笠原一輝のユビキタス情報局

Atomブランドに注力するIntelの狙い



 筆者は今、COMPUTEXが行なわれている台北に滞在している。初日こそ快晴の台湾晴れ(?)だったのだが、2日目、3日目とあいにくの雨となっているが、そこかしこで熱い商談や記者会見などが繰り広げられている。我々テックメディアの関係者は、前日の5月31日から、初日、2日目と記者会見の嵐でほとんど会場を見て回る余裕もなく、ようやく3日目から会場を見て回る余裕もでてきたのだが、会場を回ってみると、例年と同じところ、例年とは違うところを発見したりしてなかなか楽しいものだ。

 その中で筆者が不思議に思ったのは、Intelのプロモーションの姿勢だ。以前も書いたと思うが、Intelはマーケティングに対する姿勢は非常に一貫しており、ある方針をきちっと決めたら、それがすべてのマーケティング活動に波及する仕組みになっている。そのIntelが、今年のCOMPUTEXでもっとも積極的にアピールしているブランドは、プレミアブランドのCore iシリーズではなく、低価格向けであるはずのAtomなのだ。その背景にはどんな事情があるのだろうか。

●“目抜き通り”の広告に飾られたのはCore iシリーズではなくAtom

 写真は、COMPUTEXの会場であるTICC(Taipei International Convention Center)とTWTC(Taipei World Trade Center)の南港ホールの入り口に置かれたされたIntelの看板などだ。

 いずれも来場者に対してアピールしやすい場所だと考えれば、もっともアピールしたいものを載せるのが常道だろう。実際、TICCの入り口は南港ホールへ行くバスに乗る乗り場だし、南港ホールの入り口もバスを降りてすぐというほとんどの来場者が一度は通る“目抜き通り”だから、当然そこに広告を出すとしても価格は安価ではなく、一等地であることを考えれば、もっとも高いと考えていいだろう。

 そこに飾られていたのは、Core 2 DuoでもCore iシリーズでもなく、Atomのロゴだったのだ。つまり、今回Intelがもっともアピールしたい製品は、Core iシリーズではなく、Atomだったと考えた方が妥当だろう。

TWTCの南港ホールの入り口の様子。Intelの看板がAtomロゴになっている TICCの入り口付近。やはりIntelの看板はAtomロゴ

●重視されていたのはプレミアムブランドの露出

 PC業界の常識を知っている人なら、この光景を見て“アレ?”と感じたことだろう。なぜなら、これまでIntelのこうした広告でAtomロゴを露出するというのは皆無であったからだ。

 Intelという会社の、マーケティング部隊はよく軍隊になぞらえられることが多い。というのも、本社が決めたマーケティングの方針は、きちんと各地域の子会社に伝達され、その方針通りにマーケティングが行なわれるからだ。つまり、上意下達が軍隊のようにしっかりしている、という意味だ。

 例えば、昨年まではIntelが予算を割いて作る広告などには、プレミアムブランドであるCore i7とCore 2 Duoだけが露出しており、CeleronやPentiumなどが露出することはなかった。例えば、広告代理店の関係者が、Celeronを露出しようというプランをもってIntelに行っても、そのプランはNGを出されてしまう。なぜならば、Intelには広告などへのブランドの露出はプレミアムブランドだけという社内のルールがあり、そうではないブランドの露出には予算が付かないからだ。

 その端的な例は、Intel Inside Program(IIP)の仕組みだ。IIPは、Intelの顧客であるOEMメーカーがIntelのロゴを入れることで、その広告費の一部をIntelが負担するという広告に関する仕組みだ。しかし、この広告を出すマシンがPentiumだったり、Celeronだったりした場合には、いくら広告を入れようがIIPの対象にならない。だから、OEMメーカーの広告を観察しているとわかるが、各社ともIIP対象の広告になるように、宣伝しているマシンはみなCore iシリーズのCPUを搭載した製品ばかりだ。

 もっとも、考えてみれば当たり前の話で、Core iシリーズなどの価格は、それこそ上は999ドル(日本円で9万円強)から100ドル(日本円で約9,000円)まであるのに対して、PentiumやCeleronのそれは、数十ドルというレベルだ。どのプロセッサも同じコストで製造できると仮定すればそこから得られる利益に大きな差があるのは言うまでもないだろう。ならば、マーケティングも高い利益率を生む製品にターゲットを絞るというのも無理はないだろう。

 こうして考えていけば、PentiumやCeleronですら露出が制限されているとすれば、それより安価なAtomのブランドを露出するのがいかに“驚愕すべき事態”であることが理解していただけるだろうか。

●転換されたIntelのマーケティング戦略

 さて、そうした前提知識を持っていただいたところで、ではなぜIntelはAtomブランドをこれだけ露出するようなマーケティング戦略を打ってきたのだろうか?

 その背景には、Intelのマーケティング戦略の転換がある。その転換を説明するには、あるIntelの関係者の言葉を借りるのがいいだろう。その関係者は「IntelのコアビジネスがPCであることには変わりはない。そちらはそちらで大事にしつつ、もう1つの新しい成長市場と位置づけられる、組み込み向けなどの市場をプロモーションする必要があると判断している」と言っていた。つまり、Core iシリーズなどのPC向けプロセッサビジネスは、Intelにとって非常に順調に推移しており、むしろそれ以外の市場をてこ入れする必要があるとIntelとして判断している、そういうことだ。

 実際、IntelのPC向けプロセッサビジネスは堅調に推移している。世の中の注目こそタブレット端末やスマートフォンなどに集まっているのは事実で急成長を続けていることも事実だが、PCの市場も依然として成長を続けている。Intel CEOのポール・オッテリーニ氏は5月に行なわれた投資家向けの説明会において、PCの需要は今後も伸びていき、2014年には6億台/年の出荷数に達すると予想している(別記事参照)。日本にいると、PCは死に絶えてみんなスマートフォンになってしまうような論調が増えつつあるが、一歩世界にでてみるとそういう予想をしている関係者は少なく、むしろオッテリーニ氏のような認識の関係者の方が多いのだ。

 しかしながら、今後スマートフォンやタブレット端末のような新しい器機がPCを上回る成長を見せるということについては誰もが異論がないはずだ。そこには激しい競争が存在している。Intelはそうした市場においてARMアーキテクチャを採用する他社と激しい争いを続けており、そのマーケットは実に多岐にわたっている。ちょっとリストアップしただけでも下記のような市場がある。

【表1】
市場 対応製品
ネットブック Atom Nシリーズ
ネットトップ Atom Dシリーズ
スマートフォン Atom Z6xxシリーズ
TV Atom CEシリーズ
組み込み Atom N/Zシリーズなど
自動車 Atom Z5xxシリーズ

 Intelはこれらの市場で、ARMアーキテクチャの他社製品や自動車などではSHアーキテクチャの他社と競争を繰り広げている。唯一の例外はネットブックとネットトップで、この市場ではほぼ独占状態にあり、無風状態と言ってよい。

 ところが、逆にそれ以外の市場では苦戦を強いられているものも少なくない。IntelがSmart TVと呼ぶ高度なネット機能を統合したTV市場では、ソニーやGoogleというパートナーをようやく得て形になってきたが、これまでほとんど具体的な採用例がないような状況だった。

Intelが開催したMoorestownにかんする記者会見で講演するIntel 上級副社長兼ウルトラモビリティ事業部 事業部長のアナンド・チャンドラシーカ氏

 スマートフォン市場も同様だ。COMPUTEXで発表したIntel Atom Z6xxシリーズ(開発コードネーム:Moorestown)に関する記者会見を開催し、リファレンスプラットフォームを公開した。正式な発表ができてお披露目もできてと順調に進展しているように見えるが、記者会見後の質疑応答で、1月のCESで発表されたLG電子以外のOEMメーカーを獲得できたのかとの質問に、ウルトラモビリティ事業部 事業部長のアナンド・チャンドラシーカ上級副社長は「現時点では新たに発表できるようなことはない」と、新しいOEMメーカーについて語ることができなかった。展示会場で具体的なOEMメーカーからのサンプルなども全く展示できていなかったことを考えれば、苦戦していることは明らかだ。

Intelが公開したIntel Atom Z6xxを搭載したスマートフォンのリファレンスプラットフォーム。OSはAndroidが動作していた こちらのOSはMeeGoで動作しており、この上で3DゲームQuakeが動いている
【動画】AndroidがIntel Atom Z6xxで動く様子、スムーズに動いているのがわかる

●Atomブランドの露出で市場をてこ入れ

 つまり、今のIntelにとっててこ入れすべき市場はPC向けのプロセッサ事業ではなく、TVやスマートフォン、そして話題のタブレットなどを含めた組み込み向けであるのは明らかだ。だからこそ、今回のCOMPUTEXでは例年とは異なって、Atomブランドの露出が増やされたのだろう。

 もちろん、Intelも巻き返しに向けてさまざまな手を打っている。Smart TVの分野では、Googleとソニーと手を組み、Google TVのプロセッサとしてAtom CEシリーズの採用を実現したのは大きな一歩といえる。また、Oak Trailの記事でも述べたとおり、Intelは自社の顧客であるOEMメーカーが自分で取り組むことが難しいようなアプリストアを実現すべくAppUp Centerの仕組みを用意し、さらに開発者の支援を目的としたAtom Developer Programを開設し、無料でSDKなどを提供することでソフトウェア開発を呼びかけている。つまり、PCで実現しているようなオープンプラットフォームのエコシステムを構築し、Intelがプロセッサを、OEMメーカーがハードウェアを、ISVがソフトウェアをというPCのビジネスモデルをスマートフォン、タブレットなどの市場でも構築し始めている。

 そうした試作をきちんと打った上で、もう一押しとして実行されているのが、Atomブランドの露出度を高めて認知度を上げていくというマーケティング戦略なのだ。果たしてそれが成功するのか、今の時点ではなんともいえないが、少なくともIntelが必要な手を打っているのは事実で、それがOEMメーカーに浸透していっているのが今の段階だ。

 それが成功したのかどうかは、来年以降にどれだけ具体的な製品がでてくるのかでわかるだろう。

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(2010年 6月 4日)

[Text by 笠原 一輝]