先週、パナソニックから発表された新Let'snoteは、自ら第3世代と語るように、設計コンセプトを新たにした新シリーズとなった。R1に始まる第1世代は軽量かつロングバッテリ、W4に始まる第2世代は軽量かつ頑丈、そして今回はそこに高性能という要素を持ち込んで第3世代と呼ぶというストーリーだ。
一方、ソニーはAtom Z系プロセッサを用いた超薄型PCを開発した。CPUパフォーマンスよりも、利用スタイル(鞄への収まり、キーボード、バッテリ駆動時間など)を重視したコンセプトは、Let'snoteの向かう方向とは明らかに異なる。
もちろん、パナソニックよりも事業規模が大きくラインナップ豊富なVAIOシリーズだけに、Xだけがソニーのすべてではない。が、Windows 7モデル投入という節目にVAIO Xを発表したのは、このタイミングで“魂を入れた”製品として力を入れたのが、このモデルだったということだ。
両社とも、国内生産拠点の生き残りをかけて戦っているモデルという面では共通する部分もある。元々、オペレーションコストの高い日本で、品質や小型・軽量化へのこだわりを、どこまで市場で評価してもらえるのか。両社とも最大限の努力をしながら、しかし違ったアプローチで取り組んでいる。
●“君子豹変す”を具現化した新Let'snote2002年に発表したLet'snote R |
かつてトラックボール時代のLet'snoteを知る世代からすると、R1より前が歴史からなくなっていることに少々の寂しさはあるが、確かに今のLet'snoteはR1から始まったものだ。超低電圧版(ULV)プロセッサを使いこなし、最新の省電力技術と最新のバッテリセルを用い、そしてファンレス化や軽量液晶パネルの採用など、1gでも軽量化することに腐心した。
中には通常電圧版搭載で大きな冷却系を持つなんて、Let'snoteも変わってしまったと嘆く人もいるかもしれない。
しかし、“君子豹変す”である。
世の中の状況は刻々と変化する。超低電圧版プロセッサで高い商品力を出していくのは、なかなか難しい状況になってきた。世の中のトレンド、あるい半導体技術の変化に伴うCPUロードマップの変化には、Let'snoteシリーズも追従しなければならない。世の中が変化したとき、“小人は面を革(あらた)む“ではダメということだ。
Let'snote S8 |
新規開発シリーズのSシリーズとNシリーズは光学ドライブの有無で切り分けられた兄弟機となる。すでに本誌でもレビュー記事が掲載されているので、長時間バッテリ駆動の伝統が、通常電圧版の高性能プロセッサを用いても継承、いやむしろ拡張されていることがわかるはずだ。
パナソニックが通常電圧版を採用した背景には、ULVプロセッサを取り巻く環境の変化がある。ULVプロセッサは低い電圧で動作させるため、高クロック品と同様の選別品でなければ高性能を引き出せないため、パフォーマンス比ではどうしてもコスト高になる。値段が高いのに、動作クロック周波数は低くなるULVプロセッサを採用することに正当性を見いだすだけの魅力的な製品を作り出さなければ、商品としては成り立たない。
ところがIntelのHigh-kメタルゲートを用いた45nmプロセスはリーク電流が激減し、クロックゲーティングの技術を用いれば、動作時の平均消費電力は超低電圧版でも通常電圧版でも、あまり大きな差がなくなってしまった。もちろん、熱設計電力は大きく異なるが筐体のメカ設計だけで、価格が高くパフォーマンスが低いプロセッサの魅力を引き出さなければならない。
またネットブックの台頭も、Let'snoteシリーズに大きな影響を与えた。さらにはCULVプロセッサ(性能を抑えて価格を下げたULVプロセッサ)を用いたノートPCが8万円前後で市場に投入され、一部メーカーがそれに近い価格で小型軽量の(CULV機ではない)モバイルノートPCを売り始めていることも影響している。そうした製品とLet'snoteシリーズの違いは何なのか? なぜ高コストなのかを説明する必要があった。
さらに将来を見渡しても、Nehalemアーキテクチャを持つArrandaleを用いたCalpellaプラットフォームの世代にモバイルPCが入ってくると、全体の熱設計のバジェットをどう動的に分け合うかが、パフォーマンスを決定付けるようになる。CPU、GPUのコア数でパフォーマンスが決まっていくこの先のトレンドでは、熱設計電力に余裕がなければパフォーマンスのスケーラビリティを得られない。ULVプロセッサをメインにした商品企画ポリシーでは行き詰まってくるだろう。
しかし、通常電圧版を用いることで、これらの多くは解決できる。通常電圧版であれば、より高い動作クロック周波数のプロセッサを、より安価なコストで採用することができ、その上、電力制御さえきっちり行えば消費電力は変わらない。ネットブックやCULVノートPCとの差異化も明確に行うことができる。
パフォーマンスが上がることで価格とパフォーマンスの乖離が進むことも防げる。発生する熱への対処は必要だが、もともとLet'snoteは軽量化のために薄い素材を用いつつ、ボディ全体は厚みを持たせて強度を出しているため、冷却には有利なデザインだ。
その代わり、Arrandaleの能力を発揮させるためにも、熱設計の面ではかなりがんばらなければならない。Turboモードの活用はもちろん、CPUとGPUのパフォーマンスバランスを自動的に取るArrandaleでは、熱設計に余裕があるほどパフォーマンスを引き出せるからだ。
今回、通常電圧版のCore 2 Duoで製品を投入したのは、来春以降に投入されるだろうArrandaleモデルへの布石、予行演習とも考えられる。コンセプトをがっちりと決めたなら、そこに向かって明快な製品を出してきたパナソニックだけに、これからのLet'snoteがどんなハイパフォーマンスモバイルの世界を切り拓くのか楽しみだ。
●道具としての先鋭化に活路を見いだすソニー
VAIO X |
VAIO Xが詳細不明の新モデルとして、独ベルリンのIFA 2009に登場した時、AtomではなくCore 2が入っているのかも? いや、Atomかもしれないがデュアルコアに違いない。そんな話がネット上で期待を込めて噂されていたのを目にした。
いくらフォームファクタとして魅力的であっても、MID向けに開発されたAtom Z系プロセッサの遅さはやっぱりイヤだと、小型・軽量機のファン層でも考えているということだろう。遅いCore 2で少々値段も高くなっていいから、Atom Z系だけは……と思っても無理はない。
しかし、実際には(サイズからして当然ではあるが)Atom Z系プロセッサで、Core 2に淡い期待を抱いていた読者の中には落胆している人もいるかもしれない。現世代Atom Zはモデルナンバー550の2GHz版が最後の予定なので、2010年の夏以降にMID向けプロセッサが新しくなるまでは、当面、パフォーマンスは上がらない。
ただし、一言加えておきたいのだが、VAIO X(Z550版)の使用感は良好で、筆者の手元にあるVAIO type P(Z540版)比で、クロック速度以上に高速に感じる。後者も製品版のWindows 7へとアップグレードしてあるのだが、実はGPUのドライバが異なるからだ。Windows 7に最初から入っているドライバではなく、Intelが開発したWindows 7用ドライバを組み込むことで(おそらく他のOSでも同じように高速化が図られているのだと思う)、あらゆる操作が軽くなっているのである。
後にIntelのモバイルプラットフォーム担当者に聞いたのだが、Atom Z系のPowerVRコアを用いたグラフィックスドライバに、相当な力を入れたチューニングを加えたのだという。従来のAtom Z系を組み込んだ製品を使っているユーザーも、Windows 7リリース後にはIntelからドライバが公開されると思われるので、最新版へとアップデートしてみるといいだろう。ベンチマークの値としても向上する(3Dゲームのベンチ値は変わらないが、デスクトップアプリケーションの速度が上がる)が、体感的な向上率の方が大きいと思う。少なくとも筆者の環境ではそうだった。
さて、話が横道にそれたが、こうしたGPUパフォーマンスの向上やSSDの大容量・高速化といったトレンドも合わせると、文房具的なパーソナルツールとして使うコンピュータとしては、十分なパフォーマンスが得られると判断したようだ。Windows 7が開発者向けプレビューの頃から軽快に動作していたことも、VAIO Xの開発を加速させた原因かもしれない。しかし、もっとも大きな理由は、それまでのVAIOを作ってきた経験をフルに活かした、誰もが目を留める製品作りである。
PC好きなら、誰もがAtom Zのパフォーマンスがイマイチということを知っている。そんな中で、あえてAtom Zを使ったPCを開発するのだから、誰もが「この設計ならAtom Zでもいい!」と思ってくれる、極端に先鋭化した商品の企画でなければならない。では、極端に先鋭化した商品(他社では成立し得ない企画)とは何なのか。ソニーなりに出した結論が、小型・軽量ノートPCばかりの製造を担当してきたソニーEMC安曇野工場の技術を活かすことだった。
数年前までは、あまりに難しい組み立てには強い抵抗を示していた生産現場も、今はむしろ協力的に「ここまでならできる」と声を上げるようになったという。生産現場の担当者自身が危機感を持って、海外生産では商品の立ち上げが行なえない、効率的な量産組み立てラインの構築が難しい製品に進んで取り組むようになっているという。
笠原一輝氏のインタビュー記事にある写真を見ればわかるが、特に液晶パネル周りの配線は驚くほど繊細だ。本体部は構造こそシンプルにまとめ、生産性を高める努力をしている(故に手頃な価格でも購入できる。これはX505の時との大きな違いだ)ものの、各部の合わせ、クリアランスはギリギリ。美しいVAIO Xを仕上げる背景には、生産現場での戦いがある。
しかし、そうした生産現場での戦いを経て生まれるものだけに、道具としての完成度は高くなる。type Pやtype Zもそうだったが、他には作れないものを……と突き詰めることで、八方美人的な製品とならず、本来のコンセプトが鮮明な製品が生まれる。万能型でどんな用途にも使えるPCではなく、身につけて離さない、利用スタイルにフィットした道具として先鋭化した製品というのは、このような環境で生まれるものではないだろうか。
ここまでしなければ日本での生産を続けられないのか? という問題を指摘したいのではない。ネットブックやCULVノートPCの時代に、手頃で、しかしみんながハッとするような製品を作るには、ここまでの思い切った商品の企画が必要ということだ。Let'snoteとVAIOのケースは向かう方向こそ対照的ではあるが、実は同じところを出発点にたどり着いた結論のように思う。
CPUのトレンド、PC製品のトレンドなど、さまざまなうねりの中で、両社が進む道は全く別の方向に見えるが、しかし、メーカー担当者たちの“心の芯にある想い”に大きな違いはない。
(2009年 10月 9日)