森山和道の「ヒトと機械の境界面」

「ニコニコ学会β」の狙いは“日本人みんなを科学者にすること”

〜発起人・江渡浩一郎氏の企みを聞く

「ニコニコ学会β」ロゴ

「ニコニコ学会β」とは

 ゴールデンウィークが始まる4月27日(土)・28日(日)、幕張メッセで開催される「ニコニコ超会議2」にて、「第4回ニコニコ学会βシンポジウム」が行なわれる。公式ウェブサイトからそのまま引用すると、「ニコニコ学会β」とは、「ユーザー参加型の研究の場」で、「ニコニコ動画や初音ミクのようなユーザー参加型でみんなで研究を楽しむ場としての学会を作りあげることを目的として」始まったイベントだ。動画共有サイト「ニコニコ動画」をバックボーンとし、「研究」の成果発表形式も動画を推奨しており、当日の様子も「ニコニコ生放送」でネット中継されるものの、「ニコニコ学会β」そのものは、実際に人が集まるリアルイベントとして行なわれている。特に、「野生の研究者」と呼ぶ、「生まれながらの研究者」、職業人か在野か、プロアマ問わず、ともかく自然に、あるいはガムシャラに研究をしてしまうような人たちに焦点を当ててセッションを行なって来た。

 「ニコニコ学会β」は、株式会社ドワンゴあるいはニワンゴ株式会社が直接運営しているわけではない。これまでの経緯をおさらいしておくと、2011年11月に江渡浩一郎氏を発起人として「ニコニコ研究会」が設立され、12月6日に六本木ニコファーレで第1回が、第2回は2012年4月28日・29日に開催された「ニコニコ超会議2012」の中で、そして第3回は2012年12月22日にニコファーレで行なわれた。内容の一部は動画で閲覧できる。その他ネット上でまとめられているので、興味がある方は検索してみてほしい。

 間もなく行なわれる第4回では、ブロガーのメレ山メレ子さんが座長をつとめる「むしむし生放送〜昆虫大学サテライト」や、最近マスメディアも騒ぎ始めたMakerが集う「FAB100 連発」、「ボーカロイド現象」をデータ分析したセッションなどが行なわれる予定だ。招聘した研究者の旅費などの経費をクラウドファンディング「READYFOR?」で募集したことでも話題になった。これまでの経費などもクラウドファンディングで集めて来たという(なお委員はノーギャラのボランティア)。2012年の「グッドデザイン賞」では、新しい学会として「グッドデザインベスト100」にも選ばれた。

第4回ニコニコ学会βでは「むしむし生放送〜昆虫大学サテライト」、「FAB100 連発」、「ハードウェア・ベンチャー」などのセッションが行なわれる予定
「ニコニコ学会β」発起人の江渡浩一郎氏。「第3回 ニコニコ学会β」から

 「ニコニコ学会β」は運営期間5年の予定で活動している。発起人は前述の独立行政法人 産業技術総合研究所に所属する研究者であり、メディア・アーティストとしても著名な江渡浩一郎氏である。江渡氏は、「ニコニコ学会β」は「ユーザーによるユーザーのための学会」であり、プロ・アマが一緒になって研究開発したりする場所として作ったとしている。既存の学会の枠組みには当てはまらなくても、面白い活動を行なっている人は日本全国にいる。「初音ミク」や「ニコニコ動画」のような日本独自のイノベーション、ユーザー参加型コンテンツもある。それらを生み出す仕組みそのものも含めて研究として捉えようというわけだ。

 このコンセプトそのものは良く分かる。だが実際に「ニコニコ学会β」にお邪魔させてもらった筆者には、そのコンセプトと、実際に行なわれているセッションの内容がぴったり一致しているようには感じられず、今ひとつ、しっくり来なかった。セッション内容がIT系に主軸を置いており分野が偏って見えたことや、筆者があまり「ニコニコ動画」を利用しないことも理由の一端だと思うが、発表内でのギャグやユーモアに今ひとつ乗り切れず、どこからどこまでが冗談で、どの部分が発表者にとって本気の部分なのか、何を目的としているのかといった肝心の部分をうまく感じることができなかった。

 一般的に「研究」は脱文脈化されることで普遍的な価値を持つものだと思う。だが「ニコニコ学会β」での「研究」の発表内容は、そもそも文脈依存性が高く、ある種の「お約束」や「お作法」のようなものを参加者・発表者が共に事前共有していることを前提としているように思われた。何より、「ニコニコ学会β」そのものが何を目的としている活動なのか、そのコンセプトが、書籍『ニコニコ学会βを研究してみた』(江渡浩一郎 編/河出書房新社)やウェブサイトに書いてあるそれと、実際に行なわれているイベントとのあいだではズレているように感じ、自分の中で納得感が得られなかった。一言でいえば、心の底から楽しむことができなかった。自分の中で、楽しむための焦点が絞りきれなかったのである。

 だが「ニコニコ学会β」は多くの視聴者を集めており、成功しているイベントである。当然のことながら、そこには多くの共感や納得がある。実際、自分の中でも、やはり引っかかるものは確かにあった。それは何なのか。自分の中でも理解したいと考えた。そこで改めて、「ニコニコ学会β」のねらいや、江渡氏がどのような動機で「ニコニコ学会β」を立ち上げたのか、そもそもの話から、伺ってみた。

江渡氏の話 「日本人全員を科学者にする」とは

江渡浩一郎氏

 まずは経緯について、改めて質問させてもらった。すると立ち上げには、いくつか重要なきっかけがあるという。「2011年12月が第1回目ですね。その日付が重要なんです。それ以前にはやろうとは思っていなかった」。きっかけは、東日本大震災だったという。

 「大地震があって、いろんな状況が変わりました。僕は研究者として被災地に入って調べたりもしていたし、原発事故についても報道を見ていて研究者として心を痛めていたわけです。それで何ができるか考えたわけです。その結果の1つが『ニコニコ学会β』なんです」。

 どういうことだろうか。江渡氏は2つの話をしてくれた。1つ目はイベントのベクトルについてだ。

 「僕は5月に被災地に入りました。まだ多くの人が避難所暮らしで、家がなくて体育館で寝泊まりをしていました。僕は主にITシステムの調査のために大船渡市に行って、被災者とコミュニケーションをとっている方と話をしていました。

 そのときに、周りの人が妙に嬉しそうだったんです。理由を聞くと、『エグザイル』が来て、体育館か公民館かでコンサートがあるんだと。だからみんなワクワクしていたわけです。僕が話を聴いた本人も家が流されていました。でも、まわりはうきうきしていた。それが印象的だったんです。

 そのあと、僕は被災地関連のプロジェクトを立ち上げる仕事をしたりしたんだけど、今はそんなに優秀な結果は残せていません。予算獲得などでプロジェクト立ち上げに失敗してしまったわけです。技術で人を救おうと思って行ったわけですが、そうすると、自分はそんなに才能ないのかなあと思いました。

 でも被災地で見たことを思い出すと、『エグザイル』は研究者でもなんでもないわけですね。でも彼らはウキウキしていた。だとすると、研究者としてそんなに優秀じゃなくても、もしかしたらできることがあるかもしれないと思ったわけです。でも当然のことながら、僕は研究者でもあるわけです。また今から歌手になるわけにはいかない。でも、自分なりに人を楽しませることで世の中に貢献することはできるのかなと思ったのが1つの発端です」。

 もう1つはテーマについて。それにも東日本大震災に伴う原発事故があった。「科学とはなにか」ということを考えずにはいられなかった、という。

 「なぜ原発事故が起こったのか。なぜ原発事故が起こるかもしれないと分かっていたのに止められなかったのか。僕個人が悪いわけではないと思うものの、僕がいる研究所は本拠地ではないですが、すごく近い位置にありますね。ということは外から見れば一緒です。原発を推進していた省庁がお金を出している研究所で研究している人間ですから。『科学は社会に対して本当に良いことをしている、と言えるのか』と問われたときに、うまく答えられない。実際に『悪い面の方が大きいんじゃないか』という人もいっぱい現れましたよね。それに対して、『本当に科学は良いことをしてるんだ』と自信をもって答えられれば良かったんだけど、そうではなかった」。

 自分自身の周囲を振り返れば、直接原発に関係がある研究をしているわけではない。良い研究ももちろんたくさんある。それは分かっているが「科学まるごと全部が悪い」という風潮が強くなって来たと感じたのだという。だが、科学全部が悪いわけではないし、良い活動もたくさんある。

 「もっと言うと、『科学が社会の中でどうあるのか』ということは、科学者だけが決める問題ではありません。科学を受け取る側の問題でもあります。『これは専門家の仕事だから勝手にやってくれ。事故があったらあんたたちのせいだ』と言われても困るわけです」。

 エネルギー問題にしても、投票などを通して総意として決められて進められていたことだ。だが、少なからぬ人たちはそうは思っていない。江渡氏は「科学とはなんぞやとか、科学の何を推進するのかということについても一般の人が参加してくれなくては切実に困るわけです」と語る。そして、それを解決するための案の1つが、「ニコニコ学会β」なのだという。

 ここには大きな飛躍がある。だが「飛躍が大事だと考えている」と江渡氏は語る。

 「一歩ずつ進めると失敗するものも、百歩くらい進めると成功することがあるわけです。たとえ話ですが、どこにたどりつくか分からないけど8時間歩くというのと、『今から富士山に登るから、こういう計画でいく』といったら、ぜんぜん違う結果になるでしょう。それと同じことで、最終的にこういうのが必要なんだということをやるといいんじゃないかと。そのときに考えたのが『日本人全員を科学者にする』ということだったんです」。

 我々は、投票を通じて科学政策を間接的に決めている。そこまではっきりとは言わない。しかし、「科学政策を決めるのは科学者だけではないということをメッセージにしたい。そのための方策としてみんなが科学について考えないといけない。そこで『ユーザー参加型研究』ということを考えたんです。それが『ニコニコ学会β』で使っている言葉の意味です」

 「ニコニコ学会β」は、いわば、「みんなを考えさせる」ための、江渡氏の企みだったのだ。

「研究してみた」の意味〜正解がない学問の方がユーザー主導型研究には向いている

 現在の「ニコニコ学会β」の姿は、スポンサーとしてニワンゴが付いてくれたことによる。もともと江渡氏がドワンゴやクリプトン・フューチャー・メディアと何かをやろうという話が別にあり、そこに前述のコンセプトを持って来たものだったという。つまりスポンサーは後付けということだ。「たまたま、そのときに別の会社がこの話を聴いてくれたら、別の名前になっていたかもしれません。誰がお金を出してくれるかですね」。その場合は、参加者も別の形になっただろうという。

 ネットで検索すると、今の「ニコニコ学会β」の形や運営に対する意見は当然のことながらさまざまあるようだ。筆者のような意見も含めてだ。だが江渡氏は「それはあまり気にしない。僕としてはベストを尽くしているからです。これ以上のものはなかった」と言い切る。

 コンセプトを立てた江渡氏が、まず声をかけたのは、これまでにも付き合いがあった岡本真氏だった。理由は「産学連携そのものを仕事にしていて、すごく情熱を持っている人だから」。岡本氏は産官学連携のコンサルティングなどを手がけるアカデミック・リソース・ガイド株式会社の代表取締役である。「こういう活動は事務局をどうするかが重要なんです。プロジェクトは事務局次第で成功するかどうかが決まりますから」。こちらの話は、また別の機会があれば、お伝えしたいと考えている。

 今後、「ニコニコ学会β」はどういう方向に行くのだろうか。これからの新しい研究の流れの1つとして「ユーザー参加型研究」があり得るということ自体は、世界的ムーブメントだろう(『オープンサイエンス革命』(マイケル・ニールセン/紀伊國屋書店)などを参照)。だが、日本国内ではユーザー参加型で真面目な研究、あるいは、たとえばタンパク質の折り畳み構造研究から疾病治療に役立てようとする「Folding@home」のような、分かりやすく役に立つ方向へその力を利用しようという方向性は、残念ながらあまり感じられない。

 だが江渡氏は、「真面目な方向の研究プロジェクトは既にある」ので自分たちがやる必要はないと考えているという。たとえば、「スーパークリエイター」個人を発掘する、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)による「未踏IT人材発掘・育成事業」のようなもののことだ。また、海外で行なわれているような試みについても、既にうまくいっているのなら手を出す必要はないという。

 しかしながら、既に膨大なデータがある一方で、その解析のために十分な時間や人員のリソースを割くことが難しい領域はまだまだある。IT領域以外でも、研究者たち自身も「やった方が良いんだろうな」と思っている一方で、そのための予算や時間を割くことができないし、やっても既存の学会での論文としての評価が難しいためインセンティブも働かないような、でも社会的な価値は高いと思われるような類の仕事がある。そのようなところに、今花開きはじめたユーザー主導の研究のリソース、集合知の力が応用されれば、社会的な価値は極めて高いのではないだろうか。

 江渡氏も、それには同意する。「『ニコニコ学会β』的なことをやっていると、ユーザーがどういうことには積極的に興味を持って、成果を出してくれるか、逆に、どういうことだと興味を持ってくれないかが分かります。ですから、そういう意味での知見と、データをたくさん持っていてユーザーと何かをしたいと思っている研究者とを結びつけることはできるかなということは意識しています」。

 そして、そのためにも前述の岡本氏のような人物、事務局が重要なのだという。「ニコニコ学会β」をやることで、その活動外でも、色々な繋がりが生まれ始めているそうだ。成果は、徐々に出していきたいと考えているという。

 前述の『オープンサイエンス革命』(マイケル・ニールセン/紀伊國屋書店)は、オープンサイエンスがうまくいくかどうかは、専門家の興味をどう惹き付けるか、そのデザインが重要だ、と指摘している。その成果は「ニコニコ学会β」でも徐々に出始めているという。たとえば今度の第4回でのデータ分析のセッションは、その1つだそうだ。

 IT以外の分野にしても、徐々に広げているが、当然のことながら、「全部をやろうとしているわけではない」。それは、「正解がない学問の方が、テーマにしやすい」からだ。「なんだかんだいって頭が良い人の方が正解にたどり着いて、そうじゃない人はたどり着けない学問もありますね。それだとユーザー参加型研究は極めて難しい」からである。だが、そうではないものも色々ある。例えば「ソフトウェアを作ってみた」とか「ロボット」とか、「デザイン」には、「正解」がない。「そういうものの方が取り組みに加えやすいです。ですから、ある程度意識的に、それに取り組んでますね」。だから「ニコニコ学会β」は、「研究してみた」なのだ。

 前述のように「ニコニコ学会β」は年限を切っている。活動は、予定ではあと3年くらい。どういう形で発展させていきたいのか、現時点での江渡氏の考えを訊いた。

 「願わくば、海外でやりたいですね。『国内+アルファ』という形がいいかなと思っていて、いま、とある人と話をしています。海外に、日本はこんな感じということを伝えたいですね」

 江渡氏は、海外がオープンで、日本だけがクローズドだとは思っていないという。例えば海外でも、一切報道禁止、参加者が誰かすら口外禁止、しかし超大物が毎回参加している、といった、完全クローズドなハイレベルのカンファレンスがある。それは、「雰囲気的には60年代のヒッピームーブメントに近い」という。つまり、核となる人的交流部分はクローズドで、オープンな表に見える部分はその上にあるという世界だ。事実としてそういう世界がある。では日本は今後どうやっていくのがいいのか。「ニコニコ学会β」はそのような模索の1つなのかもしれない。もちろん、そんな余計なことは何も考えず、純粋に楽しむ方が正しい姿なのかもしれないのだが。