福田昭のセミコン業界最前線

ルネサス、初めての年間最終黒字がほぼ確実に

 国内最大の半導体専業メーカー、ルネサス エレクトロニクス(以下、ルネサス)の年間業績が初めて最終黒字に転じることが、ほぼ確実になってきた。ルネサスが2015年2月5日に発表した2014年度第3四半期(2014年10月~12月期)の決算実績と、同年度第4四半期(2015年1月~3月期)の決算予想によると、2014年度(2014年4月~2015年3月期)全体の最終黒字(純利益)は740億円となる見込みだ。2010年4月にルネサスが誕生して以来、純損益が年間を通じて黒字になるのは初めてのことである。

 2014年度(2015年3月期)の業績予想をまとめると、売上高が7,860億円で対前年比5.6%減、営業利益が980億円で同44.9%増、純利益が740億円で前年の純損失53億円から黒字転換となっている。全体としては減収増益である。

 ルネサスの損益は2011年度(2012年3月期)に営業赤字567億5,000万円、2012年度(2013年3月期)に営業赤字232億1,700万円と巨額の赤字を計上していた。それが2013年度(2014年3月期)には黒字転換して676億3,500万円と巨額の営業黒字を生み出した。最終損益は赤字だったものの、営業収支は急速に回復していた。そして今年度(2014年度)は堅実に利益を積み上げ、初めての最終黒字を確実にした。

ルネサスの年度別業績(営業損益と純損益)。2009年度以前は、母体であるNECエレクトロニクスとルネサス テクノロジの業績を単純合計したもの。2010年度以降は、ルネサスの公表値を基に筆者が作成した
ルネサスの2014年度(2015年3月期)の年間業績予想。2015年2月5日にルネサスが公表した決算説明会の資料から引用した

 2014年度(予測値)の売上高が7,860億円、営業利益が980億円なので、営業利益率は12.47%となる。前年度の8.12%から4ポイントほど上昇し、2桁の営業利益率を達成する見込みである。2桁の営業利益率は、2013年10月にルネサスが構造改革案「変革プラン」の目標として掲げた数値である。達成時期の目標は2016年度(2017年3月期)。実際には、目標を2年ほど早く達成することになる。

ルネサスの年度別営業利益率(営業損益/売上高)の推移。ルネサスの公表資料を基に筆者が作成した
ルネサスの目指す姿(2013年10月時点)。徹底的に収益にこだわり、2017年3月期(2016年度)には営業利益率で2桁%を達成する。2013年10月30日にルネサスCEOの作田久男氏が「ルネサスを変革する」と題して説明した資料から
「ルネサス変革プラン」の行程概要。30カ月で営業利益率2桁%を達成するスケジュールだった。2013年10月30日にルネサスCEOの作田久男氏が「ルネサスを変革する」と題して説明した資料から

売り上げが横ばいでも収支が大きく改善

 ルネサスの収支が大幅に好転した主な理由は、損益分岐点の低下である。言い換えると固定費を大きく下げたことで、収支が均衡する売り上げ金額が大幅に減少したのだ。まず年度別に見ると2011年度から2014年度(予測値)の売上高は、ほぼ横ばいである。売り上げは伸びていない。にも関わらず、2013年度と2014年度(予測値)は営業損益が大幅な黒字となっている。

ルネサスの年度別売上高の推移。2009年度以前は、母体であるNECエレクトロニクスとルネサス テクノロジの業績を単純合計したもの。2010年度以降は、ルネサスの公表値を基に筆者が作製した

 損益分岐点の低下は、四半期ごとの業績を過去に遡ってチェックすると、さらにはっきりする。ルネサス発足当初の2010年度~2011年度は、四半期の売上高が2,500億円を超えないと、営業損益が黒字にならなかった。ところが構造改革を急激に進めた2013年度以降は、売上高が2,000億円を切っても営業利益を確保できている。損益分岐点が売上高換算でおよそ1,000億円近くも下がったことが伺える。

 2015年2月5日にルネサスが発表した2014年度第3四半期(2014年10月~12月期)の決算実績では、四半期ごとの営業損益が8四半期連続で黒字を計上した。最終損益では、3四半期連続で黒字を出した。営業損益が黒字に転換した2012年度第4四半期の売上高は1,854億円である。そして直近の2014年度第3四半期の売上高は1,910億円。この間に売り上げは、ほぼ横ばいで推移している。事業の選択と集中を進め、民生用半導体や液晶ドライバなどのいくつかの事業分野から撤退したので、事業規模そのものは拡大していない。その代わりに内実は大きく変貌した。製造ラインの減価償却費や従業員の人件費など、固定的な経費が大きく減少した。

ルネサスの四半期売上高と四半期営業損益の推移。ルネサスの公表資料を基に作成した
ルネサスの四半期営業損益と四半期純損益の推移。ルネサスの公表資料を基に作成した

2016年3月を目標とする人減らしを1年以上も前倒しで達成

 例えば人件費の削減で見ると、ルネサスは過去に6回の早期退職優遇制度を実施し、退職者を募った。その結果、単純合計すると年間ベースで1,077億円、四半期ベースで269億2,500万円の人件費を削減した。このほか、生産拠点の鶴岡工場をソニーへ売却したこと、液晶ドライバ製造子会社のルネサスエスピードライバを譲渡したこと、などによる人員の削減がある。さらに、給与体系の見直しによる人件費の抑制も実施した。実際の人件費削減額は、さらに大きくなっていると見られる。

 ただし、早期退職制度による人員の削減は、2015年1月31日付けで退職する第6回の早期退職優遇制度をもって、一段落する。2014年12月31日時点で、従業員数(連結ベース)はすでに23,112名にまで減っている。この1月31日には1,725名が早期退職したので、単純計算によると従業員数(連結ベース)はこの2月時点で21,387名にまで減少したことになる。

 以前の本コラムで指摘したように、2014年1月の労使協議でルネサス経営陣は2016年3月までに人員を5,400名程度、追加削減する必要があると説明した。単純計算では、2016年3月末時点の従業員数は22,219名となっていた。ところが先述のように、この2月(2015年2月)時点で従業員数は、2016年3月末時点の想定よりも少なくなってしまった。当初の目標に比べて1年以上も前倒しで、人員の削減を強行したと言えなくもない。さすがに今後は、大掛かりな人員削減は控えざるを得ない(実際に2月5日の決算発表で取締役執行役員常務兼CFOの柴田英利氏は、従業員数が目標に達したので今後は早期退職優遇制度を実施しないと表明していた)。

早期退職優遇制度による人件費の削減。早期退職制度だけで、年間に1,000億円強の人件費を削減したことになる。ルネサスの公表資料を基に作成した
早期退職優遇制度による従業員の削減。ルネサスの公表資料を基に作成した
ルネサスの従業員数(連結ベース)推移。ルネサスの公表資料を基に作成した

顧客の安心感を得るために必要なこと

 過激とも言える固定費の圧縮は、ルネサスの財務体質を大きく変えた。贅肉がすっかり落ち、筋肉質になった。ひょっとすると、筋肉までも削ったかもしれない。あまりに急激なリストラは現場の混乱と困惑を招き、それが顧客に伝わる。顧客がルネサスに対して不安を持つ。このような事態は顧客とルネサスの双方にとって望ましくない。

 半導体ビジネスにおいて最も重要なことは何か。顧客の安心感を得ることである。安心感の具体的な中身は大きく、3つに分かれる。

 1つは、適切なタイミングで新製品が投入されることである。つまり、顧客は新製品に切り換えることで、システムを適切なタイミングでバージョンアップしたり、新しいシステムを開発できる。またこのために半導体ベンダーはあらかじめ、製品開発のロードマップを顧客に提示しなければならない。

 もう1つは、顧客が購入した製品が長期に渡って入手できることである。半導体を組み込むシステムのほとんどは、5年~10年といった単位で使われる。故障時には半導体部品を交換する。半導体ベンダーが生産を例えば3年で休止するようであれば、顧客はそのベンダーの製品を採用しにくい。

 最後は、受注(あるいは発注)した半導体製品が「予定通り」のタイミングで出荷されることである。システムが1個の半導体で構成されていることは稀で、通常は複数の半導体製品で構成される。半導体製品が予定通りのタイミングで届かないと、最悪の場合はシステムの生産ラインが止まってしまう。生産ラインが止まるとシステムが完成せず、市場に出荷できない。この悪夢のような事態は当然ながら避けたい。

2015年度(2016年3月期)がルネサスの正念場

 新製品開発の源泉は研究開発である。しかしルネサスは構造改革の一環として、研究開発費を大幅に削減してきた。2010年度には四半期ベースで500億円前後あった研究開発費を、今年度では200億円前後にまで減らしている。直近の2014年第3四半期では、売上高に占める研究開発費の割合は約10%と、過去最低の水準にまで低下した。

ルネサスの研究開発費の推移。ルネサスの公表資料を基に作成した

 当然と言うべきか、前回の本コラムで指摘したように、新製品の開発ペースは大きく鈍化した。新製品の開発ペースを高めるには、研究開発費用を増やすのが手っ取り早いように見える。しかし研究開発費用が効率的に使われるという保証はない。

 解決手段の1つは、研究開発費用を重点領域に集中的に投入することである。1月29日に開催された顧客向けイベント「Renesas DevCon JAPAN in Osaka」で、執行役員兼グローバル セールス マーケティング本部副本部長を務める川嶋学氏は研究開発費用の80%を重点領域に投入したと述べていた。重点領域とは「ファクトリ」、「シティ」、「ホーム」、「オフィス」、「自動車」の5つの領域である。重点領域への投入比率は前年度が65%、その前年度が55%だったので、投入比率は明確に高まっている。

 ただし研究開発費の総額が過去に減少してきたので、重点領域への投入金額そのもので見ると、ほとんど変化がない。今年度(2015年3月期)に至っては、減額すら十分にありうる。この点は留意すべきだろう。

研究開発費用(R&D総額)における重点領域への投入比率の推移。、2013年度(2013年3月期)は55%、2014年度(2014年3月期)は65%、2015年度(2015年3月期)1月29日にルネサスが開催した顧客向けイベント「Renesas DevCon JAPAN in Osaka」の講演スライドから
重点領域に投入された研究開発金額の推移。2014年度(2015年3月期)は第4四半期が未確定なので、前3四半期の数値から、200億円(低めのシナリオ)と250億円(高めのシナリオ)の両方の場合を計算した。ルネサスの公表資料を基に筆者が推計したもの

 長期に渡って半導体製品を供給する態勢については前回の本コラムで説明したように、ルネサスは「長期供給プログラム(PLP)」を立ち上げ、運用中である。

 最後の条件である出荷(つまり生産)の「適切なタイミング」はまだ不安が残る。生産拠点の閉鎖や譲渡などの影響が、しばらくは残るからだ。昨年(2014年)10月末に閉鎖した甲府工場は、今年(2015年)に入っても製造ラインの移転が一部、完了してないようだ。生産拠点の統合そのものも、まだ完了していない。

 このように見ると、極端とも言える節約によって黒字化したものの、長期的にはルネサスはまだ危うい状況にあることが分かる。売上高の減少が続けば、営業損益は赤字に転落する可能性が少なくない。2015年度(2015年4月~2016年3月)こそが、ルネサスにとっての正念場と言えよう。

(福田 昭)