今週は2つの話題について話を進めたい。1つは日本通信が販売を開始した「talking b-microSIMプラチナサービス」、もう1つは継続的な改善が続けられている「Windows Live」の最新状況についてだ。後者に関しては、新サービスの目玉と目されているActive Syncへの対応がベータテスター向けに開始されたのが主なニュースだ。
まずはtalking b-microSIMプラチナサービスの話題から進めて行こう。このサービスには、非常にユニークな提案が盛り込まれている。そこを掘り下げると、スマートフォンに対するコストパフォーマンスの高いサービスを提供する手法が見えてくる。
●快適だけどフルスピードではない? 商品設計のポイントtalking b-microSIMプラチナサービス |
有線回線のバックボーンは余裕が大きいため、通常は事細かく“データの流れ”を制御しようとはしない。ユーザーも全く意識しないし、アプリケーションを作る側も単に“共有データの流れるパイプ”としか考えていない。
ところが無線回線、しかも1つのセル内で多数の端末が帯域を共有する携帯電話の世界では、計画的にアプリケーションを設計しなければ、あっと言う間に破綻してしまう。スマートフォンではない端末は、回線の実力を見据えた上で仕様が決められ、端末自身に機能として組み込まれている。
ユーザーはパケット使い放題で自由に、快適に使っているように感じるだろうが、携帯電話会社はどこまで許すかを、回線状況や使われ方などを見ながら慎重に決めていく。だから一時的にユーザーが膨らんで回線が破綻しそうになったとしても、中心を大きく外すわけじゃないので、すぐに正常化することが可能だ。
ところがスマートフォンは違う。以前にもこの連載で書いたように、スマートフォンは“常時携帯電話ネットワークに接続されたパソコン”であり、通話機能はその形態を利用した機能の1つでしかない。
携帯電話会社は、スマートフォンでどんなアプリケーションが動作するのか把握できず、端末の能力を活かすためには“ネットワーク側では何も介入しない”しかない。だが3Gネットワークでスマートフォンに自由自在に使う事を許してしまうと、トラフィックによる破綻が確実に起きてしまう。
それでもドコモやソフトバンクは、スマートフォン向けにPCから3Gネットワークにアクセスするよりも、安い定額料金を提示している。これはスマートフォンが一般にPCよりもパフォーマンスが低いからだ。パフォーマンスが低ければ、処理が間に合わないためトラフィックの上限は低くなる。
日本通信はドコモの3G網を“原価+適正利益”で仕入れ、それを再販売するMVNO(モバイル仮想ネットワーク事業者)だ。つまりドコモに支払う適正利益分は不利なので、ドコモと同じ枠組みでサービスを組み立て、利益を出す事が難しいぐらいの割引販売にするか、あるいは価格的に高い解決策しか提供できない。
ところが、talking b-microSIMプラチナサービスはユニークな方法で、ドコモより安い価格で、ドコモのパケホーダイ・フルと同等の使い勝手を実現する商品を設計した。それがiPhoneプラチナサービスである。“このサービス自身がどう”という話ではなく、iPhoneプラチナサービスには、スマートフォンに適切な秩序をもたらすための工夫が盛り込まれていた。
日本通信のCEO・三田聖二氏が言うところの「快適に使えるサービス」を安価に提供するための工夫が施されている。これは他のMVNO、あるいドコモ、au、ソフトバンクにとっても大いに参考になる事例だと思う。
日本通信が行なったのは、簡単に言えば“サービスの形”を端末ごとの特性に合わせて定義したことである。端末の能力やよく使われるアプリケーションは、それぞれのハードウェアごとに異なる。iPhoneは自由と言っても、現状、パフォーマンスは限られ、頻繁に使われるアプリケーションも決まっている。
そこで日本通信は、数百に上るiPhoneアプリケーションの通信パターンを分析し、それぞれのアプリケーションごと、どの程度の帯域があれば充分に快適になるかを徹底的に調べた。前述したようにiPhoneの能力には限りがあるので、IMAPサーバにアクセスする場合、Webサーバにアクセスする場合、動画サイトにアクセスする場合など、ケースバイケースで必要な帯域が決まってくる。
重要な事は瞬間速度的に数Mbpsを記録することではなく、利用するアプリケーションで快適な速度が出ることだ。
そこでユーザーが利用しているアプリケーションのトラフィックを自動分類し、それぞれのコネクションに対して、適切な帯域制限あるいは優先処理などを行なうQoS制御を行なっている。日本通信はプラチナサービスに関して「通信速度ベンチマークを使っても、高い数値は出ない可能性が高い。ベンチマークに最適化はしていないからだ」と警告しているのは、そうした事情によるものだ。
例えばYouTubeを見ようとすると、すぐさま優先処理が働いて快適に動画を見ることことができる。Ustreamでの動画アップロード処理も同じだ(受信時にも同様の制御がかかる)。iPhone前提なので上限の帯域は知れているが、だからこそきちんとしたQoSが行なえるわけだ。
また、本当にアプリケーションが必要としている帯域に制限することで、ユーザー全員が恩恵を受けることができる。例えばメールを受信する際の平均転送レートよりも速いピーク速度が出たとしても、コンスタントにパケットが流れなくなるだけで、あまり良いことはない。必要な帯域が整理整頓されれば、効率の良い通信が行なえる。
日本通信・専務COOの福田尚久氏によると、この制御はトラフィックをモニターするサーバーがリアルタイムで分析しながら行なっているのだという。同じYouTube、同じUstreamでも、端末ごとに「アクセスのクセが端末ごとに異なる(福田氏)」そうで、インターネットと3G網のトラフィック交換を行なう部分で、iPhoneに対する最適制御が行なわれる。iPhoneの形に合わせて、サービスの形も設計すると言えばわかりやすいだろうか。
発表会で福田氏が「iPhone以外の端末でプラチナサービスを使っても、使い物にならないぐらいのパフォーマンスしか出ない」と発言したのは、Android端末などではiPhoneのアプリケーションとは異なる振る舞いをするためである。
この技術は日本通信が提供している法人向けサービスで磨かれたもの。法人契約の場合、業務に必要なアプリケーション以外は基本的に必要ない。アプリケーションを限定することで必要帯域を予想しやすくし、コストパフォーマンスの良いワイヤレスデータ通信サービスを提供するサービスがあり、そこで磨かれた技術をコンシューマ向けに応用したわけだ。
つまり、使い方を変えればAndroid向けサービス、Ustream専用サービスなどのように、端末の種類や必要なサービスが限定できれば、iPhone以外にも似たコンセプトの高コストパフォーマンスなサービスを提供できる。
福田氏によると、現時点ではIMEI(端末識別番号)をサービス提供のトリガーには使っていないようだが(APN設定には利用している)、今後はIMEIを取得した上で上記のトラフィック認識技術を活用し、今回提供のサービスメニューに幅を持たせていく意向という。
こうした端末や用途ごとにカスタマイズしたサービスメニューは、大多数の顧客に単一のサービスを提供しなければならない携帯電話会社では、なかなか対応できない。まさにMVNO向きのサービスと言えるだろう。
●徐々に整備が進む新生Windows LiveWindows Liveのページより |
一方、Windows Liveについてだが、約束されていたExchange Active Syncへの対応が、いよいよベータテストの段階にまで進んでいる。テスター向けアカウントでアクセスできる「Windows Live Dogfood版」では、すでに利用が可能になった。一般ユーザーへの提供が始まるのは9月上旬の予定という。
手持ちのiPhone 4で早速試してみたが、HotmailのAvtiveSyncはGmailのiPhone対応よりも同期が圧倒的に速く、プッシュメールの通知タイミングも圧倒的に早い。Google Syncは過去に不安定になる事もあったりと、あまり良い印象が無かったのだが、新しいHotmailはメールをテストアカウントに送ると、あっと言う間にメールがプッシュされてくる。
カレンダーの同期も完璧だ。筆者は独自ドメインのメールアカウントをGoogle Appsで利用しているが、もしGoogle Apps相当の機能が提供されるようになれば、仕事に使うアプリケーション環境の中心をGoogle AppsからWindows Liveに移すだろう。数カ月前までのWindows Liveを知る者としては、なんとも信じられないぐらいの進歩だ。
しかし、もっとも心を動かされたのは、アドレス帳の同期である(なお、仕事リストの同期機能もある)。Googleのサービスはアドレスデータのスキーマ(データ形式の枠組み)が貧弱で、日本のユーザーは使い物にならない。一部のAndroid端末はカスタムフィールドを使って対応させているが、根本的にはGoogleがスキーマを変えなければ解決しない。
この問題は何年も前から分かっているにも関わらず、Googleは問題を放置してきた。このため、WidnowsでもMac OS Xでも、クラウドを通じた個人向け同期サービスをまともに使おうとすると、有料のMobile.meしか選択肢は無かった。しかし、Windows Liveのアドレス帳は、幸いなことに日本向けのスキーマを持っている。OutlookやWindows Mobileとの互換性をきちんと意識しているのだろう。これだけでもWindows Liveを選ぶ理由になる。
ExchangeのActive Syncは、Windows Live Essentials、Microsoft Officeはもちろん、Mac OS X標準のアプリケーション、ほとんどのスマートフォン(Androidは2.2で正常に動作した)で利用できる事実上の業界標準になっている。
Windows Liveは現在の新生サービスになるまで、マイクロソフトの中で最も期待できない製品だったが、生まれ変わって以降、着実に進歩している。完成までにはまだ時間が必要なようだが、ひとまずActiveSync対応が一般公開となったら、世のモバイルPC、スマートフォンユーザーは本気で評価をしてみるとを勧めたい。
Windowsユーザーだけでなく、各種スマートフォン、Macユーザーにもお勧めできるサービスになってきた。
(2010年 8月 26日)