多和田新也のニューアイテム診断室

LGA1156に倍率ロックフリーモデル登場
「Core i7-875K」、「Core i5-655K」



 インテルのExtreme EditionやAMDのBlack Editionのように、CPUの倍率を自由に変えられる製品は、いずれも各ブランドの最上位モデルに用意されたプレミアム製品の性格が強い。とくにインテルのExtreme EditionはLGA1366対応品の最上位モデルにラインナップされているため、10万円前後の価格帯となっていた。デュアルコア製品なら1万円前後でBlack Editionを購入できるPhenom IIシリーズに比べて、広い層が使える製品とは言い難かった。

 しかし、今日から開幕するCOMPUTEX TAIPEIで、インテルもついに普及価格帯の倍率ロックフリーCPUをリリースする。それが「Core i7-875K」と「Core i5-655K」だ。前者が342ドル、後者が216ドルとなっており、AMDのBlack Editionほどではないものの、わりと手頃な価格帯で提供される。この2製品を試してみたい。

●Turbo Boostの倍率を変えるのがポイント

 今回リリースされるCore i7-875KとCore i5-655Kの2製品(写真1、2)は、それぞれ、Core i7-870とCore i5-650の倍率ロックフリー版という解釈で大きな相違はない。インテルの資料(図1)にも示されているように、Core i7-875Kは定格2.93GHz、Turbo Boost時最大3.6GHz。Core i5-655Kが定格3.2GHz、Turbo Boost時最大3.46GHzで動作する。

 ちなみに資料にはCore i7-870の価格が示されていないが、原稿執筆時点のプライスリストでは562ドルとなっている。Core i7-875Kの登場で、Core i7-870の存在がどうなるかは確定的な情報がないが、Core i5-650とCore i5-655Kの価格関係から考えても、562ドルという価格が維持される可能性は低い。価格改定もしくはディスコンとなる可能性はあるだろう。いずれにしても、定格2.93GHzのCore i7が低価格に入手できるようになるという点でも、今回の製品には意味がある。

【図1】インテルの資料によるCore i7-875KとCore i5-655Kを含む製品ラインナップ

 今回のテストでは、インテルのIntel P55搭載マザーボード「Intel DP55WG」を用いてオーバークロックを試すことにする(写真3)。本製品はTurbo Boost時の動作倍率を変更できることが大きなポイントとなる。というのも、多くの環境では非Turbo Boost時の倍率を変更するとTurbo Boostが動作しなくなるからだ。

 実は、筆者は当初、私的に所有しているASUSTeKの「P7P55D-E EVO」を用いて今回のテストを行なう予定だった。だが、このマザーボードでは非Turbo Boost時の倍率しか変更することができず、これを変えるとTurbo Boostが効かなくなるうえに、倍率をどれだけアップさせても、最大で3.2GHz(24倍)動作に設定されてしまうという現象が発生した(画面1)。BIOSはテスト時点での最新版を適用している。ベースのBIOSがアンロック状態ではあったので、より新しいBIOSなら24倍で頭打ちになる現象は回避されるかも知れない。

 一方、Intel DP55WGのようにTurbo Boost動作時の倍率が変更できる製品の場合は、Turbo Boost時の倍率を変更することで、これを有効にしたままオーバークロックが可能だ。あくまで例であるが、4コアまとめてのオーバークロックでは4GHzまでしか伸びないが、Turbo Boostを使えば4コア時に4GHzが限界であるところが、1コア時には4.26GHzまで伸びる可能性もある。Core iシリーズの特性を活かしたオーバークロックを行なうためには、Turbo Boost時の倍率を変更することが、より正しい活用といえる。

 LGA1156にとっては倍率ロックフリーのCPUは初めての製品化となるため、先のASUSTeK製品のように、BIOS側がTurbo Boost時の倍率を変えられるようになっていないマザーボードもある。他のマザーボードにおいても不自然な動作が発生する可能性はあるだろうし、Turbo Boost時の倍率を変更できるような機能追加も求められていくだろう。

 さて、今回は倍率ロックフリー版CPUということで、あえてベースクロックは133MHzに固定したまま、倍率だけを変更してオーバークロックを試してみた。ただし、Turbo Boostのリミットもロックフリー化されているので、これを少しアップさせている。CPUクーラーはサイズのKABUTOを用いている。

 結果、Core i7-875Kが4コア時28倍の3.72GHz、1コア時30倍の3.99GHz(画面2、3)。Core i5-655Kが2コア時35倍の4.66GHz、1コア時36倍の4.79GHzとなった(画面4、5)。Core i5-655Kは電圧を1.425Vにアップしての結果である。

 このあたりの結果は個体にもよるし、冷却環境を見直すことで上のクロックが実現される可能性もある。逆にリテールクーラーでは、ここまで達成できない可能性もある。1個体だけのテストなので断定はできないが、Core i5-655Kは32nmプロセスということもあって、より期待できる結果にはなった。

 また、Turbo Boostを利用したOCの場合、もう少し工夫が必要になる。実はCore i7-875Kは電圧を上げて、1コア時に32倍で動作することが一時的にはできたのだが、1コアの動作が始まって数十秒でクロックが急激に下がるという現象が発生した。温度上昇にともない保護回路がすぐに発動する状態に陥ってしまったのだ。このような状況に陥ることなく安定してTurbo Boostが稼働する条件を整えることも求められるわけで、オーバークロック後の動作をより詳細にチェックする必要があるといえる。

【写真1】倍率ロックフリーのメインストリーム向けクアッドコアCPU「Core i7-875K」【写真2】同じく倍率ロックフリーのデュアルコアCPU「Core i5-655K」【写真3】Intel P55を搭載する「Intel DP55WG」
【画面1】P7P55D-E EVOでは非Turbo Boost時の倍率のみを変更可能。指定できる倍率はUnlimitedになっているが、25倍以上を指定しても24倍で動作する状況となった。倍率をAuto以外に設定するとTurbo Boostも効かなくなる【画面2】Core i7-875Kでのオーバークロック結果。TDP最大値を100Wに指定したうえで、1コア時最大30倍となった。本文でも触れているとおり電圧は定格のまま【画面3】Core i7-875Kにおけるオーバークロック動作時のCPU-Zの画面。コアのステッピングばB1となっている
【画面4】Core i5-655Kのオーバークロック結果。こちらは電圧を1.425Vへアップ。定格では1コア時33倍が限度だった。TDPは79Wへ上げている【画面5】Core i5-655Kにおけるオーバークロック動作時のCPU-Zの画面。こちらのコアはK0ステッピングが利用されている

●Core i5-655Kの1コア動作時の結果が面白い

 それでは、この両製品のオーバークロック動作におけるベンチマーク結果を紹介する。今回は比較対象などは用意していないので、オーバークロック前後の性能差を中心に簡単に紹介しておきたい。テスト環境は表に示したとおりである。Core i5-655Kは内蔵GPUを持つが、今回はそちらを用いたテストはしていない。

【表】テスト環境
CPUCore i7-875K
Core i5-665K
チップセットIntel P55 Express
マザーボードIntel DP55WG
メモリDDR3-1333(2GB×2,9-9-9-24)
グラフィックス機能
(ドライバ)
Radeon HD 5870
(CATALYST 10.3)
ストレージSeagete Barracuda 7200.12(ST3500418AS)
電源KEIAN KT-1200GTS
OSWindows 7 Ultimate x64

 まずはCPUとメモリ周りの結果を、Sandra 2010 SP1bのProcessor Benchmark(グラフ1)、Cache & Memory Benchmark(グラフ2)、PCMark05(グラフ3)から見ておきたい。

【グラフ1】Sandra 2010 SP1b Processor Benchmark
【グラフ2】Sandra 2010 SP1b Cache & Memory Benchmark
【グラフ3】PCMark05

 PCMark05の結果ではCPUテスト、Memoryテストともにスコアが伸びているが、実態はSandraの結果が示すとおり、CPUコアのクロックが上昇したというところにポイントがある。

 コアクロックの上昇に伴い、まずCPUコアの演算性能は向上する。そして、キャッシュメモリの速度も増す。PCMark05のMemoryテストの結果が伸びたのは、このキャッシュメモリのアクセス速度が向上したからだ。

 ただし、Core i5-655Kのメモリアクセス速度結果で、512KBではオーバークロック前後で差があるのに対して、1MBでは差がないことから分かるとおり、キャッシュメモリのなかでもアンコアであるL3キャッシュは動作速度が変わっていない。もちろん、メインメモリの速度もほぼ同じだ。つまり、CPUコアとそれに含まれるL1/L2キャッシュが、オーバークロック動作していることが確認できるわけだ。

 次に実際のアプリケーションを用いたテスト結果である。実施したのは、SYSmark 2007 Preview(グラフ4)、CineBench R10(グラフ5)、CineBench R11.5(グラフ6)、POV-Ray(グラフ7)、ProShow Gold(グラフ8)、TMPGEnc 4.0 XPressによる動画エンコード(グラフ9、10)である。

【グラフ4】SYSmark 2007 Preview
【グラフ5】CineBench R10
【グラフ6】CineBench R11.5
【グラフ7】POV-Ray
【グラフ8】ProShow Gold
【グラフ9】TMPGEnc 4.0 XPress(SD動画)
【グラフ10】TMPGEnc 4.0 XPress(HD動画)

 オーバークロック前後でテスト結果が良化するという当たり前の結果ではあるのだが、定格動作時にはCore i7-875Kを上回れていないCore i5-655Kが、オーバークロック後の一部テストでCore i7-875Kのオーバークロック時を上回る結果を見せているのは嬉しい結果だ。

 これはTurbo Boost時の動作クロックが逆転したことによるものだろう。Core i5-655Kは定格クロックこそCore i7-875Kより高く設定されているものの、Turbo Boost時の最大クロックはCore i7-875Kのほうが高い。しかし、倍率変更によるオーバークロックによって、Core i5-655Kの1コア動作時のクロックは、Core i7-875Kを上回ることができる。ある意味、Core i5-600番台の弱点ともいえるTurbo Boost時の最大クロックの低さが、倍率ロックフリーモデルなら克服できるできるわけで、この点には大きな意味があると思う。

 次に3D関連のベンチマークテスト結果である。実施したテストは、3DMark VantageのCPU Test(グラフ11)、3DMark VantageのGraphics Test(グラフ12)、BIOHAZARD 5 ベンチマーク(グラフ13)、Crysis Warhead(グラフ14)、FarCry 2(グラフ15)だ。

【グラフ11】3DMark Vantage CPU Test
【グラフ12】3DMark Vantage Graphics Test
【グラフ13】BIOHAZZARD 5 ベンチマーク
【グラフ14】Crysis Warhead
【グラフ15】FarCry 2

 こちらはGPU側の頭打ちが見られるシーンがあるものの、Core i5-655Kの定格動作で発生しているCPU側のボトルネックが、オーバークロックによって解消され、動作クロックの高さによってCore i7-875Kのクアッドコアの優位性をも打ち消しているシーンが見られる。

 価格の上乗せがある製品だけに、倍率ロックフリーモデルはオーバークロックを前提に購入するユーザーが多いと思われるが、そうした意味ではゲームユースにおいてもCore i5-655Kは面白い存在となりそうだ。

 最後に消費電力のテストである(グラフ16)。Enhanced Intel SpeedStep Technologyによって、アイドル時の電力はどのCPUも大差ない結果となった。ピーク時はやはりオーバークロックによって大幅に増している。TDPの設定を変更したことも影響はあるだろう。

【グラフ16】消費電力

 当然ではあるのだが、Core i5-655Kは今回のテストにおいて、より大幅なオーバークロック動作となったうえに電圧もアップしているので、約70W増という大幅な消費電力増となっている。70Wといえば、電源ユニットの同一シリーズ製品が100W刻みでラインナップされているとして、ワンランク上のモデルが必要になるだけの増加であるだけに、電源ユニットにも余裕を持っておきたいところだ。

●遊び甲斐のあるCore i5-665Kに注目したい

 以上のとおり、倍率ロックフリーとして登場したCore i7-875KとCore i5-655Kであるが、とくにデュアルコアながらも高いOC耐性を示したCore i5-655Kの存在が面白く感じられた。

 単純にLynnfieldのCore i7-875K以上のクロックを実現できたということだけでなく、先述のとおり定格ではTurbo Boostの最大クロックが低いというネックがあったのに対し、それを倍率変更によるオーバークロックで解消できる可能性がある。定格の3.2GHzに対して3.46GHzまでしか上がらない仕様が、Core i7に比べて何となく腑に落ちなかった人も、この製品なら触ってみたいと思うのではないだろうか。

 価格は冒頭でも述べたとおりだが、円高傾向が強い現在の為替では、国内価格もわりと抑えられる可能性が高い。僚誌Akiba PC Hotlineのニュースでは、それぞれ34,000円前後、22,000円前後となっている。

 ただ、問題はマザーボード側の対応も求められることだ。先述のとおり、不自然な動きを見せたのは気になるところだし、Turbo Boost時の倍率を変えられるマザーボードで使うことが、Core iシリーズの倍率ロックフリー製品の良さを引き出すことにもつながる。このCore i7-875KとCore i5-655Kを使ううえでの対応可否などを、マザーボード各社から早急に公表されることや、適切に対応したBIOSがリリースされることを期待したい。