福田昭のセミコン業界最前線
「ハマり」過ぎなQualcommのNXP買収
2016年11月4日 11:38
大手半導体ベンダーQualcommが、大手半導体ベンダーのNXP Semiconductorsを買収することで両社が協議していると米国のニュースメディア、The Wall Street JaounalやDow Jones Business Newsなどが報じたのは、今年(2016年)の9月29日のことだ。
それから約1カ月後の10月27日、QualcommがNXP Semiconductorsを買収することで両社は合意に達したと、公式に発表した。QualcommはNXPの普通株式の全てを1株当たり110ドルで購入する。買収総額は約470億ドルで、半導体産業における企業買収の金額としては過去最大になると見られる。ちなみにこれまでで最大規模の半導体企業買収は、昨年(2015年)5月28日にBroadcomをAvago Technologiesが買収することで合意したと発表した時の金額、370億ドルである。
売上高で世界第3位の半導体ベンダーが誕生へ
市場調査会社IHS Technologyが2015年12月8日に発表した2015年の半導体売上高ランキングによると、Qualcommは半導体売上高162億ドルで4位、NXP Semiconductors(以降は「NXP」と表記)は同101億ドルで7位につけた。両社の半導体売り上げを単純合計すると263億ドルとなり、ランキング3位のSK Hynix(2015年の半導体売り上げは169億ドル)を抜く。2位のSamsung Electronics(2015年の半導体売り上げは407億ドル)には及ばない。
なおQualcommの売上高は、半導体チップの売り上げと、移動体通信技術のライセンスによる売り上げに大別される。上記の数字を含めて普通、市場調査会社の半導体売り上げランキングには、Qualcommのライセンス売り上げは含めない。
Qualcommは無線通信、自動車、IoTの総合半導体企業に
Qualcommという企業全体の年間売上高は2015年(決算期は9月なので2015年9月期)に約250億ドルである。NXPの年間売上高は半導体の売り上げにほぼ等しく、2015年(12月期)は約100億ドル。合計すると売上高で350億ドル(3兆5,000億円)のエレクトロニクス企業となる。
買収によってQualcommの事業構造は大きく変化する。Qualcommの買収前(2015年9月期)の事業分野別売上高は、モバイル半導体(スマートフォン向けとタブレット向けの半導体)が61%、無線通信技術(主にCDMA技術)のライセンスが31%となっており、無線通信分野だけで売上高の9割を超えている。自動車そのほかの分野はわずか8%に過ぎない。
NXPは自動車用半導体、IoT(Internet of Things)端末用半導体、高周波半導体に強い。NXPを買収すると、売上高にモバイル半導体が占める割合は48%に低下する。代わって自動車やIoTそのほかの分野が占める割合が29%と増加し、主要事業の一角を占めるようになる。
スマートフォン用半導体での急成長に翳り
Qualcommが今回の大型買収へと至る背景には、Qualcommの売上高の伸びが最近になって急速に鈍化してきたという事実がある。
Qualcommの売上高は2013年まで、成長の階段を駆け上がってきた。リーマンショックに代表される世界的な景気後退の時期(2009年9月期~2010年9月期)を除くと、2006年9月期~2013年9月期の年間売上高は前年比で18%増~36%増という、急速な成長を遂げた。2005年9月期の年間売上高は56億7,300万ドル。それが8年後の2013年9月期には、248億6,600万ドルへと4.8倍に急増した。
ところが2014年9月期は一転して、売上高の伸びが鈍化する。成長率は6.5%と、2010年9月期以来の1桁成長に留まった。続く2015年9月期の売上高は前年比で4.6%減と、マイナス成長に陥った。
四半期ごとの売上高と営業利益の推移を見ていくと、2014年の成長鈍化と2015年のマイナス成長が明確に把握できる。2014年(暦年)の四半期業績は売上高はあまり伸びていないものの、2014年10月~12月期には過去最高の四半期売り上げを記録した。そして2014年(暦年)に営業利益は過去最高の水準に達していた。変調の様相はまだ軽い。
四半期業績が看過できない状況に悪化したのは、2015年4月~6月期と2015年7月~9月期だろう。まず、前期比の売上高が3四半期連続で減少した。近年のQualcommには考えられなかった落ち込みである。さらに、営業利益が2015年(暦年)に入ると急速に縮んでいった。2015年7月~9月期の営業利益は約11億4,000万ドルで、前年同期の57%に減少した。
Qualcommが決断した事業範囲の「段階的拡大」
スマートフォンの急成長とともにQualcommは急成長してきた。そしてスマートフォンの成長率が鈍化したことで、Qualcommの成長も鈍化した。将来、第5世代携帯電話システム(5Gシステム)が立ち上がれば、Qualcommの無線通信用半導体事業も再び、急激に成長すると考えられる。しかし5Gシステムの立ち上がりは、早くても2020年とされる。それまで、手をこまねいているわけにはいかない。
そこでQualcommは現在の事業構造を改め、新しい事業戦略を2015年12月に発表した。その概要は2015年12月15日にQualcommが公表した資料「Qualcomm Completes Review of Corporate and Financial Structure」に記述されている。資料の詳しい紹介はここでは誌面の都合で避けるが、もっとも重要だと思われるのは「事業範囲の段階的な拡大」を打ち出したことだろう。
「事業範囲の段階的な拡大」とは、2段階でQulcommの手がける応用分野を拡大することを指す。まず、現在の「スマートフォン一本槍」事業から、スマートフォンで培った技術を活かせる分野に事業範囲を拡大する。候補となる分野は、自動車分野、IoT分野、ネットワーク分野、モバイルコンピューティング分野である。これら4つの分野における半導体市場の規模は2015年9月期の段階で120億ドルを超えており、2020年9月期には250億ドルを超える規模に達すると見ている。
次の段階は、Qualcommにとって新しい市場へ進出することだ。その候補はデータセンターやヘルスケアなどである。
2016年2月にはM&Aによる事業拡大の可能性に言及
2016年2月11日にQualcommが開催した証券アナリスト向け説明会(アナリストデイ)では、事業範囲の段階的な拡大によって売上高を伸ばすことと、経費削減によって財務体質を改善することなどが、より明確に発表された。
事業範囲の将来的な拡大は、コア事業である「モバイル(スマートフォン)」を中心に、その周辺である「拡張領域(Expansion)」に広げ、さらに「隣接する市場機会(Adjacent opportunities)」へと拡大するシナリオである。そして将来は「追加的な成長機会(Additional growth opportunities)」へと進出する。
拡張領域の半導体事業とは、タッチセンサー、Wi-Fi 11ad(60GHz)、RFフロントエンド、指紋認識などである。いずれもスマートフォンで採用されたり、あるいは将来の採用が見込める応用分野だ。続く隣接する市場機会の半導体事業とは、自動車、IoT、モバイルコンピューティング、ネットワーキングなどである。そして追加的な成長機会の半導体事業とは、データセンターとヘルスケアである。
事業範囲の段階的な拡大部分は、2020年にはQulcommの収入の7割近くを占めるようになる、と同社は予測する。つまり、コアのモバイル事業だけだと、2015年の売上高230億ドルは2020年には330億ドルに成長するだけに留まる。しかし、事業範囲を段階的に拡大していくことで、2020年の売上高は1,000億ドルを超すことができる、とする。2020年に約10兆円の売り上げ。かなり強気な見通しに見える。
その内訳は、拡張領域のRFフロントエンドが180億ドル、隣接する市場機会が290億ドル、追加的な成長機会が230億ドルである。
ここで重要なのは、事業拡大の選択肢として企業買収あるいは事業買収を考慮していると表明していたことだ。買収策は成長を加速するための、リスクの少ない手法だと位置付けていた。
NXPの半導体事業がQualcommの拡大領域にほぼ一致
Qualcommが「隣接する市場機会」で挙げた、自動車向け半導体、IoT向け半導体、モバイルコンピューティング向け半導体、ネットワーキング向け半導体の4つの分野。偶然にも、4つのテーマを全てを手がけており、なおかつ業界を主導する地位を占めていた半導体ベンダーがNXPである。
NXPは2015年3月2日に半導体ベンダーのFreescale Semiconductorを買収すると発表し、買収作業を同年12月7日に完了させていた。この買収によってNXPは自動車用半導体と汎用マイクロコントローラ(マイコン)でともにシェアトップになったとされている。
NXPの2015年(2015年12月期)における売上高を応用分野別にみると、自動車分野が41%、モバイル分野が15%、通信インフラ分野(ネットワーキング分野に相当)が11%、産業そのほかの分野が24%となっている。幅広い応用分野で製品が使われていることが分かる。そしてNXPの投資家向け資料によると、自動車用半導体、自動車向け以外のマイクロコントローラ(マイコン)、セキュリティID(個別認識)用半導体、モバイル決済用半導体でいずれも、NXPはトップシェアを占めるとする。
モバイル、自動車、IoT、ネットワークの半導体で主導的な地位に
Qualcommは、NXPを買収することによって半導体の成長市場で主導的な地位を確保すると、結論付ける。成長市場とはモバイル市場、自動車市場、IoT(およびセキュリティ)市場、ネットワーク市場である。
製品系列でみるとQualcommグループは、スマートフォン用メインSoC(System on a Chip)、無線LAN用半導体、基幹通信用半導体、企業向け無線ネットワーク用半導体、IoT用低消費電力マイコン、IoT用低消費電力セキュアマイコン、車載情報機器用SoC、車載制御用マイコン、先進運転支援システム用SoC、車載ネットワーク用半導体、基幹通信用プロセッサ、高周波パワー半導体、センサー、センサーハブなどの多彩な製品群を有することになる。
それにしても、NXP SemiconductorsがFreescale Semiconductorの買収を完了したのが2015年(昨年)12月のことだ。それからわずか10カ月で、NXPが買収されるという事態に至るとは、予想の範囲を超えていた。半導体業界では昨年に大型買収が相次いだことでトピックスとなり、今年の前半にはいくつかのメディアが、今後の企業買収をあれこれと予測した記事を載せていた。ルネサス エレクトロニクスが買収を決めたIntersilも、買収される側の候補として挙げられていた。しかし今回の企業買収を予想していた記事は見当たらなかった。
さらに驚いたのは、Qualcommが事業範囲を拡大しようとする方向と、NXP、それもFreescaleを買収後のNXPの事業範囲が非常に良く一致していたことだ。1回の企業買収でQualcommにとってこれほど理想に近い範囲の半導体事業を入手できる相手は、NXP以外には存在しないだろう。
ただし、買収作業が完了したとはいっても、NXPとFreescaleはまだ、一体化している状況とは言い難い。そこにQualcommによる買収が重なる。しばらくは買収作業に伴う負担と、事業の統合に伴う混乱が続くのだろう。