笠原一輝のユビキタス情報局

3種類のプラットフォームが用意される個人向けAtom戦略



COMPUTEXでASUSTeK Computerが発表したEee Pad EP121。Pine Trail-Mプラットフォームが採用されている

 台北で行なわれたCOMPUTEXでもっとも熱い製品はなんだったかと言われれば、誰もがタブレット端末と応えるのではないだろうか。各社のブースにはスレート型のタブレット端末が多数展示されており、メディアの関心も高く、各媒体で記事になっているのをご覧になった読者も少なくないだろう。

 そのタブレット端末に採用されていたCPUは、大きく2つに分かれていた。x86とARMだ。これまでのところ、スマートフォンはARM、ネットブックはx86ということでほぼ勝負があった感があるが、その中間となるタブレット端末は両陣営がせめぎ合っている。AppleのiPadが好調な出足を見せたことでARMが優勢ではあるものの、ARMとx86それぞれCPUを搭載する製品を開発し展示するメーカーもあり、未だ決めかねている様子も見て取れる。

 そんな中、Intelのタブレット端末戦略の中核を占めるのが、2011年の初頭にリリースされる予定のOak Trail(オークトレイル、開発コードネーム)だ。Oak Trailは、もともとスマートフォン用として開発されたMoorestownをベースに、PC用の機能を追加したプラットフォームで、IAベースのタブレット端末に利用されているPine Trail-Mプラットフォームに比べて、平均消費電力が半分になるなどのメリットを持っている。

 本レポートでは、COMPUTEXでOEMメーカーに取材して分かったOak Trailの詳細について、説明していきたい。

●3つの製品セグメント

 今後のIntelのネットブック、タブレット端末、スマートフォンなどコンシューマ向けのクライアント機器向けAtomプロセッサを理解するには、すでにリリースされている各製品と、今後リリースされる各製品のポジショニングを改めて理解する必要があるだろう。

 表1、図1は現在発売中、現在計画中のものを含めたコンシューマ向けのクライアント機器向けAtomプロセッサ・プラットフォームの一覧と熱設計消費電力(TDP)から見たポジショニングを図にしたものだ。

【表1】クライアントデバイス向けAtomの各プラットフォーム(Cedar Trail、Medfield、Oak Trailは筆者予想)
プラットフォームコードネーム-PineTrail-MCedarTrail-MMoorestownMedfiledMenlowOak Trail
プロセッサコードネームDiamondvillePineviewCedarviewLincroftMedfieldSilverthorneLincroft
プロセスルール45nm45nm32nm45nm32nm45nm45nm
TDP2.5W5.5~6.5W0.8~2.5W3W
パッケージサイズ22x22mm22x22mm13.8x13.8mm13x14mm13.8x13.8mm
チップセットコードネームCalistoga+ICH7-MTigerPointTigerPointLangwell-PoulsboWhitney Point
プロセスルール130nm65nm65nm65nm-130nm65nm
TDP4W+1.5W1.5W1.5W-2.5W0.8W
パッケージサイズ27x27mm+31x31mm17x17mm17x17mm14x14mm-22x22mm14x14mm
プラットフォームTDP8W7~8W?3.3~5W3.8W
プラットフォームパッケージサイズ2174平方mm773平方mm386.44平方mm666平方mm386.44平方mm
メモリDDR2DDR2/DDR3DDR3?LPDDR1/DDR2DDR2DDR2
グラフィックスコアコアインテル 第3世代インテル 第3世代インテル第4世代?PowerVRコアPowerVRコアPowerVRコアPowerVRコア
D3D9910?9999
HD動画HWデコーダ--WMV、AVCWMV、AVCWMV、AVCWMV、AVCWMV、AVC
サポートOSWindows--
MeeGo
Chrome OS----
Android----
ターゲット市場ネットブック(通常)--
ウルトラモバイルPC---
タブレット(通常)---
タブレット(薄型)---
スマートフォン-----

【図1】クライアントデバイス向けAtomのTDPにおけるポジショニングロードマップ(筆者予想)

 IntelはクライアントPC向けのAtomプラットフォームを3つの製品群でカバーする。

 1つ目の製品群が、Atom NシリーズとなるDiamondville、およびその後継となるPine Trail-M、そして2011年の半ばに投入される予定のCedar Trail-Mだ。これらの製品は、プラットフォームレベル(CPU+チップセット)での熱設計消費電力が7~9W前後になっており、ネットブックやタブレット向けなどに位置づけられている。今年のCOMPUTEXで展示されたx86タブレット端末は、いずれもこの製品群をベースにしたものとなっている。

 2つ目の製品群がAtom Z5xxシリーズの製品名がつけられたMenlow、そしてその後継として2011年の初頭に投入される予定のOak Trailだ。これらの製品群は、プラットフォームレベルでの熱設計消費電力が3~5W前後になっており、より薄型のウルトラモバイルPCやタブレット向けと位置づけられる製品となる。

 そして最後の3つ目の製品群が、Atom Z6xxシリーズの製品名がつけられたMoorestown、そしてその後継として2011年の半ばに計画されているMedfieldだ。これらの製品群ではPC用のOSであるWindowsはサポートされず、MeeGo、Androidなどの携帯電話用のOSがサポートされ、ハイエンドスマートフォン向けと位置づけられている。Medfiledではさらに消費電力が削減されるため、ハイエンドなスマートフォンだけでなく、メインストリームのスマートフォンもターゲットになる。

●Pineviewの弱点だった内蔵GPU周りの機能が拡張されるCedarview

 現在Intelが市場を独占していると言って良いネットブック市場だが、Intelはその状況を継続すべく、Atom Nシリーズの拡張を続けていく。COMPUTEXではDDR3に対応したPine Trail-Mの出荷を開始したことを明らかにした。N475、N455というプロセッサー・ナンバーがつけられた両製品は、従来のN470、N450のDDR3対応版で、それ以外のスペックは従来製品と同等のスペックとなる。

 さらにCOMPUTEXでは、今年の後半にCPUをデュアルコアにしたPine Trail-M版も投入されることが明らかにされた。Intelはデュアルコア版であること以外は公式には明らかにしなかったが、OEMメーカー筋の情報によれば、デュアルコア版のPine Trail-Mは、1.5GHz駆動で、DDR3対応、プロセッサの熱設計消費電力は10Wになるという。クロック周波数が、N475(1.86GHz)やN450(1.66GHz)よりも低いのは、熱設計消費電力を抑えるためだろう。

 2011年の半ばにはPine Trail-Mの後継としてCedar Trail-Mが投入される。Cedar Trail-MのCPU、Cedarviewの特徴は、製造プロセスルールが32nmへと微細化されることだ。このため、Pine TrailのCPUであるトランジスタ数なども増やすことができるので、機能の拡張が行なわれる。現時点で、Intelはこれらの拡張がどのようになるのかを明らかにしていないが、Cedarviewにはグラフィックス周りの拡張が施されるという。

 現行製品となるPineviewに内蔵されているGPUコアは、Intel 945Gなどで採用されていたGMA950ベースのコアになる。GMA950はIntelの内蔵GPUコアとしては第3世代と呼ばれるもので、APIではDirect3D 9のシェーダ2.0に対応したものとなる。これに対してCedarviewでは、第4世代に相当するDirect3D 10、シェーダ3.0に対応したコアになるという。また、Pineviewで内蔵されなかったHD動画のハードウェアデコーダも内蔵され、DisplayPortなどのデジタルディスプレイ出力の機能も追加される。

 ただし、チップセットに関してはNM10(開発コードネーム:Tiger Point)のままで据え置かれることになるという。というのも、ノートPCではSATA3などのような新しい機能もしばらくは必要なく、特に追加するような機能もないからだ。

●現行のMenlowに比べてTDPが1W以上下がり、より薄型化に貢献するOak Trail

 Pine Trail-M、Cedar Trail-Mなどに比べると、TDPが低くより薄型のウルトラモバイルPCやタブレット端末などに適したプラットフォームとなるのがOak Trailだ。

 先週書いた記事の時点ではOak Trailを構成する2つのチップのコードネームや詳細のスペックなどがわからなかったのだが、その後OEMベンダーなどに取材を続けたところ、Oak Trailに関する詳細が概ねわかってきた。OEM筋の情報によれば、Oak TrailはCPUがMoorestownと同じLincroft、チップセットがWhitney Point(ホイットニーポイント、開発コードネーム)になる(余談だが、CPUはOakviewではなかったようだ…)。

【図2】Menlow、MoorestownとOak Trailの違い(筆者予想)

 CPUとなるLincroftはMoorestownに使われているものと同じシリコンになる。プロセッサコアはBonnell(ボンネル)で、512KBのL2キャッシュを備える。ターゲットとなるクロック周波数は1.6GHz以上とだけOEMメーカーに通知されているようだが、MoorestownのLincroftでは1.9GHzと1.6GHzの2つのSKUが用意されているので、おそらく同様のクロック周波数となる可能性が高い。

 内蔵されているグラフィックスコアはMenlowで採用されていたのと同じPowerVRベースのコアで、MenlowのGMA500に比べて2倍のグラフィックス処理能力を備えている。Menlowの場合、グラフィックスコアが130nmプロセスルールで製造されるチップセット側にあったので、大きなダイサイズと高い消費電力となっていたが、Lincroftではそれが45nmプロセスルールで製造されるCPU側に移動したことで、クロック周波数(200MHzが400MHzに)などを引き上げられ、性能が約2倍に向上した。このほか、Adobe Flash 10.1のハードウェアアクセラレーションに対応する予定のHD動画のハードウェアデコーダも搭載している。

 このチップセットとなるのが、Whitney Pointだ。MoorestownではLangwell(製品名MP20)が採用されていたので、このチップが異なることがMoorestownとOak Trailの大きな違いと言っていいだろう。OEM筋の情報によれば、このWhitney Pointは、Langwellの基本設計を利用しつつ、SATA、HDオーディオ、LPCなどのレガシーI/O、HDMI出力を追加したものになり、Langwellと同様に低消費電力なのだという。OEMメーカー筋の情報によれば、このWhitney Pointの熱設計消費電力はわずか0.8Wと、Pine Trail-MのTiger Point(NM10)の1.5Wと比較して約半分程度になっているという。

 こうした設計により、Oak Trail全体での熱設計消費電力は4Wを切る3.8W前後になっており、現行製品であるMenlowの5W前後から1Wも低い。ウルトラモバイルPCや薄型タブレット端末を設計する上で、OEMメーカーの熱設計がよりやりやすくなり、つまりより薄型のPCやタブレットを設計することが容易になる。

 バッテリ駆動時間に影響を与える平均消費電力も、現行のMenlowと同じレベルの1W前後で、Pine Trail-Mプラットフォームの2W前後に比べて半分になっているのだ。なお、IntelはCOMPUTEXの記者会見で、Oak Trailの消費電力はPine Trail-Mの半分になると説明しているが、それはこの平均消費電力のことを意味しているということができるだろう。

●メインメモリがDDR2であること、USBポートが4ポートまでであることが課題

 このように一見するといいことずくめに見えるOak Trailだが、もちろん課題もある。最大の課題は対応するメインメモリがDDR2であることだろう。すでに述べたように、Oak TrailのCPUであるLincroftは、MoorestownのCPUであるLincroftそのものだ。Lincroftはもともとスマートフォン向けとして設計されたため、メモリはLPDDR1とDDR2を利用することが想定されている。

【図3】Oak Trailのブロックダイアグラム(筆者予想)

 LPDDR1は、DDR Mobile RAMなどとも呼ばれる、携帯電話向けのDRAMとして設計されたもので、メモリ容量もさほど大きくなくより低消費電力向けのデバイスに載せるために利用されている。このため、より大容量でハイパフォーマンスな用途としてはDDR2を利用することが想定されている。Windowsのように大容量のメモリを必要とする用途では、DDR2が必須となるので、Oak TrailのLincroftではDDR2のみがサポートされる。

 Intelも明らかにしているように、Oak Trailは来年(2011年)の初頭のリリースが計画されているのだが、問題は来年の初頭にDDR2の価格がどうなっているかだ。以前の記事でも触れたように、すでにDDR2とDDR3の価格は逆転現象が起きており、OEMメーカーにとってはDDR3の方がすでに安価になりつつあるという状況が発生している。これが来年の1月になったら、当然DDR3の量産効果はさらに進むことになるので、状況はDDR2にとってさらに悪化している可能性が高い。VAIO PやLOOX UのようなウルトラモバイルPCにとっては、元々プライスレンジがネットブックより1クラス上なので問題にならないが、タブレット端末やネットブックにOak Trailを採用する場合にはコスト面で問題となる可能性がある。

 もう1つの課題は、USBポートのポート数だ。Whitney PointではUSB 2.0のコントローラが1つで、4つのポートを実装できる仕様になっている。携帯電話向けとしては4ポートで十分なのだが、PC向けとしては十分とはいえない。というのも、Whitney PointはPCI ExpressやPCIなどの外部バスを備えていないため、無線LAN、Ethernet、WWAN、WiMAX、Bluetoothなどの機能はUSBに接続する必要がある。仮にこれら全部を実装した場合には、すでに1ポート足りなくなる。もちろん、さらにケースに装着するUSBポートとしてさらに2つぐらいは必要になるので、Ethernetを装着しないぐらいでは足りないのは言うまでもない。なお、Whitney PointではSDIOを3ポート備えているので、SDIO接続が可能な無線LANチップを搭載したりなどの解決策は考えることができる。

 ただし、このUSBの問題は基板上にUSB Hubチップを搭載すれば解決できる問題ではあるので、メインメモリとは異なりクリティカルな問題ではないが、やはりコストアップは避けられないことになる。

●タブレット端末用の本命となるのはOak Trail

 このように、メモリ周りとUSBに関しては課題が残るものの、Oak Trailはバッテリ駆動時間は現行のMenlowと同等かそれ以上で、システムの熱設計消費電力は下落し、チップの実装面積も従来製品に比べて小さくなるのでより小型で薄型のウルトラモバイルPCやタブレットなどを製造することができる。

 OEM筋の情報によれば、IntelがOak Trailでサポートすると言っているOSは、Windows 7と、MeeGo、GoogleのChrome OSとAndroidとなる。ウルトラモバイルPCのOSとしてWindows 7とChrome OS、タブレット端末のOSとしてMeeGoとAndroidということになるだろう。

 こうしてみていくと、今回のCOMPUTEXに展示されたPine TrailーMベースのタブレット端末は、始まりに過ぎないことがわかるだろう。Intelにとってタブレット用の本命は、このOak Trailであり、OEMメーカーにとっても、Pine Trail-Mベースの製品で得たノウハウを生かして、より魅力的なデバイスを作る必要があるだろう。そうしなければ、とてもiPadの対抗などとはいえないのは誰の目にも明らかだからだ。

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(2010年 6月 7日)

[Text by 笠原 一輝]