりえないだろう。

 このため、Windowsアプリケーションのベンダーは、異なるビジネスモデルを模索している。例えば前出のジャストシステムは、新しい価格体系として月額課金モデルを用意しており、月額300円でWindowsもAndroidも使えるライセンスを用意しており、両方のプラットフォームを利用するユーザーにとって魅力的な選択肢になりつつある。

 CyberLinkも同様で、基本的には既存のPowerDVDを購入したユーザーの特典として無料でダウンロードして利用できるようにしている(有料で単品購入もできる)。同社によれば同じ仕組みはMetro Appsでも設けられるようで、PowerDVDやPowerDirectorのフルバージョンを購入したユーザーには特典としてMetro Appsを提供するようにする予定だという(有料版も用意する予定とのこと)。この仕組みを応用すれば、既存のWindowsアプリケーションを開発するソフトウェアベンダーにすれば、現在のビジネスモデルを維持しつつ、Metro Appsにも対応することができるため、1つの方法論としては充分有りだろう。

 ただし、それも今後もWindowsのデスクトップアプリケーションとMetro Appsが併存していくということが前提であるため、仮に今後Metro Appsの方が主流となっていけば、この仕組みで対応することが難しくなる。そうなると、従来は数千円で売っていたものを、数百円で売るように、開発体制などを変えていかざるを得ない。そうした意味では、Windows 8/RTの登場はソフトウェアベンダーにとっても、大きな転換点となりそうだ。

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(2012年 6月 11日)

[Text by 笠原 一輝]