福田昭のセミコン業界最前線

2012年度までの中期計画だったルネサスの「100日プロジェクト」



 ルネサス エレクトロニクス(新ルネサス)は7月29日に東京で記者説明会を開催し、「100日プロジェクト」の概要を公表した。

2009年12月15日に公表された「100日プロジェクト」のコンセプト

 「100日プロジェクト」とは、4月1日から数えて100日以内に新ルネサスの方針を具体化するプロジェクトである。4月1日とはNECエレクトロニクス(NECエレ)とルネサス テクノロジ(旧ルネサス)が合併して新ルネサスが誕生した日であり、「100日プロジェクト」は同社にとって最優先のプロジェクトと位置づけられていた。

 「100日プロジェクト」の考え方が公表されたのは、新ルネサスが誕生する4カ月半ほど前にさかのぼる。2009年12月15日にNECエレと旧ルネサスが合併契約の締結を発表したときに、新会社発足後に100日間以内に新会社の具体的な方針を策定するプロジェクトとして、紹介された。

 2009年12月15日時点で公表された「100日プロジェクト」のコンセプトは大きく2つ。「固定費の削減」と「成長市場での事業拡大」である。どちらも当たり前といえば、当たり前すぎることで、製造業でこれをやらない企業はとっくに潰れているだろう。もちろん、当たり前のことを事業改革のコンセプトに掲げてはいけない、と言っているのではない。重要なのはその前提となるビジョンであり、コンセプトの後に続く具体策だ。

●2010年度~2012年度の中期計画を公表

 7月29日の記者説明会で公表されたのは、「100日プロジェクトの検討結果と実行プラン」と題する具体的な内容である。説明役は新ルネサスの代表取締役社長である赤尾泰氏が務めた。

 赤尾氏の説明が始まってすぐに理解できたのは、「100日プロジェクト」の成果とは2010年度(2010年4月~2011年3月期)~2012年度(2012年4月~2013年3月期)の中期計画だったことだ。要するに今年度と来年度、再来年度の業績数値目標と実行施策をまとめたもの。中期計画を策定する企業は珍しくない。筆者も出版社に勤務していたときに、中期計画の策定に携わったことがある。

 「100日プロジェクトの検討結果と実行プラン」と称した中期計画の柱は3本ある。(1)2012年度までの成長戦略、(2)合併によるシナジー効果(2012年度まで)、(3)生産部門の再構築計画、である。それぞれ数値化されており、2010年度~2012年度に売上高で年平均7%~10%の成長率を達成し、2010年度~2012年度にシナジー効果で累計400億円のコスト削減を実現し、2010年度~2012年度に生産部門の再構築で累計700億円のコスト削減を実施する。その中核となるのは「利益を回復し、継続した安定成長を実現」することだとしている。

●成長分野は年平均25%~35%で成長

 記者説明会では始めに、「(1)2012年度までの成長戦略」を説明した。

 半導体の売り上げ高実績は2009年度(2010年3月期)が9,425億円。2010年度(2011年3月期)の予測は1兆900億円で15.6%成長である。ここから2012年度(2013年3月期)にかけて、年平均7%~10%の割合で売上高を伸ばしていく。半導体事業全体を「拡大・成長事業」と「現行・中核企業」、「縮小事業」に仕分けした。「拡大・成長事業」は年平均25%~35%の割合で売り上げを急速に拡大させる事業、「現行・中核企業」は年平均1%~5%と低い成長率で伸びる事業、「縮小事業」は年平均マイナス25%~マイナス30%で売上高を減らしていく(事業規模を縮小していく、あるいは撤退する)事業である。

7月29日の記者説明会の様子。左が代表取締役の赤尾泰氏、右が取締役執行役員常務の小倉和明氏。なお小倉氏は記者会見が始まった後もずっとこのような様子であり、何かの意図があって狙って撮影したわけではないことをお断りしておく「100日プロジェクト」の結果。「利益を回復し、継続した安定成長を実現」することが中核にある
「100日プロジェクト」によって作成された2010年度~2012年度の事業計画の骨子半導体売り上げ高の推移。事業分野を「拡大・成長」と「現行・中核」、「縮小」の3種類に仕分けした

 半導体事業は「SoC(System on a Chip)事業」、「マイコン事業」、「アナログ&パワー(A&P)事業」に分かれている。SoC事業は、このなかで2010年度~2012年度に最大の成長率を掲げる。年平均成長率は10%~15%である。2010年度の売上高は約3,500億円。その中で「拡大・成長」事業が61%を占める。「縮小」事業の割合は26%である。

 マイコン事業は、年平均成長率8%~10%を目標とする。2010年度の売上高は約4,000億円。マイコン市場全体の年平均成長率を6%と予測しており、市場全体の成長率を上回る成長率を達成する。製品分野はハイエンド、ミッドレンジ、ローエンドに大別されており、ミドルレンジの年平均成長率が最も高く、12%の計画である。なおマイコン事業には縮小すべき事業は存在しないことから、「拡大・成長」、「縮小」といった分類はしていない。

 アナログ&パワー(A&P)事業は、年平均7%~10%を目標とする。2010年度の売上高は約3,300億円である。その中で「拡大・成長」事業が45%を占める。「縮小」事業の割合は12%である。

 また海外事業を強化し、2010年度には50%の海外売り上げ比率を、2012年度には60%以上に高めるとの目標を示した。中国と新興国を中心にマイコン事業とA&P事業の海外売り上げを伸ばす。以前から海外売り上げ高比率を60%にするとの将来目標を掲げていたが、時期が明らかになったのは今回の記者説明会が初めてだ。

SoC事業の成長戦略マイコン事業の成長戦略
アナログ&パワー(A&P)事業の成長戦略海外事業の強化と売上高比率

●合併効果と構造対策で累計1,100億円のコストを削減

 続いて「(2)合併によるシナジー効果(2012年度まで)」を赤尾氏は説明した。重複事業の統合による開発費用の削減、設計環境の統合、生産資材購入の共通化、特約店・代理店の再編成と集約、情報システムの統合といった合併シナジーによって2010年度~2012年度に約400億円のコストを削減するとともに、約120億円の投資を抑制する。

 それから「(3)生産部門の再構築計画」では、「構造対策の実行」と題して半導体生産態勢と人員態勢に手を付ける。半導体製造の前工程に対する増産投資は抑制し、ファウンドリ(半導体製造請け負い)企業に外注する。特に最先端プロセスでは、32nm/28nm世代以降の量産を台湾TSMCと米GLOBALFOUNDRIESのファウンドリ大手2社に委託する。32nm/28nm世代以降の半導体製品は、自社工場では量産しない。ただし最先端プロセスの研究開発は継続する。

 それから人員態勢(連結ベース)では、約5,000名の人員を削減するとともに約2,000名の人員を増強することで、2010年度に48,000名の従業員数を2012年度には45,000名へと縮小する。これらの構造対策と合併シナジーにより、2010年度~2012年度の3年間で合計1,100億円のコストを削減するとしている。

合併によるシナジー効果の見積もり生産部門の再構築計画(構造対策の実行)
生産工場の前工程と後工程の方針。前工程は生産効率の向上、後工程は海外での生産能力向上を進める32nm/28nm以降の最先端世代の量産からは撤退し、ファウンドリ企業2社に量産を外注する。共同研究はIBMグループとの関係を維持する人員の削減と配置転換。5,000名の削減と2,000名の増員によって全体で3,000名を減らし、2012年度には連結ベースで45,000名の態勢とする

 説明会では最後に、これまでとほぼ同様の経営目標を繰り返した。(1)新ルネサスの発足初年度の営業黒字達成、(2)構造対策を初期に集中して取り組むことで新ルネサス発足2年目に当期黒字を達成、(3)2012年度までに盤石な経営基盤を構築して売上高営業利益率2桁(10%以上)を目指す、の3点である。

●「100日プロジェクトの成果」から感じるいくつかのズレ

 半導体産業は2010年の現在、急速に回復しつつある。業界団体や市場予測会社などは相次いで予測を上方修正しており、2009年に比べて30%前後の成長率を達成する勢いだ。新ルネサスも2010年度第1四半期(2010年4月~6月期)では前年同期に比べて24%増の売上高を達成しており、2010年度の売上高見通しを1兆624億円から1兆1,900億円に上方修正した。それでも通年での売上高見通しは12%成長と、暦年度と会計年度の違いはあるものの、かなり消極的な数値になっている。

 半導体産業の市況の変化はめまぐるしく、変化の幅は小さくない。過去もそうであり、現在もその状況は変わらない。そんな中で公表された「100日プロジェクトの成果」からは、いくつかのズレを感じた。市場規模が激変する事実を知りながら「安定成長の実現」を謳うこと、自己認識(ルネサスは自分自身をどのような半導体企業と認識しているか)の欠落、自己実現(ルネサスはどのような半導体企業になろうとしているのかのビジョン)の欠落、などである。いわば小手先の細工はそれこそ膨大に存在するのだが、基軸となる考え方や思想などが見えないのだ。

 半導体産業の最新動向や大手半導体メーカーの最新動向などと比較すると、ルネサスの動きは決して速いとは言えない。最も問題なのは、ルネサスがどこに向かって進んでいるのかが見えないことだ。各事業部門がそれぞれの考えで動いているだけなのでは、という危惧がよぎる。そのあたりを急いで点検する必要がありそうだ。

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(2010年 8月 13日)

[Text by 福田 昭]