電子新聞、電子書籍、iPad



 今週、個人的にもっとも注目していたニュースは日経新聞電子版の発表だった。生憎、先約があって発表会の時間は電車で移動中だったが、会場の様子はほぼリアルタイムで伝わってきていた。Twitterのタイムラインに、記者会見場から様子を伝えるメッセージが流れていたからだ。

 筆者の場合、日経電子版の発表内容を(ほぼ)事前に聞いていたから……という前提条件はあるが、会場にいなくとも発表会にいたかのような気分になってしまう。Twitterのタイムラインに出てくるメッセージは、すべて書き手のフィルターが入っていることは意識する必要はある。自分で記事を書くならば、やはり現場に行かねばならぬだろうが、単純に“知りたい”というだけの欲求ならば、これだけで満たされてしまう。

 もっと掘り下げた情報はもう少し時間的な遅れがあってもいいし、その情報を元にした議論ならば自分自身も参加しながら、それこそTwitterやSNSで盛り上がった方がいい。

 大手新聞社が有料電子版を発表というネタに被せるのは恐縮だが、その発表会自身のニュースバリューが、インターネットを通じた新しいメディアによって損なわれていることを、新聞各社はどう考えているのだろうか。

●有料化へ踏み出した日経新聞

 日経電子版の予定価格は、その発表のずいぶん前から周囲には知れ渡っていたのだが、価格設定を聞いても、そして実際に発表会見の様子を伝え聞いても、大きな疑問として残ったのはその価格設定だ。電子版のみ購読で月4,000円、本紙併読で月プラス1,000円という価格設定はいかにも高価に見える。

 紙版の月額購読料は4,383円(夕刊のない地域では3,568円)。収録されている内容は全く同じものだが、(あくまで紙の新聞との比較論だが)電子版ならではの利点もある。まず、毎日溜まり続ける新聞紙の処分をしなくても良くなること(これがイヤで新聞購読を止める人は少なくないと思う)が思いつくが、もちろん、電子版ならではの利点もある。すでに報道されているので簡単に挙げるだけにしておくが、「速報性」「パーソナライズ」「関連情報へのリンク」の3つだそうだ。

日経新聞電子版 朝刊・夕刊記事一覧画面例

 だが、これらはどれもインターネットメディアとしては当たり前すぎて、どこが差別化要因なのか解らない。毎日、締め切りが決められている中でのルーティンワークだったものを、ニュースが発生した瞬間から可能な限り速く情報を掲載するというのは、確かに新聞社の仕事スタイルからすれば画期的なことなのだが、本誌を読んでいるようなPCに昔から慣れ親しみ、電子コンテンツを日常的に活用している人たちからすれば新しさなどどこにもない。

 もっとも、筆者も新聞業界を横目で見ながら、たまにはその一部と一緒に仕事をした経験を交えつつ仕事をしてきたので、新聞が新聞的な組織構造になっていたことも、その事業を本気で電子化する際の難しさも解るつもりだ。予断を持たず、多くの情報ソースを参照し、さまざまなタイプの読者に対して正しい(と考える)情報を伝えるには、凄まじく多くのコストがかかる。

 とはいえ、絶対的な価格を見て「高い」というのは、ほとんどの一般読者の偽らざる感覚ではないだろうか。筆者の場合で言うと、毎日の新聞記事の中で、この記事だけは全文を読んで深く理解したいと思うものは数えるぐらいしかない。

 さらに、他のニュースサイトで提供されている情報などを合わせれば、全文を読める必要性を感じる数はさらに減る。たとえ全新聞社が無料の情報提供を一切やめたとしても、ヘッドラインやダイジェストはSNSやマイクロブログサービスを通じて伝わってくる。本当に読んでいて良かったと思う記事が、月に何本あるだろうか。

日経新聞電子版 朝刊・夕刊紙面ビューワー画面例

 もちろん、その“人それぞれで異なる何本か”を逃がさないために、新聞社はあらゆる分野のニュースを配信しているのだが、コンテンツを買う側からは“ヘッドラインを見て、その中から必要な記事だけを選んで読めればいいのに”という感覚で見えている。

 電子コンテンツは切り売りが簡単に行なえ、課金のカウントもやりやすいことを、消費者はよく知っている。読まない記事にまでお金を払っている感覚を、無料記事に慣れた読者が受け入れるかどうかは疑問だ。しかし、電子配信によってアルバム単位で楽曲が売れなくなって困っている音楽レーベルと同じように、記事単位で販売してしまうと新聞社は自分たちのクビを締めることになる。月額購読のモデルを止めることはできないだろう。

 ただし、筆者自身はこの電子版を当面、購読してみるつもりだ。その上で、電子化された新聞が、本当に自分に必要なものなのかを見極めたい。

●電子化することの付加価値

 実際にしばらく購読してみようと思う理由は、こうした電子コンテンツサービスは、実際に使ってみなければ、その利点が見えづらいと思うからだ。

 日経電子版の価格が高く見えると書いたが、これが適正な価格なのか、無謀に高く設定されたものなのか、それとも紙の新聞に合わせて設定されているものなのか。実はこの答えは既に出ており、紙の読者が電子版のみに切り替えることがないように決められたという。日経新聞は収入の大半を紙の広告に頼っているため、紙の発行部数が落ちてしまうと収入に深刻なダメージを受けるからだろう。紙の発行部数が落ちた分、電子版の読者が増えたとしても、紙の広告収入減を相殺できるほどオンライン広告が入るとは考えにくいからだ。

 ただ、それでは売り手側の理論を押し付けているに過ぎない。“紙の新聞がすべての基本”と捉えるのではなく、電子コンテンツのビジネスはどうあるべきか、どんな価値を販売しているのかを考え直す時機だ。

 たとえば月額4,383円という紙の購読料の内訳はどういうものなのだろう。会社を運営するためのコストを含む新聞発行に必要な記事を生み出すためのコスト分はどのぐらいなのか。印刷・流通にかかるコストはどれぐらいなのか。粗利は何%でコスト計算しているのか。

 電子版併読時のプラス1,000円は、記事内容が全く同じであることを考えると、電子版運営のためのITコストと利益の合計とも考えられる。さらに電子版のみの4,000円から1,000円を差し引いた3,000円は、純粋に記事を生み出すためのコスト負担分と言えなくもない。

 実際には、そう単純な計算で値付けされているわけではないというのは解っている。システム開発のコストも相当に嵩んだだろうし、実際にオープンしてからは顧客ニーズをキャッチアップしながら継続的な改良を加えていかなければならない。

日経新聞電子版 携帯電話画面例

 価格の事をまずは書いたが、電子化されることで適切な記事をタイムリーに、あらゆる場所で受け取れ、自分に必要なニュースならば強くウォーニングを出すぐらいのサービスは欲しい。もちろん、そのための「My日経」なのだろうが、こればかりは実際に使ってみなければ解らない。

 冒頭でも事例を挙げたように、電子新聞有料化における最大の敵は、マイクロブログやSNSになるだろう。新聞サイトの情報が有料化したところで、読者の誰かがTwitterで「こうだ!」とつぶやけば、それを見るだけで満足する人は多いと思う。たとえその要約が細かなニュアンスを含んでいなかったり、誤った解釈によるものだったとしても、多くの場合は見過ごされ、時間と共に流されていく。

 そうした流れに逆らうぐらいのパワーが無ければ、電子新聞に月4,000円を支払うことが当たり前になっていくとは思えない。

●Google Editions

 この日経電子版と同じ日に流れたのが、Googleが米国でサービスを開始していたGoogle Editionsを国際化するという話だ。昨年10月に米国で発表済みのGoogle Editionsだけにご存知の方も多いだろう。

 電子書籍をGoogle Editionsに登録すると、全ページの20%がGoogle Booksを通じて無料で閲覧可能になる一方、Google Editionsで電子書籍が売れた場合は63%が版元の収入になるというものだ(Googleの電子書籍ショップ以外のオンラインサービスで売れた場合は45%)。いくらで販売するかは版元が自分で決めることができる。

 このサービスが日本を含む10カ国で始まるというのだ。Googleは電子書籍フォーマットとしてePubを採用しているので、Sony Readerや先日発表されたiPadで読むことができる……ハズなのだが、日本でのサービスがどうなるかに関してはよく解らない

 報道ではPHP出版が1,000タイトルを提供する他、大手出版社が複数興味を持っているとの事だ。昨今の出版社が置かれている環境を考えれば、電子出版事業はさほど遠くない時機に開始せざるを得ないだろうが、日本での電子出版にはビジネスモデル以外の問題もまだ多い。

 たとえばePub形式。日本語の組版について日本電子書籍出版社協会がePubの日本語化に関する研究会を2009年11月に発足させているが、ePubはそもそもXHTMLを用いてコンテンツを記述しており、書式はCSSで設定する。ところがCSSではルビや傍点など日本語組版特有のレイアウトを示すタグが、正式にはサポートされていない(一部はドラフトという形で定義されているが、正式版は発行されていない)。

 果たしてW3Cを通じて、新しい書式設定用のタグを定義するのか、はたまた日本語ePubだけで通用するタグを定義するのか、あるいはそこまでの事をGoogleは考えていないのかなど、まだわからないことが多い。

 横書き書籍ならば、少々レイアウトを工夫してルビ振りできなくはないが、縦書きの文学作品となるとかなり難しくなる(変則的な方法であれば不可能ではないが)。日本語フォントはフォントデータを埋め込む事で、英語版のePub対応リーダで表示させることは可能だが組版の問題は根深い。

 AppleのiPadもePubをサポートするのだから、日本語版が出れば問題ないのでは? という声もあるかもしれないが、そちらの方もあまり期待を持たない方がいい。Safariが使っているHTMLレンダリングエンジンのWebKitは、ルビなどの日本語組版タグのドラフトには対応していない(例えば<ruby>タグはカッコ付で対象文字の後ろに表示される)。

●iPadは電子雑誌をフライさせる?

 iPadの日本での展開については、販売が開始されるときに何かアナウンスされるのだと思うが、いくつかの理由でiPadは電子書籍ではなく、電子雑誌のプラットフォームになっていく可能性があると思っている。

 理由の1つは前述したように日本語組版が完全ではないため、縦書きの書籍をePubで実現することがひじょうに難しいということが1つ。そしてもう1つ、液晶ディスプレイは長時間凝視し続ける書籍には向いていないことも挙げられる。

 たとえば一般的な電子ブックリーダに使われているE-Inkの電子ペーパーは、800×600ピクセルの解像度しかない。しかし、16階調を表現可能な上、液晶のように視野角によるガンマ特性の変化がないため、安定した見え味を実現できる。電子書籍リーダとしての役割が主であるなら、電子ペーパーでなければ使い物にならないと思うほどだ。

Kindle(左)の電子ペーパーと、iPadの液晶画面は、それぞれ向いている用途が異なる

 しかしカラー表示や動きのあるコンテンツを望むならば、液晶の方が圧倒的に優れている。iPadも書籍を読む道具としてではなく、雑誌を楽しむための道具としてならば、一般的な電子ブックリーダ(たいていは電子書籍と電子新聞を表示することしか考えていない)よりもiPadの方が良いことは明白だ。

 では電子雑誌はWebマガジンとどう違うのかと問われると答えに窮するが、Webマガジンと雑誌は、書いてあることが同じでも、かなり見え方は違う。果たして有料の電子雑誌がビジネスとして成立するかというと、そこは全く自信ないのだが、あるいはiPadが電子雑誌という分野を生み出すのではないか、という期待は持っている。

 ただし、我々が書いているような専門誌は別として、ファッション誌のように写真や印刷、レイアウトデザインのコストが嵩むタイプの雑誌は、製作コストが雑誌の売上を大幅に上回っているのが普通だ。ネット上にある無数の無料情報との差異化をどうしていくのかも答えは見つからないかもしれない。そのままのビジネスモデルでは、電子化など夢の夢であることは言うまでもないが、電子新聞と同じく、雑誌のビジネスも根本からビジネスモデルを点検し直さなければ、専門色の強い分野を除いて雑誌というコンテンツ形式は失われてしまうのかもしれない。

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(2010年 2月 25日)

[Text by 本田 雅一]