新型MacBook Proの発表に思う、Appleの強み、Microsoftの弱さ



 先週発表された「MacBook Pro」について書こうと思っていたのだが、まずはその本題とは脈絡もなく、KDDIの「HTC EVO WiMAX」について触れておきたい。本誌の読者ならば、KDDIがWiMAX内蔵スマートフォンの出荷を計画していた事は知っていた方が多いと思う。端末そのものは、2010年夏に米国でSprintから発売されたものと同じと思われるが、衝撃的だったのは、その価格設定だろう。

HTC EVO WiMAX

 auのスマートフォンプランに、税込みプラス525円でWiMAXへの接続が可能というのだから、WiMAXルーターを使いたいと考えている人には、相当にお得なプランと言える。しかも、WiMAX回線のWi-Fi経由の共有はもちろん、CDMA回線のテザリングにも対応するというのだから、一般的なWiMAXルーターを持つよりも活用範囲は拡がる。

 内蔵バッテリがSprint HTC Evo 4Gと同じと仮定するなら、容量は1,500mAhで、これはGalaxy Sなどと同じで、WiMAXルーターであるURoad-9000(2,700mAh)の半分ちょっと。さすがにルーターとして常用するには小さすぎるものの、別途電源モジュールを併用しながら使う事が前提ならば、かなり魅力的な選択肢と言える。

 独身者(あるいは不在時の自宅からのインターネット接続)が不要な人ならば、自宅ブロードバンド回線から移動中、移動先まで含め、行動範囲のインターネットアクセス契約を1つにまとめられる利点もある。

 EVO WiMAXの投入は当初の計画にはなかったのか、サポートする周波数帯や既存のau携帯向けサービスや国際ローミングへの非対応など、ある程度の制限はあるが、それ以上に興味深さの方が先に立つ端末だ。

 価格については、おそらく3G回線のトラフィックをWiMAXに逃がせるというKDDI側の利点も考慮してのものだろうが、他の携帯電話事業者に対しても大いに刺激となる発表だった。北米でのサービスエリアは決して十分とは言えないWiMAXだが、日本の都市部は充実してきており、3Gの混雑が多いところはWiMAXでカバーされている事が多い。

 この製品およびサービスに関しては、別途取材した上でコラムにしたいと思っているが、他社を含めたワイヤレスブロードバンドの将来に対してポジティブな影響を与えるのではないだろうか。

●誰もが思う“当たり前”をきちんとこなし続けるApple

 さて先週末、新しいMacBook Proが発表された。筆者も米国から来日した製品担当者などに話を聞き、実際に製品に触れてみたが、製品の出来はとてもいい。特に15インチ以上のMacBook Proの性能が良いのは、4コアのSandy Bridge、Radeon HD 6750Mの採用などから、容易に想像できるだろう。

MacBook Pro 17"

 AppleはOS内部、および自社開発を筆頭とする対応アプリケーションなどでGPU活用を積極的に進めてきた甲斐あってか、システム全体のパフォーマンスは体感するほど良くなっている。Radeon HD 6750Mはシェーダー480基の、Redeonシリーズとしては中位クラスのスペックだが、どうやら相当に高い実力を備えているようだ。おそらく、各所で出てくるだろうベンチマークテストも良好な結果に違いない(筆者が耳にしている数字も、大変に良いものだった)。

 こうして新製品を見ても、仕様そのものに驚きがあるわけではない。が、実際の製品に触れると良さがわかる。理由は、誰もがこうあって欲しいと思う事を、きちんと具現化しているからだと思う。それは小さな事の積み重ねだ。

 たとえば新MacBook Proを見せてもらった会場では、本誌でもお馴染みの元麻布春男氏と一緒だったが、同氏はレジューム時に光学ドライブが初期化され、ピックアップの位置をリセットするために動く音(シュッ、シュッという音だ)が気になっていたという。これも今のMacBook Proでは解決されていた(ただし、別の情報では前モデルからという話もある)。もっと細かなところでは、ガラスを用いた前面パネルでクリーンなフェイスデザインを実現しつつも、アンチグレア処理を好むユーザーに対してはきちんと選択肢を残すといった部分もそうだ。

 残念ながらMacBook Proには採用されなかったが、2010年末のMacBook Airでは専用フラッシュストレージを採用し、Mac OS X側をそれに会わせてチューニングすることで、高速起動、高速レジューム(しかもハイバネートからのレジュームが、スタンバイからの復帰並に速い)や長時間のスタンバイ(実際にはスタンバイではなくハイバネートし、ほぼ完全にシステムの電力を落としている)を実現して、モバイルコンピュータの使い勝手を大幅に上げた。

 新型MacBook Proの発表では、新世代のプロセッサプラットフォームへの移行とThunderbolt I/Oテクノロジの搭載といった部分が話題だが、昨今のApple製パーソナルコンピュータの評価を上げている理由には、そうした当たり前の事を、当たり前に対応している事がある。

 AppleはOSとハードウェアの両方を自社でコントロールし、両社を摺り合わせているため、単純にWindowsと比較することはできない。とはいうものの、最新技術への柔軟な対応なども含め、それらすべてが“Mac”なのだと言われれば、だれも反論はできない。

●可変DPIを飛び越えて2倍解像度に?

 さて、新MacBook Proに関しては、筆者が使っているMac Pro(Core 2 Duo/3GHz×2の初代機)よりもずっと高性能な上、個人的にはあまり文句を言うところもないので、“欲しいと思うなら迷う必要はない”程度のアドバイスしかできないが、新製品投入と前後して興味深い話題が伝わってきた。

 Appleは次のMac OS Xとなるコードネーム“Lion”の開発者向けリリースを発表した。Mac Developers Programに参加している開発者は全員ダウンロード可能になったため、各所でその内部評価が進んでいる。その中で特に話題になっているのが、ビットマップのリソースファイルに、通常の解像度のものに加えて縦横2倍に高められた(つまり画素数で4倍の)ものも用意されているという。

 誰もが予想できるように、iOSのRetinaディスプレイと同様のアプローチで、Macの解像度を高めようとしている、と考えるのが妥当だろう。文字表示やベクタグラフィックスで描く要素は、中途半端に解像度が高まるのではなく、キレイに2倍になってくれた方が対応しやすい。ビットマップ系の処理も整数倍なら簡単で、間違いが起きづらい。

 かつて、WindowsでもMac OS Xでも、液晶パネルの高解像度化に対応するため、プログラムが計算上使っている解像度と画面解像度を分離させようと努力してきた。が、その試みはうまく行っていない。特定解像度から抜け出すには、アプリケーションソフト側の協力も必要だからだ。そうしてモタモタしている間に液晶の解像度は高まり、縦横ともに2倍の解像度になるなら、大丈夫だろうという段階に達してきたわけだ。

 ノートPCで使われている液晶パネルは、おおむね100~150ppi(1インチあたりのピクセル数)ぐらい。これに対してiPhone 4に使われている液晶ディスプレイは326ppi。液晶パネルのサイズを大きくできれば、Macにも300ppi前後のディスプレイを搭載することに障害はない。縦横とも整数倍なら互換性に問題が生じにくいことは、すでにiPhone 4が証明してる。

 Lionには、他にも全画面ユーザーインターフェイスなどの面で新しい試みが行なわれている。ノート製品の次のモデルチェンジの時に、Retinaディスプレイオプションが導入されても、だれも驚かないだろう(ただし、筆者はまったく製品計画について具体的なものは知らない)。

●OSとハードウェアの摺り合わせが製品力の一翼に

 このところのMac製品の改善点を見直してみると、Appleならではのユニークさの中に“OSとハードウェアの摺り合わせ”から生まれているものが少なくない事がわかるはずだ。それぞれは技術的に高度なものというより、きちんと摺り合わせ、よりよく動作するように互いに調整をしているというイメージだ。

 例えば画面解像度の話にしても、Retinaのような液晶パネルが急に生まれてきたわけではない。すでに1990年代後半には、ソニーが「VAIO GT」で200ppiを超えるディスプレイをPCに採用していた。Microsoft自身、画面解像度の向上は液晶パネルではなく、ソフトウェア側の都合で上昇がストップしていると、開発者会議で話していたぐらいなのだから、本気で製品の魅力を高める方向で検討を続けてこなかった方が悪い。

 やっかいなのは技術的な優劣ではなく、業界構造がAppleに味方していることだ。今は技術的な優劣ではないと言えても、成功が重なれば経験値が積み増され、いずれは技術的優劣へと繋がっていく。Apple以外のコンピュータメーカーが、よりよいパーソナルコンピュータ体験をユーザーに提供するためには、メーカー自身ではなくMicrosoftの奮闘・協力が不可欠な事は言うまでもない。

 PCメーカー幹部によると、Appleと同様のコンセプトでの新機能開発は、当然、MicrosoftとPCメーカーの間で話し合われているようだが、対応はWindows 8でしか行なわれないようだ。当然、いろいろな疑念に対する答えが用意されているのだろうが、秘密主義になってからのWindowsが次に何を目指しているのか、朧気ながらしか分からなくなってきている。

 世の中が徐々に“Macでも困らない”ようになってきている中、コンシューマ市場で売れる1,000ドルを超えるPCの大半がMacという現状に対して、何かアクションが行なえるのはMicrosoftしかない。しかし、数年前まではこんな事を口にすることがあるとは思ってもいなかったが、MicrosoftのWindowsからはすっかり強さがなくなってしまった。

 なに、特別な事をする必要はない。Appleのように、コンピュータを使う上で当たり前の振る舞いとなるようにしてくれるだけでいいのだ。ソフトウェアの会社として、まだまだ強さを持っているうちに、昔のように、新たな可能性に積極的にチャレンジするMicrosoftを取り戻して欲しいものだ。

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(2011年 3月 2日)

[Text by本田 雅一]