■笠原一輝のユビキタス情報局■
VAIO Pシリーズ |
ソニーは新しいVAIO Pシリーズを発表した。2009年1月のInternational CESでデビューしたVAIO P(当時はVAIO type P)は、8型の超横長液晶ディスプレイを採用し、プラットフォームとしてはIntelのAtom Zシリーズ+US15Wを採用することで超低消費電力駆動を実現。標準バッテリで4時間、大容量バッテリで8時間という長時間駆動を達成しながら、重量が588~758gという超軽量を実現したところが受け、大人気を博した。
今回発表されたVAIO Pはそのコンセプトを受け継ぎ、基本的にはほぼ同じフォームファクターのケースを採用しながら、バッテリ駆動時間が標準バッテリで4時間から最大6時間に増えるなどの性能面での改善が実現されている。
今回はソニーでVAIO Pの開発を担当した2人のエンジニアに、改良点や、内部がどのような構造になっているのかについての話を伺ってきた。
●明快なコンセプトで大人気を博したVAIO Pの“変わって欲しかったこと”
2009年の1月に登場したVAIO type Pは、誰が見ても明快で新しいコンセプトを持つPCだったと言っていいだろう。そのポイントはIntelのMenlowプラットフォーム(Atom Zシリーズ+US15W)と、新規設計の8型の超ワイド液晶(1,600×768ドット)を採用し、2セルバッテリで600g前後という軽量さを実現することで、PCを持って歩くことをより身近にしたと言っていいだろう。こうしたスペックが大きな話題を呼び、ソニーの直販サイトであるソニースタイルにアクセスが集中し、なかなか買えないなどの問題が発生したほどだった。
その後WiMAXモデルが追加されたり、Atom Zの最上位SKUとなるAtom Z550(2GHz)が追加されたり、Windows 7モデルが追加されたりなどのブラッシュアップを経てきたVAIO type P(昨年の半ばにVAIO type PからVAIO Pに改称したが、以下新マシンと区別するために旧VAIO PはVAIO type Pに統一する)だが、正直ユーザーの側からはいくつかの課題点も指摘されていた。大きくいうと次の3つに集約されると思う。
- 性能面での不満
- バッテリ駆動時間の不満
- ワイヤレス機能への不満
もっとも多かったのは性能への不満だったと思う。特に、店頭で販売されていたモデルはCPUにAtom Z520(1.33GHz)、ストレージは1.8インチのHDDを採用していたため、Windowsの起動に時間がかかったりしてユーザーにストレスを感じさせていた。ただ、これに関してはAtom Zシリーズという低消費電力なCPUを採用したこととのトレードオフともいえ、致し方ない部分はあるだろう。
バッテリ駆動時間への不満もあった。これは、VAIO Pだけが抱える問題というよりは、現在のナショナルブランドのPCが抱える問題でもあるのだが、ワイヤレスネットワークを利用することが前提になっていないJEITA測定法 V1.0を採用しているためもあるのだが、スペックで公称しているバッテリ駆動時間に比べると短時間しか使えないという不満もあった。カタログスペックでは標準バッテリで4時間となっていたが、ワイヤレスネットワークを利用しながら使うと、カタログスペックの6割程度というのがリアルな駆動時間になっていて、だいたい2.5時間ぐらいとなる。これをもう少し長くして欲しいというのがユーザーの偽らざる気持ちだったのではないだろうか。
もう1つ、これは個人的に不満だったのだが、WiMAXとWWANが共存できないということだ。VAIO type Pでは前述の通りWiMAXを搭載したモデルが追加されたのだが、その場合は3Gを利用したWWANと共存できないようになっていた。実際にはそれぞれ異なるPCI Express Mini Cardスロットを利用しているために共存可能だったのにかかわらずだ。WiMAXはPCを起動すると自動でネットワークに接続するという利便性と高速なアクセスが可能というメリットがあるのだが、一方でUQコミュニケーションズが頑張ってはいるがカバーエリアがまだまだ3Gにはほど遠い。そこで、WiMAXが使えるエリアではWiMAXを、WiMAXが使えないエリアではWWANをという使い方をしたいのだが、両方を同時に選択できなければ、こうした使い方にはWWANをUSBドングルで利用するしかなく、使い勝手が低下することになる。
●キープコンセプトのままバッテリの体積を12%増やしてバッテリ駆動時間を50%増しに
VAIO Pの新しいマシンが出ると聞いたときには、こうした不満点をどれぐらい解消してくれているんだろう? というのが正直な筆者の興味だったが、はっきり言ってその期待はよい方に裏切られたと言ってよい。期待以上に多くの点でそれらが解消されていたからだ。
ソニー株式会社 VAIO事業本部 第1事業部 VAIO Pプロダクトマネージャ 鈴木一也氏 |
今回ソニーの開発陣がもっともこだわったのは、筆者が挙げた3つの不満のうち、バッテリ駆動時間の改善だった。ソニー株式会社 VAIO事業本部 第1事業部 VAIO Pプロダクトマネージャ 鈴木一也氏は「新しいマシンのコンセプトとして設定されたのは、VAIO type Pのフォームファクターを損なうことなく、よりバッテリ駆動時間を延ばしていこうという点だった」と説明する。つまり、VAIO type Pで実現された、これまでになかったフォームファクタや軽さという点はキープコンセプトのまま、細部に手を入れることでバッテリ駆動時間を延ばしていこうという設計思想で新しいVAIO Pの開発は進められたのだという。
鈴木氏によれば、開発がスタートしたときのターゲットは、従来製品に比べてバッテリ駆動時間を50%増しにすることだったという。「従来の製品でもLバッテリを用意することで長時間駆動を実現していたが、出っ張るのが嫌なのでSバッテリでもっと駆動時間を長くして欲しいという声もあった。そこで、もっと長時間駆動できるようにしていきたいと考えた」(鈴木氏)と、ユーザーの声を受けての措置であるという。
一口にバッテリ駆動時間を長くすると言っても、従来と同じフォームファクタとプラットフォームを採用する以上、システム側の消費電力は極端に減ることはないので、魔法でも使わない限りバッテリ駆動時間を増やすことは不可能だ。ではどのような魔法を使ったというのか? 鈴木氏は「バッテリの奥行きを5mmほど拡大した。これにより、バッテリの容量を増やすことに成功している」と魔法の種を明かしてくれた。
図1を見て欲しい。これは筆者が作成した図だが、バッテリに与えるスペースを増やし、バッテリの体積を増やすことで、バッテリの容量を増やすという手段に出たわけだ。鈴木氏によれば計算上体積でいうと12%ぐらい増えており、バッテリの体積あたりの容量(セル自体の容量)も増えているので、従来モデルに比べると容量が19%程度増えているという。こうしたバッテリ自体の容量の増量に加えて、内蔵コンポーネントの設計を見直すことで、「従来モデルに比べて50%のバッテリ駆動時間の増加を実現していて、Sバッテリで最長6時間、Lバッテリで最長12.5時間の駆動が可能になる」(鈴木氏)というさらなる長時間バッテリ駆動が可能になっているのだ。
【図1】旧VAIO Pと新VAIO Pのバッテリ奥行きの違い(筆者作成) |
ただし、奥行きが5mm増えたことにより、バッテリは従来のモデルとは異なる形状になり互換性はない。つまり、旧モデルから買い換えの場合には予備として用意していたバッテリも含めて買い換えになる。そのあたりはバッテリ駆動時間が延びたこととのトレードオフとして致し方ない点といえるだろう。ただし、「ACアダプタとEthernet/VGAドングルは従来製品のものがそのまま使える」(鈴木氏)とのことなので、そのあたりは使い回しできる。
分解を開始するVAIO P、従来のモデルではバッテリに隠れた2本とキーボードの手前にある目隠し蓋の下にある2本を外すだけだったが、新モデルではそれに加えて底面に用意されている2つの目隠し蓋の下にある2本も外す |
従来モデル。目隠し蓋は底面にはない | 液晶部分とセット部分が分離したところ。従来モデルではキーボードはヒンジ部と一体だったが、新モデルではヒンジ部分は別パーツになっている | 下が旧製品、上が新製品となる。基板の入る位置などはほぼ一緒に見えるが、実は5mmほどセット部分がバッテリ側にとられている |
●店頭モデルを含めてHDDをなくしSSD専用設計にすることで5mmの圧迫を吸収
ソニー株式会社 VAIO事業本部 第1事業部 VAIO P機構設計マネージャ 花塚暁氏 |
だが、ちょっと考えてみて欲しい。もともとの奥行きが120mmしかない製品の5mmだ。バッテリではない部分にはマザーボードなどの基板類が納められており、5mmというのはかなり大きなインパクトだ。それをどうやって吸収したというのだろうか? ソニー株式会社 VAIO事業本部 第1事業部 VAIO P機構設計マネージャ 花塚暁氏は「最初に店頭モデルを含めてHDDをやめることを決断した。ストレージのスペースはSSD専用にすることによって、HDDだと必要になる耐衝撃のためのスペースやゴムなどの部品を削減することができた」と説明する。
ストレージがSSDのみになったのは、ユーザーとしては嬉しい変化といえる。冒頭でも述べたように、特にHDDが標準で採用されていた店頭モデルでは、性能に関するユーザーの不満は小さくなかった。それだけに店頭のモデルを含めてSSDになったのは歓迎していいだろう。もちろんその背景には、VAIO Xでも採用されたローコストなSSDの登場ということも大きく影響している。
なお、従来モデルでも採用されていたSATA-PATAの変換ブリッジチップも新モデルになり、プロセスルールが従来製品に比べてシュリンクして、「転送速度が速くなり、消費電力は低下するなどのメリットがある」(鈴木氏)と、こちらも大きく進化しているのも嬉しいところだ。
●バッテリの容量は増えたのに、従来の製品とほぼ同じ重量を実現したその秘密とは?
バッテリの体積が12%増えているということは、それだけバッテリの重さが増えていることになる。言うまでもなくバッテリはPCを構成するコンポーネントの中で重たい部類の部材になるので、そのバッテリの容量が増えることは、本体の重量が増えることを意味している。そのため、それ以外の部材でその分の軽量化を実現しなければいけなくなる。
そうした目でVAIO Pを見ていくと、そこかしこに軽量化への取り組みの後が見られる。ストレージからHDDをなくし、SSDだけにしたのもその1つといえる。言うまでもなく駆動部分もなく、外殻が必要のないSSDはHDDに比べて圧倒的に軽量だ。さらに、本体のフレームをよく見てみると、あちこちに円形の穴があいていることがわかる。「内部のフレームは素材にマグネシウムを要した非常に複雑な構造になっており、前のモデルでは穴をあけるのは難しかった。しかし、前のモデルでの経験などが蓄積されたことにより、その経験を生かして今回は強度に影響を与えない場所を選んで穴をあけることができた」(花塚氏)と、ここでも従来モデルではできなかった軽量化を実現しているのだという。ちなみに、花塚氏によればこの穴による軽量化の効果は約1gだったそうだが、そうした細かな部分の積み重ねがバッテリの重量が増えたのに、トータルの重量では従来モデルとほとんど変わっていない理由の1つだ。
旧モデルのフレーム部分、マグネシウムでできていて複雑な構造になっている | 新モデルのフレーム部分、素材は同じマグネシウムだが、強度に影響を与えないところに穴を開けており、これで約1gの軽量化を実現 |
●液晶側で1mm厚くなることで、セット側は1mm減らさないといけなくなる
新しいVAIO Pは、旧来の製品と並べてみると、トータルでの高さはほとんど変わっていないが、実は液晶部分とセット側(キーボードとシステムボード)の割合は変わっている。具体的には液晶側が1mm厚くなり、替わりにセット側は1mm薄くなっているのだ。これはカラーバリエーションを増やすため、液晶の背面パネルの素材を樹脂とマグネシウムのレイヤー構造で成形するようにしたことなどが影響して、液晶側を1mm厚くしなければならなかったからだ。
このため、セット側が大きな影響を受けている。特にシステムボードの基板は、1mm薄くするのを実現するために高さ制限が設定されており、基板を従来よりも薄くせざるを得なくなっているのだ。新しいVAIO Pでは2つの点で省スペースになるような設計変更が行なわれている。1つは従来はサブ基板側にあった無線LANおよびWiMAX通信モジュール用のPCI Express Mini CardのHMC(Half Mini Card)のスロットが、メイン基板側に移動されている。「従来の製品ではHMCとFMCという2つのPCI Expressバス用の信号線をメイン基板とサブ基板の間を通していたが、本製品ではFMCのみとなっており、2つの基板を接続する信号線を減らすことができた」(鈴木氏)と、ピン数を減らすことでスペースを減らすことに成功しているのだ。
さらに、従来製品では亀の子状態でメイン基板につけられていたSDカード、メモリースティックデュオ用のサブ基板も、新製品ではメイン基板上に直づけされている。「従来製品ではカードスロットのコネクタの関係でサブ基板にしなければならなかったが、逆付けできるコネクタがリリースされたので、基板に直接つけることが可能になった」(鈴木氏)。
本製品では従来製品と同じようにプラットフォームにはIntelのMenlowを採用しているのだが、最上位モデルに関してはMenlow Extentionの開発コードネームで知られるAtom Z560(2.13GHz)+US15Xというコンポーネントが採用されている。Atom Z560は、従来のAtom Zと同じダイだが、動作周波数が2.13GHzに引き上げられた製品で、従来は2GHzのZ550が最高SKUだったが、それを上回る最上位製品となる。US15Xも基本的にはUS15Wと同じダイだが、内蔵GPUの動作周波数が200MHzから266MHzに引き上げられたものとなる。従来製品の性能に不満を感じていたユーザーにとっては福音といえるのではないだろうか。
ただし、同じダイでの動作周波数の引き上げは、バッテリ駆動時間に影響を与える平均消費電力はほとんどインパクトはないものの、熱設計に影響を与える熱設計消費電力(TDP)にはインパクトを与えることになる。「従来のMenlowプラットフォームのTDPが4.7Wであるのに対して、Menlow Extentionは5.0Wとなる。この分をどのように吸収するかが課題となった」(鈴木氏)。わずか0.3Wの上昇ではあるが、VAIO Pのようにアクティブ(ファンによる放熱)ではなくパッシブ(ファンなし放熱)方式の放熱を採用している場合には大きな問題となる。かつ、負荷がかかるとサーマルスロットリングと呼ばれるCPUのクロックが自動的に下がるモードに入ってしまうが、そのマージンが少ないという従来製品で指摘されていた課題も少しでも解消したいという想いもあったという。
そこで新しいVAIO Pでは、「本体のフレーム下にスペースを確保した上で、従来モデルよりも厚い銅製ヒートパイプに変更し、さらにパイプを長く、アルミ板の面積も拡大して熱を拡散させた」(花塚氏)と、熱設計にも改良を加えることで効率を改善し、Menlow Extentionの採用によるTDPの上昇による熱設計マージンの減少に対処しているのだ。上位モデルがMenlow Extentionに対応したことで、従来のMenlowを採用している下位モデルもマージンが増えることになり、結果としてサーマルスロットリングに入るまでのマージンも増えることになり一石二鳥といえるのではないだろうか。
なお、Atom Z560(2.13GHz)+US15Xの組み合わせの発売時期は、他のSKUに比べて若干遅れて7月上旬以降となる。この組み合わせだけ遅れるのは、CPUやチップセットの入手時期が他のSKUに比べて遅くなるためだそうだ。
●キーボード自体も薄型化し、液晶部分にはタッチパッド追加で立ったままの操作も容易に
セット側を1mm減らさなければならないという課題に、もう1つ貢献しているのが新しいキーボードだ。一見すると従来モデルとの違いは少ないように見える。“半角/全角”キーがEscの右隣から、Escの下に移ったことぐらいが大きな変化で、特に変更はないように見える。だが、実際にはキーボードのアセンブリ自体が従来のモデルに比べて薄くなっているのだという。
「ストロークそのものは変わっていないが、キーボード全体としては薄くなっている。キートップや内部の構造を見直すことでキータッチを変えずにキーボードを薄くした」(花塚氏)との通りで、外見的には何も変わっていないように見えて、実は少し薄くなっているのだという。それでいて実際に触ってみるとわかるのだがストロークが変わっていないこともあり、前モデルでも定評があった打ちやすいキーボードという評価には何も変わるところがないのだから驚きだ。これは、従来モデルよりもフィーリングを少し重くチューニングしたことで実現したという。
筆者は、前のモデルの最大のポイントは何よりもキーボードの打ちやすさにあったと思っている。こうしたモバイル向けの製品の場合、薄く、小さくすることが何よりも優先されてしまって、そのしわ寄せがキーボードに来てしまうことが少なくない。そうした中でもVAIO type Pは、あの大きさながらそれなりのキーピッチとストロークを実現することで、一般のノートPCと比較しても違和感のない入力性を実現していた。実際キーボードにはちょっとうるさい人が少なくないPCメディアの関係者にも、VAIO type Pを持っている人が少なくなかったことこともその証明ともいえる。そのVAIO type Pの入力しやすさを受け継ぎながら、さらなる薄さを実現したということは賞賛に値する。
なお、キーボードのキートップの印字はVAIO X等で培ってきたノウハウをもとに、5色のキートップにレーザー印字している。レーザー印字は刻印が消えにくいというメリットがあるほか、キーボードの構成を柔軟にできる点がメリットで、CTOでは通常の日本語、英語の他に、日本語配列だけどかな表示がないキーボードというのを選ぶことも可能だ。
薄型化の影響もあり、ポインターのスティックのゴムの形状も変わっているという。このため、従来製品のゴムはそのまま利用できないので、サードパーティからVAIO type P用として発売されていたものは利用できないので注意したい。「ゴムの高さを変えたこともあり、フィーリングが変わるだろうと思い、ゴムの堅さを数種類作って何度もテストを繰り返した。最終的には満足できる出来になったと考えている」(鈴木氏)と、単純に変えただけでなくこうした細かなところにも気を遣ってテストを繰り返したのだという。
ポインティングデバイスという意味では、液晶の右側に小さなタッチパッドが追加され、左側に用意されているボタンとともに利用できるようになった。これは「電車の中などで立ったまま使いたいというお客様からのフィードバックをかなりいただいたので、それに応える意味で追加した」(鈴木氏)と、両手で液晶の左右を押さえながら使うという利用形態でも操作できるようにと配慮した結果だという。確かに筆者も電車の中で左手で本製品の底部を持ちながら、右手でポインティングデバイスを操作するという使い方をしたことがあるので、そうした意味では嬉しい機能追加といえるだろう。
新製品(左)と従来製品(右)でのキーボード比較。写真だとわかりにくいのだが新製品のキーボードの方が若干薄くなっている | 配列での大きな変化は“半角/全角”キーの位置がESCの下に移動したこと | キーボード裏面の比較、新製品(左)の方が裏側も薄く作られていることがわかる |
ヒンジ部分のパネルはキーボードから独立した部品となっている | パームレストカバーの裏側。システムボードからの熱をうまく拡散するような熱シートが貼られている |
●CTOメニューでWiMAXと無線LANの共存が可能になった、WWANはSIMロックあり
今回のVAIO Pのもう1つの目玉は、ワイヤレス周りにある。冒頭でも指摘したように、従来のVAIO type PではWiMAXとWWANが共存できないようになっていた。それも物理的には不可能なわけではなく、実際には可能であったのに、だ。というのも、従来のVAIO type Pには2つのPCI Express Mini Cardスロットが用意されていた。
FMC(フルサイズスロット)とHMC(ハーフサイズスロット)がそれぞれ用意されており、FMC:WWANかワンセグの排他選択、HMC:無線LANかWiMAX/無線LANの排他選択、という構成が可能だった。しかし実際には、ワンセグ+無線LAN、ワンセグ+WiMAX/無線LAN、WWAN+無線LAN、WiMAX/無線LANのみという選択しかできず、WWAN+WiMAX/無線LANという構成が選択できなかったのだ。
従来モデルでこのWWAN+WiMAX/無線LANという選択肢がなかったことについては「前モデルではこの2つを最初からのせるつもりでは設計していなかった。電源系やソフト系などいくつかの項目で、2つを載せてみると稼働保証できれないレベルということがわかった。このため、前モデルではこの2つを同時という選択肢が提供できなかった」(鈴木氏)と、物理的には可能だったものの、実際に電源周りを含めて考えると保証できるレベルでなかったために提供できなかったと言うことだった。今回の新モデルではそのあたりがクリアされたため、その選択肢が提供されることになったということだった。なお、今回の製品でも同じようにFMC、HMCが1つずつ用意されているが、前述のようにHMCはサブボードからメインボードへと場所が移動されている。
なお、今回のモデルからWWANのモジュールが変更されている。従来のモデルではOptionのGTM382が採用されていたが、今回のモデルではVAIO Xでも採用されているQualcomm Gobi 2000に変更されている。Gobi 2000は、最近採用例が増えている通信モジュールで、W-CDMA方式のHSUPAだけでなく、CDMA2000方式の流れをくむEV-DOなどにも対応しているなど、中国のローカル方式であるTD-SCDMAを除けばほとんどの3Gの通信方式に対応しているため人気が集まっている通信モジュールだ。
ただし、日本国内ではHSUPAにのみ対応で、NTTドコモのSIMカードのみが利用できるSIMロックがかけられている。この点に関しては「開発をNTTドコモと共同で行なっており、キャリアとの話に基づいて設定が行なわれている」(鈴木氏)と、メーカーとしてはキャリアと共同で開発している関係上、SIMロックを行なわざるを得ないというのが基本姿勢であるようだ。
メーカーにとってはキャリアとの関係もあるだろうから、百歩譲って出荷時のSIMロックが仕方ないとしても、できれば有料でもかまわないので必要なユーザーにはSIMロックを解除するプログラムなどは用意して欲しいものだ。というのは、本製品のようなモバイルPCは海外に持って行って利用する例も少なくないだろうから、その場合には現地のプリペイドSIMを使いたいという現状があるからだ。この点はぜひとも今後検討していただきたい。
なお、今回ソニーは日本通信と協力してb-mobileのSIMを出荷時にバンドルするオプションをCTOのメニューとして用意している。そうした新しいプログラムの提供は、SIMロックフリー化への第一歩ともいえ、今後の展開に期待したいところだ。
●センサーを内蔵してPCでもスマートフォンのような使い勝手を実現
今回の新しいVAIO Pでユニークなのは、本体に実に多くのセンサーが搭載されていることだ。
- GPS(WWAN選択モデルのみ)
- 加速度センサー
- 地磁気センサー
- 照度センサー
まるで携帯電話のように実に多くのセンサーがついており、それぞれ利用することができる。PCの場合、加速度センサーはHDDの保護に利用されることが多い。従来のVAIO type Pでもそうした目的に利用されていたのだが、新しいVAIO PはSSD専用となっているので、そうした必要性はないのだ。このため、新しいVAIO Pでは加速度センサーは画面の回転や、傾きによるブラウザの進む、戻るへの応用といった新しい使い方に向けられている。例えば、縦長のWebを見たいときに本体を傾けると、Windowsの画面がそれに追従して回転して表示される。
地磁気センサーについては地図のナビゲーションを利用する場合に、GPSからの情報だけでなく地磁気センサーを利用することで自分の向かっている方向が自動で検出されナビゲーションがより正確に行なわれるようになる。「従来製品でもx-Radarという地図アプリケーションを入れていたのだが、向かっている方向がわからないという声が寄せられた。そこで、地磁気センサーを内蔵させ新しい地図アプリケーションでより正確なナビゲーションができるようにした」(鈴木氏)と、ブラウザから独立して利用できるようになったVAIO Location Searchや、Windowsデスクトップに表示されるガジェットなどで向かっている方向を把握することができるようになっている。
もう1つの照度センサーに関しては「照度センサーを利用することで細かく液晶の輝度を調整できるようになっている。JEITA測定法でのバッテリ駆動時間の測定にはほとんど影響がないが、実際の利用環境では大きな効果があることを確認している」(鈴木氏)との通り、ノートPCのバッテリ駆動時間にもっとも影響を与える液晶の輝度を照度センサーを利用して細かく切り替えることで、実利用環境におけるバッテリ駆動時間を延ばそうというのがそのコンセプトだ。
本体フレーム部分に用意されているセンサー類。ちょうど手前中央部に、オレンジ色のケーブルの上にチップのように見えるのが照度センサー。 | 加速度センサーはLEDや照度センサーとシステムボードを接続するコネクタの上に搭載されている。ちょっとびっくり |
●製品としての成功の鍵は、新しいユーザー層にアピールできるかどうか
以上のように見てくると、基本性能の強化、バッテリ駆動時間の改善、センサー類の追加などにより、VAIO Pが非常に強力なモバイルデバイスになっていることがわかっていただけると思う。昨今はやりのスマートフォンと比較すると、本製品のようなPCのメリットはなんと言ってもキーボードが標準で搭載されていることだろう。どこかに座って作業できる環境なら明らかに作業性は上だろう。だから、逆に言えばモバイル環境でも座って作業することが多い人や、筆者のような物書きで入力する文字数が多い人などは、VAIO Pのような製品を選択するメリットがあるといえる。
ただし、課題もないわけではない。1つはVAIO type Pでも問題となった価格だろう。本製品は店頭モデルで10万円近い価格設定で、わかっている人が見れば決して高くない価格設定だが、それでもスマートフォンやネットブックに比べてしまうと高い価格であることは明らかだ。「ネットブックの価格帯に届いていないことを認識している。しかし、これまでモバイルPCにはあまり目を向けてくれていなかった層にも潜在的なニーズがあると信じており、女性など新しいユーザー層にもアピールしていきたい」(鈴木氏)と、ソニーとしては今回の新製品で新しいユーザー層に浸透していきたいという意向もある。
実はそれを反映しているのが、新しいカラーバリエーションだ。店頭モデルは色鮮やかな白、オレンジ、ピンクとなっており、正直いってこれまでのPCユーザーが好んできた色からすれば“異端”とも言っていい色だ。しかし、それでもこうしたカラーを採用したのは鈴木氏のいう新しいユーザー層に食い込んでいきたいのだということの裏返しと言っていいだろう。もちろん従来のユーザー層を否定したわけではなく、そうしたハイエンドユーザーが集中すると見られるソニースタイルCTOには、従来色と言ってよい黒なども用意されており、Atom Z560(2.13GHz)+US15Xの選択肢と併せて提供していくというのが基本戦略なのだろう。
そうした意味では、日本ではまだまだボリュームとしてかなり大きいと考えられる店頭モデルにおいて、そうした新しいユーザー層にどれだけ受け入れられるかが本製品の本当の試練といえそうだ。
(2010年 5月 13日)